10/11/2003

古代オリエント書籍書評


 
古代中近東の食の歴史をめぐって 中近東文化センター
☆☆☆☆

    
 古代中近東の食を巡って4本のエッセイが掲載されている。
 - ムギはなぜ、パンになってしまったのか
 - シュメール史料に見る食文化の歴史
 - 古代メソポタミアの饗宴
 - 古代エジプト新王国の食文化

それぞれについて少し紹介すると、

  - ムギはなぜ、パンになってしまったのか
では、イネのように、容器で蒸したり、水と混ぜてピラフにすることにはならず(これを「粒食」というらしい)、なぜパンのようになってしまったのか(これ を「粉食」というらしい)。その逆にイネでは粉食ではなく、粒食が発達したのはなぜか。という問題を、あくまで作者の推測と断りつつ、わりと説得力のある 意見を述べています(そのかわり、麺食が西アジアで発展しなかった理由は課題のままであるが)

 - シュメール史料に見る食文化の歴史
では、シュメール時代のパンについて、86個もの単語があったことがリストを提示して紹介されています。また、シュメール時代の家庭で(どのような家庭な のか、上流なのか、都市民なのかの言及はない)、どのような食事をとっていたのか、についても、少ない史料を用いて、言及しています。特に面白いのが、 「学校時代」となずけられたテキストの話で、朝、子供が両親にお弁当のパンを要求している様子が出てきます。また王の葬儀の記録にある、葬儀人への謝礼か ら、どのような食材が配布されたのか、などの記載があり、非常に興味深い。かまどを意味するアッカド語Tinnurが、現代のイラン語のTanura、ト ルコ語Tanur、アラビア語Tennur、ヒンディ語Tandur、アルメニア語Thonirとなって引き継がせている、ことも、中近東文化は、古代オ リエントの時代の文化範疇にある一つの例として、これも興味深かった。

 - 古代メソポタミアの饗宴
では、アッシリアの碑文史料や物語史料を用いて、当時の宴会の模様、食材、関係官吏、出席者などについて分析している。アッシュール・ナシィル・パル2世 がニムルードに建設した宮殿の落成式の様子は、約7万人の招待者に、膨大な量の食材(と料理)が提供された記載が紹介されており、本当に豪奢だったんだ な、ということが実感できます。かなりビールを飲むときは、表面に浮いた穀物を飲まないようにするため、ストローを使い、しかも金やラピズラズリのスト ローも発掘さているとのこと。

 - 古代エジプト新王国の食文化
では、比較的資料が残っているため、パン、アルコール、肉、野菜、果物などについて一折の記載がなされている。

引用文献も結構面白そうなものが多い。結構面白い書籍なのに、検索しても殆どヒットしない。山川の歴史ブックレットとかに入ればもっと浸透するように思 う。

23/Oct/2006




古代エジプト 都市文明の誕生    古谷野 晃著
古今書院    ☆☆☆☆☆

    
  古代エジプト史には詳しくないので、「他に本があるよ」と言われてしまうかも知れませんが、古代エジプトというと、古王国時代の大ピラミッドや新王国時代 の墓壁画や墓葬品など華やかな文化的側面や、政治通史、ヒエログリフ本が多く、社会史的側面を扱った書籍はあまり見た記憶がありません。
 
 本書では、今まで漠然と読み流していた、他書に登場する人口や、ノモスという行政単位について詳述されています。人口推計はどのような根拠に基 づいているのか、その学説が記載され、首都移動変遷図と首都期間一覧表、42あるノモスの区画図や、古代エジプト語とギリシア語、現代の名称と守護神の対 応一覧、時代によるノモス数の変化、各ノモス毎の集落数、推定人口、面積、人口密度一覧などが記載されています。
 人口の章では、平均家族数、平均年齢(男27歳女22歳(19王朝時)、各学者・地域の人口推計・耕地面積が算出されている。それによると、神 殿文書などに結構な人口・耕地面積・家畜数の資料が残されているようだ。これらを総合して、各時代の人口推移を各学者毎に一覧にした表は参考になる(紀元 後から現在に至る統計グラフも掲載されている)。

 先王朝時代からの一般民衆の住宅の解説も他書にはなかなか見られない点である。先王朝時代には葦と泥で壁を作り、自然の立ち木を骨組みにした、 屋根が無いものもあったそうだ。先王朝時代末期に長方形の住居となり、第三王朝時代に漸く日干し煉瓦の天井が登場するようになったとのこと。裕福な家のみ 木材を使用し、統治者の家は三階建て。涼しい北風を入れる為に北側に窓があったとのこと。その他穀倉、中庭、厩舎、墳墓、住宅の建材、ゴミ処理状況、トイ レ、浴室、排水や水道の有無まで記載されている。

