2011年10月17日作成

ブルガリア歴史映画「カロヤン」(1197-1205年)


 1964年ブルガリア製作。第二次ブルガリア王国三代目の王カロヤン帝の活躍を描く。カロヤン 帝(在1197-1205年)は、第二次ブルガリア王国の 建国者、アッセンとペータル兄弟の弟。この三兄弟は、同年代の日本で鎌倉幕府を建設した源三兄弟のような感じ。そのカロヤン、結 構カッコイイ、イメージ通 りの配役です。

 カロヤン時代は、裏切りや、頻繁な同盟の組み換えなど複雑な情勢が続き(どの時代でもそうかも知れませんが)、背景を少し整理 しておかないと筋がつかめなくなるかも知れません。そんなわけであらすじが混乱するのを避ける為に、少し登場人物達を整理してみ ました。

・クマン人勢力
  ハンガリーの宗主権を仰いでいるが、クマン系貴族のアッセン家がブルガリアという独立国家を作ったのだから、ハンガリーを捨てて ブルガリアに付きたくなる のが自然であるが、ハンガリー王国は強大である為、政策に迷いが出る。実は、読むのが間に合わなかったのですが、本映画でクマン 人に興味を持ったので、「Cumans and Tatars: Oriental Military in the Pre-Ottoman Balkans, 1185-1365」 というクマン人の本を購入してしまいました。第二次ブルガリア王国がクマン人の支援のもとに建設され、その後も第二次ブルガリア 王国を通じて影響を持ち続 け、一説には建国者アッセン家もクマン系貴族だといわれているので、にわかに興味が出たんですよね。今年は映画ばかり見ていて時 間が取れそうもありません が、来年は読んでみたいと思っています(それにしても、この本、中古で購入したのですが、新刊そのもの。なぜに内表紙に DAMAGEDと書かれているのか 不思議です。まあその分安くて良かったけど、DAMAGEDという文字さえなければ新刊そのものなのに)。

・カトリック勢力(ローマ法王、ハンガリー、十字軍)
 十字軍の目的は、当初と目的が変わり、ビザンツを屈服させることになってきているので、ブルガリアを利用できると望ましい、と 考えている。

・ビザンツ
 ブルガリアとは敵対中だが、十字軍の到来によって変わる。

・カロヤン
  独立を維持するにはあまりにも貧乏国で、大貴族に分裂し、まとまった力が出せない。そこで大貴族の力を、周辺勢力(カトリック、 ビザンツ、クマン人)を利 用して牽制・削減しつつ、同盟を組み替え、独立を維持・勢力拡張を狙っている。特にカロヤンは、第三回十字軍(1189 年〜1192年)を目の当たりにし ているので、カトリック勢力の力を見せ付けられており、カトリックと結ぶことにも躊躇は無い。

・ブルガリアの貴族たち
 自分たちの利権が増えるならば、どこでも同盟する。

・ブルガリア国民
 自分たちの権益を守ってくれる安定した支配者を望む。もちろんブルガリア国王が望ましい。

 それではあらすじのご紹介です。ご興味のある方は「More」をクリックしてください。

IMDbの映画紹介はこちら
ブルガリア歴史映画一覧はこちら


 冒頭、背景説明のテロップが写る。

- 1197年、ブルガリア貴族アッセンとペータルは、ビザンツの奴隷制に対する叛乱を起こした。その後、ビザンツとブルガリア の間で敵対が続いた。次いでバルカン半島に向けて第四回十字軍が到来し、バルカン半島の人々間では、今後の運命は十字軍次第だと 思われていた -

  カロヤンが気ままに家臣とともに狩を楽しんでいる。カロヤンは弓で空を編隊でゆく鳥をうとうとするが、家臣ものに声をかけられ邪 魔される。ペータルの死去 の報を伝える声の伝令の声が、山々に置かれた伝令のチェーンによって、山中のカロヤンの元まで届く。「皇帝(ツァーリ死す)」と の報告に 嘆くカロヤン。

