BACK「エーラーン・シャフルの州都のカタログ」という、中世ペルシア 語で書かれた文献があります。ササン朝時代に成立したテキストを基に、最終的には8世紀ごろに、今の形になったと推測されている、短文の テキストです。
英訳が出版されていて、「Sahrestaniha I Eransahr: A Middle Persian Text on Late Antique Geography, Epic, and History : With English and Persian Translations and Commentary (Bibliotheca Iranica: Intellectual Traditions Series, No. 7)」というタイトル で2002年の出版です(※2013年3月現在この本はカリフォルニア大学のサーサーン学サイトでネット公開されてい ます(こ ちら))。値段から言っても、小冊子だろうと見当はついていたのですが、取り寄せてみて、ま ず驚いたのは、「カタログ」部分は5ページ程度 しかなかった点です。何事も百聞は一見に如かずといいますが、この時もそう思いました。しかし、本書は結構便利な書籍で、英 訳の他に、中世ペルシア語を ローマ字表記にした文、現代ペルシア文字を利用した文、中世ペルシア文字を利用した文を、それぞれ載せていて、数ページの解 説、末尾の用語集と詳細な用語 解説、地図が掲載されています。用語集は、ペルシア語のローマ字表記から英語の意味を調べる辞書としても利用できそうな感じ です。書籍の一番長い部分を占 めているのは、用語解説部分であり、これがあるがゆえに、本書は、中世ペルシア語を勉強する学習者のためのテキスト、また は、歴史史料として「カタログ」 を用いる研究書という側面も持っているように思えます。
さて、肝心の本文ですが、60行程度で50程度の都市が紹介されています。短い文は1行、長い文でも数行程度で、単調な内 容が続いています。全訳するよ りは、紹介されている都市を一覧表にして紹介した方が、わかり易いと思います。
まずは、典型的な文と、もっとも長い文を下記に訳出してみます。イメージは伝わるのではないでしょうか。
17行目 【グルガンでは、彼らがDahestan(ダヘスターン)と呼ぶ町が、アルサケス朝のナルセによって建設された。】
殆どの文章がこんな感じで続きます。もっとも長い文節 は、38行 目です。
【Zarangの町は最初に、忌まわしいトゥーラーン人 の Frasiyak(フラーシヤーク)によって建設され、「奇跡のKarkoyの火」がそこに立てられた。 Manuchihr(マヌーチフル)は Padisxwargar(パディシュフワールガール)で包囲され、フラーシヤークは、Spandarmad(スパンダル マッド)に妻になるよう尋ねた。 スパンダルマッドと(フラーシヤーク)は深く交際した。(フラーシヤークは)その町を滅ぼし、その火を消した。カイ・ホス ロー、Siyawaxs(シヤー ワクシュ)の息子は町を再建し、Karkoyの火を再び打立てた。バーバクの子アルダシールは、その町を仕上げた。】
伝説の建設者が、実在の人物と混在していることがわかり ます。建 設者名と、付記されているコメントをまとめてみます。1行目は、「イラン国の土地にある町は、それぞれ違った日々に建設され た、そこで、それらを建設した 支配者がこの回想録に詳細を記されている」とかかれており、都市の紹介は2行目から始まります。
行番
都市名
建設者
コメント
東 方
2
サマルカンド
カワードの息子カウース
2行目:カウースの息子、シ ヤーワク シュが建設を完了した。
3行目:シアーウクシュの息子、カイ・ホスローはそこで生まれ、ワフラームの火を建設した。
4行目:ゾロアスターは宗教をもたらした。ウィシュタースパ王の依頼により、宗教書のうちの1200章が黄金の板に刻印 されて書かれ、火の寺院の宝物庫に収められた。5行目:その後憎むべきアレクサンダーがその書物を焼き、それらを海に捨てた。
3
ソグディアナ
6行目:7つの都市があり、 7人の領 主がいる。それぞれ、Jam、Azi Dahag、Fredon、Manucihr、Kaus、Lohrasp、Wistasp
