明代後期には中国史を扱った歴史小説が排出しま
した。これは出版技術の進歩と、歴史小説の読者の成立に依存しています。これら歴史小説は基本的には周代、春秋戦国時代から漢・三国・隋唐、五代、宋まで
各時代毎に作成されていたようで、以下のものがあるとのことです。
「列国志伝」 ・・・・・ 周代武王から春秋五覇、戦国七雄を扱ったもの。
「新列国志」
「東周列国志」(清代刊行)
「全漢志伝」 ・・・・・
前漢部は平帝まで。 文帝即位までは「両漢開国中興伝誌」に近く、文帝即位後は「東西漢演義」の内容に近い。
後漢部は霊帝末期まで。光武帝即位以前と以後ではレベルに格差があるとのこと。
「両漢開国中興伝誌」 ・・・・ 前漢部は文帝即位まで。後漢部は光武帝が赤眉の乱を滅ぼすところまで。
「東西漢演義」 ・・・・・
もとは別個の「西漢演義」「東漢演義」を一つにまとめたもの。前漢部は文帝即位ま
で。後漢部は巻末までで、その内容も光武帝即位以後は史書の焼き直し的内容。
「西漢通俗演義」
「東漢十二帝通俗演義」
以上の漢代を扱った小説の後漢部分は、光武帝即位以
後の部分はどれも娯楽性に乏しく、反面娯楽性に富んだ即位以前の部分は非常に荒唐無稽な内容が多いとのことである。
「三国志演義」
「唐書志伝」 ・・・・・ 李淵挙兵以降。「資治通鑑」や「通鑑綱目」「唐書」などが種本
「隋唐両朝史伝」 ・・・・・ 煬帝即位以降唐末まで。「唐書志伝」より小説
志向。
「大唐秦王詞話」
・・・・・ 李淵挙兵以後太宗即位まで。民間の物語が粗笨であると思われる。
「隋史遺文」 ・・・・・ 秦叔實が主人公。史実に近い。
「隋唐演義」(清代) ・・・・・ 秦叔實が主人公。
「説唐全伝」 ・・・・・ 秦叔實が主人公。民衆本に近い
「南北両宋志伝」 ・・・・・
「北宋志伝」「南宋志伝」をあわせたもの。
「楊家府世代忠勇通俗演義志伝」 ・・・・・ 楊家五代の大河物語。
「残唐五代史演義伝」 ・・・・・・
梁については元代の詞話が粗笨だったと思われる、
平話系の物語。それ以降は短く、史書に基づいていると思われる。
大体以上のような作品があるとのことです。これら歴史小説は、中国歴代の史書と民間で行われていた講談から起こした読み物(「平話」というらしい)を元
にして両者をミックスして作成されたものなのだそうです。そうして、各書それぞれ史書と平話部分の比率が異なっている点に特徴があるのだそうです。一般に
は、「志伝」といわれているもの程、平話に近く、「演義」といわれているもの程史書に近いとのことです。その平話とは、もともと読み物ではなく、演劇に近
い興行モノである講談から起こした原稿本であることから、今でいう脚本や台本に近いものであるようです。
元代末に刊行され、前掲の明代歴史小説の種本となった平話には以下のものがあるそうです。
「新刊全相平話 武王伐紂平話」
「新刊全相平話 楽毅田斉七国春秋後集」
「新刊全相 秦併六国平話」
「新刊全相平話 前漢書続集」
「至治新刊全相平話 三国志」 ・・・・・ 他と異な
り、小説の「三国志演義」にはあまり影響していないらしい。
が現存し、これらをあわせて「全相平話五種」と呼び、更に
「新刊全相平話 楽毅回斉七国春秋前集」
「新刊全相平話 前漢書正集」
の存在が推定されているとのことです。この他、一応以下の平話も存在するとのことです。
「五代史平話」
・・・・・ 全相平話と異なり、史書をもとに作成されたらしい。
以上の内容について小松 謙氏の「中国歴史小説研究」に
て触れられている記述からすると、我々が普段よく目にする、中国史の面白い部分、娯楽性に富む物語は、殆どがこれら中国歴史小説、遡れば講談から来ている
ことがわかります。日本の歴史でも、「平家物語」、「太平記」などの物語が歴史像とその時代のクローズアップに大きな影響を与えているとと同様に、中国史
においても歴史小説が、時代像や、特定の時代を注目させることに大きく寄与していることがわかります。反対に、もともと娯楽性に富む時代だから、講談の対
象となった、ということも言えるかも知れません。
ところで、北方謙三「楊家将」でようやく日本でも注目を浴びた「「楊家府世代忠勇通俗演義志伝」を源流とする「楊家府」モノですが、これは5代にわたる北宋王朝を支えた楊家の大河物語であり、北
方作品はその最初の初代の部分だけを扱ったものです。他の歴史小説が比較的史実性を保ち、逸脱があまり無い作品であるのに大して、「楊家府」は指輪物語の
ようなヒロイックファンタジーであるようです。井波律子氏の 「破壊の女神」ではこの「楊家将演義」の紹
介に一章を割いていますが、その簡単なストーリー紹介を読むと、なぜこんな面白い小説が日本に紹介されてこなかったのか、映画や翻案小説が出ていなかった
のか、不思議なくらいの面白さを感じました。
-参考-
小松 謙 「中国歴史小説研究」 汲古書院
井波律子 「破壊の女神」 新書館