 次の場面では、カロヤンは既に国王の装束でタルノヴォ城にいて、暗殺者の処刑場面となる。タルノヴォ城手前の断崖下の渓谷に、 重しとなる直径50cmくらいの石を括り付けられ、投石器で放り込まれる暗殺者。

 こちらはタルノヴォ城。

 どうやら、暗殺者は国王の議会を構成する三人の有力貴族だったようである。席の数からすると、六席が大貴族(ベリキ・ボヤー リ)となるようである。下記空席の三席に、新たに貴族を任命するカロヤン。

 チェルベン領主グラゴート、ヴラティッツァ領主ステレミゾ。バルカーノ領主トーヴェッチェが新規に任命される。
 王座に座るカロヤン。バルカーノ領主トーヴェッチェの任命は以外だったようで、他の家臣から物議をかもされる。どうやらカロヤ ンは、ルメイ(ビザンツ)対策の為にバルカーノ領主トーヴェッチェの支援を得なくてはならないという苦渋の選択だったようであ る。

  国は既に財政破綻状態のようである。財源が無いと文句を言うバルカーノ領主に宝石箱を渡し、500名の人員を集め城を確保するよ うに言うカロヤン。しか し、後日家臣ミラトがトーヴェッチェを訪問すると、まだ金が足りないと注文をつける。都に戻りカロヤンにまだ金2100程度不足 している、と報告するミラ ト。カロヤンはロメイ(ローマ=ビザンツ)は金10万を集めることができる、と頭を悩ますが、ブルガリア人1人でビザンツ三人を 相手にすれば良い、それで ヴァルナ(黒海沿岸の都市)に侵攻だ!と自棄になったように口走ったりするのだった。

更に上記家臣ミラトに、ロメイに捕虜となっている兄の解放の助力を願い出られ、書状にサインするカロヤン。

 このあと、固着剤を振り掛けていた)。そこに別の臣下が入ってきて、宝石箱の中身を見せ、「もうカラです」と告げるのだった。 カロヤンは手元の金の燭台の火を消して差し出すのだった。

 ところが、バルカーノ・トーヴェッチェは、国境と思わしき川で、守備隊につかまってしまう。恐らくビザンツに逃亡しようとして いたと思われる。

 更に同夜、クマン人の使者が、カロヤンの奥さんになるデニーツァを連れてやって来る(下記左側。右側がカロヤン。中央遠方の女 性がアンナ)。

  使者を別室に招き、二人だけで会話する。クマン人の使者マナスタールは、マジャール王はブルガリアには助けが必要だ、とわかって いる。ブルガリアには今国 家と呼べるものは無い、マジャールは強国だ、と告げる使者。カロヤンはあと一ヶ月待ってくれれば、要求を全部呑む、とカロヤンは 頼むが(何の要求かはよく わかりませんでした)、7日が期限だ、といわれるだけ。クマン人にすら、無力なブルガリアなのだった。

 当時、ドナウ川の北部から、現 ルーマニア領土にかけてはトルコ系のクマン人が住み、ハンガリー王国の宗主権下にあった。使者の要求とは、ハンガリーを裏切って ブルガリアにつくとか、あ るいは、ハンガリー国王の名代としてブルガリアに同盟などの交渉に来たのかも。いづれにしても、この時代のハンガリーの映画がほ ぼ無く、貴重な映像として クマン人の使者マナスタールの画像掲載。

 で、クマン人使者は引き上げるのもの、クマン人の姫デニーツァはカロヤン宮廷にとどまることになったようである。

 一方使者の対応後、王は、家臣で親友のミラトから、バルカーノがルメイテ(ビザンツ人達)側についた知らせを受ける。カロヤン は、マジャールとの同盟を考えているという。

