サーサーン朝の銅貨

 サーサーン朝時代にも銅貨はありました。しかし、基本的に儀式などで民衆にばら撒いた りすることに用いられ、日常生活における小銭は、パルティアとヘレニズム諸王朝のものがそのまま流通していたそうです (Cambridge History of Iran 3-(1)(Seleucid,Parthian,Sasanid)p329-30 Denominations and weight standardsの節)。


左は、中国で出版された古代ペルシア貨幣書籍「古波斯币」p172 に掲載されているサーサーン朝の貨幣の種類です。左上は

1ディナール金貨。その下は
1ディルハム銀貨。右上は
4ディルハム・ビロン(青銅と銀の合金)貨幣。その下は
1/2ディルハム銀貨。その下は
1オボル(奥波(obol))銀貨、その下は
1査柯(カルクス(Chalcon))銀貨、その下は
2査柯(カルクス(Chalcon))銅貨、その下
3査柯(カルクス(Chalcon))銅貨、一番下が
6査柯(カルクス(Chalcon))銅貨。
左は2カルクス銅貨(古波斯币」p246)
バフラーム5世(在420-438年)の貨幣。3.36g、直径17mm。

左はシャープール一世のオボル銅貨(Cambridge History of Iran 3-(1)(Seleucid,Parthian,Sasanid)p338Plate30-11
左はシャプール二世銅貨(Cambridge History of Iran 3-(1)(Seleucid,Parthian,Sasanid)p339Plate31-5)



シャープール一世時代のメルヴ藩王の銅貨 (「Sassanian Era」 Early Sasanian Coinageの章p24ヴィーンのKunsthistorischesMuseum(美術史博物館)

左はクシャーノ・サーサーン朝のホルミズド・クシャーン シャハ ンシャー銅貨。
Cambridge History of Iran 3-(1)(Seleucid,Parthian,Sasanid)p339Plate31-4
左はホスロー二世時代のアレキサンドリアの 12nummia銅 貨(Cambridge History of Iran 3-(1)(Seleucid,Parthian,Sasanid)p338Plate30-7)
Iはギリシア語のデカで数字の10。Bはベータで数字の2を表しています。裏面はローマの 銅貨をそのまま用い、表だけ、ホスロー二世の肖像となっています。


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