ポーランド歴史映画「コペルニクス」

    1973年ポーランド製作。地動説を提唱した「天体の回転について」(岩波文庫から抄訳 あり)を1543年に出版したコペルニクス(1473-1543 年)の伝記作品。恐らくコペルニクス生誕500年記念で製作されたのだと推測されます。詳細にご興味のある方は「More」をク リックしてください。



 冒頭印刷所から始まる。製本された「天体の回転について」を手に取るコペルニクス。しかし気に食わない箇所を発見し、編集者に 文句を言いに行くのだった。下記は印刷所。多くの職工が働き、工場のような感じ。

 下記は彼が文句をいいに言ったレティクス(Georg Joachim Rheticus)らしき人物。史実では彼は、 1514年生まれで、コペルニクスより41歳も年下であり、彼がコペルニクスを訪ねてきた1539年当時は、レディクス25歳、 コペルニクス66歳だった。しかし本作では、コペルニクスより若干年長に見られる年として描かれている。
 下記はレティクスが愛人と風呂に入っているところ。そこに初刷を手にしてコペルニクス怒鳴り込んでくる。同時のフロの様子がわ かります。

  次の場面では、着替えたレティクスと、神学者で、コペルニクスの「天体の回転について」の編集者でもあったアンドレアス・オシア ンダー(Andreas Osiander(1498-1552年)に吊るし上げにあっているコペルニクス。オシアンダーが、コペルニクスに断りも無く、「この著書の仮説について 読者へ」という章を追加し、「仮説に過ぎない」と記載したことにコペルニクスが抗議したものの、反対にオシアンダーとレティクス に、身の破滅を招く、と説 得されるのだった。本を前にため息交じりのコペルニクス。題名が映る。「天体の回転について」である。本が一枚一枚めくられなが ら、オープニング・クレ ジットとなる。この冒頭の場所はポーランド北辺、現ポーランド領の北国境付近、グダンスク湾に面した港町、フロムボルク(Frombork)であり、史実では1519年となる、ドイツ騎士 団の襲撃後の製本となっているので、1520年頃だと思われる。

 続いて少し老けたコペルニクスが女性と談話している。そして家政婦としてコペルニクスのところに来ることが決まるのだったが、 家に帰ると父親が許さないのだった。この女性は従姉妹のアンナ(Anna Schilling)で、 コペルニクスの愛人だった女性である。史実では愛人の期間は1536年から3年間程で、この時はコペルニクス59から62歳の頃 にあたる。しかも彼女は当 時結婚していた。映画では、未婚ということになっている(一緒に同居していたのは父親)。父親に、「彼が何歳だと思ってるんだ」 「60歳よ」と答えていた から、1533年頃の話となる。そのアンナはさして美人でも無く、都市生活者階層ではあっても、貴婦人という感じでもない。下記 がそのアンナの特徴をよく あらわしているショット。父親と口論した後ふてくされているところ。このしもぶくれのような顔は愛嬌があるといえなくも無い。

  コペルニクスの身の回りの世話をする場面は、最初は家政婦かと思っていた。実際、家政婦でもあったとのこと。この部分の映像は悪 くはなかった。研究するコ ペルニクスの横で、何をしてよいかよくわからず、適当にその辺を拭いてはコペルニクスの方を見たりするのであるが、研究に熱中し ているコペルニクスは全然 彼女に意を介しないのだった。これがコペルニクスの机。

 コペルニクスの書斎。

 星を観測するコペルニクス。アンナがカンテラで照らし、砂時計をひっくり返したりして一応助手のようなことをしている。このあ たりは、コペルニクスの作業を追っかける感じであわてて移動したりするにわか助手の感じが良かった。

  アンナは夜、着飾って現れたコペルニクスの前に現れる。戸惑うコペ。アンナは大判の本を開いて読み始める。本のサイズからして、 恋愛小説の類ではなく、ア ンナが、自分に興味を持ってもらおうと、本が読めることをコペルニクスに見せる場面であるように思えたが、ひょっとしたら恋愛関 連の文章を読んだのかも知 れない。朴念仁のコペルニクスにもどういうことかわかり、アンナは蝋燭消すのだった。誘惑は成功したようである。