  翌日、雪の中、ミラトやカロヤン達が郊外を散歩(?)していると、デニーツァの一隊がやってくる。昨夜会ったでしょ?とデニー ツァは言い、彼は誰?とミラ トを紹介させるのだった(ここでカロヤンは、ミラトを親友と呼んでいた)。そしてデニーツァは弓で、近くに潜んでいた暗殺者を射 てみせるのだった。このデ ニーツァは、パンツスーツ姿なのがいかにもクマン人っぽかった。

 更に、捕らえられたバルカーノ領主トーヴェッチェが連行されてくる。カロヤンは谷底に突き落とす刑に処し、金の燭台を回収する のだった。

場面は突然ローマとなり、枢機卿が僧侶ドミニクに書簡を渡している(下記右が枢機卿、左がドミニク、中央で、背を向けているのが 法王)。枢機卿は、マ ジャールに赴き、ブルガリアとの同盟を工作せよ、と任命する。絶対にルメイ(ビザンツ)とブルガリアを同盟させてはならない、と 命じるのだった(ローマは ロマーニ、ルメイ=ビザンツとして区別されていた)。法王は、鳩にえさをやっている後ろ姿だけしか登場しなかった。もちろん法王 の意図は、第四回十字軍が 想定にあったと思われる。

 続いて場面はヴァルナ(黒海沿岸、現在の名もヴァルナ))攻めの場面となる。下記はビザンツのヴァルナの要塞(ヴァルナ攻めは 史実では1201年なので、このときが1201年だとわかる)。

 そのときのカロヤンの甲冑姿。

  本作では、2,3分でヴァルナ要塞はあっさり陥落してしまうのだった。この時、陣営にドミニクとクマン人がいるので、マジャール と同盟が成り、ビザンツ攻 めとなったものと思われる。旧共産圏の映画では、戦争場面よりも、戦争後の悲惨な場面を描くことが多いのですが、本作でもヴァル ナ攻めに出た死者の墓を地 元民が作っているところに、カロヤンが訪れる場面が出てきます。地元民が、「この後いくつも要塞を落とすたびに、死者が出る」と 告げ、カロヤンは苦悩する のだった。そこでカロヤンは、浜辺に首まで埋められていたヴァルナの司令官スタブラティスを穴から出し、ビザンツとの同盟を提案 し、回答は数ヶ月待つ、と コンスタンティノープルに司令官を帰すのだった。

 僧院暮らしの甥、ボリルの元を訪れてなにやら相談するカロヤン。ローマ法王インノケン ティウスの使者ドミニクはボリルの元に滞在しているようである。インノケンティウス向け対策を相談したらしい(ひょっとしたら、 ボリルをカトリックへ改宗 させようとしたのかも知れないが、ボリルは拒否したようである)。宮廷に戻り、ミラトと対策を練る王。カロヤンは再度僧院を訪 ね、ドミニクに金の燭台の 入った宝石箱を渡すのだった。それでも悩みは尽きないカロヤンのもとに王妃デニーツァがやってくる。いつの間にかマリアという子 供が生まれているのだっ た。

 しかしこのあたりから、王と王妃はうまくいっていなかったようで、この後、娘マリアを扉の中から王の部屋に入れ、王妃は王には 会わないのだった。

 ヴァルナの戦いあたりから、ウグリという名の側近が増えている。結局ローマ法王と正式に同盟することになり、枢機卿がタルノ ヴォにやってきて、カロヤンの戴冠式を行う。カロヤンは、元の王冠を外し、枢機卿から王(レックス)の王冠を受ける。

 下記hその時の王妃の宗族。

 場面は突然変わって、ブランコ遊びをする村娘が登場する。

  彼女の住む村はどうやら、皇帝直轄村で、ウグリが代官として赴任しているようである。ウグリの領地検問係りがやってくる一隊を検 問にかけると、それはビザ ンツ人スタブラティス(元ヴァルナ司令官)がプロブディフの支援向かう途中だった(1205年当時プロブディフはまだビザンツ 領)。そのウグリの武器庫に 一部の村民の一隊が侵入し、武器をごっそり奪ってしまう。発覚して、村民を締め上げるウグリだが、一般の村民は知らぬ話なのだっ た。上記の写真で登場して いる娘の父親をウグリがしょっぴこうとすると、たまたまカロヤンがやってきて仲介に入る。一応その場は収まるが、カロヤンが去っ た後、ウグリは娘を連行す るのだった。

