古代ローマ歴史ドラマ「この私、クラウディウス」

   1976年英国BBC製作。11時間(669分)、全12話から成る大作。
 本作は、ブルガリア滞在時、恐らく1997年頃に、知人の家に夕食 に招かれた時に、テレビで放映されているのをチラリと見て、以来ずっと見たいと思っていた作品です。ネット上で見つけ、早速第一 話を見てみたのですが、え らく期待外れ。オクタヴィアヌスもアグリッパもイメージと違うし、屋内の場面だけ。野外の場面は一切無し。延々と屋内での会話が 続く、舞台劇のような仕上 がり。英語がそれほどできるわけでも無い私にはかなりな負担です。約100分近い第一話を見終わった時点で見るのをやめようかと 思いました。しかし、これ はクラウディウスの自伝なのだから、生まれる前の話や幼少時の話が宮廷内に留まっているのもある意味当然で、成長してくればいつ か面白くなるだろうと、第 二話以降はブログ記事を書きながら、"ながら見"をすることにしました。かなり見流していたにも関わらず、それでも粗筋メモが 残っているのが我ながら不思 議でしたが、第三、第四話ときても全然面白くなりません。そもそもオクタヴィアヌスが死ぬのがようやく第四話。肝心のクラウディ ウスは、子役が数カットく らいしか登場しません。それでもクラウディウスが皇帝になる頃には面白くなるかも知れない、と我慢して見続けました。そしてその 時は突然来ました。第六話 の36分。通算では約335分時点。そしてそれ以降はほぼ最後まで釘付けとなってしまいました。、もう15分毎に、 「クァーーーーー」とか「フーーーウ」 とかため息をつかされ、とにかくとにかく圧倒されました。

 これはスゴイ!!!! 本当にスゴイ!!!凄すぎる!!!

  なんでこんな凄い作品が日本で放映されていないんだ!!!(ひょっとしたらネットに情報が乗っていないだけで過去に放映されてい るのかも知れませんが)。 日本語字幕版dvdはおろか、vhsさえ見当たらない。どうかしているんじゃないのか!!!当事英国在住の日本人は結構いた筈 で、これを見た日本人は結構 いる筈なのに、日本語感想がまったくと言っていいほど見当たらないのはどうしてだ!!(ゼロではなかった。安心した)
 本当に、本当に、これだけの作品の日本語版が出ていないのは残念でなりません。

 以下、各話のタイトル。第一話のみ約100分、他は約52分程。

 第一話  A TOUCH OF MURDER  ( 殺人の始まり)
 第二話 WAITING IN THE WINGS (風を待ちながら)
 第三話  WHAT SHALL WE DO ABOUT CLAUDIUS? (我々はクラウディウスをどう扱うべきか?)  
 第四話  POISON IS QUEEN  (毒は女王)
 第五話  SOME JUSTICE (それなりの正義)
 第六話 QUEEN OF HEAVEN  (天国でも女王)
 第七話  REIGN OF TERROR (恐怖の統治)
 第八話  ZEUS, BY JOVE!   (ゼウスに誓って!)
 第九話  HAIL WHO? (誰に跪くべきか?)
 第十話  FOOL'S LUCK (嘘みたいな幸運)
 第十一話 A GOD IN COLCHESTER (コルチェスターの神)
 第十二話 OLD KING LOG (いにしえの王達の記録)

 見終わった後、わからない台詞も多かったので、是非とももっと詳しく知りたいと思い、翻訳で出ている原作を買うか英語版DVDを買うか迷った挙句、dvdを注文しました。この作品には是非とも対 価を払わねばならないと思ったからです(字幕があるものと思って購入しましたが、字幕はありませんでした。でも購入する価値のあ る作品だと思うので満足しています)。

本作については、ベースとなった翻訳本が出ていることもあり、日本語情報は存在することから、今回の記事では、あらすじではな く、インパクトを受けた部分を中心に感想を記載したいと思います。

IMDbの映画情報はこちら
Wiki掲載の各話のあらすじはこちら(一話あたり数行で記載されています)
英語版Wikiにも本作品の解説が掲載されています。それによると、2007年度 のTime magazineの、 "100 Best TV Shows of All-TIME." の一本に選ばれているそうです。まさに歴史的作品だと思います。
古代ローマ歴史映画一覧表はこちら

で、 最後に注意なのですが、本作は、99%屋内の話です。野外といってもせいぜいバルコニーくらいで、市場の場面なども出てきます が、いかにも屋内セット撮影 という感じで、屋外という感じはありません。この点で、通常の歴史作品とは異なります。はっきり言ってしまえば、舞台劇を延々と 見せられているようなも の。それでも本作は歴史劇であり、史上に残る作品だと思います。

