最近、女性と子供の歴史に興味がでています。 以前から古代ローマの学校の実態に興味がありました。結構な数のローマ遺跡を訪問してきましたが、学校遺跡は見たことがなかっ たので、特に教室の様子に興味がありました。『カイウスはばかだ』 (岩波少年文庫-ヘンリー・ウィンターフェルト著)という少年たちが主役の児童小説を読み、学校の様子や授業がかなり具体的に描 写されていたため、史料出典をずっと知りたいと考えていたのですが、昨年アンリ・イレーネ・マルー『古 代教育文化史』で、古代文献に断片的に登場する記述を丹念に紹介しているのを知り、ようやく望むものを見つけること ができました(実はまだほとんど読んでないのですが、、、、)。マルー本は、学校と教育に特化していて分厚いこともあり、準備段 階として取り合えず『世界子どもの歴史〈2〉古代ギリシア・ローマ (1984年/第一法規)』(紹 介はこちら)を読んでみたところ、古代ローマのパートが役にたったので、例によって他の地域はどうだろうかと、同シ リーズの中国とアジアを読んでみた次第です。ローマ編と比べるといまいちな内容で、アマゾンでレビューを書いて紹介するほどのお 奨め本でもない、ということで、目次と簡単な概要をこちらで紹介することにしました。 ---------------------------------------------------- I.旧中国における子ども(加地伸行) 1.子どもの位置(2) 2.父・子と母・子と(14) 3.兄弟姉妹(25) 4.教育(34) 5.子供像ノート(55) 6.遊び(66) II.宗教的社会ー殷時代における子どもー(笠川直樹) 1.子どもの生と再生(80) 2.文字に現れた通過儀礼(87) III.中国の宗教ならびに習俗における子ども(平木康平) 1.子授けの神々と親たちの祈り(102) 2.子どもたちの守護神と通過儀礼(112) 3.年中行事と子どもたち(123) IV.近代中国における子ども 1.近代化と中国の近代(138) 2.清朝末期の家族と子ども(141) 3.清末の教育改革と子ども(151) 4.中華民国時代の子ども(161) V.現代中国における子ども(岩佐昌ワ) 1.搾取と抑圧のもとの子ども(174) 2.動乱のなかでー解放区の子ども(183) 3.社会主義時代の子ども(191) VI.台湾における子ども(加地伸行) 1.清朝時代から日本の殖民地時代へ(208) 2.第二次大戦以後(217) ---------------------------------------------------- 冒頭は、家族関係の話で「孝」という親中心の概念、伝統中国に特徴的な兄弟の平等性、教育(千字文、大学、中庸という他書でも よく出てくる話)などです。「子供像ノート」は、史書に残る偉人の幼年時代という具体的な事例ですが、”子供一般”の記述は史書 にほとんどないがゆえに、偉人の幼年時代の紹介にならざるを得なかった、という章です。ここまでは中国文化史の本でもよく出てて きそうな内容ですが、「遊び」の章は若干面白く読めました。綱引き、ブランコ、凧揚げ、メンコ、竹馬などの遊びが紹介され、わず かではあるものの、どの時代から流行しだしたのか、などが記載されていて参考になりました。 第二章は殷代の子供について。遺跡から出土した2,3歳と考えられる幼児の殉死(殷墟洹南地区四盤村、侯家荘小屯)や、甲骨文に 記載された王族の出生祈願、通過儀礼、祓霊などが記載されています。これはこれで興味深いものがありますが、甲骨文自体が王族に 限られるものであり、子供に関する占いの内容は古今東西あまり大差ないようなものなので、読んだ直後に直ぐ忘れ、読み直しても直 ぐ忘れるような内容でした。 第三章は、民間信仰とそこにおける通過儀礼、祝日などの話。民間信仰ですから、道教成分があがります。祝日の話は3/3,5 /5,7/7,9/9日など、現代の日本にも影響している内容ですが、読み進めているうちに、子供から離れて普通に伝統中国の民 間信仰や祭日について読んでいる気がしてきます。 