タイ歴史映画「スリヨータイ」

   前回、歴史映画の紹介は一区切りと記載し、ネタがあったら記載、と思っていたところ、日曜 の夕方から発熱し、昨日はお休みすることに。で、結局「スリ ヨータイ」全部見てしまいました。英語の字幕版でしたが、185分ありましたので、米国版ではなく、タイ版に英語の字幕をつけた もののようです。映画の紹 介は、こちらWikiにもありますので、ここであまり付け加えることは無いとはいえ、 ニッチなところに目がいく性分なので、とりあえずここでもご紹介します。

 映画は年代記風に、時代を追って進むのですが、年号の紹介で干支が使われていることが目につきました。Wikiの記事では、 干支はロシアやベラルーシでも使われているとのことで、考えてみれば当然とはいえ、改めて東アジア文化圏というものを感じだ次 第。しかも、当然とはいえ、 干支は、タイでも日本でも同じなのですね。1528年鼠年から始まるのですが、日本でも1528年は鼠年。だいたいスリヨータイ 15歳くらい(ひょっとし たら10代前半か?)の年。アユタヤをRama Thibodiが、いとこのAthithyaがピッサヌロックと、タイは正副2 王に統治されている様子が 語られる。下記はそのアユタヤの宮廷。「キング・ナレスワン伝説」でも、宮廷の様子を紹介していますので、比較してみる とのも良いかも。どちらも中国ドラマに描かれた宮廷より荘厳そう。

  「キング・ナレスワン」の時代は、16世紀後半。スリヨータイの時代は16世紀前半ということで、ポルトガル文物の浸透度に差が 見られました。かなりちゃ んと時代考証を行っている感じ。下右はスリヨータイの武装、左は、キンキラキンの屏風のあるビルマ王の帷幕。この部分は、「キン グ・ナレスワン」同様、か なりポルトガル文物が浸透している感じ。

  左下は、母親からもらった装身具を売って購入した一連の西欧武具のひとつである銃の練習をするスリヨータイ。的のスイカに向けて 射ち、「あたらないじゃな いの。こんなのよりも、弓の方が正確よ」といって、スイカを射抜く。これに対して、武官長(たしか、後々まで活躍するRaj Sasabeha)が、「いえ、距離と破壊力が段違いなのです」と、狙ったスイカは、一撃で破壊。「ふーん」と、納得したようなしかねるような表情を浮か べるスリヨータイ。この人は、現タイ王族で、王妃の侍女だそうですが、素人とは思えない演技。一方、右下は、ビルマ軍に所属する ポルトガル傭兵。「キン グ・ナレースワン」になると、タイ・ビルマ兵士の多くが西欧装備をしているのですが、本作では、まだ少なく、ポルトガル装備の一 群は、国王や司令官以外で はまだ少ないため、ポルトガル傭兵は、直ぐそれとわかるくらい目立っていました。この2つの場面などをはじめ、ポルトガルの文物 が少しづつ浸透してゆく感 じがよく出ていたように思えます。

   この武具の購入をする時、スリヨータイが、母親譲りの腕輪を売って購入した、と記載しましたが、この時のタイ王宮周辺の経済 は、中国商人が高官に取り入 り、ポルトガル商人とともに王宮の購買を独占、価格を不当に吊り上げていた状況が示され、そういう状況に気づきながら、刺激しな いように、夫(このエピ ソードは1534年。銃の練習は1538年。当時はまだ王ではない)には知らせずに、自己の財産で武具を調達するあたり、いかに も開明的な賢夫人という感 じ。
  この、西欧化(ポルトガル化)の進む前のタイ一般の風物を思わせる映像も多数登場していて、下記はそのひとつ。下右は一般兵 士の武装。下 左は王宮内で輿に乗る王妃。これらこそ、私が持っていた先入観に近い中世タイのイメージそのもの。左下は正確にはビルマ軍なので すが、タイの、高級将校以 外の兵卒はこんな感じの半裸。これが、「キング・ナレスワン」になると、中堅将校まで、華麗なイベリア風武具で固められていて、 末端の兵卒、雑兵という形 容が似合いそうな兵卒だけが、半裸のみすぼらしい装備。右下の輿に乗る王妃は、タイだけではなく、ポリネシアをも含む、南方の貴 族が登場する典型的な風景 という印象。