7行目:トゥーラン人Frasiyakは、悪魔の座と偶像と異教徒の寺院を作った。
4
Nawazag
ウィスタースパの息子 Spandiyad
9行目:彼はワフラームの火 を設置 し、槍を立て、Yabbu(突厥統葉護?)、Sinjebik(突厥イステミ?)、Col河汗、および大河汗と Gohram、Tuzab、Arzasp、 及びHayons王(匈奴)に使者を送った。 5
Xwarazm
Jewessの息子ナルセス
6
Marv-Rod
ヤズダギルドの息子バフラー ム
(注 メルブ北 160Mile地点に ある町)
7
メルブとヘラト
ローマ王アレクサンドロス
8
Posang
アルダシールの子シャープー ル
13行目:町に巨大な橋も建 設した
9
トゥース
Nodarの息子トゥース
14行目:将軍の居所。その 後 Zarer,Bastur,Karzamへ移動した
10
ニシャプール
アルダシールの子シャープー ル 15行目:建設時、トゥーラ ン人 Pahlizagを殺して町を再建した。
11
Oayen
ウィシュタスパの父Kay Lohrasp
12
Dahestan
アルサケス家のナルセ
17行目:ゴルガンの町
13
クミス
Azi Dahag 18行目:Azi Dahagが自分のハーレムを作った。パルティア人が居住した。ヤズダギルド2世の時代、子のシャープールが Gruznian Guard(デルベント)にてColの間に作った。
14
Husraw-sad,Husraw i Must-Abad, Wisp-sad-Husraw,Hu-Boy-Husraw
,Sad-farrox-Husraw
カワードの子ホスロー
20行目:ホスローは、長さ 180 ファルサング(1080km)、高さ25キュービット(13m)の高さの城壁を築くように命じた。城壁には、180箇所 の門が設置された。
西
15
クテシフォン
Gewの子Warazagの子トゥース
16
ニシビス
Gewの子Warazag
17
エデッサ
アルサケス家のナルセ
18
バビロン
Jamの時代のバベル
19
ヒーラ
アルダシールの子シャープール 25行目:ミフルザードが、アラブの盾となるべくヒー ラの辺境 伯(マルズバーン)に任命された。
20
ハマダーン
シャープールの子ヤズダギルド
注:ヤズダギルド1世が建設
21
ネハーヴァンドとWahramawand要塞
ヤズダギルドの子バフラーム
注:バフラーム5世が建設
22
Padisxwargarの22の町
Almayil
28行目:Azi Dahagが従えた山脈の民に、Almayilが建設させた。
29行目:山岳民は7名で、DamawandのWisemagan、Ahagan、Wisouhr、Sobaran、 Musragan、Barozan、 Marinzan
23
モスル
シャープールの子ペーローズ
注:Budh-ArdashirまたはBih- Hormizd -Kowadhが正式名称と推測される。
24
Jazira、Amtusの地の9の町
カエサルの甥
注:アラブ発音でアル・ジャズィーラ。甥とはアウレリ ウス・ ヴェルス、マルクス・アウレリウスの義兄弟
25
シリアとイエメンとアフリカとメッカとメディナとクー ファの 24の町
王の中の王とカエサル
南
26
カブール
Spandyadの子アルダシール
27
Raxvat
Godarzの子Raham
注:ホラサーン
28
Bust
Zarerの子Bastur
36行目:WistaspがFrazdan湖に礼拝を しに行っ たときに、彼の住居と、他の血統の王子達の住居が築かれた。
注:Bustはシースタンで2番目に大きい町
29
Frahとザブール
シースタン王ルスタム
30
Zarang
トゥーラン王Frasiyak
38行目:Zarangの町は最初に、忌まわしいトゥーラーン人の Frasiyak(フラーシヤーク)によって建設され、「奇跡のKarkoyの火」がそこに立てられた。 Manuchihr(マヌーチフル)は Padisxwargar(パディシュフワールガール)で包囲され、フラーシヤークは、 Spandarmad(スパンダルマッド)に妻になるよう尋ねた。 スパンダルマッドと(フラーシヤーク)は深く交際した。(フラーシヤークは)その町を滅ぼし、その火を消した。 カイ・ホスロー、Siyawaxs(シヤー ワクシュ)の息子は町を再建し、Karkoyの火を再び打立てた。バーバクの子アルダシールは、その町を仕上げ た。
