中世ロシア歴史映画「ガリーチ公・ダニーロ(13世紀)

  通常は、「ガーリチ・ヴォルイニ公」と知られているダニーロ(1201-1264年、ガーリ チ公在1205―1206, 1211―1212, 1229―1231, 1233―1235, 1238―1254),のモンゴルの侵攻に苦しんだ1245年から1252年の事跡を描いた1987年のソ連映画です。「ガーリチ・ヴォルイニ公」は、 ガーリチとヴォルイニの二つの公国のことで、ヴォルイニ公だったのは(在1205―1206, 1215―1231)の事。両公国を兄と息子に継がせてからは、本人は「全ルーシの王」(在1254-64年)の地位にあった。日本では、ガーリチ・ヴォ ルイニ公、ダヌィーロの訳語さえ定着していない程マイナーな存在。ガーリチは、ハーリチ、ガリツィア、ハリチ、ハールィチ、など と訳され、ヴォルイニは、 ヴォルィーニ、ヴォロディミール、ヴォルインスキー、ヴウォジミエン、ヴォインスキ、ダニーロも、ダニイロ、ダヌィーロだったり する。もうこれだけで扱い が面倒くさい人物である。何故こんなことになっている主な原因は、ロシア語とウクライナ語とポーランド語の発音の相違による。

ロシア語:ガリーチ・ヴラジミール
ウクライナ語:ハリチ・ヴォルイニ(Wikiの記載はハールィチ・ヴォルィーニダヌィーロ」で、現在日本語での検索ヒット数が一番多いので、ハールィチ公ダ ヌィーロ」の訳も記載しておく)
ポーランド語:ハリツゥカ・ヴォルイスカ

本作の原題は、「Даниил - князь Галицкий」で1987年ソ連製作なので、本記事は、ロシア発音で記載することにする。また名前はダニーロとする。

 ここまででもかなり面倒なのに、ダニーロはしょっちゅう公位を退いたり退かされたり、支配力がどの程度だったか非常にわかりに くい。更に、ガリーチ・ヴラジミール公国の領域も今一つ分かりにくい。参考までに、下記にWikiの地図を掲載する。

一番青い部分が、ガリーチ・ヴラジミール両公国の領域。南の点がガリーチ公国の都ガリーチ。北の点がヴラジミール公国の都ヴラジ ミール。東の点がキエフ。 彼の父親ロマンは、1204-05年、キエフ大公に就いており、ダニーロも1240年にキエフ大公となっている。もっとも、この 時代のキエフ大公の地位は 下落しており、1254-64年「全ルーシの王」という称号をローマ法王から得た。これは、ハンガリー・ポーランド・オーストリ ア・ボヘミア・ドイツ騎士 団など、カトリック勢力と同盟を結び、モンゴルに対抗する為である(要領のいいノヴゴロドは別にして、正教会圏のロシア諸公国は モンゴルに占領されてし まったため)。もともと当時のロシアは諸侯国の分裂状態にあり、更に統一の進んだ西側諸国(ハンガリー・ポーランド・ボヘミア・ ドイツ騎士団)と、モンゴ ルの侵入と、東西双方から圧迫されていた。ダニーロはこうした困難な時代に生きた。

 このような複雑な時代・地域に生きた人なので、本作 の対象も、1245年から55年の11年程の話に絞られている。物語は、バトゥの陣営に出頭させられ、屈服した1245年から始 まり、バトゥの兄の息子を 破った、「モンゴル軍に対しての最初の勝利」で終わる。前半は映像に工夫があり良かった。後半は、1950年代の安っぽいB級ハ リウッド史劇という感じと なってしまい残念。それにしても、本作が扱っている期間については、ネット上に、映画情報はおろか、歴史情報すら無さそうです。 映画を見ているよりも、背 景と史実を調べている方が時間がかかったくらいです。そういう意味で、このあたりの歴史の学習には役立ちました。

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 冒頭、1245年のバトゥの欧州遠征を行ったという説明テロップが出る。

 雪原。軍隊通った後、首だけが雪に見えている。この映像はインパクトがあって良かった。
 お祭り。イコンを燃やしている。モンゴル軍である。バトゥの軍営に出頭させられるダニーロ。どうやらこの人がバトゥ。

 映画の前半は、このような陰影に飛んだ色彩が多く、映像的に見るべきものがあった。
 バトゥの前に跪かされるダニーロ。バトゥに対して何かを釈明しているようである。

  雪原を走る男。モンゴルとロシア(ダニーロ)の騎馬軍が追っている。男は命乞いをし、ダニーロの口添えで助かる。ガリーチのダ ニーロの城。回廊から険しい 表情で外を眺めるダニーロ。続いて森の場面。密輸品を摘発しているところ。当時のガリーチ公国が、交易で繁栄していたことを描い ているのかも知れない。

