2016/Jan/23 created

パルティア人がちょっと登場する古代ローマ・漢王朝邂逅映画『ドラゴン・ブレイド』

  古代ローマと漢王朝の邂逅を扱った2015年ジャッキー・チェン主演の中国/ 香港映画が2月12日に日本公開予定です。前53年パルティアとローマ軍が激突したカルラエの戦いの後、敗北したローマ軍団 は中央アジアのメルブに移送され、更にその後脱走して、建昭三年(前36年)に中央アジアの康居へ遠征した西域副校尉陳湯が 遭遇した「魚鱗の陣形」をとる軍団(『漢書』陳湯伝(巻40)ちくま文庫版第六巻p216)が、そのローマ軍団だったのでは ないか、という説*1が生まれ、更にその後甘肃省金昌市永昌県焦 家庄郷驪靬村*2 に白人の容貌を持つ村民が多いことから、陳湯が戦った軍団がその後更に東遷したとの説に発展し、村民のDNA鑑定が行な われた、という話が、本映画の製作の背景にあります(ただし、本作の舞台は前48年)

*1 
当時オックスフォードの中 国学名誉教授であった ホー マー・H・ダブズHomer H. Dubs/1892–1969年)が1957年に発表した『古代中国のローマの町(A Roman City in Ancient China. The China Society Sinological Series 5.London, 1957)』により主張された。Wikipediaの記事 古 罗马第一军团失踪之谜 で反論(居延漢簡、金関漢簡に"驪靬宛て"という文言が登場しているが、それは前60年(神爵二年の紀年を持っているなど(こちらや、こ ちら))含め詳しく解説されている。なお、この説(ローマ軍団のメルブ移送含め)は定説 となっているわけではなく、学問的にはローマ軍団のメルブ移送説さえ史料がない仮説に過ぎないネタのレベルです (2017/Nov 追記 メルブ移送の出典は、プリニウス博物誌6-18の以下の記述だとわかりました(The circumference of this city isseventy stadia: it was to this place that Orodes conducted suchof the Romans as had survived the defeat of Crassus. )(こ ちら)。

*2
驪靬村のある金昌市のホームページには、村おこしとして建設 されたロー マ神殿風建築とローマ兵士装束をまとった一団の写真があり、こ ちらの写真ではローマ人石像も建てられている(記事中段写真の右がローマ人、中央が漢代の儒者、左がムスリ ム女性)。2014年7月には驪靬古城にて、金昌驪靬文化国際旅行祭が開催され、欧米人エキストラも出演したイベントが行われた(記事はこちら)。
 本テーマをネタにした作品は、2011年に製作が開始され、2014年の公開を目指し ていた、「Legion of Ghosts」という作品がありましたが、2014年になっても「製作中」のまま、同年「ド ラゴン・ブレイド」の製作が発表されたので、本作は、何らかの理由で製作に行き詰った「Legion of Ghosts」を「ドラゴン・ブレイド」が継承したのではないか、という推測も成り立つのですが、現時点では、この二作が関連しているとの情報は見つけら れていません。まあでも多分「ドラゴン・ブレイド」の完成により、「Legion of Ghosts」が完成することは、永久に無くなったのだろう、という気はします。

 漢王朝とローマ帝国の邂逅というテーマでは、2011年マレーシアで製作された『
ア レキサンダー・ソード−幻の勇者』という作品があります。個人的には、『ドラゴン・ブレイド』よりも、『幻の勇 者』の方が設定や筋立てが面白く、キャラも立っているように思えました。16世紀マレーの物語(実際にある『Hikayat Merong Mahawangsa』という作品で、映画の原題も「Hikayat Merong Mahawangsa」)という枠組みをとっているため、荒唐無稽な場面も伝説と考えればそれなりに納得できるうまい作りとなってるように感じました(と いうより、16世紀マレーの歴史映画であり、かつ歴史物語「Hikayat Merong Mahawangsa」の映画化である、と考えると、私の場合は、かなり合理的に受け入れることができました)。
 