第四章以下の三章は、歴史的展開を追う記述となっています。近代中国(清末)の子供実情、近代教育制度の構想、民国時代の児童労 働、共産党による組織化、清朝時代・日本統治時代の台湾と戦後台湾など、ここは史的展開が記載されていて読むのが楽でした。 このシリーズは、最初に読んだ古代ギリシア・ローマ編のローマのパートが役立ったので、他に類書が見つからないこともあり、中 国とアジア編を読んでみたものです。まだ他書は目を通していないのですが、恐らく、このシリーズは、20世紀の日欧米で出版され る世界歴史シリーズ(もしかしたら21世紀の今も)にありがちな構成となっているのではないかと思います。それは、欧米について は、エジプト/メソポタミア・ギリシア/ローマ・中世・ルネサンス・近代 という史的展開に沿ってそれぞれ巻が割り当てられる構 成である一方、他の地域は、地域毎に1冊で扱われるため、その地域での史的展開が詳述されるのではなく、その地域の文化紹介がメ インで記載される、というものです。 こうした巻構成は、欧米以外の地域については、地域伝統文化の特徴の紹介が主で、”歴史”は、その伝統文化の由来の説明として 登場する、というような内容に陥りがちです。本書と、次回ご紹介するアジア編はほぼこれの典型です。近代以降は史的記述がなされ ていますが、近代以前は全部一括して、”伝統文化の描写”というイメージを受けます。儒教道教や中庸大学、ヒンドゥー教が既定す るインド社会など、インドや中国の文化を既定してきた、あるいはよく登場する主要要素についての基本的知識がある方であれば今更 必要のない解説が多く、”そんなところはいいから、もっと子供に関する史料とその分析に注力して欲しい”と思うような内容です。 そもそも史料が少ないとか、研究が進んでいない、という地域や時代もあるのは理解できますが、私がここで指摘したいのは、本書 に感じられる次のような視点です(以下の文章の文言は、私が勝手に想定したもので、本シリーズにこのような記述があるわけではあ りません)。 −欧米出身或いは欧米に留学した旧植民地国出身の国連の児童機関(ユニセフなど)の職員が、ある時、日本や第三世界の児童問題を 手がけることになり、地域の子供事情や歴史を学ぼうとしたところ、前提となる儒教やヒンドゥー教の知識など、その地域固有の伝統 文化知識がないと、児童の置かれている社会状況がまったく理解できず対応を誤ることがある。本シリーズは、そういう人の為の一冊 でわかるエリアスタディーズです− 本シリーズは1984−5年の出版なので、当時の研究の進展状況では致し方ない部分もあるかと思いますし、著者によってスタン スが異なるものの、本シリーズの欧米以外の巻については、”その地域の子供の歴史”ではなく、”その地域の現代社会の子供の状況 を理解するための伝統文化の解説本”だと思って読めば、そんなにストレスは溜まらないかも知れません。 あともうひとつ本書(ギリシア・ローマ/中国/アジア)を読んでいて思ったのは、子供の歴史と家族史の分離が難しいことと、子 供でも男性と女性では大きくことなるため、女性史の範疇に入る部分も多く、更には親子関係ということで”両親に対する子供”とい う意味で記述が親(老年)−子(成年)に関するものも多く、対象範囲が広い一方、記述がぶれ易い分野でもあることが理解できまし た。 日本語書籍では類書があまりないようなので、貴重なシリーズだとは思いますが、次回、子供の歴史というテーマで欧米以外の地域 の書籍が出版される時は、冒頭で伝統文化の基礎知識の本を紹介し、まずそれを読んでから当該書籍を読むようなスタイルにして欲し いと願う次第です。 (2)『世界子どもの歴史 10 アジア』の概要と目次
