2016/May/04 created

インド製作ミステリー映画『Drishyam』各言語版リメイク作5本の比較


2015年インド製作のミステリー映画『Drishyam』にあまりに感激したため、もともとの 2013年製作のオリジナル版を求めているうちに、各種インド諸語版の『Drishyam』が製作されていることを知り、結果的 に全部見てしまいました(Netflixで日本語字幕放映(こちら))。

 同じ内容をリメイクしているので、各作を比較することで、インド諸語での世界観や撮影技術の相違、各地の景観や発展度等の比較 の参考になれば、と思い、各作を視聴してみました。現在5作製作されています。リメイクなのに異なった題名のものもあります。

マラヤーラム語版(2013年)『Drishyam』監督Jeethu Joseph、160分(IMDbはこちら/Amazonはこちら(英 語字幕あり)/予 告編はこちら)予算67万USD,売上1118万USD
テルグ語版(2014年)『Drushyam』監督Sripriya、150分(IMDbはこちら/Amazonはこちら/(英 語字幕あり)予 告編はこちら)予算88万USD、売上290万USD
カンナダ語版(2014年)『Drishya』監督P. Vasu、154分(IMDbはこちら/Amazonはこちら(英 語字幕あり)/予告編はこちら)予算売上不明
タミル語版(2015年)『Papanasam』監督Jeethu Joseph、179分(IMDb はこちら/Amazon はこちら(英語字幕あり)/予告編はこちら) 予算36万USD、売上120万USD
ヒンディー語版(2015年)『Drishyam』監督Nishikant Kamat、163分 (IMDbはこちら/Amazonはこちら/予告編はこちら )予算940万USD、売上1400万USD

ちなみに本作は、『容疑者Xの献身』とトリックの類似が指摘されている作品ですが、『容疑者Xの献身』を見ていても十分楽しめま すし、逆に『Drishyam(Vision)』の方を先に見てから『容疑者Xの献身』を見ても十分楽しめるものと思います。以 下各版の比較をしてみたいと思います。






マラヤーラム語版(2013年)
 家族がショッピングに出かける近隣都市は人口5万のソジュパジャ(発 音はトドプラと聞こえる)。発展度合いは、タミル語テンカシやカナンダ語版マディケリと同程度、ただし登場した映画館はヒン ディー語版程ではないもののそこそこ近代的です。長女が遠足に行く場所は、ペ リヤ自然国立公園内にある景勝地テッカディ、 (ソジュパジャの東南25km)、ヒンディー語版と同じくらい(約12億円)のヒットとなった作品だけあって、やはり高い完 成度です。2015年のタミル語版と同じ監督ですが、こちらの方が強く印象に残りました。恐らくそれは、父親 を演じた俳優のインパクトにあるのではないかと思います。上映時間は164分で、タミル語版より短く、ヒンディー語版とほぼ同じ ですが、他と違う場面があるのは、妻の両親の家を訪問した時の義父との会話が少し長く、銀行ローンで破産した経験から、絶対に銀 行から借金しないように、とアドヴァイスしたり、持参金(ダウリー)に関する話題が出たところ。義父の主人公への愛情が深く感じ られた場面でした。村の定食屋の親父がムスリムである点はタミル語版と同じ。
 他と異なる大きな特徴は、主人公一家がキリスト教徒である点でしょうか。

 ヒンディー語版にある衝撃の監察官登場場面がないにも関わらず、父親、母親、次女、監察官の演技は強く印象に残りましたが、母 親の演技が古典インド劇の身体表現法(アビナヤ)のひとつ、顔の表情技法(ラサ)の基本を見ているようで、様式的なのに不自然に も見えない、不思議な味わいがありました。IMDbの評点は9点ですが、私は8点をつけました(実際は7.5くらいですが四捨五 入して8)。拷問場面の迫力がイマイチだった(暴力を振るう悪徳警官にも若干ためらいが見られるなど、悪役に徹し切れなかった点 は、ドラマとしてはマイナスでした)点や、ラストの場面が、英語字幕の文章に問題があるのかも知れませんが、ヒンディー語版と比 べるといまひとつでした。

テルグ語版(2014年)
 9割方2015年のヒンディー語版と殆ど同じカットが続く。しかし映像は、全体的にテレビの2時間ドラマという感じで安っぽ い。演技もテレビドラマ並み。舞台はアーンドラ・プラデーシュ州の北部ヴィジャヤナガラム県の海岸地帯にある県都ヴィジャヤナガラ ムという地方都市となっていて、2015年ヒンディー語版でゴア州州都パナジに登場するショッピングモールや映画 館・レストランが、既に欧米都市の景観と変わらないのと比べると、本作に登場するヴィジャヤナガラムは1960年代くらいの ショッピングセンターといった感じでいまいち垢抜けない。ヒンディー語版より上映時間が15分短いが、これは、長女が参加した野 外キャンプの場面が殆ど無い(このため事件の発端となった経緯が説明不足となっている)点、及び、被害者の母親の警察長官の劇的 インパクトのある登場場面が無い点。IMDbの評点は8.4と高いが、私の評点は5。ゴアの州都とアーンドラ・プラデーシュ州地 方都市の発展度の相違や、家族がアリバイ作りのために出かける説教師がサイババ教団で、ムスリムとヒンドゥー教徒の双方がでかけ ているなどの景観が垣間見れた点は有用でした。歌と踊りのミュージカル場面はないのはヒンディー版と同じ。

