バフラーム5世は シャープール・ドゥ・アクターフの息子であるバフラーム4世ケルマーン王の子ヤズダギル ド厳格王*2の息子である。彼の誕生日はファルワディーン月の第7時、ホルミズドの日であるとされている。 バフラームの誕生の 瞬間に 父であるヤズダギルドは彼の宮廷にいる全ての占星学者を呼び出して彼のホロスコープを占い、彼の全生涯に何が起こるのか を説明するように指示した。彼らは太陽の高さを計測し、星の上昇を観察した。そ して彼らは神は彼の父の王権を継ぐこと、ペルシャ人の住んでいない土地で育てること、彼の土地の外へと連れ去られるべきであるこ とが助言されている、とヤズダギルドに報告した。ヤズダギルドは彼の宮廷にいるローマ人やアラブ人、他の非ペルシャ人の中の誰か に 彼の息子を育てることを委託することにした。ヤズダギルドにとっては彼を育てるのにはアラブ人を選択することがベストである ようだった。そこで彼はアル・ヌーマーンの息子であるアル・ムンディールを呼び、バフラームを教育する役割を委ねることにした。 彼はムンディールに貴族の印と名誉を与え、アラブの支配と2つの高い地位を彼に与えた。そのうちの一つは”ラム・アブズード・ヤ ズダギルド”「ヤズダギルドの喜びは増した」という意味であり、他の一つはミヒシュト「召使の長」という意味である。彼は彼の高 い地位にふさわしい名誉の衣を選んで アラブの地へバフラームを連れて行く様にアル・ムンディールに言った。アル・ムンディールはアラブの地にある彼の居住してい る宮殿へとバフラームとともに行った。 彼は3人の女性を養育係りとして選 んだ。健康な体を持ち、鋭い知性と教育と受けた貴族の娘達であり、彼らのうち2人はアラブ人女性のなかから、一人はペルシャ 人から選ばれた。彼はあらゆる衣服、絨毯、食事、飲み物、その他彼が必要とするものはなんでも与えられるように指示し、彼らは3年間にわたりバフラームを養育した。
4年目のこと、彼は乳離れした。彼が5歳の時、アル・ ムンディールに言った、「私に知識を持った先生を連れてきてくれ、よく方法論を身につけていて、私に書き方、アーチェリー、 法の知識(又は知的スキル)を教えることが出きるようなね」 アル・ムンディールは返答して言った 「あなたはまだ年若い。 教育を開始するにはまだ早すぎる。よい振るまいを教えられたり、教育されるにふさわしい年になるまで子供達がするような子供 らしいことをしていなさい。それから、私があなたが探した全てのことについての教師を任じよう」 しかしバフラームはアル・ ムンディールに言った 「神に誓って、なるほど私はまだ年若い。だが私の知性は大人の判断を持つ男のものだ。あなたは年の点 では私より年長だ。しかしまだあなたの心は弱い子供のようですね。 知らないのですか? 年長の方、未熟さの後に探される全 てのものは丁度よい時に達せられるということを。それ自身の時に探されるものは他の時に達せられるということを。最適な時に 探されないものは失われ全く達っせたれないということを。 私は王の子であり 神の許しとともにあり、王権は私へと来るだろ う。 さて、諸王にとってもっとも独自の義務と 見るべきもっとも重要なこととは 益した知識であり、つまるところ彼らに とっての装飾であり 彼らの王権にとっても柱である。 その意味によって、彼らは力を持つのである。だから私自身を忙しく し、私があなたに問うている教師を早く私のもとによこしなさい」
アル・ムンディールはバフラームのこれらの言葉を聞 き、ペルシャ王の宮廷に使者を出した、法律に詳しいペルシャ人の学者の一団と アーチェリーの指導者達、乗馬の教師、作文の教師を連れてくるようにと。 よい教育をもたらすこれらの達成の全てを共有する点で。彼はバフラームの為にペルシャ人、ローマ人と、アラブ人の小説の作者達の間から賢者を集めた。 バフラームは彼らにスケジュールを組ませ、これらの スキルのそれぞれの分野におけるスペシャリストの為に指定した時間を任じた。彼らは指定された時間に彼の元に来て 彼(バフ ラーム)は彼ら独自の全ての知識を彼に伝えなくてはならない一定の時間を彼らとともに座って過ごした。 バフラームは彼が欲 した全ての知識を学ぶために専心し、賢者達に聞き入り、小説の訳に聞き入った。彼は彼が聞いたすべてを理解し、最低限の教授 で全てを素早くつかんだ。彼が12歳になった後で彼は彼に教えられた全て、彼の頭に入った全てのことから彼は利益を引き出 し、彼の教師や彼の周囲の高い教育を受けた全ての人々を凌駕し、それらの人々に優る知識を彼に与えたことが分かった。