今回は『世界子どもの 歴史 10 アジア』(1985年/第一法規)の目次と紹介です。結論から書きますと、この本をお読みになろうかと 思った方は、まず著者各々が記載しているあとがきをご覧になるとよいかと思います。正直、趣旨がわかっていないと、全体のバラン スに戸惑い、読みにくいところがあります。 ------------------------------目次 ------------------------------ インドの子ども(長柄行光・我妻和男) I.古代インドに見る子ども(3) 1.社会と家庭のなかの子ども(4) 2.子どもの儀礼と俗信(22) 3.教育と学生生活(41) 4.子どもの遊び(68) II.近代インドと子ども(77) 1.序ー近代の息吹ー(78) 2.十八世紀後半からの社会的変化ールネッサンスの目覚めー(80) 3.十八世紀後半から現在までの、子どもをめぐる社会的変化(86) 4.困難な状況(94) 5.大地のなかの子どもたち(99) 6.家庭のなかの子どもたち(103) 7.インドの子どものスポーツと遊び(106) タイの子ども(権藤与志夫・小野沢正喜) I.伝統的タイ社会の子ども(119) 1.「ピーの子」から「人の子」へー土着的信仰体系のなかの「子ども」観―(120) 2.黄衣の国の子どもたちー仏教的世界観のなかの「子ども」観―(128) 3.伝統的な育児としつけ(141) II.近代タイ社会と子どもたち(161) 1.近代的教育制度の確立と子どもたち(162) 2.近代的学校教育にみられる伝統と近代(166) 朝鮮半島の子ども(渡部学) はじめに(177) I.近世以前の子ども(181) 1.新羅時代の子ども(182) 2.高麗時代の子ども(186) 3.朝鮮流「考感伝」のなかの子ども(192) II.近世の子ども(293) 1.朝鮮時代の子ども(204) 2.成長暦と子どもの生活(220) III.近代の子ども(231) 1.「アヘ(児孩)」から「オリニ」へ(232) 2.方定煥とオリニ運動(234) あとがき 参考文献 『世界子どもの歴史』発刊にあたって ----------------------------- 目次だけ眺めると興味深い内容ですが、全体的にいまいちでした。インドのパートは正直読むのが苦痛でした。当時はまだ研究が進ん でいない、あるいは日本側研究者が学習過程であったということだと思うので仕方がないとは思うのですが、、、朝鮮のパートは比較 的時代ごとの子供の様相を追いかけていて、子供の歴史となっている印象がありました。本巻の中では一番読みやすいパートでした。 (1)インド 古代インドのパートはほぼマヌの法典とヴェーダからの話です。冒頭子どもの定義からはじまり、出産、幼年-少年少女-青年期など の通過儀礼や教育について68頁まで延々と語られていますが、ヴェーダ時代は長期にわたり、紹介される内容も非常に抽象的です。 確かにインドはあまり変化のない社会習俗が長期にわたって続いたのかも知れませんが、マヌの法典やヴェーダは理想の状況を語って いるだけなので、時代性や地域性が感じられず、正直退屈です。古代の文学作品や考古学遺物、仏教文献などをもっと活用できなかっ たのだろうか、と残念です。 中世の教育にいたっては、中世の小説ダンディン『十王子物語』の、学問ジャンルに関して述べてある数行が引用されているだけで、 その後は18世紀後半飛んでしまいます。これならマヌの法典を直接読んだ方がましだとさえ思える印象を受けました。 ただし、68-76頁で扱われた古代の子どもの遊び(サイコロ遊び、チェス、ブランコ遊び、一種のしりとりなど)の部分は面白く 読め、参考になりました。 退屈な古代中世で、と比べると、近代インドのパートは、サティーの習慣など、前近代的で悲惨な状況におかれたインドの子どもに架 された習慣などが記載され、あとは子どもに関する学校や法制度の整備と実施状況の話です。この部分は退屈せずに読めましたが、普 通に近代インドの概説書を読んでいても出てきそうな内容です。 これに対して、最後のスポーツの章は参考になりました。