前回の続き。
東京藝術大学美術館で開催中の「草
原の王朝 契丹 美しき3人のプリンセス展」(9/17迄)に行って来ました。芸大美術館に行くのは初めてだったの
で、マイナーな題材でもあるし、大学美術館だから、もっとこじんまりした展示かと思ってました。しかし、予想以上でした。展示物
数は127で、基本的に通遼市(市詳細サイト。開くと曲が流れる、停止ボタンは左下)のと赤
峰市(こちらも曲がでます)出土の文物です。127点のうち、80点が、以下の3つの史跡の遺物となっています。 通遼市ナイマン旗陳国公主墓(1018年) 通遼市ホルチン左翼後旗トルキ山古墳(10世紀前半) 赤峰市アルホルチン旗耶律羽之の墓(942年) 赤峰市バイリン右旗慶州駅釈迦仏塔利塔(白塔)の塔頭に収められた文物(11世紀前半) 残り47点のうち、43点が通遼市・赤峰市の出土文物で、両市以外の展示物は5点です(合計すると128点となってしまった。1 点数え間違いしてますが、 傾向はこの通りです)。つまり、本展示会は、現通遼市・赤峰市両市の展示物会ということになります。歴史地図帳で見る所では、広 大な領土を持っていた契丹 (遼)の展示にしては偏っているような気がしたので調べてみたところ、現在の通遼市・赤峰市付近が、契丹の故地だと知りました。 以下は、Wikiのシムラレン河の記事から持ってきて、山嶺や市の場所を書き足したものです。 青い点が現在の都市で、一番左が赤峰市(の市街)、中央上の青点が、通遼市、その下の青点が、遼寧省省都の瀋陽です。 Google Mapによると、赤峰市は北京の北東約300km、通遼市は遼寧省の省都瀋陽の北北西約200kmにあり、赤峰市の東北東約300kmの距離となっていま す。画像中下の赤点が、遼の都の一つ、中京で、赤峰市の南端に位置しています。上の赤点は、遼の都の一つ、上京で、赤峰市の北部 にあります。瀋陽も、遼の 都の一つです。これらの現都市、遼代の都は、全て図中に記載された遼河とその支流にあることがわかります。また、遼河とその支流 は、大興安嶺山脈(左上の 緑線)から東へ流れ出、七老図山系(中央緑線)と努鲁儿虎山系(右緑線)から北部に流れ出て遼河平原を形成しており、モンゴル高 原や、華北平原と隔たれて いる場所にあることがわかります。紫の実線は、明代の長城。紫の点線は漢代の長城。長城の場所から見ても、遼河の上流域は、領域 外にあったことがわかりま す。 展示物が通遼市・赤峰市の出土物で占められているのは、偏りでもなんでもなく、契丹(遼)の故地であり、中枢地域だということ が納 得できました。契丹(遼)の地図というと、通常は右下地図に代表される広大な領域のベタ塗り地図(中国政府公式歴史地図「中国歴 史地図集」の北宋代全図) が多く(本展示のカタログ掲載地図も似たようなもの)、実態がいまひとつイメージし難いところがあるのですが、Wikiに掲載されている左下地図のような、殆ど人が居住していない領域を除外し た地図を見ると、実態がイメージしやすいものがあります。 さて、今回の展示物で興味を惹かれたポイントの一つは、展示会サイトにイ ラストまで描かれた「美しき3人のプリンセス」というコンセプトです。出土遺物との対応は、以下の通り。 通遼市ナイマン旗陳国公主墓(1018年) - 陳国公主 通遼市ホルチン左翼後旗トルキ山古墳(10世紀前半) - 名前不詳 赤峰市バイリン右旗慶州駅釈迦仏塔利塔 - 章聖皇太后(- 1057年) となっているのですが、展示を見ていても、どの遺物が誰のものだったか、少し分かりづらいのが難点でした。終わりの方で、ビデオ が流れているのですが、そ こで漸く、どのプリンセスがどの遺物と関連しているのか、イラストのイスピレーションとなったであろう、プリンセスの面影が遺物 自体に存在していたことが わかり、わざわざ戻って確認した次第です。