26/Jul/2014 cseated

グプタ朝の碑文の出土地分布マップ


 歴史史料が殆ど残されていないインド史において、グプタ朝の領土はどのように復元されたのか調 べてみました。マウリヤ朝の場 合、アショカ王の勅令碑文が各地で発見され、入門書籍でも発見された勅令碑文地図が出てくるくらいなので、ほぼインド全土に広ま る碑文出土地を囲めば、よくある最盛期のマウリヤ朝地図が完成します。これに対して、サンスクリット文芸が栄えたインドの古典時 代とされるグプタ朝では、当時或いは後世の歴史書的なものから復元された部分もあるのではないのか、と少し文献史料を調べてみた ところが見つからず、碑文出土地地図も見つからないので、どのように領土が推定されているのかが、よくわからないところがありま す。そこで碑文集成から自分で碑文地図を作成してみました。碑文集成は、オンラインで公開されている、[WhatisIndia.com] の[North Indian Inscriptions]を利用しました。ここに掲載されている碑文集成は、書籍「Corpus inscriptionum Indicarum ; v. 3 : Inscriptions of the early Gupta kings / revised by Devadatta Ramakrishna Bhandarkar ; edited by Bahadurchand Chhabra & Govind Swamirao Gai,1981 年(全339頁)」と同一のものだと思われます。この書籍は国会図書館にあり、縦32.5cm、横24.5cmの大型本で、見開 きサイズの碑文の写真が48碑文全て挿入され、サンスクリットのローマ字文と、英訳が掲載されています。アマゾンにも出品されて いないようなので、オンライン版は貴重です。なお、「Geography in ancient Indian inscriptions, up to 650 A.D.」という書籍もあ るようですが、内容は未確認です。


1.碑文集成から作成したグプタ朝地図
2.各種グプタ朝地図
3.グプタ朝碑文一覧
4.国王毎の碑文数一覧表


1.碑文集成から作成したグプタ朝地図

以下の地図は Google Mapを利用しています。赤い点が、サムドラグプタからチャンドラグプタ二世時代、ピンクの点がクマーラグプタ時代、紫の点がスカンダグプタ、青い点がそ れ以降の時代です。点の上でカーソルをクリックすると、第3節の碑文集成一覧表の当該碑文の行に飛びます。

 

 上地図では、同じ点で異なる時代の碑文が複数発見されているところもありますが、点の色とリンク先は、最も古い碑文のものとし ています。紫の点は3つしかありませんが、実際には20程あり、残り17は、より古い時代の赤やピンクと同じ場所となっていま す。これらのことから、グプタ朝は、赤い点の範囲→ピンクの点の範囲→紫の点の範囲へと領土を拡大していったことが読み取れま す。これらの碑文は19世紀のうちに集められており、1907年には下の左上の地図が作成されています。

2.各種グプタ朝地図

"Historical Atlas of India," by Charles Joppen (London: Longmans, Green & Co., 1907)から 米 国ダコタ州立大学のサイトからDLしたもの(現在未掲載)



茶色の部分がグプタ朝の領土、ベージュ色の部分がグプタ朝を宗主国とする従属国。茶色の部分は左下中央地図 におけるチャンドラグプタ二世の領域と一致しています。
http://www.tuhl.freeserve.co.uk /tuhl_historical_gupta_empire.htmから(現在未掲載) 講談社ビジュアル版『世界の歴史 悠久のインド』p126から



上左と中央、左下の3つの地図は、コ ロンビア大学のこちらのグプタ朝地図一覧から引用したものです。右上地図は地図サイトGroLier Onlineのこちらから引用。左中央は、講談社『世界の歴史 悠久のインド』から。左の二つの地図は、ほぼ同一の内容となっており、同じ地図から起こした地図だと思われます。領域拡大図と、碑文出土地図が概ね一致し ているため、グプタ朝の領土拡大地図は、出土碑文が元になって成立したのではないかと推測されます。



3.グプタ朝碑文一覧

 グプタ朝では、グプタ紀元と呼ばれるものを採用しており、碑文にもその年号が記載されています。これにより、各王の在位年 代が推定されているようです。

※以下の文中の注記

  碑文集成で「be found」と記載されているものには”発見” 
  "be found to be notice"と記載されているものは、 括弧つきで”「発見」”と記載 
  "do to light"は、「光が当てられた」と記載
 
 "「発見」"や"「光が当てられた」"というのは、英国の考古学者・考古学局が入手する前に、地元の収集家や遺物商 人が発見して、個人や博物館に保管されていたものが、英国考古学局や学者に史料として認識されたもの。テキスト掲載サイトには、目次頁が無く、最初の1 ページ目から順にNextボタンを押さないと以降の頁が参照できないため、以下では、便宜を図るため、各章の英訳頁にリンク をつけています。