 カロヤンが宮廷を歩いていると、悲しみに沈んでいる娘を見つける。何故宮廷なんかにいるのだ、と問うカロヤンに、娘は、貴 族のウグリに連れてこられたと嘆く。どうやらウグリが王と王妃(クマン人との同盟の明かし)を離反させられるかも知れないと踏ん だ、気の長い策略だたよう である。そこに王妃がやってきて、娘を見てきつい視線を投げかけ、娘のマリアが病気だといって王を連れてゆくのだった。その後娘 は侍女として宮廷で働くよ うになるのだった。

僧ドメニコがツァーリグラッド(コンスタンティノープル)に行こうとしているが、検問官のウグリは彼を検問所に引きとめ、ボリル に会いに行く(ボリルはク ニャージ(王子)と呼ばれている)。そしてなにやらボリルが密談を持ちかけているのだった。下記はドメニコの馬車と、当時の墓 標。

 とうとうフランク軍(第四回十字軍)が攻めてくる。村を焼き討ちし、村民を磔や逆さ磔にする。使者にミラトが来るが、尊台な態 度の十字軍司令官ボードワン。ミラトはボードワンの陣に僧ドミニクがいるのを見る。まったく反復常無い世界である。

   冬、カロヤンは、待ち伏せをうけ弓で射られる。裏切ったのはウグリ(背後にはボリルがいると見ていいと思われる)。胸に矢が刺 さりながらも単身逃げるカ ロヤン。一方雪の中農民の集団を連れて城にむかうミラトに、王が襲撃を受けたとの知らせが来る。王妃と王の仲は完全に冷え切って いて、王が娘マリアに会い たいといって扉をたたいても入れてくれないのだった。そして侍女は暗い表情の王に飲み物を持ってきたりして親切なのだった。この あたりから、王の側近にボ リルが加わり始める。王は先祖の肖像画を眺めたりして苦悩も先祖頼みになってきた感がある。そこにミラトとボリルがやってきて王 を政治の場に引き戻すのだ が、夜、ボリルは侍女を暗殺し、その現場に王妃の首飾り(?)のような装飾品を残すのだった。まさか王が王妃の仕業だと勘違いし たとは思えないが、王は剣 を抜いて王妃を問い詰めに行き、王妃の手元から娘マリアを連れ出すのだった。王妃はついにクマン人召使を連れ王宮を退去するの だった(どうも展開が唐突な 感じがあるので、ひょっとしたらオリジナルの上映時間はもっと長く、カットされている箇所があるのかも知れない)。

 場面は変わって、十字軍の隊列を、農民のゲリラ部隊が襲撃する。

 十字軍は、不意に襲われたことと、もともと疲弊しながら進軍していたこともあり、ゲリラにあっさり蹴散らされる。ゲリラ軍村民 は、馬車に乗っている僧侶 ドミニクに、ギリシア語かブルガリア語は書けるか?と聞き、どちらもわからないなら、何をしてるのだ、と詰問する。ドミニクは (以前カロヤンが与えた)宝 石箱をさし出すのだった。襲撃した村民は宮廷に出向き、カロヤンに「ツァール・カロヤニエは腐った外トラキア(ビザンツとの国境 線。元バルカン領主トー ヴェッチェの領土で、その後ウグリに引き継がれた領土だと思われる)を助けている。1205年夏」と書かれた羊皮紙を王に見せ、 こんなものが1000枚も ばら撒かれている、と告げる。更にドミニコから奪った宝石箱を返還するのだった。ミラトに軍を召集するのにどのくらいかかるかと 聞く王。一ヶ月と答えるミ ラト。