バフラームは アル・ムンディールと教師たちに感謝を 表明し、家に戻るように教師たちに命じた。アーチェリーの教師と乗馬の教師に命じた。彼のための要求が全て彼らから獲得する ように 彼を訓練し、マスターするように。そうして、これらの技能を獲得し た後、バフラームはアル・ヌーマーンに使者を送り、アラブ人に馬と種馬と雌馬と系図をもって 彼のもとに来る様に指示した。 アル・ヌーマーンはアラブ人達にそのように指示した。アル・ムンディー ルが馬を選びたいとのバフラームの意図を明かされた時、彼はバフラームに言った、「彼らの馬を(お互いの競りの間)前へ走らすようにアラブ人達に要求してはだめです。彼らのそれぞれにバフ ラームの前を通過して評価してもらうようにしてください。そうしてご自身で 利用する馬を選抜してださい」。バ フラームは答えた 「よく言ってくれた。しかし私は貴族と支配者の男の中のもっとも驚異的人間なのだ。私の馬は最高の馬でな くてはならない。 他の馬より最も優れたものは試されることで知ることが出きる。競走なしで、試 されることなしではだめなのだ」 アル・ムンディールは彼の言葉を認め、ア ル・ヌーマーンはアラブ人たちに馬を連れてくるように命じた。バフラームとアル・ムンディールはレースの為に集められてきた 馬に乗った。馬は(ゴールから)2ファルザング(約12キロ)の地点から走ってきた。アル・ムンディールの鹿毛の馬が全ての 馬を追い越し、最初にきた。それから残りの馬が後続グループに沿ってきた。2,3の馬がそれぞれ追ってきたり、離れて来りし て最後にきた。アル・ムンディールは彼自身の手で鹿毛の馬をバフラームのもとへ引いていって、言った「神があなたに称賛をも たらすかもしれない」 彼は馬を彼の元にしっかりとめるように指示した。彼 の喜びは大きく、彼はアル・ムンディールに感謝を与えた。
ある日バフラームはアル・ムンディールが彼の馬として 送った鹿毛に乗った。彼は野生の驢馬の群れを追い、矢を放ち、それらの方へと乗りつけた。ところが、 群れの中の驢馬の一匹を追いこんでいるライ オンがいた。ライオンは驢馬を撃つために口でその背に噛み付き、驢馬を殺した。バフラームは矢をライオンの背に放った。矢は その体を突き抜け腹に達し、野生の驢馬の背と臍を突き刺し、矢の3分の1が地面に突き刺さった。この全てのことがアラブ人た ちとバフラームの護衛とその他の人々の前で起こった。バフラームは彼とライオンと野生の驢馬のエピソードを宮廷の部屋の一つ に絵画として残すように指示した。
それからバフラームはアル・ムンディールに、父のもとに 戻る旨通知した。父に会うことになったのだった。しかしヤズダギルドはその悪魔的な性格により、彼の息子達にはなんの関心も 払わず、彼の召使の一人くらいぐらいにしか殆どバフラームを意識していな かった。だからバフラームは大いに悩んだ。この時、一人の大使がヤズダギル ドのもとにやってきた。ヤズダギルドはローマ皇帝テオドシウスとは兄弟の関係にあり*1皇帝は平和の同意と皇帝とローマ人と の戦いの休戦を探していたのだった。バフラームはテオドシウスにヤズダギルドと話して、バフラームをアル・ムンディールのも とにもどすようにと許可を得るように尋ねた。 そうして、バフラームはアラブに戻り、彼の人生を気楽に楽しむことに専念し た。バフラームの父ヤズダギルドはバフラームが離れている 時に死んだ。国家の有力者と貴族グループはヤズダギルドの子孫は王位につけないように協約を結んだ。