イスラーム世界でSFはありえるのか。あるとすればどの
ようにありえるのか!? 20世紀前半のオリエンタリズム満載時代のSFでは、イスラーム世界は野蛮は異星のメタファーとして利
用
されていた経緯もあり、イスラーム圏では拒絶感が強いのではないかとの印象もありました。しかし、近年ハリウッド製のSF映画の
ペルシア語版やアラビア語版の海賊版が多数ネットに上がっていることから、面白いものは面白い、というなし崩し的な浸透を見せて
いるようにも思え、調べてみまし た。 1.エジプト (1)エ ジプトで公開されたSF映画のチケット売上 (2)エ ジプト製のSF映画 (3)エ ジプト製のSF小説 2.イ ランのSF映画とSF小説 3.アラビア語圏の SF小説 4.まとめ 【1】エジプト
エジプト製のSF映画は期待できるとは思えないので、とりあえず米国のSF映画が公開されているのかどうか、公開されていると すれば、売り上げはいくらくらいなのか、調べてみました。BoxOfficeでは、エジプトで公開された海外映画の売上一覧があ ります。こ ちらのサイトによると、エジプトの平均映画チケット代は、60エジプトポンドとのこと。公定レートでは、当時一ドル 8.8ポンドであったため、約9ドルです。結構高額です。一方、闇レートでは18ポンドとのことですから、こちらでは、3.33 ドルです。こちらの サイトの経済情報によると、2014-16年頃の一人当たりのGDPは約3500ドルです(2017年1ドル 17ポンドになり大幅減価し、2500ドル程度に低下した。購買力平価でも12000ドル程度)。しかしBox Offcieは名目為替レートで計算している筈なので、それに従って入場者数を算出してみました。 2014 年の一覧によると、 海外映画第一位はインターステラーで118万ドル。推定入場者数13万1211人。 第三位は、Gozzlira(米)で81万ドル。推定入場者数は、7万8000人です。 2015 年の一覧によると、第二位が、アベンジャーズ:エイジ・オブ・ウルトロンで121万ドル。推定入場者数13万5千 人。一応『ジュラシック・ワールド』や『マッドマックス:怒りのデスロード」も公開されていますが、いずれもアベンジャーズの半 分くらい。『スター・ウォーズ:フォースの覚醒』はたったの15万ドル(こ ちら)。 2016 年の一覧によると、一位は『バットマンVSスーパーマン』の150万ドル。推定入場者16.7万人。『パッセン ジャー』に至っては、9位でたったの25万7065ドル。推定2万8千人。 2017 年の一覧では、私が見て英語の原題がすぐわかるSFが上位に見当たりません。 2018 年の一覧では、まだ、『アベンジャーズ:インフィニティ・ウォー』は公開されていないようです。 というように、米国SF映画がイスラームの教義の何かに違反しているとかで公開禁止、というわけでもないようです。しかし、人口 が 一億人近くいる国(9569万(2016年))で、たったの10万人程度では、SFが認知されているのかどうかも怪しい感じで す。 IMDbでエジプト&SFで検索してみました。驚いたことに、14本ヒットしました(こ ちら)。しかし、上位でまともそうなのは一位の1958年の『Journey to the Moon』だけで、あとはSFコメディや、12分とか8分の短編だけです。4位の『Safe』 (2016年)は注目できそうですが、制作費2000ドルで8分の作品なので、購買力平価で12000ドルの平均年収のあるエジ プトでも、学生の自主制作作品の範囲という感じです。今年製作中の『ナ イルの血』というフランスとの合作TVドラマがあり、IMDbの情報が正しいとすれば、1200万ドル(約12億 円)の予算がついています。ファラオと狼と吸血鬼とかがでる映画のようです。 1970年代の、長編のSF映画が3本でてきました。そのうちのひとつ、『Sin of an Angel 』(1979年)は、映像がネット上にありました(خطيئة ملاك مصرで検索するとでてきます)。この記事を書きながらとりあえず流していますが、ビキニ姿の女性が登場して驚きです。サダト時代の世俗化ぶりって、こん な感じだったのでしょうか。なんか『地球に落ちてきた男』や『ベルリン天使の詩』をコメディにしたみたいな感じです(主 人公は天使。名前はサイード)。冒頭で宇宙船らしきもの (内部だけで概観はなし。実はこれは天国らしい)が登場するだけで、あとは地上にやってきて街中を主人公の天使(男)が歩き回るだけなのでぜんぜんSFと いう感 じがしません。一応主人公のサイードが天使で超能力もあるという設定((超能力で他の客の金を手元に転送し、レストランで支払いを済 ませたり、イカサマカジノで儲けたりする)なので、SFという概念があったことは 理解できましたが、SF というよりコメディです。