サーサーン朝における国王廃位


 
  ササン朝で最近ふと気がついたことがあります。それは、「国王の廃位」という現象が わりと多く見られる ということです。 しかも中には廃位されたあとも 五体満足に生きているのみならず、 引退もせず政府に居座るケースもあったよう。 ササン朝って東洋的 専制君主国家だと思っていたので、通常このての国家では 殆どの場合暗殺されるか、廃位された後暗殺されるかのどちらかで、例え生き延びても 眼を潰され たり手を切られたりするものなのではないでしょうか?良くて幽閉。 と言ってもササン朝の場合も全員が全員生き延びたり無事に余生を送ったわけではないと 思うのですが、それにしても 「暗殺」と比べて 「廃位」の多さが目に付くのです。 以下にちょっと一覧を作ってみました。

(廃位)
アードゥルナルセ ホルkミズド2世子。貴族たちに廃位され、弟のシャープールが王位についた。その後の消息は不明。
バフラーム3世 叔父ナルセスとの内紛で退位。 恐らくその後殺されたと推測されるが正確には不明。
アルダシール2世(貴族と聖職者に廃された) その後無事に暮したらしい。
ホスロー(ヤズダギルド1世没後一時王位につくが、バフラーム5世の登場で退位) その後の人生不明。
ホルミズド (ペーローズ兄。ヤズダギルド2世死後即位。ペーローズとの内戦に敗れて退位)   その後の人生不明。
ワラーシュ (カワード兄。ペーローズ死後即位。貴族と聖職者に嫌われ退位に追いこまれる) その後の人生不明。
カワード  (ワラーシュ弟。廃位されてギルギットの牢獄に幽閉されるが脱出して復位)
ザマースプ (カワード弟。 貴族と聖職者の支持でカワードを追放して即位。結局カワードの復位で退位) その後の人生不明。
アルメニア王 アルタクシャサ 428年ササン朝併合により廃位。 

上記廃位のパターンは 4、5世紀に集中しています。 これに対し同じ4,5世紀に 在位中に明確に暗殺された王たちは、

シャープール3世
バフラーム4世
ヤズダギルド1世
シャープール(ヤズダギルド1世子)

だけ。 廃位された王よりも暗殺された王の方が人数が少ないという結果になっています。 もっともササン朝末期ホスロー2世以降は殆ど全員 暗殺されて終わっていますから 寧ろ4,5世紀に特徴的な現象と言えなくもないとも思います。(ホルミズド4世以降の末期と上記時期以外は暗殺も廃位も起 こっていない)。 また、ササン朝では暗君というのがほとんど見られず、皆国王はそこそこの治績を残しているようです。これは国王の資質としての条件が厳 しく、大抵は王になる前に地方領国の統治者を努めて 治績を上げた王家の一族が王になる という習慣によるようです。国王は王者でなくてはならず、その点 有徳の人物でなくてはならないとした中国と似ていますが、廃位が多いのは 廃位されるような無能な人間が党派争いに使われることもない、また党派の方も  無能な人間まで押したてて無用な混乱を国家にもたらすことも無い、というコンセンサスがどこかにあったのではないでしょうか? また国王の権力は法に制限 されていたとのこともあり、 これはつまり一種の国家秩序優先の考え方のようにも思えます。

 こう考えてくると、ササン朝という国家は野蛮な専制国家ではなく、こうした観点でもローマや中国に匹敵する内容を持つ国であったと思うの です。




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