現代欧州の金融と通貨の起源(4)その他参考になった資料
前回のまた続き。今回で最後(のつもり)
5. 「中世末南ネーデルラント経済の軌跡―ワイン・ビールの歴史からアントウェルペン国際市場へ アールツ教授講演会録」 エーリック アールツ
これも小冊子ながら役に立ちました(Amazonでは4597円もの中古しか出ていませんが、書店のネットショップには、まだ新刊在庫があるようです
(1500円)。私はジュンク堂のネットショップで購入しました)。前掲ローヴァー本では、16世紀に入ると、ブザンソンやリヨンの大市での取引は詳しい
のですが、アントワープについてはあまり記載が無い(4章では裏書の件のみ)ので、シャンパーニュ大市が衰退して以降、国際金融取引の重心がブリュー
ジュ(14初-15世紀末)とアントワープ(15世紀)に移ってからの記載が少なく、その部分を埋めるのと、ローヴァー以降の最近の研究に触れられている
点、役に立ちました。三章中の第2章が、「中世後期‐近世初期ヨーロッパにおける為替取引―南ネーデルラント起源の方法と概念について(ヨーロッパにおけ
る経済的前史:陸路交易の衰退とブリュッヘの隆盛:為替の起源 ほか」となっていて有用です。
研究の進展かどうか私には判断できませんが、ロー
ヴァー氏が「アントワープの状況は、裏書発生に好都合であったが、16世紀末まで裏書の事例は見つからなかった。最初の裏書された手形が発見されたのは
1610年の日付をもったものであるが、それらは全てスペインで振り出されたものであった」と、16世紀末のアントワープでの裏書の存在を示唆する記載が
ありますが、アールツ教授の前掲書p43には1571年の裏書のある現存最古の手形が発見されている、とあります(なお、こちらの川村正幸氏の「レイモン・ド・ルーヴァー『一四世紀から一八世紀に於ける為替手形の発展』と
いう論考のp9には、「Federigo
Melis教授ほ、一五一九年八月六日付けのナポリ振出、フィレンツェ宛ての為替手形上の裏書の存在を指摘する。けれども、この裏書は例外物であり、当
時、裏書実務ほ未だ一般化していなかったと解される」との注釈があります)。それにしても、私が学生時代は、「アントワープ」が一般的表記だったように思
えるのですが、今はアントウェルペンが一般なのですね。。。恥ずかしいけど知らんかった。
大きく参考になったのは以上の5つの書籍・資料です。
そ
れ以外にも、一応参考になったものに、下記のものがあります。ネットの資料だけでも相当知識がつくことがわかります。ただし簡単に検索にひっかからないも
のもあるし、ヒットしても文書が有用かどうか、中身を見ないとわからないので、よさそうに思えた資料を目録も兼ねて記載しておきます。
1.愛知教育大学の松岡和人氏の論考
14世紀における西欧の金銀複本位制と為替レートの決定
15世紀西欧の為替手形為替レートと利子率に関する一考察
14-16世紀のフランス、オランダ、イタリアの利子率のグラフや、15世紀に入り、英国の金銀貨幣の額面価格を大陸の金銀価値が上回ったため、英国から金銀貨幣が流出したので1411年に悪鋳したが、流出を止めることができなかった話などが参考になりました。
16世紀における西欧の為替レート決定と外国為替理論の胎動
最初の方に載っている、国際金融市場の変遷図(シャンパーニュ、リヨン、ブザンソン->ブリュージュ->アントワープ->アムステルダ
ム)や、その時々の国際通貨、主要銀行などの一覧は有用です。また、英国が行った16世紀の悪鋳と、為替レート、物価指数の図や、悪鋳の為金銀比価が安く
なり、大陸に金が流出し、これを防ぐためにグレシャムが行った為替対策の具体的内容などが参考になりました。
2.複式簿記関連
今回複式簿記の起源は調査の対象外だったのですが、結果的に有用そうな資料が見つかりました。
石川純治氏「資金計算書の歴史的展開と数学的展開」 幾つかの説が記載されています。
日野晃輔氏の論考
複式簿記の考古学(2)
複式簿記の考古学(3)
複式簿記の考古学(4)
渡邉泉氏の論考
「16世紀アントワープにおける期間損益計算の生成」
「収益費用観から資産負債観への変容」
題名だけだとわかりにくいのですが、複式簿記生成と発展史となっていて、13世紀頃からの記載となっています。なお、上記の簿記歴史論考では、欧州起源と
なっていて、アラブ起源説については言及がありませんでした。アラブ起源説は、ゴイテイン(米国籍ユダヤ人学者:E. David
Goitein 1900-1961年)が、カイロ・ゲニザ文書の中の1075年の文書中に、貸し借り勘定口座と、合計額の記載された文書があると発表
(1967:p295)しているとのこと。
3.堺雄一氏 中世ヨーロッパの遠隔地交易と危険対策
これは結構凄い資料です。各
70ページ程あり、全部あわせると一冊の書籍程のボリュームです。メインは西欧近世の海上保険の成立史で、研究史に結構記述を裂いており、今ブログのテー
マである貿易取引や徴利問題などにも言及があり、更に大量の注は結構な量の参考文献案内となっていて有用です。
第1章中世ヨーロッパの遠隔地交易と第2章交易危険と危険対策