突然に挿入されるミュージカル場面は、インドのマサラムービーと似ています。ヒロインと主人公のベッドシーンがあるのが驚きで す。踊り子のヒロイン・ナディアとサイードが恋におち、そこにヤクザ者で芸人のマネージャーのような禿頭の座長が横槍を 入れ、すったもんだの末、ナディアが座長を射殺してしまう。そこに駆けつけた警官隊に逮捕されたサイートは絞首刑となっ てしまう。しかし寸前で仲間の天使に助けられて天国に復帰。天使仲間の恋人と結ばれて終わる。(?????という認識で 正しいのか!?)。というような娯楽作品です。 『2, 1, 0 』(1974年)、サイコホラーっぽい話(未見) エジプト政府に検閲され、TVでは放映禁止。2012年に衛星 放送されたとのこと。 『Adam wa el nessaa』 (1971年) (未見) IMDbの紹介によると、地球が原子爆弾で滅んだ後、地上の男性は一人の青年(アダム)以外全員汚 染さ れ、主人公の青年は、事件のときに鉱山の地下にいたため助かる。不運な青年は、彼が生き残りだと知り、科学者の実験台にされる。妻のもとを去り、新しい ハーレムにいれられる。しかし運命の日にその他の男たちが反乱し、アダムはもやは特 別な存在ではなくなる。というような話らしいです。Pat Frank(フランス人?)の1946年の小説Mr Adamの勝手な流用とのこと。 以上の三本はいづれも1970年代の作品で、サダト時代の特別現象かも知れません。 (3)エジプトの SF小説
エジプトのSF小説は、英語版Wikipediaの「SF
にとってのエジプト社会」という記事で現状が紹介されています。「SFにとってのエジプト社会」とは、エジ
プトのSF協会のようなもので、英国に留学したエジプト人ホサム・アリー・ハミド・エル・ゼムベリー氏が2012年に設
立したものとのことです。ホサム・ゼルベリー氏は3作の長編SFといくつかの短編を発表しているそうです。また、この記
事には、5冊の短編集の題名と掲載作家リストが掲載されています。彼は、2018年5月にソウル国立大学で開催された、
バージニア・コモンウェルス大学のカタールにある人文学学校の教員たちが実施した「ア
ラビアのSFにおけるイスラームと政治、及び宇宙人」という講演の演者として参加したそうです。この概要
PDFでは、アラビアのSFは、異星人との異文化交流や政治批評、社会批評に道具を提供している、と記載されていて、イ
スラームは基本的にSFを許容できる、と記載されています。最後の一文「検閲は、作家たちに、同時代批判を未来や別の惑
星に設定することで偽装することを促している」とされています。
米国出身のSF作家で、エジプト人と結婚しイスラム教徒となったエジプト在住のG・ ウィロー・ウィルソン(2017年日本でも『無限の書』 (創元海外SF叢書)が出版された)がSFの発展に努めているようです。ウィルソンは、マーベル映画でイスラム教徒の女 性ヒロイン、カマラ・カーンを主人公とする映画の原案も行っているそうです。 【2】イランのSF映画 フルCGの2012年のSF映画『テヘラン2121年』は、以前紹介した通りです(こちら) (IMDb はこちら)。IMDb イランのSF映画一覧はこちらです。 ペ ルシア語版WikipediaのSFの記事では、1378年(西暦1999年)にアシモフののファウンデーションシ リーズ『The Last Galactic Foundation』(これが銀河帝国シリーズのどれに該当するのか は不明。短編集らしい)がFarhad Arkani によって翻訳されたとのこと。イランではまだ児童文学の一ジャンルと思われているとのこと。イランのSF小説といえば、ヘダーヤト邦訳版『生埋め』所収の 『S.G.L.L』(1933年短編集『明暗』所収)ぐらいしかない状態で、今後もなかなか進展する様子が少なそうなのが残念で す。 イランのファンタジー・アカデミーというファンクラブの団体があり、www.fantasy.irというSF同好会があるそうです(こ ちらのブログで会員と活動要旨が英語で紹介されています。殆どのメンバーは翻訳・編集者のようです)。活動内容は、 海外SFのペルシア語への翻訳だそうですが、イラン人のSF画などをサイトに掲載したり、国内のSF短編コンテストなどを開催し ているそうです。最近のイラン製のSF小説が読める日が来るかも知れません。取りあえずペルシア語でWebに掲載されれば、ペル シア語は印欧語族なので、英語に自動翻訳するのは容易なので、そうした作品がゲットできたら、読んでみたいと思います。 なお、映画に関しては、こ ちらQ&Aサイトでテヘラン大学薬医学部の助手が回答していて、巨大な予算(500億円)がかかる、と記載 し ていますが、これはハリウッドの最近の超大作映画でも滅多に無い予算です。