理由はヤズダギルドの悪 魔的な振るまいによる。彼らは言った、「ヤズダギルドはバフラーム以外の王権の継承者とし て考慮できる能力をもったどんな息子も残さなかった。しかし彼はまだ領土のどの州も統治していない。彼の 能力が確認できるような観点では、彼は試されていないし、彼の能力も知られ ていない。彼はペルシャ人的に教育されてもいなければ、彼の教育はアラブのものでなされているがゆえ、彼の性格はアラブ的な 性質となっていよう。彼がアラブ人の間で育ったことを鑑みれば」 国の有力 者と貴族達の視点はおおかたの人々のそれと一致していた。(軍隊や社会の最上層の下のクラスの人々である) 王権はバフラー ムからパーパクの息子アルダシールの家系出身の男へとそらされた。(その男は最初のササン朝皇帝からの傍系の子孫だった) 男はホスローと言い、躊躇なく彼らは王権へとつけた。
ヤズダギルド死去のニュースと、国家指導者達が王座に ホスローを据えたというニュースは彼がアラビアの砂漠にいた時にバフラームに達した。彼はアル・ムンディールと彼の息子ア ル・ヌーマーンとアラブ人の指導者グループに使者を送り、彼らに言った。 「ヤズダギルドが諸君に与えた利益と多額の祝儀を 諸君らは享受した という私の父の特別なはからいを否認はしないだろうと思う。 一方で同じ時に彼はペルシャ人たちに厳格で あり野蛮であったのだ」 彼はその通知を彼らに通して、彼の父の死と彼ら自身の分配の結果としてペルシャ人の王の任命につい て伝えた。アル・ムンディールは答えて 「心配しないように。状況を扱う戦略が見つかると思う」 アル・ムンディールはアラ ブ人達で1万人の騎兵軍を作り、彼らを彼の息子(アル・ヌーマーン)の指揮 下に送りだした。クテシフォンとビアルダシール、二つの王都に向けて。彼はその町の近くにキャンプをはるように支持し、それ らの町へ予備調査兵の一団を送りつづけた。もし誰かが彼に戦いを挑む方向へと動いたとしたら、彼は戦うべきであり、2つの町 の付近の領域に乗り込むべきであり、大人や子供を捕虜とするべきである。し かし血を流すことは禁じていた。アル・ヌーマーンは軍営する地点まで進み、 予備調査兵団を繰り出し、彼の主人であるペルシャ人とともに戦った。
宮廷の国の有力者と貴族達はヤズダギルドの大法官長 ジュワーヌーヤ(アラブ表記ジュワーニー)をアル・ムンディールのもとに派遣し、彼らはムンディールに手紙を書き、アル・ ヌーマーンがやっていることを知らせた。ジュワーヌーヤがアル・ムンディールのもとに到着し、彼にかかれた手紙を読み上げた とき、アル・ムンディールは言った。「行ってバフラーム王に会え」 そして彼はバフラームの元へかれをつれて行く何人かを指 名した。 ジュワーヌーヤはバフラームの面前へ行ったもののバフラームのハンサムな外見と輝かしい容貌は 混乱から外れ、警 告声明程度へとひるませ、バフラームの前で平伏すことを忘れさせた。バフラームはジュワーヌーヤが平伏を忘れたとみただけで 理解した、なぜなら彼は彼自身の驚くべき美しい立ち居振舞いによって畏敬の念に打たれていたからである。バフラームは彼に声 をかけ、個人的に熱意ある約束を確約した。バフラームはアル・ムンディールの元に彼を送り返し、彼が書いてよこしたことへの 回答を彼が与えることをアル・ムンディールに言った。アル・ムンディールはジュワーヌーヤに言った。「私は君が持ってきた手 紙をよく検討した。バフラーム王だけがアル・ヌーマーンをあなたの国に送ったのだ。神が彼の父の後に彼に王の力を与え、彼に 力を与えたのだから」 ジュワーヌーヤがアル・ムンディールの言葉を聞いたとき、彼はバフラームの驚くべき立ち居振舞いを思 い出した。直接顔を合わせて見た、彼が魂の内に感じたバフラームへの畏敬を。バフラーム王の権力を奪うことを助言した全ての人々は議論において拒絶され、割り引きして考えられなくてはならない 人々として現れることを理解したのだった。彼はアル・ムンディールに言った、「私はいかなる返答ももってゆく気はしない。し かしあなた自身、もし適しているようであれば、王宮へ行のです。さすればそこにいる国の有力者と貴族達があなたのそばに集 まってきて、問題について一緒に検討するかもしれない。よい議論へと導いてください。彼らはあなたが助言する何についても反対するだろうが」