 第6章では、都市を、農耕・行政・神殿・市場・ピラミッド・労働者・交易・鉱山・学術・巡礼・軍事・刑罰に分類し、それぞれの事例や人口、平面 図などを解説している。都市の発展史・職業分化・階層分化や内外の景観・都市間の距離や機能分化の分析も社会史の手法を取り入れ、最終章では、貧富の差、 人権・平等観・衛生環境・労働問題・結婚・教育・売春・麻薬/アルコール依存症・飢饉・政治腐敗・治安や第19-20王朝時の小麦の物価グラフなど、一般 社会の様子が文学資料も駆使して描かれており、非常に参考になります。

 ピラミッドや王墓ばかりに目が行き、ここまで一般社会について判明している
とは驚きでした。著者は何度か「都市景観の復元」を口にされていますが、本書において成功しているものと思います。どんな地域・時代についても本書のような書籍が出て欲しいものです。
 


The New Penguin Atlas of Ancient History: Revised Edition

 ☆☆☆☆☆


    
紀元前5千年からAD362年までの欧州・地中海・西アジアの歴史アトラス。BC375年以降は殆ど50年刻みで、非常に詳細です。他の歴史地図帳では普 通見ることのできない年代の地図が満載で、非常に貴重な書籍となっています。前編白黒でカラー図版はありませんが、50年刻み、というだけでも購入する価 値があります。内容からすれば、価格は安い方に属する方でしょう。歴史アトラスの好きな方であれば、試しに購入してみても損は無いと思います。お勧めで す。

27/May/2010

 


The New Penguin Atlas of Medieval History: Revised Edition (Hist Atlas)

 ☆☆☆☆☆


    
362年から1483年までの欧州・イスラム世界を25年から50年刻みで表示した、他に類書を見ることができない貴重な地図帳です。紀元651年、 737年771年、830年のビザンツ・イスラム勢力地図を見ることができる地図帳が他にあるでしょうか?白黒で、カラー図版はありませんが、普通なかな か他の地図帳で見ることができない年代の地図を見ることができ、それでこの値段。非常にお買い得だと思います。通常の政治地図だけではなく、宗教地図や人 口密度の地図なども掲載されています。それでいてこの値段。歴史アトラス好きの方であれば、試しに購入してみても損は無いと思います。お勧めです!!
27/May/2010

 

歴史意識の芽生えと歴史記述の始まり  蔀勇造著 山川出版社
☆☆☆☆☆

 
タイトルの通りの内容です。
年代を刻む営みはいつから始まったのか
年代記が歴史叙述に発展を遂げたのはいつか
有名な古代文明それぞれの歴史意識はどのように違うのか

現代に書かれた歴史書や、過去の歴史著述に目を通すことは多くても、歴史著述の発生に遡って、各文明圏毎に比較したことはあまりないのではないでしょう か。本書は小冊子ながら、ポイントを明確に簡潔整理し、知的に啓発される内容を多く含んでいます。

古代オリエントにおいて、年を区別する必要から刻まれた年代の記録が、歴史叙述へ発展を遂げた過程とは、
3人称で歴史が記述されはじめたのはいつか、
インドで歴史叙述が発展しなかった理由は何故か、
旧約聖書の歴史叙述史における位置と意義はなにか、
ギリシャと中国の歴史叙述の姿勢の相違とは、

など、視点を比較に置くとき、それぞれの文明における歴史叙述が、実はそれぞれにおいて異なり、類型をなしていて、現在ある歴史記述の基本的なパターンの 原型をなしていることに驚かされました。事実を列挙する歴史記述、何かを証明するための歴史記述、民族の集団の記憶としての歴史、テーマ史、教学的歴史叙 述など、基本的な歴史叙述は古代において成立していることがわかる。

本文と関連する図版もまたバリエーションがあり面白い。
ウルのジグラットの写真が復元前と復元後のものが並べて掲載されていたり(ここまで来ると遺跡の修復というより創造。今後この手の過度な復元遺跡写真に は、復元前の写真も併載する習慣をつけるように欲しいと思うほど)
アレキサンドリアの復元鳥瞰図やソロモン神殿復元図、ティグラト・ピレセルの八角柱の写真など、あまり看たことのない図版もおおく、楽しめる本である。