サムドラグプタ

1)
Allahābād Stone Pillar Inscription of Samudragupta 碑 文英訳
 アラーハーバード 座標25.445135,81.848145。33行。1834年に「発見」された
2) Ēraṇ Stone Inscription of Samudragupta  碑 文英訳
 エラン、Madhya Pradesh, India 24.090977,78.162575
 発見者 Alexander Cunningham 1874-75 or 1876-77。8行
 3) Nālandā Copper-plate Inscription of Samudragupta The year 5 碑 文英訳
 座標 25.12446,85.455437 カルカッタのインド美術館が1927-28年に発見。12行
Gayā Copper-plate Inscription of Samudragupta The year 9 碑 文英訳
 座標 25.045792,84.979248 1883年に カニンガムの元にもたらされた。15行。
5) Vidiśā Stone Image Inscription of Rāmagupta    (碑 文英訳
 ビディシャ 座標 23.599228,77.810669 1968年発見。4行


チャンドラグプタ二世
6) Mathurā Pilaster Inscription of Chandragupta II: The year 61     (碑 文英訳) 
 マトゥラー 座標 27.519233,77.670593 1928年に考古学業者により発見された。17行
7) Udayagiri Cave Inscription of Chandragupta II: The year 82    (碑 文英訳) 
 マディーヤ・プラデーシュ州のビディシャの Bhēlsāの北 西2マイルの東側。座標特定でき ず。8行
 1854 年にカニンガムの元にもたらされた
8) Gaḍhwā Stone Inscription of Chandragupta II: The year 88    (碑 文英訳)  
 ガッドファ ,Madhya Pradesh, India 座標24.489882,80.685825。 1871-72年にカニングの元にもたらされた。17行
9) Sāñchi Stone Inscription of Chandragupta II: The year 93    (碑 文英訳
 Madhya Pradesh, India 座標23.488517,77.74209 1834年にもたらされた。11行
10)Mathurā Stone Inscription of Chandragupta II   (碑 文英訳
 (6)と同じ場所 1853年カニンガムにより発見。12行
11)Udayagiri Cave Inscription of Chandragupta II   (碑 文英訳
 (7)と同じ場所 1880年カニンガムにより発見。5行
12) Meharauli Iron Pillar Inscription of Chandra    (碑 文英訳
 メローリー 座標 28.57005,77.167969 1834年に「発見」された。6行
13) Basāṛh Clay Seal Inscription of Dhruvasvāminī     (碑 文英訳
  ビハール州ムハザルプル 座標 26.101188,85.369263。1903-04.年に発見された4 行
14) Mandasor Inscription of Naravarman:The Kṛita year 461    (碑 文英訳
 マンドソー,Madhya Pradesh, Índia 座標 24.072171,75.06958(ヴィクラマ紀元:461年=西暦403-5年頃) 1912年に発見された。19行
15) Bihār Kotra Inscription of Naravarman:(The Kṛita) year 474   碑 文英訳
  , Bihar, India 座標 25.065697,87.039185(西暦416-18年頃) 中央インドの藩王国により発見されボンベイの美術館に売却された。6行


クマーラグプタ
16)
Bilsaḍ Stone Pillar Inscription of Kumāragupta I:The year 96 (碑 文英訳
 エーラ、ウッタラプラデーシュ、座標 27.508271,78.755493 1877-8年カニンガムにより発見。13行
17)Gaḍhwa Stone Inscription of Kumāragupta I:The year 98 (碑 文英訳
 (8)と同じ。 ガッドファ、マディヤ・プラデーシュ 1871-72 年に発見。9行
18)Mathurā Image Inscription of Kumāragupta I:The year 107 (碑 文英訳
 (6)、(10)と同じ、マトゥラー 1894年に「発見」。2行
19) Dhanāidaha Copper-plate Inscription of Kumāragupta I:The year 113   碑 文英訳
 বাংলাদেশ 座標 24.47715,89.121094  1906年に発見。17行
20)Tumain Inscription of Kumāragupta I:The year 116 (碑 文英訳
   アショックナガー、 マディヤ・プラデーシュ 座標 24°20'24.0"N 77°25'48.0"E 1919年に発見。6行
21)
Karamḍāṁḍā stone Inscription of Kumāragupta I:The year 117  (碑 文英訳
 Faizabad District, Uttar Pradeshで1908年に「発見」 座標 26.755421,82.144775。11行
22)
Dāmodārpur Copper-plate Inscription of Kumāragupta I:The year 124  碑 文英訳
  Uttar Pradesh, India 座標 25.406066,83.023682 マトゥラーの考古学博物館に保管されていたものが1965-66年に気付かれた。11 行
23)Mathurā Image Inscription of Kumāragupta II:The year 125  (碑 文英訳
  (6)、(10)、(18)と同じ場所。マトゥラーの収集家のコレクションの中から発見。3行
24)Dāmodārpur Copper-plate Inscription of Kumāragupta I:The year 128 (碑 文英訳
 (22)と同じ発掘場所で同じ発掘で発見された。13行
25)Mankuwār Stone Image Inscription of Kumāragupta I:The year 129  (碑 文英訳
 アラーハーバード南Arail東方9マイルのヤムナ河右岸 座標 25.324167,82.032166 1870年に発見。 2行
26)Gaḍhwa Stone Inscription of Kumāragupta I  (碑 文英訳
 (8)、(17)と同じ場所 1871-72年に発見。 9行
27) Basāṛh Clay Seal Inscription of Ghaṭōkachagupta  (碑 文英訳
 (2)、(13)と同じ場所。 (13)と同じ発掘時に1903-04 年に発見。1行