 いい人ばかりが登場するドラマは現実味に欠けて面白くも無いのですが、本作は、悪人だけではなく、主役級のほとんどの人がどこ かに悪意をもった人物となっていてリアルな感じ。終始善人と言えたのは、スリヨータイの夫Tienだけかも。
  まず、1533年死去したAthithya王の死の床での約束を反故にして、幼年王を処刑して王位についた、Chai Raja 王が新しく迎えたアユタヤ 朝初期(14世紀)の王家・ウートーン家の姫Srisudachanが悪役。でもこの人、同じウートーン家出身との触れ込みの歌 人Worawongsaと 愛人の中になり、王を殺害してWorawongsaを王位につけるのだけど、Worawongsaはあまり有能ではなく、あっさ りと後のサンペット1世 (ナレスワンの父)に破られてしまうところは、底の浅い可哀相な小物の悪女という感じ。Tienは、「殺さないように」と指示し たのに、あえて幼児ともど も射殺してしまう後のサンペット1世や、Chai Rajaが王につき、前王の息子を処刑した時、「あなたがChaiの立場にいたら、同じことをしたはずよ」と夫のTienを諭したり、港で火災が発生し、 町に燃え広がった時、私兵を救助に出そうとした夫をとめて、「狙うなら今よ。救援の兵士は出さずに引き止めて」とアドバイスした スリヨータイの方が余程狡 猾な人物という感じ。賢明とはいえ、町の人命救助を放っておくところは、よく考えれば非情の人。しかも、後のサンペット1世を Tienに推薦したのは、ス リヨータイ。ちなみにサンペットは、元スリヨータイの恋人。冒頭の、王家主催の象狩り場面で、スリヨータイが「頑張ってー。あの 可愛い子象を私のために とってー」と応援するも、採れなかった恋人に涙を流すくらい怒って自宅に引きこもり、狩で応援するスリヨータイを見初めた Tian王子が、子象を届けにき て、多少の曲折はあるもの、結局Tian王子と結婚してしまった、という過去の因縁のある関係。そのサンペットを推薦し、しか も、自分そっくりの娘を使っ てサンペットを操るあたり、もう、なんというか、娯楽作品でありながら、人の心を操作する酷薄さも持ち合わせた、これが本当に王 家の企画と援助で作られた 作品か!?と思われるくらいな権謀と修羅が描かれた作品でした。

 しかも、そのサンペットも、弱気になったとき息子(ナレスワンはまだ未 誕生なので別の王子か)に「あなたも元の王家スコタイ家ではないか。王位を狙って何が悪い」と激励されたり、四方を侵略した Chai raja王も、妻の毒殺に気づきながら、弟のTienに罪がなすりつけられていることを読んでいて、事前に弟の出家を認める勅令を出しておくなど、各人 が、善悪・強気弱気それぞれの複雑な面を見せる、人物が描きこまれた作品となっているように思えます。長編のテレビドラマ化して も成り立つような人物造詣 であるように思えました。

 とはいえ。一番の悪役Srisudachanは、可哀相と書いたものの、Chiang Mai(チェンマイ)国への遠征中に、Worawongsaの子を身ごもってしまったとき、それを知った中国人医者を部下の女性親衛隊長に暗殺させたり、 Worawongsaの宮廷での昇進の最初のきっかけを作る為に、「現職が死ぬまでだめだよ」と断った高官の宴席に、現職の首を 届けたり、 Worawongsaを王位につける為に、Chai Rajaとの子のYotfaを暗殺したり、Worawongsaが王になってからは、愚痴をたれる高官を暗殺したり、Chai Raja暗殺をTienの責任にするなど、やっぱ始末に終えない悪女か。まぁでもあんまり憎めない人でした。

 とまぁ、ここまで賢明で知 恵のまわるスリヨータイでしたので、最後の安易な死はいまいち納得ができないなぁ。。。。王を守るなら、自ら最前線で直接剣を交 えなくても、取り巻きの兵 を指揮してもっとなんとかできたのじゃあないの?ここまできた人が、そんなにあっさり死んでしまっていいのか!?というくらい、 あっけない最期でした。い や、それでよかったのかも。こんなことを書くとタイ王室には不敬となるのかも知れないけれど、このまま長生きしていたら、一人娘 の夫は元恋人のサンペッ ト、しかも今やアユタヤ朝でもっとも有力な家臣となってしまているということで、Tien王の次は、いづれはサンペットが次ぐこ とになり、善良なTien 王が、口にすることは無いまでも、どう考えても何もかもスリヨータイの思い通り、という感じで男どもは面白くなくなるんじゃない かなー。ということも考え ると、スリヨータイは、このあたりで死に場所を用意したということなのかも。。。(考え過ぎか)。

