中世セルビア歴史映画「コソボの戦い」(1389年)

  1989年ユーゴスラヴィア製作。原題「Боj на Косову(セルヴィア語)」。史上有名な、1389年コソボの戦い600周年記念映画。117分しかありませんので、集約された展開です。冒頭ラザロ 公にムラトから書簡が届いた場面から、セルヴィア各地の諸侯・騎士・義勇兵とそれを見守る農村の人々などの様子を描き、やがてコ ソボの戦場に集約されてい く場面が前半。コソボで戦闘となり、終結するまでが後半となっています。内容的には単純な筋ですが、コソボの戦いをあますところ なく映画化に成功した作品 と言えるのではないでしょうか。叙事詩的な作品です。

 コソボ戦いの四半世紀前は、セルビアはステファン王の元、最大領土を形成しており、14世紀中ごろは、オスマンとセルビアは、 バルカン半島とアナトリアの大勢力となっており、激突は必死な状況でした。


 なお、本作で、ムラトを討ち取ったとされる、伝説の騎士オブリッチを演じた役者さんは、ブラッド・ピットのようにかっこいい俳 優さんです。

 このような大作で、重要な役を演じたことにも関わらず、その後全然有名になっていないのはどうしてだろうと調べてみたら、オブ リッチを演じた俳優さん、暴力事件で殺人事件を引き起こして収監されていたそうです。。。

 ではあらすじと画面ショットのご紹介です。


 冒頭、ラザロ公の宮殿で、ムラトからの書簡を巡って、司教、公、公妃が議論する場面から始まる。そのコソボ公の宮殿は、宮殿と いうより、単なる地方領主の邸宅である。誇張してない映像はリアル。右側が公、真ん中が司教、左が夫人。

 決戦場所はコソボあたりになるだろう、という会話だったように思う。公、司教、公妃は教会に入るが、教会は本当に田舎の建築。 下記は教会の祭壇。典型的な正教会建築。

 教会の階段。全貌は出てこなかったが、教会も、ラザロ公の邸宅も、隣り合って立て込んでいて、その前庭に市場があり、要するに 町、というよりも、田舎のヴィラに近隣住民が市場を開いている、という感じ。狭すぎて全体像が映らないのである。

  市場でものを売っている近隣住民が会話している。騎士と思しき連中も会話している。今度は郊外の城にいる公と夫人が映る。また場 面は変わって、騎士と、ま た別の年老いた司教が森の中で会話。要するにどこでもコソボで行われることになりそうな雌雄をかけた戦いの話題で持ちきり、とい うことがわかってくる。

  各街道ではセルビア兵士による検閲が強化されている。オスマン、キリスト教側とも様々なスパイが暗闘しているようである。誰がど ちらにつくか、または様子 見を決め込むのか。双方の陣営とも、情報収集を行う前哨戦であることがわかる。森の中で守備隊の一人とコソボ戦の成り行きについ て会話していた青年も持ち 物検査をされていた。挙句にいろいろいっているうちに捕縛されてしまう。そこに、メディックス・オブリッチという青年騎士が通り かかり、青年は救われる。 下記はその検閲兵。

 オブリッチと老いた司教が木の根元で対話。国境の状況など、ここでも情報交換をしている。
 セルビアの有力諸侯、ブランコヴィッチ侯の邸宅でも、侯がコソボ戦につい僧侶と会話している。

 コソヴォへ向かって進軍する兵隊をみて哀愁に満ちた歌をうたう村の女。段々流れは、コソボに集結する流れになってゆく。

 女達が見送る兵士の隊列。要塞を通過し、コソボ平原に向かって集結してゆくところ。

  城下に集まる兵隊を見守るラザロ公。下記はラザロ公と側近が集まった情報を検討しているところ。クライ・マルコ、コンスタンティ ン・デーノヴィッチがオス マン側についた、とか公に報告している。集められる兵力の算段と情報収集が続く。夕方、城塞から1km先の野原で野営しているオ スマン側のテントが見え る。緊迫した様子がよくわかる。