3/21/2006

ピラミッドへの道 古代エジプト文明の黎明  大城道則著 講談社
☆☆☆☆

 
 メソポタミアは千年近い都市国家同士の争いの果てに統一国家ができたのに、エジプトでは突然統一王朝が出現したように思えておりました。統一前の状況は一 体どうなっていたのであろうか。古代エジプト史や、古代エジプトを扱った書籍に詳しいわけではありませんが、統一前の状況を知ろうと何冊か読んでみて、下 記の書籍が役立ちました。

1.高宮いづみ著エジプト文明の誕生 (世界の考古学)
 紀元前6千年紀以降最初の統一王朝までの現在の研究成果を知ることができます。特に紀元前4千年紀が詳述されています。
2.大城道則著ピラミッド以前の古代エジプト文明
 統一前後の時期の政情や周辺地域からの影響を、推理小説のように史料を読み解く筆致で描いています。

 そして本書。第1章は前掲書のおさらいのような内容ですが、2章以降は、先王朝(第〇王朝ともいうらしい)第一、第二王朝の遺跡や遺物を解析 し、ピラミッドへ至る道のりについて最新の成果に基づいた考察がなされています。一点注意しておきたいのは、本書はあくまで最新状況の紹介と著者の考察で あり、ピラミッド形成の全貌が明らかになっているわけでも、諸説あるピラミッドとは何か?の回答が得られるわけではありません。この点を期待すると期待外 れとなりますのでご注意ください。

 また、先王朝時代についての記述はメリハリがあるのですが、第一、第二王朝となると、「とも考えられるが、・・とも考えられる」と諸説紛々な状 況の記載となるのですが、紙幅の都合か、図版の説明や王名や聞きなれない遺跡名は、初心者には頭に入りにくいので、もう少し丁寧に記載して欲しいところで した。読み通すのに苦労しました。各王の表を作成し、王毎に史料や論点の一覧を整理してくれれば、もっと頭に入りやすかったと思います。心なしか、著者も 少し疲れているようにさえ思えました。

 しかし、最終章の、ピラミッドとは何か?の諸説解説となると、俄然面白くなりました。退屈な映画でうとうとしていたところ、突然面白くなり、目が冴えたような感じ。ピラミッドの最大の謎は、ミイラが発見されていない、と言う点に尽きる、その理由として

 「4500年以上の間、あのように目立つ、間違いなく宝物を隠しているように見える存在に人々の欲望が耐えられるはずもない」

 盗掘論が一番可能性が高いというわけですが、この記載には思わず噴出してしまいました。



エジプト文明の誕生 高宮 いづみ著 同成社
☆☆☆☆☆

 
メソポタミアは千年近い都市国家同士の争いの果てに統一国家ができたのに、エジプトでは突然統一王朝が出現したように思えておりました。統一前の状況は一体どうなっていたのであろうか。

 本書は丁度そんな疑問に答えてくれる書籍でした。紀元前4000年紀とその前後のエジプトを扱っています。エジプト文明誕生の学説史からはじま り、前7千年紀、6千年紀、5千年紀の概要をさらって、4000年紀が詳述されます。マーディ・ブト、ナカダ、ヌビアAグループなど各ローカル文化が扱わ れ、集落や都市化の状況、埋葬の進展に見る階層分化状況、職業文化の状況、メソピタミアやヌビア、パレスチナとの交流による社会の高度化、複雑化などの果 てに、ナカダ文化がナイル上下流域を覆うようになり、ローカルな政治的統合から初期国家への発展に至る過程が丁寧に紹介されて、初期王朝の誕生を持って終 了しています(統一前後の時期については、大城道則氏ピラミッド以前の古代エジプト文明にうまく接続できます)。

 多くの読者は、古王国時代の大ピラミッドや新王国時代の墓壁画や墓葬品に興味が惹かれるので、地味な時代を扱った本書はあまり人気を得られない かも知れません。でも、わざわざ都立図書館にまで行かないと読めないなんてあんまりです!(区立図書館経由での貸し出しもOKとのことですが、購入前に さっさと内容を知りたいじゃないですか)

 それにしても、統一も、巨大遺跡もメソポタミアより早いので、エジプトの方が進んでいたのかと思っていたのですが、なんだか古墳時代の日本に似ているように思えてきました。文字が無い時代に長期の都市国家の争い無しに大古墳を作る統一国を作った点で。