低予算でもそれなりのSFは撮影できるため、やはり、 この回答でも指摘されているように、SFは子供のものだと思われていることにあるようです。この人の回答によれば、SF小説はイ ランにもあるそうです。 カタールの放送局アル・ジャズィーラで約35分のSF座談会が2015年12月に放映されており、映像が上がっています(こちら。英 語:自動字幕がついている)。座談会の司会者はアラビア系のようですが、イスラム教徒かどうかは不明です。ネット経由で 参加している3名は、Walidah Imarisha はSF短編集Octavia Bllodの 編集者(カリフォルニア在住)、Zen Choはマレーシア出身で英国在住のSF作家(名前からして華人系だと思われる)、 Mark Oshiroはロサンジェルス在住の編集者、アルジャズィーラの局内で参加しているDaniel José Olderは米国人SF作家。他にAbdul Latifというイスラム教徒の男性、Olivia IKileziという黒人女性、Morgan Phillipsという白人女性がネット画像(録画に見える)でコメントしていますが、この3名がどういう人かは不明。jaymee gohという女性は華人系マレーシア人、Adrienne maree brownはOctavia Blodの編集者の模様。基本的に米国人とマレーシア人が登場していて、唯一ヘジャブをして局内で参加しているカレン・ジーンという女性(不明。カタール での著名ジャーナリストか何か?)は、SFについてはまるで知らない、と公言しています。 そういうわけで、イスラーム教徒がSFについて議論しているわけではない点はガッカリですが、司会者とコメンテーターの女性 が、SFの想像力は、性差別や差別、暴力など社会正義を描き、社会変革に役立つことができる、という社会批評の観点 で SFが議論されている点が重要です。まあ英語の放送なので、イスラーム教徒の市民がどの程度視聴し てい るのかは不明ですが、、、、 座談会で論じられているSF作家は、局にゲストとして登場したダニエル・ホセという作家自身の作品の話と、アーシュラ・K・ル グィンとオクタヴィア・E・バトラーです。 こ ちらの記事は、2014年の「アラビア語のフィクション作品国際賞(IPAF)」(第七回らしい)で、「バグダード のフランケンシュタイン」というSFホラーが受賞し、アラビア語圏ではSF・ホラー・スリラーはまだマイナーだが、成長してい る、 という記事。ドバイで国際ブックフェアーが毎年開催されているそうです。 こ のQ&Aでは、「イスラーム教徒はスターウォーズが好きなの?」という質問に、UAEのイスラーム教徒らし い人が、コーランは厳密に「スターウォーズを見るな」とは書いてない。スターウォーズ好きですよ」と回答しています。 サウジアラビアでハリウッド映画『ブラックパンサー』が上映される時代ですから、ドバイあたりでSF映画を観てくる、という観 光とかありかも知れません。 イスラーム世界におけるSFは、オリエンタリズムとして拒否されている可能性を想定していました。実際に、過去のSFでは、オ リエンタリズムとして表象されていました(こちらの、SFにおけるイス ラーム表象を研究しているサイトの紹介に も、その点の記載があります*1)。しかし、イスラーム圏ではこの点に関する指摘がなさそうです。推測ですが、20世紀中盤以前 のSFが、ほとんどイスラム世界に知られていないからではないかとも思われます。逆にこれから翻訳されることがあれば、その時に 物議を醸すかも知れません。しかし、既に最近のSF映画を通じてSFに馴染み始めている状況を見ると、スターウォーズにおけるイ スラーム世界をモデルとした地方惑星の描かれぶりがさほど問題にならず、こ ちらのQ&Aコーナーにあるように、SFがハラル・ハラムの問題に無関係で、アルジャズィーラの座談会にあ るように、社会批評のツールとして認知されうるのであれば、イスラーム世界におけるSFの浸透は、かつでの日英米でそうだったの と同様、子供相手のもの、という認識から脱皮できるかどうか、に掛かっているのではないか、と思われます。 *1 冒頭で”There are many cases where Muslims are cast in somewhat negative light in SF stories which are set in the near future”とある。 □その他参照した記事のメモ 2001 年宇宙の旅 ペルシア語版記事 (アラビア語版の方が詳細)。 アー サー・C・クラーク ペルシア語版 ペ ルシア語版スターウォーズの記事 VFX監督Ali Pourahamadの紹介記事 |