カバディのルールがコートの図面とともに詳述され、こんなところでカバ ディのルールを知ることになるとは愉しい想定外でした。 インドのパートは端的には、古代はヴェーダとマヌの法典、あとは近代からながめる中世的因習としてのインド社会、という、古代が 近代に直結しているという古いインド関連書籍にありがちな内容でした。古代の遊びと近代のスポーツの章以外は他書で代替できそう な内容です。 (2)タイ タイの古代や中世については、インド以上に史料がないのか、あるいは研究が進んでいないのか、基本的に現代の民俗風物誌の紹介の 中に、古代中世に遡りそうな伝統的習慣が挿入されている、という内容です。歴史の本というより、明石書店のエリアスタディーズの ような感じの内容です。第二章で近代教育制度導入などの歴史が記載されていますが15頁程度と少なく、第一章の(現代に残る)伝 統的習慣が約40頁というところが、タイの章の特徴を表しているといえそうです。 (3)朝鮮 朝鮮の章はインドやタイの章よりまだましですが、史料的制約からか、研究の進展度なのか、古代は史料の片隅にわずかに残るかけら のようなものから、子どもの状況を類推する程度、中世は、史書に残る数名の人物の幼年時代の紹介や、道徳書に残るエピソードの紹 介という程度。朝鮮時代は、中国の科挙に相当する高等官吏試験と儒教系の地域の学校の話、最後に近代教育制度の歴史について。さ わりくらいしかわかりませんが、朝鮮史上の教育や児童に関する入門書の短縮版的に捉えれば、有用かも知れません。 (4)全体として この本をお読みになろうかと思った方は、まず著者各々が記載しているあとがきをご覧になるとよいかと思います。長柄氏は古代専 門、我妻氏は近代インドがご専門とのことなので、この構成は納得できるのですが、古代インドのパートをご担当された長柄氏自ら 「一部突出した面だけを扱うことで終わったかと反省している」と記載されているように、まさにその通り、ほぼヴェーダとマヌの法 典にみる出産や児童の通過儀礼・教育で、やはり突出しすぎである気がします。古代インドではどのような史料があって、そのうち子 供に関する記載があるのはどの史料で、史料がない時代や地域はどれどれで、それら聖典の記載内容と現実にあったであろう具体例の 相違、という具合に全体を俯瞰しつつ詳細に入ってくれれば助かるのですが、延々とヴェーダとマヌ法典記載の「あるべき姿」の記載 が続くので辟易しました。 タイのあとがきでは、「当初、極力タイの子どもが経験した歴史を編年的に整理するよう努めた。しかし、いざ筆をとって書き始めて みると、まず過去に確立した伝統文化を、過去形で述べるべきなのか、現在形をつかうべきなのか迷わされた。それ程に、タイ社会で は過去に行なわれた儀式や制度が、現在にも生き続けているのである」と述べていて、編年体で述べることをやめ、現在の伝統文化を 中心に記載した、ということがわかります。 (5)イスラムに関して 本書は『アジア編』とありますが、イスラム圏は入っていません。イスラムに関しては、『世界子どもの歴史 3 中世(1984年)』の巻に、「アラブ」との章題で2−30頁ほど記載があります。内容はほぼ『アラビアンナイト』に登場する子どもの話で、ほとんど何も 参考になりませんでした。イスラムがこのような扱いにしかならないところに時代を感じさせられるものがありました。 (3)全巻の構成
全巻の構成は以下の通り。基本的に欧米中心で、アジアと中国は歴史ではなく、文化誌です。典型的な欧米中心史観の構成となって います。非欧米圏についてはまだ研究が進んでいなかった、ということなので仕方がなかったとは思いますが。。。 第一巻 『先史時代』、 第二巻 『古代ギリシア・ローマ』 第三巻 『中世』(イスラム含む) 第四巻 『ルネッサンス・宗教改革期』 第五巻 『絶対主義・啓蒙主義時代』 第六巻 『産業革命期』 第七巻 『アメリカ大陸』 第八巻 『近代ヨーロッパ(戦間期まで)』 第九巻 『中国』 第十巻 『アジア』 第十一巻『現代』 |