 一方『ドラゴン・ブレイド』も、2015年ローマ遺跡である「驪靬遺跡 (Regum)」を発見した調査隊の男女が古代の幻想を見る、という形式 なので、多少おかしな設定でも許される形をとってはいますが、カルラエの戦いで敗死した筈のシリア総督クラッススがパルティ ア女王と会談し、クラッススの妻がパルティア女王の姉妹であるなど、史実を逸脱しすぎな設定のおかげで本作を歴史映画として 受け入れることはできなくなってしまいました(あくまで私の場合)。主人公の霍安が、前117年に死去している霍去病に幼少 の頃助けられた、という設定なので、霍安の年齢は74歳くらいになる筈ですが、演ずるジャッキー・チェン自身が61歳なの で、この点についてはあまり違和感はないのですけれど。

 とはいえ、パルティア人が登場しているという点では非常に貴重な作品です。日本公開が決まった以上、パルティアに興味を 持っている方々に、パルティアが登場していることが知られずに、本作を見過ごしてしまう方が発生してしまうとしたら、惜しい ことです。そこで、

「パルティア人も登場している映画」

ということをアピールするだけのためにこの記事を書いています(後半結局感想を長々と書いてしまいましたが)。

パルティアが登場する映画は、私の知る限りでは、以下の3本です。

4人目の賢者』 (1987年米)(キリスト誕生時に訪れた東方三博士には、実は集合に遅れた4人目がいた、という話。その4人目のアルタバ ヌスという名前以外パルティアらしいところはない。主役は『地獄の黙示録』のマーチン・シーン)
『ローマ帝国の滅亡』(1964年米)(戦争場面でパルティア騎兵軍団が登場する)
緑 の炎』(2008年イラン)(パルティアの属国であるケルマーン女王とその王宮が登場する)

 以下は、「ドラゴン・ブレイド」で登場するパルティア王宮。手前テーブル左側が、平和条約にサインするクラッサス。右側が パルティア女王。
 

パルティア女王。厳しい顔つきです。

これは戦場での女王。

左が戦場での女王、右が宮殿での女王

戦場でパルティア兵が吹くホルン。形が特徴的。


 まあ、これだけなんですけどね。でも、ローマ軍団が甘粛省に到達していた、という、従来から出回っていた説より も、パルティア軍を率いた女王自身が、楼蘭に到達していた、という設定の方に斬新さを感じました(映画では西域都護 が置かれたのは雁門とされていますが、史実は、漢代西域都護は、現タリム盆地クチャ近郊の輪台県付近。史上雁門関と 呼ばれた場所は現山西省北部で、雁門関に長城が通るのは北朝以降の話で、漢代この付近の長城は雁門関から200km ほど北を通っていた。途中登場した地図を見ると、敦煌付近の玉門の西に雁門があるので、本作の雁門は、史上の雁門と は関係ない架空の場所ということになる)。

 少し難点を言えば、ローマ側の俳優が平凡すぎて、悪玉のティベリウス以外キャラ の立った人物が登場しなかったことと(ルシウスは別の俳優にすべきだった)、現在の共産党政権が標榜する、56民族 の協和という理念が前面にでていて、映画の中で西域36カ国とシルクロードの協和を強く幾度となく唱える主演の ジャッキー・チェンが体制派であることから、映画のテーマの協和とは、悪く取れば、現在のウイグル政策正当化・一帯 一路政策推進映画としか見えない可能性があるという点でしょうか。特に、ジャッキー・チェン演ずる西域都護霍安の妻 が"南狄"という、架空の民族名で、その英語字幕が「ウイグル」とされている点はひっかかりました。漢代には、その 祖先となるトルコ系民族はいたものの、まだ"ウイグル"という言葉も、その言葉で示される民族も(史料上想定できな いだけとはいえ)いなかったと考えられるため、何故漢文字幕では「南狄」なのに、英語字幕ではウイグルなのか?(視 聴したのは英中二字幕の香港dvd版、台詞の前にどの言語かテロップが入る。中国のサイトで南狄は何語なのか?との 話が出ているので、中国国内では英語字幕は無かったものと思われる)