アル・ムンディールは彼らがジュワーニーを送りこんでき た最初の場所へと彼を送り返した。彼は提案書を作成し、ジューワーニーが出発した翌日バフラームと、3万人の騎兵部隊の長、 アラブ人部隊の勇気と力のある戦士たちとともに 王の2つの町へと向けて侵 攻した。彼らが2つの町に達したとき、彼は、宝石で飾られた王座に座ったバフラーム-その右手にアル・ムンディールを従えて いた-とともに人々に集まるように指示した。ペルシャ人の国の有力者と貴族達は話した、アル・ムンディールの前で演説を行い、いかにバフラームの父が厳格で彼の悪魔が振舞ったかを、いかに捻じ曲げ た判定を行い、国は荒廃し、どれほど多くの人々が殺されたかを。彼自身の土地の人々が虐殺されたかを。その他多くの悪逆非道 なことに遭遇したかを。彼らはヤズダギルドの息子から王権を奪取するために協約を作成し、集まって相談したというこれらの事 実が故に。ということに言及した。彼らはアル・ムンディールに、彼らが嫌う どのような王権も受け入ることを彼らに強制しないでくれと注文した。アル・ ムンディールはこの問題について彼らが指摘している全てを理解した。しかし彼はバフラームに告げて、「私より寧ろあなたが 人々にお答えするほうがこのましい状況です」バフラームは返事をした、「私は否認することは出来な い。代弁者の諸君、ヤズダギルドの責任であると諸君らが非難する行為のどん な部分でさえ。何故なら私自身それが真実であると確信しているからだ。私はその悪魔的事例の為に彼を個人的に非難し、彼の振 るまいと習慣ゆえに彼を避け、神に願ってきた。私に彼がなした悪事の全てを正すことができるような、彼がばらばらにしたもの を修復できるような王権を私に与えたもうことを。丁度1年間私が統治してみて、私が諸君に確約した全てのことを満たせなかっ たなら、その時王座への全ての要求を自らの意思で放棄するだろう。私がこうすることの証人となり、我々の間を判定し、最終的 な判定人たる神と天使とモーバッドの長にかけて(約束しよう)。更には諸君に説明したことに関わらず、諸君が王冠と2匹のラ イオンとその子の間から出来ている紋章とを与えた人物を王として任命したことを受け入れることに満足する用意もある。そんな 男を王にさせることに*3」
人々がこれらのバフラームの言葉を聞き、こころから約束したことを聞いた時、彼らは喜び、彼らの希望が湧き上がってきた。そうして彼ら の間で口々に「我々はバフラームの言葉を拒絶できない。王座からバフラームを締め出すよう決定した結論を実施してしまうと 我々は我々自身の崩壊をもたらす恐れに投げ込まれるだろう。彼が召集し、彼を助けるために連れてきた多くのアラブ人を与えら れるだろう。我々は一方では我々の前に横たわっていることについて彼をためすことが出きる。彼自身の力と勇気と大胆不敵さへ の信頼だけが彼を成し遂げることに導くことを約束すことについて彼をためす ことができる。もし彼が、彼自身について語ったようであれば、我々の決定は彼を王座に据えることになるだろう、彼に服従を示 すことになるだろう。しかしもし彼が弱点があり、無能で死ぬのであれば、我々は彼の死になんの責任もなく、彼からのどんな禍 も悪意からも護られるだろう」