 町のお祭り。多数の山車が練り歩く。父親とアンナも見て歩いている。

 フルトボルク市街の様子。

 ある出し物にアナ女が怒る。巨大なかぼちゃに串を刺してぐるぐるを回している出し物だったのだが、これは地動説の話をしていた のかも知れない。


 自室で誰かと会話しているコペルニクス。アンナが入ってくる。この場面のアンナも結構味があった。普通にしていると家政婦にし か見えない。着飾れば、そこそこ貴婦人に見えなくもないが、仕草には教養や品性はあまり高そうな感じはしない。

 この次の場面から、映画は、製本に至るまでのコペルニクスの回想と、この後の人生が交互に語られる構成となっている。さして激 動的でもない学者兼司祭の人生を映画として成り立つようにと工夫したものだと思われるが、あまり効果があったようには思えない。

  場面は突然国王葬儀の場面となる。コペルニクス在世中に死去したポーランド国王は三人(カジミェシュ四世(1492年没)、ヤン 一世(1501年没)、ア レクサンデル(1506年没)だが、アレクサンデルには子供が無く、ヤン一世には子供が一人か、一人もいなかったが、多数の息女 が登場しているので、これ はカジミェシュ四世の葬儀(1492年)である。コペルニクス20歳の頃のことで、葬儀の観衆の中にはコペルニクスの姿もあるの だった。


 当時、コペルニクスと兄のアンジェイ(コペルニクスの家族一覧参照) は、父親死去後、司祭を務める叔父ルーカスの支援で暮らしていた。叔父がやってきて、怒られているコペルニクスと兄。そして、コ ペルニクスの研究室であれ これチェックしてまわり、何を学んでいるのか質問する。コペルニクスは数学、天文学、アリストテレスとかキケロとか説明する。兄 のアンジェイはぶたれたり していた。二人で、ルーカスから説教されるが、結局学資を出してくれることになったようで、アカデミー・クラコフスキイ(クラク フ大学)に進学することに なる。カノン(司祭)と何度も出て来るから、カノンの免状を取得することが進学の条件だったのかも知れない。史実では 1492-94年の3年間、クラクフ 大学で学んだらしい。

 続く場面では、教室で学ぶ学生達と教授が映る。大教室ではなく、普通の日本の高校の教室の半分くらいの部屋に、20人程の学生 が座って講義を受けている(机や椅子は無い)。

 クラクフの街で日食を観察する場面が出てくる。過去2000年間の地球上の日食を計算して表示するサイト、「地球上どこでも日食・月食・星食情報データベース」によれば、1493/10 /11/と、1494/3/8/にクラクフで日食が見たれたことになるので、このうちのどちらかなのかも知れない。
  学者に混じってコペルニクスは多数の砂時計を並べてその瞬間を待つ。

  学者達は、曇りガラスなどをかざして落ち着いてその時と待っているが、市民は不安げに路上で空を見上げている。一方で、民衆に説 教する僧侶が出てくる。説 教後、僧侶は民衆を率いて街中を行進する。コペルニクスの兄が逃げようとするが捕まってしまう。史実では彼は1518年まで生き ているので、殺されたわけ ではなさそうであるが、民衆たちは殺気立っていて、殺されていてもおかしくない映像だった。、

 老境の場面に戻る。コペルニクスの家では若い女中が一人増えている。その女中が魚をさばく何気ない場面だが、フロムボルクがグ ダンスク湾に面した港町であり、魚料理を日常的に食べていたことが良くわかる。

  そこに、老婦と若い女が入ってくる(たぶん母娘)。アンナがコペルニクスに知らせにゆくと、二人は勝手にコペルニクスの部屋に 入ってきてしまう。何かを訴 えている様子。老婆が手を直してくれといっているように、布に巻かれた手を差し出し、コペルニクスをドクトルと呼んでる。医者だ と間違えたのだろうか。ひ ざまずいて手を合わせる娘。