  最初は、気に入らなかったオクタヴィアヌス。ドラマは前23年から始まっているので、オクタヴィアヌス41歳の筈なのだが、かな り老けて見えた。第一話が 前23年から、少なくとも後9年まで、32年は経っているのに、まったく容貌の変わらないのもちょっと不満。アグリッパも、オク タヴィアヌスよりも年長 だったとの説があるものの、前23年時点で、60歳くらいの老人に見えるメイク・配役だったのも不満。で、下記が死の床のオクタ ヴィアヌス(第四話)

  よくよく見ると、オクタヴィアヌスの両頬の贅肉を取ると、意外にイメージ通りのオクラヴィアヌスになりそう。案外こっちの方が実 像に近かったりして。残っ ている彫像は神格化されたものばかりだから、彫像では頬の贅肉を取ったのかも。そう考えると、まあ納得しないでもない。

 オクタヴィアヌスの妻、リヴィア。第六話までの主人公はこの人。オクタヴィアヌスでもティベリウスでもありません。ドラマ史上 屈指の怪演といえるかも。この人が水をついでいたりすると、毒入りとしか思えなくなってくるのでした。
 

 死の床にあるオクタヴィアヌスに、

”I feeling better , this delegation haven Rome waiting see you, you are finded way. people will trying poison to you" と言う(文法的に変な感じのところがあるので、聞き違えている部分もあるかも知れませんが、こう聞こえた)。死の直前にいる人にいう台詞か!
 
 そのリヴィアも、第六話では、年相応(90歳近くで亡くなった)となってきて、

 最後の方では、こんな表情もできるんだ!というような変貌ぶり。凄い役者さんです。


 そして問題の場面。

 少年クラウディスが、誰がマルシアスを殺したの?と聞くと、私よ、と答えるリヴィア。

  更に、ガイウス(アグリッパの子、ガイウス・カエサルだと思われる)にも毒をもった、というリヴィア。ポストゥムス(同様)は ティベリウスが殺した。皇帝 はアグリッパを後継者にしたから、もうマルシアスは必要なくなったの。その後、アグリッパにも毒を盛ったわ。だって彼の妻はタイ ベリアス(ティベリウス) を愛していて、タイベリアスはオーガスタスと結婚していた。ガイウスは彼がシリアにいるときに毒殺した。驚き続けるクラウディウ ス。XXは?「私よ」  じゃあXXは?「それも私」と聞くたびに、ハトのように口をあんぐり開けて部屋の中を走り回り、戻ってきてリヴィアの耳にXX は?と問いかけては、また走 り回るのだった。

ルーシアスは事故?僕の父さんは?あなたの父は落馬よ。そして最後に、大きくどもりながら、「オ、オ、オ、オ、オク、オクタ、オ クタヴィアヌスは?」と問う孫に答えるリヴィア「それも私」。 もう笑うしかないクラウディウス。


  最後に、リヴィアはクラウディウスに、巻物を渡す。民会が公式の歴史として扱うことを拒絶した史書。本番組が、クラウディウスの 告白(史書を記載しなが ら、その内容が独白される)であるにも関わらす、誕生前の部分が大半を占めているのは、リヴィアから受け継いだ史書が元ネタだと いうことがわかるのであっ た。
「どうしてこれを僕に」と問うクラウディウスに、「いつかあなたが皇帝になる日がくるから」と答えるリヴィア。噴出すクラウディ ウス。

  ところで、本記事では、第六話の題名を、「天国でも女王」と訳しましたが、これは、この回のラストで、死の床にあるリヴィアをク ラウディウスが見舞う場面 で、「私は地獄へいくわ」、というリヴィアに、天国の女王になりに行く、とクラウディウスが答えたところから、「天国でも女王」 としました。ちなみに、 数々の暗殺を行ってきたリヴィアがクラウディウスに語った言い分は、一つは、カエサル・ポンペイユスの時代から内戦を見てきた彼 女としては、権力闘争が多 くの一般市民を巻き込む内戦となるよりは、暗殺の方がまし、ということ、二つ目は、権力を安定させるためにオクタヴィアヌスが とってきた方法、下記のよう な、有能な人物を対立させて権力を維持する方法、

