古代ローマ歴史映画「The Inquiry(またはThe Final Inquiry)

 「皇帝密使」という香港ドラマがありましたが、本作の中国題名も、「凱撤密令(カイサルの秘密 命令)」。皇帝密使と訳したくなる題名。こういう小品、結構好きです。

内容は、3つのパートに分かれる感じ。最初の1/3の部分は、カプリに隠棲する大帝(ティベリウス)の密命を受けた、ゲルマン方 面軍団司令官、タイトゥ ス・ヴァレリウス・ドゥルスが、東方で復活した人物についての真偽を確かめるべく、エルサレムへ向かい捜査するパート。替え玉の 死体を用意したり、復活は 仮死状態とする薬の為だと主張して、復活を隠そうとするピラトと現地有力者ら vs 証言を集めるドゥルスの駆け引きがサスペン ス調で描かれる。

次のパートは、イエスに容貌が似た感じのドゥスルが、イエスの足跡を辿っていくうちに、「復活したイエスとは実はドゥルスのこと なのではないか」と、思わ せる、歴史ミステリー調のパート。最後のパートは、若干脚本が破綻しつつあるようにも思える箇所もあるが、この手の小品として は、まぁ許せる感じ。

破綻と思える部分とは例えば、

 −ペテロの祈祷で蘇ってしまう死んだ筈のヒロイン。実はイエスは、ペエロにすり替わったのではないか?と思わせられるような、 歴史ミステリー調の展開。

 −大した交流もないのに、ローマ人を捨て、キリスト教に帰依してしまうまでにヒロインといつの間にか愛し合っているドゥルス。

  −ドゥルスからの報告を読むティベリウス大帝。調査に失敗したが、世界を支配しているローマ帝国とは別に、新しい愛の世界がある のだ、帝国の新しい宗教と してイエスの宗教を認めることを薦めます、との内容に納得してしまうとは驚き。当然、この話をカリギュラにした直後、仰天したカ リギュラに窒息死させられ る大帝。「自由と平等なんて!ローマ人も蛮族も男も女も一緒ですか。ありえないでしょ」。この時代では、普通に考えれば、カリギュラの方がまと もな反応だといえそう。

 密使を送ったティベリウスの意図もいまひとつ不明。復活の話を聞いて、自身の不老不死を願ったものなのか、奇跡の現象を、支配 秩序を揺るがす重大問題だと考えたのか。なんだったんだろ。とはいえ結構楽しめました。

 古代ローマを扱った作品で、地中海の青さが印象に残った作品はあまりないのですが、何故か、本作に登場するカプリ島の海の青さ は印象に残りました。見返してみると、それほどでもないのですが。下は、そのティベリウスと海。
 


視聴したのは112分版ですが、190分の完全版も入手したので、そのうち感想を追記する予定。


※2013/Dec/14 190分版を視聴したので感想を追記

 190分版はテレビ用作品、112分版は映画用に編集したものです。テレビ版は各95分の2話構成となっており、第一話は、映 画では43分、第二話は69分に短縮されています。場面としては、エルサレムに到着したドゥルスが調査を開始し、総督府にピラト を訪問した後、イエスが処刑された丘を訪問する場面まで。結構小まめに上手にカットしてあり、長尺のカットはありませんでした。 とはいえ、全体の設定、特にティベリウスがドゥルスを調査に向かわせる理由が、映画版ではドゥルスの会話ののひとつの台詞で説明 されているのに対して、テレビ版では、複数の場面が説明に当てられており、わかりやすくなっています。映画版視聴時の感想で「若 干脚本が破綻しつつあるようにも思える箇所」も、テレビ版ではきちんと説明されていました。テレビ版の方では、きちんと説明され ているため、スッキリする反面、映画版で感じたミステリアスな雰囲気が若干後退してしまったように思えます。

 テレビ版の冒頭で説明されている調査の背景は以下の通り。

 カプリ島で隠棲していたティベリウスは、ある日、恐ろしい地鳴りとともに地震に遭遇する。程なくして帝国各地でも同日に地震が 発生していたことが判明する。ゲルマニアでは、軍団司令官ドゥルスがゲルマン人との戦闘に勝利した直後に、エルサレムでは、ヒロ インの母親が民衆から石打の刑に処せられ命を落とすところで地震が来る。帝国全土で同日同時刻に異変が発生したことを訝しんでい たティベリウスは、問題の当日エルサレムで処刑された男の遺体が消え失せたという噂の報告を受ける。問題の天変地異との関連を 疑ったティベリウスは、ゲルマニアからドゥルスを召還し、エルサレムへ向かい調査するよう密命を下す−。