注:Zaragはシースタン州都
31
ケルマーン
ペーローズの子カワード
39行目:ペーローズの子カワード、ケルマーン王
32
ヴェーウ・アルダシール
パーバクの子アルダシールと3人の領主
33
Staxr
パルティア王アルダワーン
注:イスタフルのこと
34
Darabgird
Daraの子Dara
注:ダリウス3世の建設
35
ビシャプール
アルダシールの子シャープール
36
Gor-Ardaxsir-Xwarrah
パーバグの子アルダシール
注:後のフィルザバード。224年建設
37
トゥース
Cihr-Azadの娘フマーイ
38
ホルミズド・アルダシールとRam-Hormmizd
シャープールの息子ホルミズド
注:ホルミズド・アルダシールは現アフワズ 39
スーサとシシュタル
シャープールの子ヤズダギルド夫人Sisin- duxt
47行目:Sisin-duxtはユダヤ王Res Galutの娘でバフラーム・グールの母
注:Mar Kahana、Mar Yemar、Mar Zutra一世,Huna B NathanがRes Gaultに想定されている。
40
Wandoy-SabuhrとEran-kard- Sabuhr
アルダシールの子シャープール
48行目:Pilabad(注:シリア名)と名づけた
注:医療の中心で有名。シャープール2世がインド人医者を連れてきて、その後、ギリシア人、ネストリウス派が多数居住し た。グンデ・シャープールのこと。
41
Nahr-Tirag
Azi Dahag
49行目:Azi Dahagのハーレムとして作られた。
42
ヒムヤル
Adwenの子Fredon
50行目:Fredonはヒムヤル王Masrughを 殺し、ヒ ムヤルの地を再びエーラーンシャフルの元にもたらした。彼はアラブの地をアラブ王Baxt Husrawに与えた。
43
Arhest
アルダシールの子シャープール
44
アーシュール(Asur)とヴェーウ・アルダシール
Spandyadの子アルダシール
52行目:アルダシールは、アラブへの防壁として、 Do- sarとBor-gil(注:これらはヒーラの軍団名称と推測される)の指揮官(Marzban)として、 Hagar(注:バフレイン地方)のOsagを 任命した。
45
Gay
フィリップの子アレクサンダー
53行目:ユダヤ人居住区があった。シャープールの子 ヤズダギ ルド治下、Sisin-duxtの招きにより、ここの移住した。
注:イスファハンは東西に分かれていて、一つはGayの東にあり、他の一つは西へ2マイルの地点にあった。町は12の門 を持ち、焼いていないレンガで造ら れていたとされる。
46
Eran-Asan-Kard-Kaward
ペーローズの子カワード
注:カワードがイランに平和をもたらす、の意味。
47
Askar
ヤズダギルドの子バフラーム
48
Adurbadagan
Eran-Gusasp
56行目:Eran-Gusaspは Adurbadaganの 将軍
注:Adurbadaganは、地方名でありかつその中心地名。昔のアトロパテネ。49
ワン
Gulaxsanの娘Wan
57行目:Wanは、カイ・カワードへ嫁ぎ、 Arwandaspの要塞が聖職者Bratresの子Turによって建設された。Wanを護ることを目的として。
北 西
50
Ganzag
Turの子Frasyiak
注:ゾロアスターの生誕地。シースタンの伝説が転移し てきたと 推測される。
51
Amol
死に満たされた異教徒
59行目:Spitamanの子ゾロアスターはその市 から来 た。
注:タバリスターンの首都
52
バグダード
アブージャーファル(Abu Dawaniq)
注:アブー・ジャアファルは、アッバース朝第2代、マ ンスール の実名。
なお、巻末に、手書きの地図が載っているのですが、地図 の中の名 称が合っていなかったり、カタログに登場しているのに、地図にないものもあります。せっかくここまで作成したのだから、あと 一歩進んでほしかった、と思う のでした。