 とはいえ、他に登場している民族名とその言語名も、白戎語(White Indian)という、漢文でも英語でも架空の言葉だったりするので、深い意味はないのかも知れません。南狄語とされている部分の台詞は、実際にウイグル 語なのかも知れません。しかしそうなると、匈奴語(Hun)・白戎語・ 亀茲語 (クシャン語)・烏孫語(サカ語)は現在のどの民族の言語を用いたのか、興味があります(上の括弧内は英語字幕の表 記。クシャン語やサカ語は、現在では絶滅しており、匈奴語は史料が発見されてすらいない)。

 西域都護府を置いて以降(前60年)の80年あまりの漢の西域支配は実際安定していて、王莽政権の失政から西域諸 国は離反した(前23年)ものの、後漢になってから西域諸国側から西域都護の再設置依頼が来るなど、漢の支配と安定 は、平和と文明度の向上に寄与し、西域諸国側の認識でも利益があったのは事実である可能性が高いので、現在の中国の 政策と重なって見えてしまうとはいえ、西域36カ国とシルクロードの協和をテーマとしていること自体は、悪くはない と思います。

 しかし、本作でのローマの位置づけは、当時の世界の両極にあって漢と双璧をなしていた「大ローマ」は矮小化され、 単なるシルクロードの先にある国のひとつ、という程度の存在感しかなく、現在の中国国内の多民族統治正当化(36カ 国に平和をもたらした漢)とシルクロードの協和(一帯一路政策の強調)の一部としてローマが登場しているようにしか 見えなかったのは大変残念です。このテーマでやるのならば、ローマと漢という、文明世界を統一したという実績に裏付 けられた強烈な自負と自信と価値観が、自身と同等の規模の存在を知ることにより、双方自身の価値観が相対化され、そ こで両者が激しい価値感のぶつかり合いを経る中で、終にお互いが寄って立つことのできるより普遍的な価値感を見出 す、というような内容なら私ももっと感動できたような気がします。しかし、どうにもジャッキー(漢側)の理想のみが 終始一方的に展開されているような印象しか受けれませんでした(ローマ側は技術のみが評価され、中体西用という感じ がしなくもありません。それは、以下のラストのローマ風建造物(西用)と理念を書いた額(中体)にも顕れているよう に思えました)。

 ジャッキー演ずる霍安は亀茲人で、奥さんの秀清は南狄人、少な くとも字幕を見る限り、南狄語(ウイグル語)、突厥語(トルコ語)、匈安語(匈奴/フン語)、 亀茲語(クシャン語)、烏孫語(サカ語)、白戎語(白インド語)が登場 している点や、クラッススの息子にローマ軍団長に任命されていた霍安がローマ軍兵士として悪玉ティベリウスと戦う 時、ローマ軍兵士がローマ軍人として霍安を扱う場面、「権力は最終的には限界がある」という台詞をパルティア 女王に語らせる場面、及びラストに登場する、「敵を友と化す」というスローガンが、ローマ風建築物に漢 文の額で掲げられた部分については感激しました。『アレキサンダー・ソード−幻の勇者』のラスト、漢軍とローマ軍が ともに海賊軍に向かって進軍していく映像に感動したのと同じような感触でした。これが、ローマやパルティアの価値感 とのぶつかり合いの末に生まれてきた標語ならもっと感動できたのではないかと思います。

 逆にこういう場面だけにして、あまり「三十六国とシルクロードの協和」を繰り返 し過ぎずに、「ウイグル語」をわざわざ南狄語と表示して何か意図があるのかと思わせるような部分がなければ、『アレ キサンダー・ソード -幻の勇者-』同様にもう少し素直に楽しめたのかも(あくまで私の場合)。