せっかくプリンセスたちのイラスト入りで解説してあるページを作ったのだから、これを展示 会にも貼っておいてくれればよかったのに。しかも、このイラストページにも若干説明不足を感じるので、ビデオ説明を追記すると、 - トルキ山のプリンセスは、イラストページに掲載されているトルキ山出土遺物の鏡箱の裏側の彫刻の女性像がヒント(展示ケースに鏡 が貼ってあり、箱の裏側を 見れるようになっている。展示の解説文に、「これがプリンセスの元です、との説明があったかも知れないが、気づかなかった) -章聖皇太后 は、イラストで章聖皇太后が抱えている鳳凰舎利塔に描かれている女性像が元。よく読むと、イラストページに「側面には白塔の発願 者である章聖皇太后とおぼ しき人物を表しています」と書かれているのですが、この説明も展示ケースにあったかどうか記憶にありません。 (陳国公主は、展示品のメインの一つである巨大な墓棺と、公主の黄金マスクが展示されているので、これはわかり易かった。これを 書いた後、展示会サイトの「展示会構成・みどころ」ページに遺物とプリンセスの関係の説明があるのに気がつ きました)。 な んというか、展示会のサイトを見ていると、3人のプリンセスのイラスト画の印象が強烈なのにも関わらず、展示会では、あまり印象 に残るような展示となって いなかった感じです。3人のプリンセスという副題なのだから、3人の来歴をもっと掲載するとか、それがあまりわかっていないので あれば、遼代の女性の風俗 やエピソードなどの解説が、もっとあってもよかったように思えました。展示品は、契丹文化の様々な側面がわかる多様な遺物が展示 してあり、悪くはなかった ものと思うのですが、展示会サイトの、展示内容をイメージに大きく結びつくページは以下の3ページであるにも関わらず、 -展示会構成 -みどころ -3人のプリン セス 展 示の印象は、「展示会構成」「みどころ」ページに掲載されている展示品のイメージと言えます。「3人のプリンセス」のページ*だ け*に興味を持って訪れる と、予想と違うと思う方もおられるかも知れません。あと、耶律羽之の墓の出土遺物もメインの展示の一つですが、耶律羽之について は殆ど解説がありません。 耶律羽之のイラストも掲載してみてもよかったのに。 展示物については、だいたい、展示会サイトに掲載されている写真のイメージ通りなのですが、展示会サイトに掲載されていない、 契丹文化のイメージを構成する上で重要な遺物も結構あります。 それを2点ご紹介したいと思います。 ・当時の木造家屋のミニチュア(といっても、高さ1.5m近く、幅、奥行き2m程の大きさ) -これは、今回展示会を行った静岡県立美術館のブログの、免震台の設置を説明する作業記事に、写真がありました。 -契丹の木造家屋のミニチュア模型は、割と珍しいのではないでしょうか。遼寧省博物館にも別の家屋模型が展示されており、遼 寧省博物館のサイトの、専題蔵品に、多数収蔵品の写真が掲載されており、専題蔵品ページの左側の「その 他」、を選択すると、出てくる、貴族の墓に収められた当時の家屋の模型も写真で見ても見応えがあります。 ・壁画に描かれた当時の風俗画。 -壁画は、チラシに登場しているのですが、何故か展示会サイトにチラシ画像が無く、主催者のひとつTBS のサイトにチラシの画像があります(でも壁画の紹介はなし)。壁画を日本で見る機会はあまり無いのではないでしょう か。遼代の風俗を知る上で墓地の内壁に描かれた風俗壁画は重要なので、今回の展示品の目玉のひとつとして、もっと宣伝されても良 いのではないかと思います。 ところで、今回の展示の話ではありませんが、私がこれまでの旅行で見た遼代文物で、もっとも強烈な印象を受けたものには、以下 の三種類あります。 