第3章 コンメンダとソキエタス 現代の株式会社に連なる西欧中世末期の会社の起源について扱っています。また、10世紀から15世紀のヴェネチアとフィレンツェの名門家門興亡一覧は参考になります。
第4章 冒険貸借から海上保険証券へ (1)研究史にみる冒険貸借と海上保険 (2)冒険貸借の構造と展開 (3) 海上保険の生成に関する論争上の諸問題
第4章 冒険貸借から海上保険証券へ (4)海上保険の生成と徴利禁止問題 「嘘と貪欲」で記載されている、13世紀の徴利論争について詳述されており、一部は「嘘と貪欲」より詳しい部分もあり、有用
第4章 冒険貸借から海上保険証券へ (5)海上保険の生成と商業機構
4.河原温「ブリュージュ―フランドルの輝ける宝石 (中公新書)
あまり評価してないレビューがあるからか、安く手に入りました。ブリュージュに何の知識も無かった私としては、結構有用な書籍に思えます。専門書並みの参
考文献一覧も、新書とは思えませんが、有用です。それにしても、p27以降延々と記載されている、13世紀末の貿易先一覧は凄い。アルメニアやスーダンま
でリストに入っている。p47以降では、ローヴァーはイタリア商人の役割を過大評価しすぎ、として、近年の研究者を引いて(J.マレー、A.グレーヴ)い
ます(でもあまりイメージは変わらなかったけど)。
以下は、読んではいないものの、今回色々探していて見つけた面白そうな書籍。
1.Handbook of Medieval Exchange (Royal Historical Society Guides and Handbooks)
Peter Spufford著 1986年の出版で、ローヴァー以降の研究書。以下も同様。
Money and its Use in Medieval Europe [Paperback] Peter Spufford著 1989年
このSpufford先生が作成している凄いサイトを発見。中世の為替レート換算システム(全体のトップページはこちら)。貨幣を二つ選択し、取引都市を選択する、というものらしい。ビザンツ貨幣のベザントも選択肢にあり、ジェノヴァとかのレートはどうなっていたんだろう、と少し使ってみましたが、「Data not found」ばかりでがっかり。でも有用そうなサイトです。
2.これも面白そう。A History of Business in Medieval Europe 1200-1550 (Cambridge Medieval Textbooks [Paperback]。と思ったら、河原本の巻末文献一覧に載ってますね。Edwin S. Hunt著。1999年。13ドル。
3.こちらも面白そう。「The Commercial Revolution of the Middle Ages, 950-1350 [Paperback]」 Robert S. Lopez著。1976年。と思ったら、翻訳が出てますね。これ、本屋で立ち読みして、あまり参考にならなそうだと思った本でした。似たような題名の本で最近邦訳が出版された、「中世の産業革命」は店頭でざっと見た感じでは面白そうです。安い古本がでまわったら購入予定。
4. イリス オリーゴ著「プラートの商人―中世イタリアの日常生活」
これが為替取引起源の重要資料でローヴァー氏にとっても重要資料あるフランチェスコ・ディ・マルコ・ダティーニが遺した文書から起こされた書籍だとは知り
ませんでした。これまで本屋や図書館で頻繁に眼にしているのに、そういう書籍とは全然知りませんでした。。。(実をいうと、「プラーグの大学生」と混同していました。。。。)
ところで、最初の1回目で記載した、貨幣の起源ですが、こんなサイトを
見つけました。20進法や12進法など、様々な単位混在する各地・各時代の欧州通貨をうまく整理する表の発想には驚かされました。ところが、この表も完全
なものではなさそうです。 「メディチ・マネー」を読んでいたら、p46に、「当時小銭はピッチョロ(複数形:ピッチョリ)といい、デナロ(複数形デナ
リ)もソルド(複:ソルディ)も存在していなかった」との記載にぶつかりました。この点を調べてみようとしたら、前掲サイトに記載は無く、そもそもネット
上にはピッチョロの記載が殆ど無く、Google bookでThe Big Problem of Small Change (Princeton Economic History of the Western World) (Thomas
J.
Sargent著)でようやくまともな説明にヒット。ピッチョロが存在し、デナリは無かった、と明確に書いてあったのは(少し探した限りでは)本書だけ。
一体、中世西欧貨幣はどこまで奥が深いんだ。と思うとともに、本書の書籍紹介に「中世では小銭は鋳造コストの方がかかるので、地金にしてしまった方が良
かった」という、中世西欧の小銭問題を扱っている著作のようなので購入することに*1。円高のお陰か、中古が送料含めても2081円(他にもピッチョロに
ついて載っているヴェネチアの貨幣本があり、これもよさそうです)。
*1この様な小銭問題は、清朝などでもあった。複数通貨の相対価値が安定するには、どの地域でも相当な苦労をしているようですね。
やれやれ。インドと中国の手形取引まで行けませんでした。というわけで、次回こそ最後にする予定。