03/09/2002
西域
 

 
 西域都護
 
鄭吉 前60-49年 任期3年で4期在任
韓宣 前48-46年
Unknown 前45-43年
Unknown 前42-40年
Unknown 前39-37年
甘延寿  前36-34年
段会宗  前33-31年
廉褒   前30-28年
韓立   前24-22年
段会宗  前21-19年 (現地で没)
Unknown 前18-16年
Unknown 前15-13年
郭舜   前12-10年
Unknown 前9-7年
Unknown 前6-4年
Unknown 前3-1年
孫建   1-3年
但欽   4-13年
李崇   16-23年

ヤルカンド王康 29年 西域大都護に任じられる。
ヤルカンド王賢 -38-45- 西域支配。漢大将軍に任じられる。

班超   91-102年

(73年、ゼンゼン、74年カシュガル、87年ヤルカンド、 91年クチャ、94年カラシャール平定。90年、クチャ、クシャン朝連合軍撃破。96年使節をローマへ派遣)

任尚   102-107年?

班勇   123-127年


 
 
 
 
1世紀後半 ゼンゼン、ホータン、トゥルファン、カラシャール、クチャ、カシュガル  などに別れて繁栄。
2世紀後半のタリム盆地西部はクシャン朝の影響下または支配下にあったと考えられる。

222年頃、クシャ、カシュガル、ホータン、カラシャール、ゼンゼン、魏の侍中等に封ぜられる。ヤルカンド(車師)王、守魏侍中大都尉に封ぜられる。柵封 関係成立。西域(トゥルファン)に戊己校尉が置かれる。
魏代には、ゼンゼンに屯田もおかれた。
晋時代にもクシャ、カシュガル、ホータン、カラシャール、ゼンゼンに対して守侍中、大都尉、奉晋大侯に封じ、ゼンゼンには晋の屯田おかれ、西域長史(楼 蘭)が置かれた。

376年頃前秦へ西域諸国、大宛などが朝貢。


 
 
 
 

高昌国

漢-晋代まで戊己校尉が置かれたが、450年ショ無イが高昌国建国。以後640年まで 5つの漢人王朝が支配。制度は漢の制度を踏襲。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
人名表