 ミラトが焼き討ちされた村に来る。カロヤンが来る、と老人に告げると、老人は村の皆に大声で「ツァール・カロヤンが来る!」と 告 げ、野営していた村民は皆喜ぶ。その村の近くの城(?)か隠れ家に潜んでいたウグリ一派は「何てことだ」などと言っている。そこ に村民が急襲をかけてき て、ウグリもついに仕留められてしまうのだった。

 続く場面は、クマン人マナスタールが、タルノヴォ城城壁外にいて、城壁上の役人から、皇帝はアドリアノープルに向かっていると 告げられる。マナスタールの一隊には王妃のデニーツァもいる。デニーツァはタルノヴォに残ることにし、クマン人隊はアドリアノー プルに向かう。

  続く場面はどういうわけか、ボリルが、十字軍兵もおらず、単独で走っている僧侶ドミニクの馬車を捕まえ、ドミニクを沼に突き落と す。その後カロヤンがやっ てくるが、ドミニクの遺体は見つからない。カロヤンが陣に戻ると、マナスタールが来ている。何故来たのだ、と問うカロヤンに、 「もし出撃しないのであれば 出てゆく」と答えると、カロヤンは、「皆お前が何をしたか知っている(カロヤン中傷の羊皮紙のこと)。出て行けば殺されるぞ。お 前は裏切った」と脅すカロ ヤン。「お前はどうなんだ」と食い下がるマナスタール。カロヤンはマナスタールの肩をつかみ、再度「何故きたと聞いているのだ」 と問う。マナスタールは、 「クマン人の土地は、占い師がいるところだ」と答える(聞き間違いかも知れませんが、こう聞こえた)。「裏切り者だと思うなら、 殺せ」、とカロヤンにナイ フを投げるマナスタール。カロヤンはナイフを投げ返し、裏切りを帳消しにし、アドリアノープル攻めに加わることを許可する。

 村民達中心の軍は、村民が川に橋を架けたりして進軍の準備をする。実は、この橋は、橋桁が無く、村民数名が橋桁の代わりに支柱 となって支えているだけで、ラテン帝国軍が渡った後、しんがりの隊の通過中、橋を落とす、という作戦なのだった。

 こちらは、ボードワンのラテン帝国軍。カロヤンに戴冠した枢機卿もラテン帝国軍側にいる。

 右手はインペラトール・ボードワン。左は配下の貴族。ボードワンの家臣ではなく、恐らくフランスあたりの封建領主であろう、統 率はあまり取れていないようである。

 ラテン帝国側はアドリアノープル近郊に簡単な木柵で囲った陣を作っている。そこから出撃するラテン帝国軍。

 ラテン帝国陣営全景はこんな感じ。

ラテン帝国側の騎士の装備はこんな感じ。

 カロヤン側の幹部貴族はこんな感じ。これにクマン人騎兵が加わっている。

丘の上で戦況を見極め、最後、自ら隊を率いて突撃するカロヤン。まあ、かっこよく描かれています。

 アドリアノープル近郊の戦いで十字軍に勝利するブルガリア軍。

 最後はボードワンは首に縄をかけられ捕虜になる(映画ではここで終わっているが、史実ではその後タルノヴォ城で処刑されてい る。その時ボードワンが処刑された塔は現在では「ボードワン塔と呼ばれている(遺跡訪問記はこちら)。

 一方、ミラトは戦傷を負い、戦後、担架で運ばれる。彼がこの後死亡したとすると、映画の中では唯一裏切らなかった臣下を失うこ とになり、カロヤンの最期を暗示させる場面でもある。

 カロヤンがボードワンを跪かせたところで終わる。

〜The end〜


 この作品の冒頭で登場したテロップと、途中で登場した羊皮紙の文字の一部がロシア語の単語でした。共産主義全盛期はブルガリア の語彙にロシア語の単語が多く入っていたのかも知れません。

BACK