 古代エジプト史には詳しくないので、「他に本があるよ」と言われるかも知れませんが、少し図書館で確認した限りでは、統一前のエジプトを扱った書籍としては、本書が白眉に思えました。せっかくの良書、宣伝したいと思います。


ピラミッド以前の古代エジプト  大城道則著 創元社
☆☆☆☆☆

 
  かねがね古代エジプトについて二つの疑問を持っていました。

1)メソポタミアは千年近い都市国家同士の争いの果てに統一国家ができたのに、エジプトでは突然統一王朝が出現したように思える。統一前の状況は一体どうなっていたのであろうか。
2)メソポタミアとエジプトはどちらが先に開花したのであろうか。相互影響は無かったのだろうか。

 それを期待して本書を手にとって見た。概ね疑問に答えてくれる内容でした。
統一国家以前の状況に関する記述はそう多くは無かったのですが、出土遺物に記載されている文字やレリーフ、壁画等に書かれた内容を解釈し、統一前 後から第三王朝までの状況を推測してゆく過程には推理小説を読むような興奮を味わえ、一気に読めました。そこから見えてくる状況は、統一が簡単に安定した わけではなく、統一後も分裂の危機に陥っていた可能性もある、というものです。他の地域の事を考えてみれば当たり前かも知れませんが、エジプトの場合、第 一、第二と整然と王朝が展開してゆくイメージを抱きがちである為、先入観を覆してくれる嬉しさがあり、また、納得できる仮説だと思えます。

 本書後半は、エジプト文明形成過程における周辺地域からの影響の考察です。メソポタミア、パレスチナ、ヌビア、シナイ半島などとの相互交流のう ちに文明形成が行われた様子の分析です。最後の章はエジプト西部オアシスの話。砂漠の真ん中に古代エジプトやローマ遺跡があるのみならず、現代の街がある とは初めて知りました。驚きです。

 最近同じ著者から、「ピラミッドへの道 古代エジプト文明の黎明 (講談社選書メチエ)と いう書籍が出版されています。本書の廉価版かと思っていたら、一部重複内容があるものの、ほぼかぶらない内容となっていて、そちらの著書も有用かと思いま す(メチエ版は、先王朝時代から初期王朝時代におけるピラミッドの萌芽の探求がメインです)。また、本書以前の紀元前四千年紀の歴史については高宮いづみ 氏エジプト文明の誕生 (世界の考古学)がうまく本書と接続できる内容となっていて有用です。


 古代エジプト 王・神・墓  仁田 三夫 (著)
河出書房新社 ☆☆☆☆☆


本書は、同じ河出書房新社から出ている、同じ著者(仁田三夫氏の写真と村治笙子氏の解説)である

「図説 古代エジプト〈1〉「ピラミッドとツタンカーメンの遺宝」篇 (ふくろうの本)」と、 図説 古代エジプト〈2〉「王家の谷と神々の遺産」篇」に掲載されている写真を一冊に収めたよ

うな書籍です。長文のエジプト史やエジプト文明の紹介は殆どなく、各写真に付されている説明文が文章の殆ど全部と言えます。71頁という頁数の割りには、写真の量が254枚と非常に多く、全体的に展示会のカタログのような構成です。しかも写真は全てカラー。1頁に5、6枚の写真と説明が掲載されている頁も多く、71頁という厚さの割には情報量は非常に多いのではないかと思います。

 

 写真とその解説文に徹している為、よくあるピラミッドの断面図などは無く、図版は巻末に数枚の地図がある程度なので、入門書としては適当ではありませんが、基礎知識は他の書で補うことを前提で、あまり目にしない・聞かない遺物や遺跡・壁画の写真を知ることができ、私にとっては有用でした。楽器、筆記用具、火付け用具、食料の遺物、下着、工具、枕、ゲームなどの身近な遺物や、黄金の戦車、金箔の寝台、神々の壁画、あまり有名でない神殿写真、王以外の15名の私人墓の壁画など、私がたまたまなのでしょうが、「図説古代エジプト」の方ではあまりインパクトを受けなかったのに、本書の写真には古代エジプトのイメージが変わるインパクトを受けました。、同じ著者の「カラー版 古代エジプト人の世界―壁画とヒエログリフを読む (岩波新書)」のレビューにある、「壁画写真がすばらしい」との感想共感できるものがありますが、写真の数はそれ以上です。

 

 本書は、万人向けではないかも知れませんが、ハマる人にはハマる、そんな書籍だと思います。是非店頭で手にとって見て欲しいと思います。

 

 

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