2016/Nov/16 created

イラン製作ミステリー映画『予兆の森』(2013年)


 イランのミステリー小説や映画について語った文献やサイトをまだ発見できていないので、本 作をミステリー映画と言い切ってよいのかどうか、という議論はあるかと思うのですが、現在本作以上によりミステリー映画と呼 ぶことが可能なイラン映画を発見できていないため、本作を挙げることにしました。より正確にはミステリー的映画です。更に言 えばスリラー映画です。イラン映画なのでグロい場面はありませんが、それでも本作はスリラーといってよいと思います。

 本作は、2014年の福岡国際映画祭で上映されており、日本語感想もいくつかネットにあがっていますが、日本語dvdは発 売されていないため、内容についてあまり知られておらず、更にこれをスリラー映画と評しているものが見つからなかったので、 この記事を書くことにしました。




 本作は、134分全編をワンカットで撮影した作品です。そうして、監督自ら主張しているようにエッシャーの騙し絵のよう な、あれ?この場面さっきなかったっけ?、なんでこんな山中の湖畔で突然昔の恋人と再会するの?これ幽霊か夢なんじゃない の?というような迷宮に入り込んだような、悪夢ではないにしても、寝覚めの悪い夢を見たような不安定な感覚を見る者に与え続 けます。ワンカットで撮影しているのだから同じ場面はない筈なのに、デジェヴェのような感覚に再三襲われます。本作に関する 批評は、(一般的に知られているものとしては)映画史上ヒチコックの『ロープ』 とソクーロフ『エルミ タージュ幻想』の2本しかないワンカット撮影という技術的側面と、幻惑的な映像展開を指摘するものばかりであ り、それはそれで正しいのですが、スリラー的側面が指摘されていないのが残念です。

 映画冒頭で、1998年の北イランに、食品法に違反したことで閉鎖され、経営者が刑務所入りとなったレストランがあり、更 に当時その近辺で数名の学生が失踪していたことから、新聞などで失踪者の人肉を供していたのではないか、との噂が立ったが、 最近ではそれも人々の記憶から忘れられていった、とのテロップが出た後、まさにそのレストランではないか、と思われるような 山中の湖畔近くのロッジもどきの貧相なレストランが登場し、そこから134分の長まわしが始まります。その湖畔では、数年前 から、テヘランの大学主催の凧揚げコンテストが開催され、多数の学生がテントを張って準備をしているのでした。東京近辺だ と、山中湖あたりの雰囲気です。

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 冒頭、食肉の袋を下げたレストランの二人が、湖畔のあたりを歩き、道すがら出会った人が次の主役(多くはコンテスト参加者 の学生)となり、しばらくその人物が描写された後、次にであった人物が次の主役となる、というように、登場人物がリレー形式 で移り変わる、という展開です。そうして時に登場人物のモノローグが差し挟まれ、観客の視点もリレー形式で交代しつづけ、一 度登場した人物が何度も登場して、同じセリフが登場するなど、デジャヴェな感覚に襲われます。更に不審な言動をする人物も登 場し、中盤女学生が、付近の住民と思われるあまり身なりのよくない中年の男性に「ここでのキャンプは管理人の許可がいる、管 理人に案内するからついて来い」といわれて森に入ってゆく場面は、映画『ブレア・ウイッチ・プロ ジェクト』を連想させられるものがあり、こんな田舎の湖畔で突然昔別れた妊婦と出会ったり、脈絡もなく昔の知り 合いが登場したりと、実はこれは、湖畔で凧揚げ大会中大事故が起って大量の死者がでて、自分たちが死んだ自覚のない亡霊たち を描いているのではないか、などとも思わせられてしまうものがあります。音楽も、スリラー映画のような効果音で盛り上げ、不 安と緊張が続きます。全体的にデヴィット・リンチな感じもします。

 そしてやはり、事件は起こるのです(ネタバレになるので書きませんが、隠す程スゴイネタである、というわけでもありませ ん。ただ、もしかして本作にご興味を持ってご覧になる方のため、ネタバレはしません)。総じて、人肉供食や学生失踪事件の噂 を現地に来て初めて知った凧揚げ大会参加学生が、テントで寝ている最中に見た悪夢だ、と考えるともっとも合理的な解釈となる のですが、失踪した学生達が、実はやはり殺されていて、湖畔をさまよう彼らの霊が繰り返し見る映像である、という解釈もでき ます。

 本作は、Amazonにはレビューが無く、IMDbでも、評点が7.9と高いわりに本日現在投票数が936しかありません (うち1票は私)。公開後数年経ってもIMDbの投票数が1000以下の作品は、関係者くらいしか視聴していないのであって 本作は大した作品じゃないのだろう、と思っていて、なかなかイランのミステリー映画が見つからないので、取り合えず見てみた 次第なのですが、拾い物でした。これまで、IMDbで少投票数で高得点の作品は、関係者の組織票であって、大した作品ではな いのだろう、という思い込み(実際過去視聴したのはそんなのばかりだった)があったのですが、本作で改められました。本作 は、福岡国際映画祭で上映されていることから、日本語字幕はある筈なので、ぜひ、日本語版dvdを出して欲しいと思う次第で す。

 ところで、本作は、テヘランや人名など地名を変更し、欧米諸語で吹替えすれば、イランの映画だとはわからないのではないか とさえ思えます。登場する女性達は皆ショールやフード、帽子を被っているのですが、季節が冬至の日、かつ北イランなので、そ れがイスラムのヴェールだとは気づかないかもしれません。1人明らかにムスリム風ヴェールをつけた女性が登場するものの、他 の女性達は、冬なのでフードや帽子を被っているのだ、というように見えます。北欧やカナダにはムスリム移民も多く、北欧かカ ナダの映画には普通に登場したりするので、北欧やカナダの映画だと言われてもわからないかも知れません。登場する男性陣も、 彫りの深い顔立ちの青年や、カーリーヘアの青年、髭の無い中年の親父など、暑苦しい髭が標準のイランにしては、北欧やカナダ の青年と親父くらいの顔立ちと髭具合の人物が殆どです。
 こういう意味で、本作は、「イラン映画」という観点ではなく、「イラン映画にしてはよくできたミステリー」という観点でも なく、「少しリンチ風の変則的な普通のスリラー映画」として十分見応えがあると思います。ただその場合、本作は、「欧米的イ ラン映画」ということになってしまうのか、それとも、イラン本国でも普通に受けたのか、このあたりが気になります。イランで の本作の評価を知りたいところです。

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