 さて、このように書いてくると、陰謀 劇だけのような印象となってしまいますが、最期のビルマ王(ホンサワディー)とProme王の連合軍(ホンサワディー王の先鋒に は、「キング・ナレスワン 第2部」の冒頭で少し登場していた後の大王バイナウン)との攻防では、時間を稼ぐために臨時に構築した要塞で立てこもる隻眼の Raj Sasabeha隊長(前半、スリヨータイに銃の指導をするなど、ちょくちょく顔を見せていた、Tien王の腹心)の奮戦と陥落は、メキシコ大統領サンタ アナ軍を迎えて、時間を稼ぐアラモ砦のよう。「どれ、私がいってこよう」というRaj Sasabehaに、「死にいくようなものだぞ」と、一応引き止めるTien王。ちょい心が震えた場面でした。各地の領主の寄せ集めであり、功名心・ライ バル心に足を引っ張られるビルマ軍の陣幕の様子に比べ、多くの陰謀や内訌を経て、いまやTien王の元、一致団結するようになっ たアユタヤ勢。ビルマ軍 は、700の象、3000の馬、30000の兵士。これに対するアユタヤ勢は10分の1。攻撃も、単調ではなく、なんどか攻め て、お互い破ったり破られた り、タイ軍要塞上の大砲に手をやいたビルマ軍が、ゾウの上に、小型大砲を乗せて砲撃したりと、日々形を変えた攻防がこれでもかと 続く場面は大迫力。「キン グ・ナレスワン」程でないにしても、いろいろ工夫が見られ、レベルの高さを感じた戦争場面でした。

 今回も長くなってしまいましたが、最期に3つ程、印象に残った場面を紹介して終わりたいと思います。
 
  最初の一つは、1533年、Athithyaの息子を処刑する場面。刀を持った処刑人が、儀式の踊りを踊りながら殺害する場面。 このように、殺人の罪深さ を、儀式化・舞踊化することで隠蔽する方法は、各地各時代で見られた現象だったかと思うのですが(佐藤史生「夢見る惑星」でも出 てきた。突然思い出し た)、実際に映像で見たのははじめて。インパクトがありました。

 次のひとつは、港で火災が発生し、暗殺者達が、Tien王子の家を襲う 場面。下記のように、棒をうまく利用して、塀を乗り越えています。中国ドラマだったら、比較的まともな歴史ドラマでも、忍者装束 の暗殺者がワイアーアク ションを使ってしまう(ように思える)場面。なるほどー。このように、後ろから棒で押してもらい、棒を伝って乗り越える方法があ るのかー、と勉強になりま した。

  もうひとつの下記は、ビルマ王が、陣地周辺の民家を砲撃する場面。陣地内で踊り子が踊り続け、炎上し逃げ惑う人々を背景に踊るス ナップショットが何度か入 る場面は、意味もなくシュールに演出した場面のように思えるのですが、映像的に強い印象が残った場面。地獄の黙示録のラストを思 い出しました。


  全体として、主役の筈のスリヨータイの登場場面よりも、時代によってはChai raja王や、Srisudachanの方が多いような印象さえあるのですが、「歴史を描いた」という実感が味わえる作品でした。日本にも、よい歴史映 画・ドラマは多いとは思うのですが、近年に限っていえば、「スリヨータイ」と「キング・ナレスワン」の2作に対抗できる歴史作品 は無いのではないか、とさ え思えてしまいました。

 ところで、本作は、王家中心に描いた「歴史」映画なので、一般民衆はほとんど登場しません。この意味では、武田 信玄を主人公とした「NHK大河ドラマ武田信玄」に対比するに、当時の農民の視点から描いた映画「笛吹川」のような作品もあって いいのかも知れませんが、 歴史映画もハリウッド風娯楽作品が流行している昨今ですし、民衆の視点はまた別として、素直に楽しめばよいのではないかと思いま す。衰退したかつての王家 ウートーン、更にアユタヤ朝に吸収されたスコタイ家、現王家Suphanabhumi家、ピッサルヌクのPraruang家な ど、当時の有力家系の関係も なんとなく理解することができ、現王妃の目的である、タイ国民にタイの歴史に興味をもってもらう、どころか、他国民までにも、タ イの歴史に興味を抱かせる 効果を持つにいたった「スリヨータイ」。歴史好きの方にはお奨めです。

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