 娘はひざまずいたままコペルニクスを追いかけて移動し、目をらんらんと輝かせてコペルニクスを見ている。

 映画冒頭の方での、助手をつとめるアンナの様子に似た、コミカルとも思える場面ではあるのだけれど、どうも演出的にちぐはぐな 印象を抱かせる。

 ここでまた回想場面となる。コペルニクスは1496年にボローニャ大学に入学する。そして翌年カノン(司祭)の資格を授与され ているので、下記はどうやらその資格授与式のようでる。帽子をかぶせてもらい拍手される。

 その後庭でパーティが開催される。着飾った富裕な若い女性とかいたりして、本作唯一華やかそうな場面。枢機卿のような人物が出 ている。

  パーティに出席している面々に屋内で惑星軌道について講義するコペルニクス。プトレマイオスとかいっている。その後、楽師の演奏 のもと、枢機卿の案内で他 の場所に移動する面々。まるで王宮のようなである。王座のような椅子に座らせられるコペルニクス。続いて一行はそのまま地下の牢 屋・拷問場にいく。司教エ ステ家のHipolit d'Esteは天国と地獄をコペルニクスに見せようということらしい。薄汚い人々が牢獄に押し込められている。宙吊りにあっている男。手枷足枷をはめら れ、体を無理な姿勢で屈曲させられたまま放置される罪人達。

  最後、牢屋の中を見学させられた拍子にそのまま牢屋入りになってしまう。どうやら、講義でプトレマイオスは間違っている、と言っ たことが枢機卿にひっか かったようで、この牢屋の場面でも、枢機卿は発言を撤回するよう迫っているようであるが、コペルニクスは撤回しないので罰として 閉じ込められたようであ る。

 ここでまた現在に戻る。コペルニクスの家。家政婦が座っている。疲れている二人。アンナは猫背で初老な感じ。とぼけた感じがな くなって、守銭奴の強欲ばばあという風情になってしまっている。

 海辺。白髪となったコペルニクスが浜辺に座り海を眺めている。物寂しい晩年である。

 回想。
  留学から戻ったコペルニクスはハイスベルクの叔父を訪ね再会する(1506年)。そうして叔父の死(1512まで)、叔父の秘書 のようなことをして過ごす のだった。この頃から、ブランデンブルグやドイツ騎士団との戦争が断続的に行われ、家の庭に戦死した兵士の遺体が運ばれてくる場 面が登場する。

 屋上で観測をするコペルニクス。それを眺めている叔父。叔父と議論していると、遺体を乗せた荷車と軍隊が戻ってくる。今度は武 将クラスが死去したらしい。検死するコペルニクス。泣き崩れる叔父。どうやら叔父の肉親のようでる。

 心臓に持病のあった叔父もとうとう臨終の時を迎える。駆けつけるコペルニクス。

 冬。農民が城壁内に移動する。屋根の斜度が深く、軒が低い位置にまでたれているのが特徴的。

 コペルニクスは手紙を口述筆記させている。どうやら、戦争が迫っているようである。そうして騎士団が現れ、農民たちが去った村 に火をつけるが、一部避難していなかった人が火達磨で飛び出してくる。下記は進軍するドイツ騎士団。

 その司令官。帽子がポーランドというか、オランダというか、スペイン風という感じ。

  フロムボルク軍も出撃する。ポーランド側は勝利し、捕虜を得るが、一人だけ捕まったポーランド人司令官がいる。ドイツ騎士団は、 彼を釈放し、背中を向けた ところを背後から斧で刺すという、相変わらずきたないドイツ軍として描かれている。史実ではこの襲撃は1519年の話らしい。

 現在に戻る。更に経過したようで、コペルニクスの老境ぶりが進んでいる。冬の海辺を散歩している姿はもうかなりよれよれ。

 そうして、回想はようやく出版の場面に至る。刷り上ってきた本を(製本前)床にたたき付けるコペルニクス。冒頭の場面がもう一 度映され、製本されてきた書籍のアップとなったところで、エンド・クレジットが入る。

〜終わり〜

 当時としては恵まれた人生だった筈であるが、なんというか、あまり幸福そうな人ではなかったように見えた。

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