 どこがカットされているのか気になったので、一応映画版も見直し比較してみました。
 気づいた限りでは、第一話でカットされている場面は以下の通り。

・ヒロインの結婚式が叔父と関係者によって決定される会議
・ティベリウスが天変地異に遭遇し、各地に派遣した調査結果の報告を受ける場面
・ティベリウスとドゥルスの過去の因縁や、ドゥルスの過去の結婚の場面(今は離婚している模様)
・ゲルマン人との戦闘場面(映画「グラディエーター」程のスケールでは無いものの、イメージとしては、「グラディエータ」のよう な戦闘場面)
・ティベリウスと奥さんの会話、
・ヒロインの少女が物思いに耽る場面
・エルサレムに到着したドゥルスが行なう証人探しの場面で1,2名の証人省略
・ピラトの宮殿の入り口の外側が映る場面が2,3回登場するが、全部カット
・ピラトとドゥルスの面会場面の一部がカット。面会後、ドゥルスと奥さんが密かに会話する部分もカット。ピラトの奥さんが関係す る場面は全てカットされていた(ように思える)

 半分以上カットされている割には、冒頭の天変地異と、ティベリウスが報告を受ける場面以外は、なくてもそれ程気にならず、うま くカットしているという印象。

 以下は、エルサレムの市場。手前がドゥルス、奥の扉のところでドゥルスを見送っているのがヒロイン。左側の原色は、色とりどり の生糸。




 第二話は、カット率が3割以下なので、ほぼ映画の通り。とはいえ、ティベリウスの動機を説明づける結構重要な場面が カットされています。

第二話でカットされている場面は以下の通り。

・ティベリウスがアウグストゥス臨終の場面を思い出すところは全部カット。
 とはいえ、この場面は結構重要な場面です。元老院が、死後アウグストゥスは神になるという宣託をしているのにも関わら ず、アウグストス自身は「闇の中に行のだ」と臨終の言葉を述べる。この言葉がティベリウスにはずっと引っかかっていたこ とが、今回エルサレムで処刑された男のことを調査させる動機のひとつとなっていたことがわかる場面。

・マグダラのマリアとドゥルスが語る場面
・ドゥルスがイエスの支持者達の共同体の生活を見学する場面。共同体の場面は2度出てくるが、全てカット
・ドゥルスがティベリウスに最初の報告書を送り、イエスの支持者達の共同体の様子を伝える。皇帝は報告書を甥のカリグラ に読みあげた後、二人の奴隷を呼びつけ、老寄りの奴隷に、若い奴隷を殺せば富と自由を与えるとそそのかす。老奴隷は「お 許しください。そんなことはできません」断る。ティベリウスは、「人間には力や富より大事なことがある」とカリグラに伝 えるが、カリグラは若い奴隷に同じ条件を出して唆す。若い奴隷は、老奴隷を短剣で刺す。性善説・愛なんて空論です。これ こそが現実です。倫理や道徳や愛より富と力が勝るのだ!とカリグラはティベリウスに語る。渋い顔のティベリウスは、条件 どおり、若い奴隷を解放し、富を与えよ。その後処刑せよ。と命じるが、気息奄々の老奴隷は、「そんな条件を出せば、欲に 目が眩んでも仕方がありません。彼を助けてあげてください」と若い奴隷を弁護する。今度はカリグラが渋い表情に。

(以下は、ニセモノのイエスの遺体をドゥルスが検死する場面)



・ヒロインの死去後、ドゥルスがナザレ人の集落を訪ねるが、もぬけの殻
・ピラトに最後にドゥルスが報告に行ったところで、皇帝からピラト逮捕の使者が来る場面で、ピラトの罪を密告したのはピ ラトの妻だったと告白する場面(要するに、ピラトの妻に関する場面はほぼ全部カットされていることになる。ドゥルスが皇 帝に報告していたのはあくまでイエスの遺体の調査結果とピラトの隠蔽行為であって、隠蔽行為についてティベリウスが断罪 する場面は無い)
・ヒロインの名前の解説場面(本名ミリアム、通称タビタ。意味はガザル))





 というわけで、全体的には、2008年に映画版を視聴した時に記載した以下の2つの 疑問点が解消しました。

・「調査に失敗したが、世界を支配しているローマ帝国とは別に、新しい愛の世界がある のだ、帝国の新しい宗教と してイエスの宗教を認めることを薦めます、との内容に納得してしまうとは驚き」
・「密使を送ったティベリウスの意図もいまひとつ不明」

 まとめますと、

 −ティベリウス帝は、アウグストゥスの臨終間際の言葉や、普段のローマ帝国のありようから、ローマ皇帝として世界秩序 そのものを体現している存在でありながら、来世の世界について常々思いを馳せていた。そんな時に「My kingdom is  not this world!」との言葉を残して処刑された男の死亡時に天変地異が発生し、更に男の死体が消失したことに意味を感じ調査を命じた。世界そのものである筈の ローマ帝国は、実はより真実の世界の影に過ぎないのではないか?

 ドゥルスはイエスの遺体を発見できなかったので、最後の報告書で「調査は失敗」と記載したが、ティベリウスは調査結果 に満足して終わった。というお話でありました。

 観終わって気づいたのですが、ティベリウス皇帝、えらく貫禄があると思っていたら、大名優マックス・フォン・シドーで した。更に調べたところ、タビタをペテロが蘇生させるエピソードは新約聖書の「使徒行伝」第9章に載っているとのこと。


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