 アグリッパ vs マルケリヌス
 ガイウス vs ティベリウス
 ティベリウス vs ポストムス
 
「こういうエンドレスな対立をオクタヴィアヌスが作った。私はこれをやめたいの!」ということだった。


 これは数少ない宮殿以外の場面。本屋さんである。写本係が並んでいる。

  リヴィアが死んで多少インパクトが薄れると思いきや、この後も凄い台詞が次々と登場し、本作品は、俳優達の名演、特に大物を演じ た女優達の演技の凄さが見 るものを引っ張ります。リヴィアの後は、しばらく大アントニウス(クレオパトラと結婚したマルクス・アントニウス)の娘でクラウ ディウスの母、アントニア の演技がドラマを引っ張っていました。そのアントニアの息子、今は亡きゲルマニクスの妻アグリッピーナがセイアヌスと再婚した時 に、アグリッピーナが、こ れまで行われてきた毒殺を暴露し、「Take carefully Mark Antonius daughter!!」と啖呵を切るところも凄かった。毒婦ばかりが登場する本作品の中で、唯一最後までまともだったアントニアは、自宅に戻ってきて、ア グリッピーナに言われた事をクラウディウスに漏らしたところ、クラウディウスが知っていることに驚愕し、「あなたからでなく、彼 女から聞きたくなかった わ」と、アグリッピナが暴露したことを事実だと知って愕然とするのであった。更にその後のある日、アントニアは一枚の紙をクラウ ディウスに読めと差し出 す。「私の娘が夫に殺されたと書いてあるわ」。ますます権謀にまみれた皇帝家に絶望する母。そんなまともな人だったので、カリグ ラが皇帝に就いた時、クラ ウディウスに「あなたのお父さんの元にいくわ」と言い残して自殺してしまう。第七話と第八話はアントニアの演技で持っていた感 じ。

 で、そのカリグラ。クラウディウス及び家臣2人を呼びつけて、踊りを披露する場面。

 ここはどこ?あれは誰?というような感じで呆然自失状態の観客3名(真ん中がクラウディウス)

  カリグラの演技が終わった直後も茫然自失状態の三人であったが、最初にクラウディウスが気を取り戻し、拍手する。ハっとと気がつ いて猛烈な拍手を始める残 りの二人。そして、三人とも「素晴らしい踊りを見せてもらえて感激です!!」と変態装束のカリグラの前にひれ伏すのであった(申 し訳ないけど三輪彰浩さん を思い出してしまった)。

  馬鹿皇帝にとことん嫌気がさした将校達がクーデターを起こしカリグラを暗殺した後、兵隊たちに、「何も無いよりまし」、という理 由で、クラウディウスは皇 帝にされてしまうのだった。元老院では、カリグラが殺され、共和政に戻る!と議員の一人が宣言し、満場の拍手が沸き起こるまさに その時に伝令が来て、クラ ウディウスが皇帝にされた、と告げられる。満場大笑いとなる。そんなクラウディウスが、即位の演説を行う場面は、主演のデレク・ ジャコビ名演の一場面であ る。最初はどもっていたクラウディウスだが、演説していくうちに、どもりがなくなり、最後は雄弁で力強くなってゆく。唖然とする 議員たち。ここも素晴らし い場面だった。

 下は皇帝となったウラウディウスの主治医が蠟版に処方箋を書く場面。処方箋を皇帝に書いた後、自分用に診断記録(要するにカル テ)を書いて持ち帰る。芸が細かい。

 リヴィアに続く強烈な印象を残した毒婦、クラウディウスの妻メッサリーナ。最初に会った時は、下記のように、まあまあ清純そう な感じだったのに、

 思いを寄せていた義父に告白し、「私は君と同じくらいの年齢の孫がいるんだぞ。もう近づくな!」と罵られると、見る見る表情が 変わり、以下のように変貌する。まさに能の道成寺の清姫。

 そんなメッサリーナにも終わりの日がやってくる。家臣2人が皇帝を酔わせて、メッサリーナ処刑の書類にサインをさせるところ。 サインした後に、右側の家臣が、サインの上に固定剤を振り掛けている。ここも芸が細かい。

  そして第十二話「Old King Log」。ユダヤから「いにしえの王達の記録(Old King Log)を入手したクラウディウスは、「いにしえの王達は皆、毒殺された」というくだりを読み、暗殺ばかりの血塗られた皇帝家の過去に思いをはせ、茫然自 失状態が続く。下記は家臣の激しい議論をよそに、ひたすら頭の中で「いにしえの王達は皆、毒殺された」という言葉がリピートして いるクラウディウス。そう してクラウディウスは、ネロとアグリッピーナに殺されることを予想しながら、アグリッピーナと結婚し毒殺されて終わる。毒殺に対 する彼の最後の抵抗は、息 子のブリタニクスに警告し、クラウディウスの死後、ブリタニクスの暗殺を阻止することにあり、本人は、もう暗殺されるのを覚悟し ていたのだった(アグリッ ピーナは、リヴィア、アントニア、メッサリーナの名演と比べるといまいちな感じでした)。

 クラウディウスを暗殺したネロとアグリッピーナは、クラウディウスの書斎で、ネロとアグリッピーナの暗殺を予期する文言まで書 かれたクラウディウスの回想録を目にし、全てを焼いてしまうのだった。
BACK