 再度宮廷の場面。ダニーロの母が出てくる。高貴な女性はこういう装束だったんですね。

 王座の前に美しい蝋燭が並ぶ部屋。この部屋にどういう意味があるのかまったくわからなかったが、ダニーロは王座に座り、またし ても物思いにふける。ひたすら苦悩する君主という感じ。渋い映像も良い。

 ガリーチ国に騎士の一団がやってくる。鐘の音がしている。立派な城門のセット。右上に少しだけ、当時の町が出てくる(多分セッ トではなく、絵)。

 城門のセットはなかなか立派。

 使節は書簡を届けにいたらしい。どうやらカトリック使節のようだ。宮廷で使節に会うダニーロ。宮廷は薄暗い。オレンジがかった 画面がいい感じである。フィルムが変色したのか、最初からこういう映像なのか、陰影に富んでいて渋い映像である。ダニーロの正 装。

 王座に座り、使節と面会するダニーロ。かなり二枚目の俳優さん。かっこいい。

 その宮廷の全体像。

 使節の一人が、中庭に面している牢獄の老人にパンを渡す。老人がパンを割ると中から符牒のようなものが出てくる。それを懐に隠 す牢獄の老人。再び場面は宮廷に戻る。ダニーロは別の使節とあっている。複雑な外交関係を処理していることがわかる。

 同じ町の片隅で愛を語る若い男女。女は町の娘エスコーニア。男はダニーロの息子レオ。

 剣の練習をするレオとロシア貴族たち。誰か立ち会え、とダニーロがいうが、下っ端騎士は怖がって誰も立ち会ってくれないので、 臣下の男(下記左)と立ち会うダニーロ。その時のダニーロの装束。

 平原をゆくダニーロの騎士隊。どうやら、領地を視察しているようである。建築中の町や、農地、集落を訪れる。
どこかの集落についたところで、レオはエスコーニアを探す。で、2人で野原を走り回ったり、一緒に乗馬したり、という青春全開映 像が入る。

 再び領地を見て歩くダニーロ。

  ダニーロとレオ一行が、夜、どこか建物に入ってゆくと、娘達が笛を吹いて歓迎してくれる。地下に案内されるダニーロとレオ。そこ で反乱兵士に囲まれてしま う。陰謀のようである。そこの宿屋の主人は裏切り者なのだが、陰謀者は、カトリック使節からパンを貰った牢獄の老人だった。彼は 貴族だったようだ。陰謀者 の老人は、バトゥのことを口にしたので、ダニーロがバトゥに従ったのが気に入らないようだ。どうなることかと思っていたら、家臣 風の男が飛び出してきて泣 き崩れる。陰謀者の老人はそれを見て去ってしまう。なんだかよくわからん。ダニーロも冷ややかな目で男を見ている。いづれにして もダニーロ達は地下に監禁 されてしまう。

 しかし、その後陰謀者の老人は、他の陰謀者?と会話している時、神像マヒか何かで死んでしまう。その直後、ダニーロは助 け出される(このあたり、どういうことなのか、まったく分かりませんでした)。しかし、映像的に良かったのはここまで。ここから 先は、1950年代B級ハ リウッド歴史劇な映像となってしまいます。

 丘陵地帯をゆくダニーロとレオ、そして騎士軍。舗装してある町が登場。ハンガリー王ベーラ四 世が登場しているので、当時のハンガリーの都、エステルゴムかブダのいづれかだと思われる(ブダを都としたのは1247年の事 で、映画では、まだ1246 年である)。カトリック僧侶と歩いているベーラ四世とダニーロ。カトリック勢力と同盟を結びに来たのだろう。

  ベーラ四世は、レオを娘のコンスタスに紹介する。王女の美しさに苦悩するレオ。そして一人遠乗りに出てしまう。ダニーロはそれを 追いかけ、レオに説教する (多分、町娘エスコーニアはあきらめろ、ということだと思われる)。下記右がベーラ四世。彼を映像で見るのも初めて。左は娘のコ ンスタンス。


 1247年。

 鐘がなっている。結婚式のようである。野原での結婚式、御伽噺のようだ。結局レオはベーラ四世の娘と結婚することになったよう だ。

 結婚式が行われている野原からの町(ガーリチだと思われる)の眺め。

  ガーリチ王宮の宮廷。ポーランド王や教皇の使節も出席している。またも同盟会議の模様。出席していた諸侯の一人と、「アンヌ」で 同意、とか、ボレスラフの 娘、ボレスラヴァ、ヤロスラヴァという女性の名前が登場していたから、彼女達を嫁がせる交渉としていたものと思われる。まあとに かく話がまとまったよう で、会議は終わる。