 と、ここまで書きながら、少し思い直しました。前48年の時点では、ローマは断続的に一世紀近く続いている内戦中 で、地中海世界に統一と安定をもたらしたアウグストゥス以前の状態であること。ローマを代表して語るルシウスの考え は内戦中の軍人のものであり、統一と安定を語れる段階になかったこと。主人公霍安の思想に大きな影響を与えた霍去病 は死没当時24歳で、若年ゆえの理想主義が霍安に伝えられた、と考えることもできます(ただし実際の霍去病は、理念 を語るよりも功名心と野心の若者という印象があるけど)。そういうことであれば、いっそのこと、ルシウスが生き延び てローマに帰還し、オクタヴィアヌスに漢で目にした統一と安定を説き、それがアウグストゥスの平和に結びついた、と いうところまで描けば、より合理的に納得できたかも(実際、アウグストゥス時代にセレス人が来廷している(こ ちらに引用されているフロルスの 記事)。漢側の価値観が一方的に強調されて見えるバランスの悪さも、本作がプロパガンダ映画というよりも、単純に漢 の方がローマより先に統一と安定に到達しただけの話だからなのです、というような解釈をとるわけです。

 そういうことであるならば、漢・ローマ双方が統一と安定にあった紀元120年を描いた『アレキサンダー・ソード  ー幻の勇者ー』の方がバランスが良いのも納得できます。この時代、ローマでは、征服したパルティア領土を放棄した ハドリアヌス、漢では、使者をローマに派遣した班超それぞれの行為の中に、もしかしたら彼らには、自分たちとは異な り、かつ同程度の大文明というものの存在を認識しえた可能性があるのではないか、という想像を掻き立てられるものが あります。実際ユルスナール『ハドリアヌス 帝の回想』では、ハドリアヌスが地球の反対側に、未知の、ローマに匹敵する黄色い人種の広大な王国を夢 想する場面があります。ユルスナールもハドリアヌスという人物の中に、自文明を相対化しえる何かを見出していたので はないでしょうか。

 漢とローマの邂逅というテーマでは、『後漢書』に記された166年の大秦王安敦(マルクス・アウレリウス帝)の使 者が洛陽の宮廷に到達したエピソードが有名ですが、284年、晋王朝とディオクレティアヌスの統一時期にも大秦から の使者が晋に到来した、との記録もあります(こちらの記事(漢 籍に現れたローマの使者)で紹介しています)。漢とローマの邂逅というテーマでは、これらのようにまだ 映画の題材になるものはあるので、本作だけで終わらずにこれからも製作され続けていって欲しいものです(とはいえ、 漢とローマの邂逅映画は2本も見れたので、次は唐とイスラム帝国の激突を描いたタラス河畔の戦いの映画かドラマを見 てみたいものです)。 

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映 画予告編

関連書籍
 本作を視聴して、シルクロードの歴史に興味をもたれた方には、長澤和俊著『シルクロード』 (講談社学術文庫、1993年)がお奨めです。漢王朝とローマ、パルティアの交流にご興味を持たれた方には、ロベー ル・ジャン・ノエル著『ローマ皇帝の 使者-中国に至る―繁栄と野望のシルクロード』(大修館書店、1996年)がこのテーマを扱っている珍 しい書籍です。
 パルティア人が少し出てくる小説として、『青年貴族 デキウスの捜査』という古代ローマ歴史ミステリーがあります。カルラエの戦いでクサッスス軍に勝利 するパルティア司令官スレナスが、その10年前に使節としてローマを訪問している、という設定で数ページ登場し てます。

 5世紀ローマを扱った『カエサルの 魔剣(2002年)』の作者
ヴァ レリオ・マンフレディには、本作と同じような内容の『Empire of Dragons(2005年)』という作品もあり、こちらは、紀元260年、サーサーン朝に敗れた皇帝 ヴァレリアヌス軍が、捕虜としてササン朝に連行され、皇帝死去後、配下の軍団が追放された魏の王子と出会い、ササン 朝を脱出して魏に向かう、というもの。この作品は中国語訳(消失的 羅馬人』(台湾)(出版社名が如果出版社(IF出版社)というのがなんか凄い、SF専門出版社なの だろうか)も出ているので、こちらもそのうち映画化して欲しいところです。それにしても、マンフレディが、「ハ ドリアヌス帝の回想」のテレビドラマの脚本を書いていたとは知りませんでした。もっとも、ドラマ制作はぽしゃっ ているようですが。。。(一応IMDb に登録されています)。

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