カンナダ語版(2014年)
 映像は全体的に年末2時間スペシャルドラマという感じ。推理的要素は薄れ、サスペンスドラマという感じ。2015年のヒン ディー語版よりも10分短いが、これは、テルグ語版同様、野外キャンプと監察官の劇的登場の場面がなく、更に事件発生前の家族で 少し遠めの大都市へのショッピング場面もない。一方歌と踊りのミュージカル場面(といってもMTV程度)があり、主人公一家が 歌って踊ります。遠足の場面もMTV場面に組み込まれていて、娘が事件に巻き込まれる背景が説明不足なのはテルグ語版と同じ。 IMDbの評点は8.5ですが、私は6点(本当は5.5くらいだけど、ヒンディー語版を見ていなかったら、もっと評価が高くなっ たかも知れないので、0.5おまけして6点にしました)。舞台はカルナータカ州のマディケリ(人口 3万)郊外で、家族がアリバイ作りに出かけるナンジャアッドは 人口5万。テルグ語版のヴィジャヤナガラムよりも更に田舎町という感じで、映画館も古びた感じ。ただし、ホテルやレストランはテ ルグ語版より洗練されていて、ホテルの年配のフロントマンが背広なのはヒンドゥー語版にもない点で印象に残りました。ラストの被 害者の両親夫妻との会話の場面は、少しすらすらとしゃべり過ぎな感じで、ヒンドゥー版と比べると言葉に重みがあまり感じられな かったのが残念。

タミル語語版(2015年)
 2013年版と同じ監督によるリメイク。これが一番上映時間が長いが、新ネタがあるわけではない。ヒンディー語版より16分長 いが、特に目立ったエピソードが追加されているわけではありません。野外キャンプの場面が歌曲だけの映像なのはヒンディー語版と 同じではあるものの、法律家の娘が被害者に食って掛かる映像などの、短いながら重要な場面が無く、家族で近隣大都市に出かける場 面も台詞がない、歌曲の背景映像となっているだけなど、やはりヒンディー語版の方が内容が締まっています。ATMのトリック(こ れはヒンディー語版にしかない)が無いので、推理要素は後退し、全体的にサスペンス映画という感じです(とはいえ、テレビのスペ シャルドラマ的だったカナンダ語やテルグ語版とは違い、本版は「映画」的です)。
 ヒンディー語版と比べると26分の一程度の予算しかないわりには頑張っている印象はあります。本版は、他と比べると一段と田舎 が舞台となっていて、場所が特定できるのが本作の特徴です(見落としの可能性もありますが、他作は家族が訪問する近隣大都市だけ 名前が登場し、村の名前は登場しない)。題名の「Papanasam」は村の名前そのもので、Google Mapで表示できますし、娘がでかける野外キャンプの場所は、村の西部アガスウマラヤイ自 然保護区、出かける町は人口7万のテンカシです。発展 度合い、映画館やレストランの雰囲気はカナンダ語版と似たレベル。実在の村の名前が判明しているので、本作は村興しの効果も狙っ ているのではないでしょうか。村は、他作より一段と閑散としていて、こんなところに警察署が必要なのか?交番で十分じゃないの か?とさえ思ってしまう程ですが、監察官の家の概観が映らない点など含め、他作より低予算であるわりには、完成度の高さを感じま した。

 他作と異なる特徴は、カフェの店主がムスリムである点、村の旧警察署は100年前のザミンダールのIlanji(イランジ)が 作った年代もの、という説明がある点など。
IMDbの評点は8.7ですが、私は7点でした。被害者が高校生に見えない(20代くらい)なのもマイナスだったかも。

ヒンディー語版(2015年)
  IMDbの評点は8.7、私は9点。基本的な感 想はこちら。やはり、予算が他の10倍以上あるだけあって、ヘリからの空撮など、予算の掛け具合が違います。同じ内 容で舞台を移した映画を見ることで、インド各地の定点観測には非常に参考になりましたが、基本的に本作だけ(他に見るとすればマ ラヤーラム語版)を見ておけば十分という感じです。やはり、被害者の母親の監察官の劇的な登場場面が本作にしかない点や、野外 キャンプの映像が少し多目な点、トリックの攻防の緻密さ(他作より増えている)、各キャラクターの個性の強さ、それは主役の父親 と監察官が他作より際立っている点以外にも、次女を殆ど幼児が演じていたり、どの作品でも印象の薄い被害者が、本作では比較的印 象が強い、印象深いサウンドなど、様々な点が作品の印象を図抜けたものとしています。

