古代イランの残滓を描くアッバース朝映画「BABEK」

  現アゼルバイジャン地方でアッバース朝の支配に反乱したバーバク・ホッラムディン(795/798-838) の半生を描いた作品です。半生といっても、主に描かれているのは816年の反乱勝利の時期と838年の鎮圧・処刑の2つの時期と なっています。当時アゼル バイジャン地方からカスピ海南岸、更にホラサーン地方にかけての旧サーサーン朝辺境地帯では、サーサーン朝時代に起源を持つゾロ アスター教系のマズダック 教と、アブー・ムスリムの支持者を母体としたシーア派抵抗運動が混交たしホッラム教が浸透し、バーバクは、ホッラム教の指導者 だったとのこと。彼が本拠と した城砦は、今でもアゼルバイジャンに残っているようで、こちらなどに映像があります。


 この作品は、1979年旧ソ連のアゼルバイジャン製作のようで、こちらに紹介が あります。映画の題名は「BABEK」となっていて、「バベク」「バベック」などと読めますが、アゼルバイジャンでは「バーバ ク」のようです。つまりは、 サーサーン朝初代のバーバクと同じ名前なのではないかと推測されます。この点に伺われる通り、当時のアッバース朝辺境地帯には、 イスラム勢力は浸透してお らず、古代イランの文化・習俗が強く残っていたと推測されます。そのように見てみると、本作品には、古代イランの習俗を伺わせる 映像がふんだんに登場して いる様子がわかり、本作は、アッバース朝映画であるとともに、古代イラン映画としても見ることができそうです。
 例えば、下記はアッバース朝側の将軍(アフシーンだと思われる)とバーバクが、ゾロアスター寺院と思われる場所で密会する場 面。火を挟んで対話しているところ。

左はバーバク、右はバーバクと妻。古代イランのデフカーン(郷紳)の服装はこのようなものだったのかも知れません。

下記、侵攻してくるアッバース朝の軍隊を丘の上から見守るバーバク達の様子も、なんとなく古代イランのイ騎士のイメージがよく出 ている感じ。

左 はマームーン。右はムスタスィム。バグダードは、カリフの宮廷しか出てこず、少し残念。しかも二人とも野蛮人み見えるところが もっと残念。実際にそうだっ たのかも知れませんが、ムスタスィムに至っては、台詞がわからないので何を言っているのかは不明なのですが、映像を見ている限り では品性下劣な印象を与え る人物として描かれてしまっています。









  それにしても、何故このようなレアな題材の作品が製作されたのでしょうか。ソ連の国内民族統治政策の一環として、地元の英雄を描 いて民族の高揚と統合を目 指す統治政策の賜物だとは思うのですが、現アゼルバイジャン人の主力は後の時代に移住してきたトルコ系の人々であって、イラン系 の人ではない筈なので、民 族意識の高揚にどの程度効果があるのか少し疑問です。製作年が1979年なので、2月のイラン革命を受けて、反米となった新イラ ン政府向けに急遽製作し た、というのもありえるかも知れませんが、主役は、シーア派分派とはいえ、古代イランの色彩を色濃く残したホッラム教。まぁ、 アッバース政権がアラブで、 ホッラム教徒がシーア派+イラン人と見立てれば、新イランに十分アピールできると考えたのかも。とはいえ、本作には少なくとも映 像的に、スンニー・シーア を目だたせるところは殆ど見られず、唯一見られた宗教的要素はゾロアスターのものだけ。アラブ対イランという民族色ばかりが目に 付いた点、いかにも旧ソ作 品という感じでしたが、これがかえって古代イランの習俗が前面に出てくる結果となったのかも。私としては嬉しい限り。

 さて、アッバース朝の映像としては、軍隊と宮廷が登場しています。下記はムスタスィムの宮廷の様子。

続いてアッバース朝軍隊。全員黒いマントが特徴的。

将軍の背後に翻る、文字通り黒いアッバース朝の黒旗。アッバース軍の軍装は、後世のモンゴル軍やマムルーク軍のものに似ている感 じがします。


  途中の解説でタバリー(838-923年)が引用されていました。タバリーは、カスピ海南岸、当時のタバリスタンの出身なので、 バーバクの反乱は、彼に とって殆ど地元の同時代史と言えるのではないでしょうか。となれば、タバリーの史書に豊富な記載が残っているのかも知れず、その あたりの記載には、古代イ ランの残滓が多く見られるのかも知れません(よく見ると、タバリー生誕年は反乱が鎮圧された年ですね。タバリーの親とかを登場さ せると面白かったかも)

 それにしても、最後はバグダードに連行されて八つ裂きの刑で処刑。Wikiの記述にも八つ裂きであると記載されているので、当時のアッバース政府は 余程彼が憎くまた、危険な勢力だと認識していたということなのでしょうね。

  というわけで、台詞がわからないながらも、動きの多い作品なので結構楽しめました。ネット上には、ロシア語版とアゼルバイジャン 語版が上がっていて、ロシ ア語版の方が映像的がきれいですが、アゼルバイジャン語版の方が、縦横比3:1の、横の長いサイズ(何て言うんだろう)であり、 ロシア語版では切れてし まっている部分が見れます。

イスラーム歴史映画一覧表
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