 どこかの城館が燃えている。テロップによる説明が出る1252年。南西部の同盟と北東部の同盟について意図を察知したバトゥ は、スズダリ公国のAndrew II(在1249–1252年)に兄オルダの息子неврюяを、 ダニーロに対しては、オルダの息子Kuremsaを送った。燃えているのはスズダリのようである。蹂躙され、避難民が雪の中を歩いている場面が出てくる。 スズダリの公妃のような人も、兵士とともに疲れきった様子で歩いている。

  鐘がなってる。ダニエルの宮廷。スズダリ壊滅か、あるいはバトゥの使者の報告を受けて驚くダニーロ。その後のモンゴル襲来に備え る為、要塞建設予定地を探 して領地内の山岳地帯を見て回る。そうして、息子のレオの指揮の下、ある峻険な山の山頂に要塞(といっても木造)の建設が始まる のだった。他の要塞を取り 壊して、建設木材を河に流して運ぶ様子は参考になった。

 ダニーロがガリーチの城門を歩いて入ってゆく男。城内では正教会の聖歌を歌いながら、城門の直ぐ内側でイコン画を書いている聖 職者数人が、白い目でダニーロを見る。カトリック諸国と同盟を結んだことが気に入らないのだろう。 聖堂に入るダニーロ。跪いて 神に問う。

  一方、モンゴル軍になにか釈明しているダニーロの家臣。スブタイ・ハーンといっているが、スブタイは1248年に死去しているの で別人かも知れない。しか し、ロシア語で「スベエタイ」と発音しているので、やはりスブタイとしか思えない。たまたまKuremsaの武将にスブタイとい う名の武将がいたのだろう か。下記がそのスブタイ。なんか、冒頭の映像美がどんどん無くなり、単なるソード・サンダル映画となっていく感じ。

 山の上に完成した要塞を見て回る男。やっぱ建築していたのか?木造の鐘楼もある。

 場面は変わって、河に入る男たちが映る。どうやら洗礼式のようである。正教会系の改宗式に見える。どうやら地元の勢力を味方に つける為に、正教会と和約したようである。そしてダニーロの軍隊は、モンゴル軍を撃つべく出発する。

  野原。森の中に潜んでいるダニーロ軍の兵士たちが草原に姿を現す。スブタイと、釈明していた家臣(彼は結局裏切ったようだ)の軍 が草原にいる。戦いになり そうになるが、ダニーロ軍は直ぐ撤退する。それを追うモンゴル軍。山の上の要塞まで誘い込む。ダニーロ軍が要塞内に入ったところ で扉を閉める。激しい攻城 戦が始まる。夜になっても激戦が続く。一方、ダニーロの軍は全然別の場所にいて、日没の鐘が鳴る頃、総主教が説教し、ダニーロと 兵士達はイコンに祈ってい る。出陣式のようでもある。全軍を前に演説するダニーロ。

 要塞に火を放ると、要塞が鐘を鳴らす。喜ぶモンゴル軍。モンゴル軍が油断した ところで、背後から、松明を掲げて進軍するダニーロ軍。モンゴル軍に急襲をかける。要塞の兵士も要塞を降りてきて、白兵戦が始ま る。息子のレオも白兵戦に 参加。そして戦っている場面に聖歌がかぶる。そして、戦闘の音が一切消え、音声は聖歌だけとなる。聖歌が流れながら、戦いの場面 が延々と続く。最後になっ て再び、前半のような美しい映像となった感じ。裏切った家臣は戦死したようだ。やがて聖歌が勇ましくなり、途中から軽快な掛け声 の勇ましいロシア民謡とな る。炎を背景に勝利のポーズ(剣を掲げる)をとるダニーロ。モンゴル軍は逃走したような感じ。翌朝、朝日をうけて引き上げる兵士 のシルエットで幕。最後に 1255年のテロップが出る。ダニーロとともに戦った多くの諸侯の名前の後、「この侵略者に対する最初の大勝利は、その後のクリ コヴォの勝利(1380 年)につながった」と表示されて終わる。

〜конце〜

 この時代を扱ったロシア映画には、聖人アレクシス(1296年頃 - 1378年)を扱った、「Святитель Алексий(聖アレクシス)」という映画が2010年頃製作中だったようです。こちらに製作中との記事があり、更にセットで作られたキプチャク汗国の都、サライの一大セットの映像がyoutubeにあがっているのにも関わらず、映画の 予告編やポスターどころか、映画情報が全然見つかりません。まだ製作中なのでしょうか。それとも頓挫してしまったのでしょうか。 気になるところです。

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