まとめると、

テルグ語版5点
カンナダ語版6点(5.5の四捨五入)
タミル語版7点
マラヤーラム語版8点(7.5の四捨五入)
ヒンドゥー語版9点

で、ミステリー映画といえるのはヒンディー語版だけで、他はサスペンス映画という感じでした。 

その他印象に残った点を幾つか挙げて終わりたいと思います。

 被害者の車がヒンディー語版でヒュンダイである以外、他作は全てズズキ(現地名マルチ)のゼンである点、アリバイ作りの宿泊代 が、マラヤーラム語版で650ルピー、タミル語版で650ルピー、カンナダ語で750ルピー、ヒンディー語版で900ルピーな ど、地方になるほど安いとか、細かくは書きませんが登場するPCやテレビのメーカー名とか、各作で登場する長女の高校の制服のデ ザインとか(日本の高校の制服と殆ど変わらないとは知りませんでした)、アリバイ作りのために処分した携帯電話が最終的に運ばれ た場所の違いとか(インドの流通圏(を製作者がどのように考えているか))、各作で4月、8月、10月と季節が違うとか(ヒン ディー語版だけは、10月でなければならない理由付けがしてある(ガンディー生誕記念日))、いろいろ比較が楽しめました。イン ドの小中学校は、一般的に土曜日は休みなのでしょうか?ヒンディー語版では通常土曜日が休日ではなく、10月2日はガンディー生 誕記念日で休日だったので長女が休んでいても不自然では無い、ということになっていますが、他の作品ではこの点言及がなかったこ とに気づきました。マラヤーラム語版ではミッション系の私立学校のようで(会話からすると、娘が通うミッション系学校の方が公立 学校より学費は安そうである、宗教上の寄付制度などの影響だろうか)、他作は公立学校だからなのか、など、それぞれを比較する と、インドの文化の様々な側面に疑問点が出てきて面白く、何度でも見直して比較して調べるという楽しみ方もできそうです。

 配役は、主人公はヒンディー語版とマラヤーラム語版が最も印象に残りました。監察官はヒンディー語版が一番ですが、これは登場 場面の衝撃も大きいので、演技的にはマラヤーラム語版の方が上かも(監察官のイメージは各作あまり変わらないので、調べてみた ら、マラヤーラム語版、カンナダ語版、タミル語版は、Asha Sharathと いう同じ女優さんが演じてました)。悪徳警官(インドではこれが標準的警官の何割かを占めるのかも知れませんが)はヒンディー語 版のガイトンデがぶっちぎり(各版で名前が違うのですが、ヒンディー語版は名前覚えちゃいましたよ)。長女役はヒンディー語版が もっともよく、次点でマラヤーラム語版、次女はマラヤーラム語版がもっともよく、次点でヒンディー語版(他は少し成長しすぎな感 じ)、監察官の夫はヒンディー語が一番でタミル語版が次点。

 話は変わりますが、今回購入した中古のdvdのうちUKアマゾンで購入した3枚が、インドから直接配送されてきたのは驚きでし た。ケーララとタミル州の人で、発送者住所が手書きで書かれているのがなんかよかった(どれもインド税関書類もくっついてい た)。記憶が定かではないのですが(まあ、調べればわかることだけど)、私は通常古書の購入は、価格や出品者評価が同じなら、出 品数の少ない出品者を選ぶことにしていて、今回確か100以下の人を選んだ記憶があります。多分個人で出品しているのではないか と思われます。インド人と仕事で電子メールや電話でのやりとりは結構ありますし、日本や米国在住のインド人とは会ったことはあり ますが、インドに旅行したことも滞在したこともないので、直接インド在住の一般の人と関わりを持ったのは今回が初めてということ になるのかも。なんか嬉しいので(特に手書きのところが)記念にパケット、残しておこうと思ってます。

□参考情報 各作の脚本家
 ヒンディー語版は脚色が入っているので、これも効果的だったのではないでしょうか。

2013マラヤーラム語版
  Writer: Jeethu Joseph
2014年テルグ語版
 Writing Credits (in alphabetical order) Paruchuri Brothers /Jeethu Joseph/ Venkat Siddareddy /Darling Swamy
2014年カンナダ語版
 Writers: Jeethu Joseph, M.S. Ramesh (dialogue)
2015タミル語版
  Writers: Jayamohan, Jeethu Joseph (story)
2015年ヒンディ語版
 Writers: Jeethu Joseph (original story), Upendra Sidhaye (adapted)   

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