ア ルダシール2世



 
  アルダシール2世
  
 そしてシャープール2世ドゥ アクターフの後 王権の任につ いたのは 彼の兄弟であるアルダシールだった。彼はホルミズドの息子であり、ホルミズドはナルセスの息子であり、ナルセスは シャープールの息子であり、シャープールはアルダシールの息子であり、アルダシールはバーバクの息子である。彼が王冠を受けた 後、彼は国の有力者を迎えるためにそこに座った。彼らが彼の前にやってきた時、彼らは彼の為に勝利を祈り、彼の兄弟であるシャー プールに対して、彼に礼を伝えた。アルダシールは彼らに熱意をもって返答をし、彼の兄弟に関する彼への彼らの礼に対し、彼の心の 中が温まったと彼らに述べた。彼が王座を安泰とした時、彼は彼の注意を有力者と権威の保持者へと向けた。そして彼らの多くを殺し た。4年の統治の後、人々は彼を権力から廃した。

シャープール3世

 そして王権はシャープールに継がれたとされる。
彼はシャープール(2世)ドゥ アクターフの息子であり、 シャープールはホルミズド(2世)の息子であり、ホルミズドはナルセスの息子である。 臣下は彼の継承と彼に彼に父の王の権 威が返還されたことを喜んだ。 彼はもっとも可能な最善の方法で彼らに会い、彼らと連携する州知事に 臣下と親密にし、よき 指揮をするようにと書き送り、 同じ事を彼の臣下と補佐官、延臣に指示し、雄弁な言葉で彼らに演説をした。彼は彼の臣下に同 情を示し続けた。何故ならそれは愛の、愛情の、彼らが彼に示す服従の為である。彼の父方の伯父である廃されたアルダシール (2世)は彼に服従的に振るまい、彼に服従をした。しかし国の有力者と貴族の面々は シャープールが彼に王宮の一つに建てた 大きなテントのロープを切り、テントが彼の上に落ち(て彼を殺した)。 彼は5年間統治した。

バフラーム4世

 そして彼の後王権は彼の兄弟のバフラームが継いだとさ れる。
彼はシャープール2世 ドゥアクターフの息子であり、ケル マーンシャーの称号を持っていた。彼の父シャープールが彼の生前彼をケルマーンの知事とした。彼は彼の軍隊の指揮官に服従す るよう、神を恐れるよう、王に忠告をするよう書き送った。ケルマーンで彼は町を建設した。彼は彼の臣下を推奨される方法で統 治し、彼の支配を称えられた。彼の支配は11年続いた。 人殺しの悪人達の一団が彼に対して反逆し、彼らのうちの一人が彼に 矢を放って彼を殺した。


  - 「アルタバリーの歴史」第5巻 「パーパクの子アルダシー ル後の王権の所有者達」の章p69からp22(通番846頁から847頁より -
 

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