一 つ目は、黄金製のアクセサリー。古代から近世の中華王朝は、青銅器・玉器・陶器のイメージが強く、あまり黄金製品の印象が無いの ですが、契丹の黄金細工は 中華王朝や、中国北方の遊牧王朝とは異質な感じです(以下は遼寧省博物館に展示されていた契丹の黄金製冠。展示会ではもっと繊細 で華やかな黄金冠が展示さ れています。著作権の問題があるので、私の手持ちの写真を掲載)。 二 点目は、皮製の水筒を模した陶器。契丹展でも展示されていますが、数多くの文物の一つという感じで、形もインパクトが今ひとつな 感じです。手持ちの写真に もインパクトのあるものが無いので、他のサイトから写真を転載しました(”鸡冠壶”で画像検索するとたくさん出てきます)。遼寧 省博物館には、この陶器が 大量に展示されていて、突出したイメージを受けました。日用品として相当普及していたのではないかと思います。 中国国家博物馆藏の「鎏金银鸡冠壶「。動画共有サイト、FrickrのJake Ji氏の投稿から。右は蘋花渐老氏の投稿から(いづれもAttribution-ShareAlike Licenseで検索)。 3点目は、契丹文字の刻まれたベッドサイズの巨大な墓碑。以下も遼寧省博物館展示のものですが、一枚しか写真を取らなかったのが 残念です。実際は、5個か 6個(正確な数は記憶が定かで無いのですが)、どかんどかんと並べて展示されていて、大変なインパクトがありました。遼寧省博物 館のサイトでは、拓本の写 真しか無く、手持ちの写真も、1個だけの写真しか無いのが残念です。今回慶州白塔の遺物が展示されていますが、その近くに慶陵と いう、遼の皇帝一族の陵墓 があり、契丹文字の刻まれた巨大な墓誌が多数出土しています。以下は、遼道宗皇帝、皇后契丹文、漢文哀册并盖(慶稜墓室写真はこちら)。 今回の展示は、結構まんべんなく契丹文化出土遺物を展示してある印象を受けましたが、これが無かったのが少し残念です。 展示ガイドドブック(¥2300)が販売されていました。最新契丹研究状況や今回メインとなった4つの遺跡の発掘状況の論考、 展示物出土場所の詳細な地図などがあり、有用そうでした(休憩椅子においてあった見本を30分かけて読んだあげく、結局買いませ んでしたが)。 契丹考古資料一覧としては、ネットに「契丹国(遼朝)時代の考古資料について武田和哉(奈良市教育委員会)」という資料 が掲載されていて非常に有用です。 長年、契丹というと、まず思い浮かべるのが、中野美代子著「契丹伝奇集」という幻想小説集でした。いつか読もうと思いつつ、これまで読まず にきてしまったのですが、そろそろ読んでみようという気になっています。 上野開催の中国史展示会としては、10月10日-12月24日に、東京国立博物館 平成館にて「特別展 中国王朝の至宝展」 が開催され、合わせてNHKで三回にわたり特集番組が放映されるとのこと。ナビゲーターは中井貴一さん。今年夏の大英博物館シ リーズでの堺雅人さんのよう ではなく、できれば昔の特番スタイルの声だけ(石坂浩二さん、山根基世さんや加賀美幸子さんとかのイメージ)でやって欲しいと思 う次第。中井貴一さんであ れば、声だけで十分存在感を発揮できると思うのですが、多分堺雅人風になちゃうんでしょうね。 この展示会も、できれば見にいきたいと思っています。 -関連情報- 「図説 中国文明史(8) 遼西夏金元―草原の文明(創元社)」 全編カラー、 367点の図版のうち契丹は約120点掲載されています。本展示会ではあまり情報のなかった壁画や現存契丹建築など、本展示会で 契丹にご興味を持たれた方には有用かも知れません。 消え失せた古の契丹国を探して(契丹の都上京へ旅行した人のサイト。契丹関連の画 像がわりとあります中国語) |