 諸侯会盟の夜会。有力諸侯が食卓で議論。この席で、ブランコヴィッチ侯とオブリッチが激論となる。そしてオブリッチのムラト暗 殺が決まる。最後に参加者全員の名をラザロ公が挙げて、全員誓うことになる。ここが中盤の山場(だいたい55分頃)

 軍楽とともにコソボに進軍するセルビア兵士達。宿のおかみが窓からみて、「ほら、コソボに進軍する軍隊よ」という。

 夜明け前、コソボ平原にある小さな教会の前に勢ぞろいする軍隊。

 司教が兵士に聖体をさずける。聖歌がオスマン軍の陣営まで聞こえ、天幕から出てきて、スラブ人貴族に質問するムラト(下記、右 側の人物)。傍らにいるオスマン側についているセルビア貴族が説明している。

 オスマン陣営から見た、遠くに見える教会。

 やがて夜明けとともに、トルコの軍楽隊も行進をはじめる。遂に戦いが始まる

 キリスト教徒同盟軍側(混成軍なので装備はばらばら)は、最初から歩兵も騎兵も突撃。司令官のラザロも先頭に立って突撃してい る。実に中世的な戦い方。オスマン軍側は一応弓隊が出ていて、弓隊については制服もそろっている(他はばらばら)(弓隊が前面にいるのはWikiの地図にも書いてある)。
 天幕で水たばこなんかすっているムラト。


 そのムラトの天幕の全体像。

 トルコ軍軍営地まで攻め込むセルビア同盟軍。単身飛び込む、ヴォイヴォダのミロシェヴィッチ・オブリッチ。弓隊が援護。単身と いうことで、ムラト軍営も油断して受け入れてしまう。槍を地面にさし、戦意の無いことを伝えるオブリッチ。

 護衛兵が出てくる。オブリッチは兜も脱いでいる。この場面では、オブリッチはムラトをツァールと呼び、オスマン側はスルター ナ、またはパディシャーと呼んでいる。

  卑怯な暗殺方法だったがこういうブラッド・ピットみたいなカッコいい人物をもってこられると、咎める気にならない。下記の場 面直後から、ムラト刺殺までスローモーションのカットが続く。暗殺場面を正攻法で描ききった場面。

 刺された後、ムラトは直ぐに死んだわけではなく、しばらく生きていて、オブリッチに暗殺の理由を尋ねる。「少年よ、話せ」。後 ろ手に縛られて、ムラトと会話するオブリッチ。そしてムラトの前で斬首される。

 虫の息でバヤジッドに、あとはヤクブとお前でやれ。と指示を出すムラト。そしてこと切れる。

  しかし、どうみても、油断があったよなぁ。オスマン側は身体検査を徹底し、ムラトも、「ちこう」などと言うべきではなかった。ム ラト死去後、バヤズィット (下記左側)は弟ヤクブ(下記右側)を呼び出して処刑する。間に晒し首となったオブリッチの首が見えている。バヤズィットの冷酷 な感じはイメージ通り。イ メージはヴラド三世か麻薬組織のボス。

 ラザロ公は捕虜になってしまう。一方、。ブランコヴィッチ侯は、自軍とともに林の中に退避して戦況を見守っていた。まあ最初か らそんなイメージだったが、卑怯な印象の人物として描かれていた。
 馬の上からラザロ公を詰問するバヤズィット。ラザロも斬首される。ラザロの臣下が飛んだ首を受け止めるが、首を受け止めたこと がいけないらしく、右手を切られる。結構なにげに生首が出てくる映画なのだった。

 バヤズォットの背後では、ヤクブがムラトと並んで寝かせられているのが見える。

 戦戦後の戦場を歩き回るセルビア人女性達。放置されたラザロとオブリッチの首。

 ラスト。ラザロの葬儀が教会で行われる。人々の間を運ばれる遺体。ラザロ夫人とブランコヴィッチが会話している場面が映る。ぬ けぬけずうずうしい侯である。ラザロの子が新たな誓いを宣言。ラザロの首を受け取る夫人。ラストは夕日で終わる。

 叙事詩的な映画でした。

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