概要 2017年インド・テルグ語圏製作一応前200年から後200年までの約
400年 間、デカン高原に勢力をもっていたサー
タヴァーハナ朝を題材としていますが、ほぼファンタジー映画です。衣装や建築物は、『プ
リンセス・オブ・ペルシア〜エステル勇戦記〜』に似た感じです。史実とからめてある部分は一部あるだけで、
最盛期はインドの大半を勢力下においていたとはいえ、基本的にはデカン地方の政権だったサータヴァーハナ朝が全インドを
統一したことになっているなど、改変部分が大きすぎるため、これを歴史映画ということはできません。しかし、サータバー
ハナ朝を扱った作品がまさか登場するとは予想もしていなかったこともあり、製作していただけただけでも嬉しいものがあり
ます。漢とパルティアと同年代のインドの広域王朝ということで、かねがねサータヴァーハナ朝には興味がありましたし、映
画としてはそこそこ面白く見れました。
2015年のインドで大ヒットし、今年日本でも公開された神話的叙事詩映画『バーフバリ』の出現で、従来からこういう 方向色の強かったインドの歴史映画の方向性が、『バーフバリ』により決定づけられた、という感触がありましたが、本作は ま さに、その路線に沿った作品となっています。歴史に軸足のある方は、あらかじめ『バーフバリ』のような作品だと思ってみ れば、面白く見れるのではないかと思います。一方、『バーフバリ』のようなファンタジー作品を求めている方は、当時の歴 史の大枠を知る糸口になる程度には史実性のある作品だ、と思ってみれば、神話のような荒唐無稽な面白さが不足している点 が理解できるのではないかと思います。まあでも、インドでは、現在でもこういう風にして神話が誕生し続けているような印 象も受けました。 本作は、今年公開されたもので、日本でもdvd等が発売される可能性もあるので、あらすじ紹介は簡単にします。 史実関連
史実ともっとも異なるところでまず目に付くのは、衣装や建造物です。史実性があるのはギリシア軍の衣装だけ。若干出土 浮彫などから確認できる史実性のあるのは、サカ族の衣装。インドの衣装はあえて言えば近世インドのものに近く、古代の衣 装ではまったくありません。建築物も、一部古代的な要素はありますが、かなり大げさにスケールアップしています。映画の 映像を真に受けて古代インド凄い!と思った人は、実際の古代遺跡や出土遺物を見てがっかりするかも知れません。また、ギ リシア軍と書きましたが、2世紀初頭当時、インド北西部のギリシア勢力はほぼ消滅していて、サータヴァーハナ朝がギリシ ア軍と戦闘することはまずありえません(一部の残存兵力や、当時北西インドに勢力を持っていたパルティアやクシャーナ朝 に属していたギリシア人部隊と戦闘した可能性はあります)。本作は、前100年頃から後100年頃のインド情勢を圧縮し たものだと思えば理解しやすいかも知れません。ペルシア風風俗で描かれているサウラシュトラ国のモデルはサカ族の西ク シャトラパ政権で、サカ族はイラン系民族ですが、映画では思い切りアケメネス朝風俗として描かれています。モデルとなっ た各国は以下の通りです。 サータヴァーハナ国=サー タヴァーハナ朝 サウラシュトラ国(サカ王国)=西 クシャトラパ政権 ギリシア(ヤヴァナ)=グ レコ・バクトリア王国(前130年頃滅亡)もしくはイ ンド・グリーク朝(前40年頃滅亡) カリヤンドゥルグ国=不明(南インド) ヤヴァナというのは、当時のインドにおけるギリシアの呼称です(ギリシアだけではなく、ローマも含めた地中海地方全般を 示すが、本作ではギリシア人を指している)。ヤヴァナの語源はイオニア地方のイオニアが訛ったもの。 前1-2世紀の前期サータヴァーハナ朝の大王シュリー・ シャータカルニー王の時代であれば、グレコ・バクトリア朝やインド・グリーク朝と直接対決した可能性はあっ たかも知れません。 主要登場人物 以下配役です。下左端はギリシア王デメトリオス。その右は本作主人公のガウタミープトラ・シャータカルニ王妃ヴァーシ シュティー、その右、主人公ガ ウタミープトラ王(史料に残る人物、2世紀初頭と推定されている)、右端、王母ガウタミー・バーラシュリー (史料に残る人物)。サータヴァーハナ朝の特徴は王家が母系家族であると考えられる部分があるところで、本作でもインド 統一時の皇帝の玉座へ最初に座る人の人選を巡り、「子供に最初に教育を与えるのは母親だ」と王が主張して母后を最初に玉 座に座らせるなど、母親を尊重する描写があります。 下左端はギリシア軍の司令官パリタス。映画冒頭の戦闘で戦死する。後術するアテナの