この結論とともに、彼らは散会した。バフラームは翌日彼 らが話した場所へ戻ってきて、前日と同じところに座った。前日彼に反対していた人々もそこにいた。彼は彼らに言った。「諸君 らが昨日私が言ったことに同意するのか、そのまま服従あるいは平伏して沈黙するのか」 彼らは答えた 「我々自身は直接ホスローを選んだのです。我々自身から からよい行動を経験しているのです。しかし、あなたが提案されたように、我々は王冠と紋章を2匹のライオンの前で置かれるべ きだという意思はもっている。あなたとホスローは彼らの為に一緒に競うべきである。我々は王 権を交換するだろう。2匹のライオンの間に王冠と紋章を置くためにあなた方 が行うことはなんにでさえ」バフラームは彼らの提案に同意して、王権を授けられた 全ての王の頭上に王冠を授与することに責任のあるモーバッドの長(宗教長官)は王冠と紋章を携えてきて、一方の側にそれらを 置いた。スハーフパッド(将軍)のビスターム(ヴィスタフマ)は2匹の獰猛で空腹のライオンをその子らとともに連れてきて王 冠と紋章が置かれた方にそれらの一組を置いた。もう一方の組みは反対に置いた。そうしておいてから鎖を解き放った。バフラー ムはホスローに言った、「君は王冠と紋章の為に戦わなくてはならない」 ホスローは応じて、「最初にあなたの方が試めされる がよかろう、何故なら私が権力の強奪者である一方、あなたは正統な継承権によって王座を目指しているのだから」 バフラーム は何も言い返すことは無かった。彼は彼の勇気と力を信頼していたのだから。彼は槍をとって、王冠と紋章へ向けた。モーバッド の長は言った 「あなたが乗った船はあなたを危険に置いている。これら全てはあなたが自由に選んだことであり、ペルシャ人の だれもあなたに吹きこんだことではない。我々はあなたの自滅を神の前で非難される余地はない」 バフラームは答えた 「あな たは全ての責任を免除されてるし、これに関するいかなる非難も負わない」 彼は素早くライオンに向き直った。モーバッドの長はライオンに直面しているバフラームの胆力を見た時、彼に叫んで言った、 「あなたの罪を告白し、悔い改めを示せ、それから進め、もしそうすることを決めたのなら」 バフラームは彼が犯した罪を告白 し、2匹のライオンの方へ向かった。そのうちの一匹が彼の方へ飛びかかってきた。しかし近づいたときバフラームはその背後へ 廻りこみ、横腹を握りライオンを苦痛に投げ込み、彼が持ってきた槍でその頭を一撃した。
その時、もう一匹のライオンが身を投げ出してきたが、 その二つの耳をつかみ、両方の手で毟り取った。一方のライオンの頭に対して もう一方のライオンの頭を 彼らの脳が打ち砕けるまで彼が乗っているままでぶつけ続けた。そして彼は彼が持ってきた槍で彼ら の頭を突き刺して2匹とも殺してしまった。ホスローと全ての人々の目の前で彼がなしたこれらの行動は機会を集めた。バフラー ムは王冠と紋章を取り上げた。ホスローが最初に声をかけた、「神はあなたの長寿を祝福しています、バフラームよ、全てはあな たに彼らの耳と服従を与えています。神はあなたに大地の7つの地方の支配を与えています」 そこで全ての人々が叫んで言っ た、「我々はバフラーム王に従います。我々は彼の前に平伏します、我々は王としてのあなたに満足しています」 彼らは彼の為 に祈祷者を送った。国の有力者と貴族達、州知事と大臣達は後日アル・ムンディールのもとの来てバフラームと話したことを彼に 嘆願し、彼に対して傷つけたことなどを謝り、彼の過ちを見逃してくれる様に言った。 アル・ムンディールは彼らの要望に関してバフラームに話し、彼らが彼にぶつけた全ての個人的な敵意を慈悲として 与えるようにと言った。
- 「アルタバリーの歴史」第5巻 「パーパクの子アルダシール
後の王権の所有者達」の章p82からp93(通番855頁から863頁)「バフラーム5世」の節の前半より -
* アル・ムンディール1世(在位418-62)、アル・ヌーマー
ン1世(在位400-418)
*1 兄弟と言っているのは結局テオドシウス2世自身のこと。
*2 the Harsh
Oneの訳し方がよくわからなかったため取りあえず厳格王と訳した。
*3 先に有力者に王位に就けられたホスローのこ
と。
*シャプールはヤズダギルドの3人の息子の年長でアルメニアの王 だった。414年アルメニア王国のアルサケス朝の断絶により王座についた。ヤズダギルドの後継を望んでクテシフォンへ向かったが、貴 族、僧侶達によって殺された。