スカンダグプタ
28) Junāgaḍh Rock Inscription of Skangagupta:The years 136,137 and 138  碑 文英訳
   ジュナガド、グジャラート、座標 21.504186,70.454407 1838年に発見。47行。
29)Kahāum Stone Pillar Inscription of Skangagupta:The years 141 
碑 文英訳
  ベンガルにて1807-14年に発見。12行。
30)
Indore Copper-plate Inscription of Skangagupta:The years 146 碑 文英訳
   マディヤ・プラデーシュ州のインドール、 座標 22.71159,75.853729 1874年に発見。12行
31)
Bhitarī Stone Pillar Inscription of Skangagupta 碑 文英訳
  Bhitari, Uttar Pradesh, India 座標 25.819672,83.320313 1834年に発見。18行
32)
Supiā Pillar Inscription of the time of Skangagupta:the year 141 碑 文英訳
   マディ ヤ・プラデーシュ州のリーワー州(Rewa State)、座標 24.525261,81.302261。17行
33)Nālandā Clay Seal of Vainyagupta   (碑文英訳なし。原 文テキスト
  (3)と同じ。 1927-28年の発見。5行
34)Sārnāth Stone Inscription of Kumāragupta II:The year 154 碑 文英訳
  サルナート、座標 25.377376,83.022394  1914-15年の発見。3行
35)Mandasōr Inscription of Kumāragupta (I) and Bandhuvarman:The (Kṛita) years 493 and 529 碑 文英訳
   (14)のMandasorと本Mandasōrではoとō の長音短母音の違いがあるので同じ場所ではないのかも知れない。 1885年の「発見」。24行
36) Sārnāth Stone Inscription Budhagupta;The year 157 碑 文英訳
  (34)と同じ場所。1914-15年に光が当てられた。4行
37)Vārāṇasi Stone Pillar Inscription Budhagupta;The year 159 
碑 文英訳
  (36)と同じ場所。1940-41年に発見。 4行
38)Damodārpur Copper-plate Inscription Budhagupta;The year 163 碑 文英訳
  (22)、(24)と同じ場所。発見年代の記載なし。14行。
39)Ēraṇ Stone Pillar Inscription Budhagupta;The year 165 
碑 文英訳
  (2)と同じ場所。1838年の発見。9行
40)Dāmodārpur Copper-plate Inscription Budhagupta
 (碑 文英訳
  (22)、(24)、(38)と同じ場所。発見年代の記載なし。18行。
41)
Bihār Stone Pillar Inscription Budhagupta 碑 文英訳
  ビハール州のパトナのビハール地域の旧城の門。1839年に「発見」された。46行。
42)Nālandā Clay Seals of Budhagupta 
(碑文英訳なし。原 文テキスト
  (3)、(33)と同じ場所。年代の記載なし。8行
43)Ēraṇ Stone Pillar Inscription of Bhānugupta:The year 191 
碑 文英訳
  (2)、(39)と同じ場所。 1874-75 or 1876-77年の発見。7行
44)Nālandā Clay Seals of Narasiṁhagupta  (碑文英訳なし。原 文テキスト
   (3)、(33)、(42)と同じ場所。発見年代の記載なし
45)Nālandā Clay Seals of  Kumāragupta III 
碑 文英訳
   (3)、(33)、(42)、(44)と同じ場所。 発見年代の記載なし。16行
46)Bhitarī Coppet-Silver Seal of Kumāragupta III  (碑文英訳なし。原 文テキスト
   (31)と同じ場所。1886年以前の発見。8行
47)Dāmodārpur Copper-plate Inscription of Vishṇugupta:The year 224 
碑 文英訳
    (22)、(24)、(38)と同じ場所、同じ発掘時に発見。22行
48)Nālandā Clay Seal of Vishṇugupta
 (碑文英訳なし。原 文テキスト
   (3)、(33)、(42)、(44)、(45)と同じ場所。 1927-28 年に発見。3行



4.国王毎の碑文数一覧表

 上の碑文一覧表から、各国王の時代毎の数を集計したものが以下の表です。


在位年
碑文数
サムドラグプタ 330年頃 - 380年頃)
ラーマグプタ (380年頃)
チャンドラグプタ2世 380年頃 - 414年頃 6(7)
クマーラグプタ1世 414年頃 - 455年頃 11
スカンダグプタ 455年頃 - 467年頃
プルグプタ 467年頃 - 473年頃
クマーラグプタ2世 473年頃 - 476年頃
ブダグプタ 476年頃 - 495年頃
ヴァイニヤグプタ 495年頃
ナラシンハグプタ 495年頃 - 510年頃
クマーラグプタ3世 510年頃 - 543年頃
ヴィシュヌグプタ 543年頃 - 550年頃




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