恋人。その右は、西クシャトラパ王のもとに降伏を勧告に来たシャータカルニ王の使者。その右はサウラシュトラ王ナ
ハパーナ(実在の人物)。シャータルニに討ち取られ、王国がサータヴァーハナの属国となるのは史実通り。右
端は南インドのカリヤンドゥルグの王(架空の人物かも。未確認)。映画は、この王とナハパーナの二人に、即位して18
年、29の王国を滅ぼし、インド統一目前を目前にしたシャータカルニが降伏の使者を送るところから開始する。ナハパーナ
王やその王国がほとんどアケメネス朝デザインとなっている点が強い印象を残す。
ギリシア王デメトリオスと、パリタスの恋人アテナ。ギリシア軍との決戦場面。ヒン
ドュークシュかヒマラヤと思われる雪山の麓の野原(アテナの背景に雪山が見えている)。
右はサータヴァーハナ朝の都。現代ヴァラナシーの町に似た感じ。左はカ
リヤンドゥルグ王の国都。アラビア風という感じもする(海に面している)。
サータヴァーハナ朝の都は、ガンジス川と思われる大河に面している。下
右は王都の夜市の劇場。シャータカルニ王を主人公とするミュージカルが演じられていて、ある夜お忍びででていた王と王妃
は、一般民衆にまぎれて観劇中、王妃に隠していたことが劇の主人公の口からばれるのだった。
左は王宮広間のシャータカルニ。キンキラきんな感じが本作の様子をよくあらわしてい
ます。右下は夜間ライトアップが現代のリゾートホテルのような王宮の一部。
サウラシュトラ王宮。ほぼアケメネス朝のペルセポリス宮殿(をオーバーにしたもの)
です。左は、シャータルカニからの降伏状を読むナハパーナ。ナハパーナ王の装束は、アケメネス朝ダレイオス王という感
じ。また、彼の宮廷の女官は古代エジプトの女官装束。画面ショットは捕りませんでしたが、ギシシア王の宮殿は、ギリシア
神殿建築様式。これも現代建築のように煌々とライトアップされている異次元空間。
下左はカリヤンドゥルグの王の王宮。ペルシア風のサウシュトラ王宮と比べると、ヒン
ディー風。右は上右と同じサウラシュトラ王宮。
左はサウラシュトラ王都(左の城壁)を攻撃するサータヴァーハナ軍。攻城兵器の周囲
の膨大な兵士がいかにもゲーム映像っぽい。下右は、武装しているナハパーナ王。やはりアケメネス朝風。
映画は、インド統一を目前としたシャータカルニ王が、残る二大大国カリヤンドゥルグ
(南インド)とサウラシュートラ(北インド)王へ降伏勧告の使者を送るところから開始。ギリシア海軍と同盟するカリヤン
ドゥルグを破り、属国とした後、サウラシュトラを攻め、ナハパーナ王を殺して、その甥をサトラップ(アケメネス朝の属州
長官の称号)に任命し、インド統一を達成する。最後に北西インドの外国人勢力であるギリシア王デメトリウスを打ち破り、
テルグ民族の英雄シャータカルニ王がインドを統一、外国からの侵攻を破ってインドを守った、というナレーションで終わ
る。
統一と平和が繰り返し説かれるのですが、少しセリフが上滑りしていて薄っぺらい感じがしました(この部分、西域の統一 と平和を説いた『ドラゴン・ ブレイド』と似た感じがしました)が、テルグ語圏或いはドラヴィダ系言語圏でこの題材で古代インド映画を撮 るなら、シャータカルニしか材料がなさそうだし、こういう風にしかならないのかな、これはこれで完成度が高いといえるの かも、と思いました。主人公シャータカルニは何度も統一と平和を説いていますが、この手の支配者で統一後対外戦争をしな かったわけではない支配者も数多いので、「そうはいってもどうせ戦争続けるでしょ」という印象しか残しませんでした(あ くまで私の場 合)。また、主人公の説く多民族共生とは、現在のインドの連邦主義に重なるわけですが、その割りにはテルグ民族主義映画 の香りも濃厚に感じるものがあり、ヒンドゥー以外の他宗教の扱いはあまり考えてないように見えました。 そういえば、戦場で象が登場していませんでした(プリニウス『博物誌』6巻67節には「アンドラ王は歩兵10万、騎兵2 千、象千頭を有していた」とあります)。 |