当初は、SF映画やSF小説の非欧米日世界への浸透度、特にイスラーム圏への浸透度を調べる手
がかりのひとつとして、『スターウォーズ』と『アベンジャーズ』の各国における売上比率を調べ始めたのですが、色々と面白いこと
がわかってきたため、世界各国でのチケット代の調査や入場者数の推計まで作業を拡張してみました。イスラーム圏でのSF映画や
SF小説の浸透度は次回にまわしました。 1.『スターウォーズ エピソード7 フォースの覚醒』の地域別売上
BoxOffice Mojoの集計値をもとに、地域別の売上比率を算出してみました。 世界合計 約20億ドル*1、北米は9億3666万ドルでシェア46.25%。英独仏日豪伊など先進七カ国が27.5%(いわゆ る西側主要先進国だけで約64%)、その他西欧諸国(スペイン、オランダ、ベルギー、スウェーデン、オーストリア、ニュージーラ ンド)が5.7%、、西欧北欧と北米日本だけで79.46%です。これに中国韓国香港が7.87%、ブラジル・ロシア・ポーラン ド・メキシコが4.82%、これら諸国合計で92.16%を占めていることがわかりました(下第二節に表形式で示してありま す)。 各国、特に途上国や新興国と先進国のチケット代は大きく異なりますから、単純に言い切れない部分もありますが、全体的には、前回 のインドにおけるスターウォーズの記事でも感じ られたように、『スターウォーズ』は、米ソ冷戦時代の、西側主要先進国市場が米国映画の主要ターゲットであった時代の市場の枠組 みを色濃く残しているような印象を受けました。つまり、1977年の第一作から視聴していた世代が主な入場者である、という印象 です。これは、『アベンジャーズ インフィニティ・ウォー』と比較するとより明確になります。 *1 この一覧表には、カナダが入っておらず、Excelで集計したところ、合計が20億2486万6899ドルとなり、 BoxOfficeのサイト記載の集計値(こ ちら)の20億6822万3624ドルと4335万6725ドルの差が出てしまいました。誤差の原因は不明です。こ の誤差は全体売上の2.14%に相当します。また、この一覧表にはカナダが入っておらず、カナダの値であると想定されるのです が、BoxOffice MojoのDomesticの数値は、北米の値であるようでもあるため(こち らの記事、或いはこ ちらの記事など)、この差が何なのか、確定できません。2.14%と小さい値なので、とりあえず本記事では無視しま した。 2.『アベンジャーズ インフィニティ・ウォー』の地域別売上と『フォースの覚
醒』との比較
『スターウォーズ フォースの覚醒』が61カ国で公開されていたのに比べると、『アベンジャーズ インフィニティ・ ウォー』は53カ国と、約1割少なくなっています。BoxOfficeの合計値(こ ちら)では、約20億2380万ドルとなっているのですが、各国売上一覧表(こ ちら)の値をExcelで集計すると、19億4963万1863ドルとなり、7347万ドル(3.77%)の差が出 てしまいます。これは上述の『スターウォーズ フォースの覚醒』の集計値と同様、不可解な部分です。とはいえ、全体的には、 『フォースの覚醒』20億ドル(表中央)と、『インフィニティ・ウォー』19.5億ドル(表右列)は近い数字なので、比較してみ ます。
どちらの作品も配給はディズニーが行っているのですが、売上比率は大きく異なります。かつての西側主要先進国に相当する国々の比 率は、スターウォーズの約80%に対して、52.5%にまで低下し、新興国は33%を越え、上記に挙げた新興国の合計値が米国に 匹敵する規模となっています。スターウォーズに比べると、アベンジャーズは、グローバルにヒットする素地を持った作風なのかも知 れません。 なお、ここまで調べてから、IMDbの公開国を確認したところ、『フォースの覚醒』は約83カ国(プレミア公開や、スイスにおけ るドイツ語イタリア語フランス語版が重複しているため、重複部分をざっと差し引いたもの。厳密に数えていないので、1-2ヵ国の 誤差がある可能性があります)あり(こち ら)、『インフィニティー・ウォー』は約75ヵ国あります(こち ら)。 一応、BoxOfficeに掲載されていない国でIMDbに掲載されている国を以下の記載します。 (1)『フォースの覚醒』21カ国 インドネシア、バハレーン、ルクセンブルグ、モロッコ、アルメニア、アゼルバイジャン、ボスニア・ヘルツェゴビナ、ベラルーシ、 ドミニカ、フィジー、ジョージア、グアテマラ、アイルランド、クウェート、マケドニア、バングラデッシュ、キプロス、カンボジ ア、スリランカ、パキスタン、ネパール 全体的には全体売上に影響しそうなほどの売上があるようには見えません。ただしインドネシア、パキスタン、バングラディッシュの 数字は興味があるところです。 (2)『アベンジャーズ』18カ国 クウェート、エジプト、バハレーン、キプロス、カンボジア、エストニア、ラトヴィア、モロッコ、マケドニア、オマーン、ペルー、 カタール、チュニジア、バングラディッシュ、スリランカ、マダガスカル、ネパール、パキスタン こちらも全体数値に影響しそうな国はありません。しかしエジプト、チュニジア、パキスタン、バングラディッシュの数字は知りたい ところです。 3.世界GDP比率や視聴人口比率の比較
各国で物価やチケット代が異なる筈なので、各国の入場者数を比較するのは簡単ではありません。そこで、『インフィニティ・ ウォー』の各国売上比率が上映国の名目総GDP合計値に対する比率と比例しているかどうか、調べて見ました(GDP出典はこちら)。 以下はGDP上位19カ国に関して売上割合を記載しています。推定入場者数は、売上高を平均チケット代で割って算出しています。 更に入場者数も推定してみました。GDP割合については、BoxOfficeに掲載されている国のGDP合計に対する割合を示し ています。
※※上記映画チケット代のリンク先は、2016年or 2017年のものです。為替レートもその年の値で計算しています。 *1 本記事で推計した各国の総合計入場者数の合計に対する割合です。入場者割合が売上割合よりも高い国は、相対的にチケット代が高く、入場者割合が売上割合よ りも低い国は、相対的にチケット代が安い国、ということになります。 *2 国内人口比とは、その国の総人口のうち、何%の人が視聴したのかを表しています。 ※※※各国チケット代一覧表は、こ ちらのサイトにもあります。このサイトの記事は、2017年に最終更新日とありますが、記事本文に出てくる年号が 2009年や2010年となっていて、2017年のチケット代かどうか不明でしたので、今回は利用しませんでした。 ※※※※こちらのサイトでは、映 画代を稼ぐために何分働けばよいか、の各国一覧表があります(2005年のデータ)。これも参考になります。 ※※※※※2016年の世界人口は国連のデータ(こ ちら)から。 3−1)米英オーストラリアメキシコ韓国の国内人口に占める入場者割合の多さ 表からは、米国・英国・オーストラリア・メキシコ・韓国では、『インフィニティ・ウォーズ』を、国の人口の10%を越す人が視 聴していることがわかります。英国・オーストラリア・メキシコは、国内での映画上映に占める米国映画の割合が、77%-91%あ ります(出 典(2011年の資料なので少し古い))。完全に米国映画に支配されている感じがありますが、韓国は46%程度なの で、たまたまインフィニティ・ウォーズがヒットしたということなのかも知れません。中国でも20人に一人が見ていることになるの で、中国もかなりアメリカナイズされてきた感じがします(中国における米国映画占有率は38%)。一方、インドにおける米国映画 占有率は6%しかないのにも関わらず、2000万人を動員したのは凄い。当該資料では、インドにおける自国映画占有率は92%と なっていますから、ほとんど自国映画しか見ないインドでそこそこのヒットはかなり意味のあることではないでしょうか。ちなみに、 米国の自国映画占有率も91%なので、ボリウッドとハリウッドが熾烈な抗争をしていることがわかります。 ちなみにこ ちらの韓国の資料の(韓国語。Google翻訳で英語に翻訳すると読めます)、先進諸国及びインド中国の国内映画占 有率の2008-2016年の変遷グラフは非常に有用です。この資料によると、インドの自国占有率は、2015年と16年は 90%を切っています。米国映画に進出されたのかも知れません。それにしても、アメリカ人って、自分の国の映画しか見ないんです ね、、、、、世界への米国文化の浸透度を調べるよりも、米国の国際化ぶりを調べる方が先なのではないかと思いました。 3−2)売上比率と入場者割合が均衡している国 イタリアやスペインが近い値となっていて入場者数に比例した売上比率となっています。これは、チケット代6.5$程度が、 BoxOfficeの一覧で集計されている国々のチケット代の平均値であることを示しています。また、スペインは、GDPの割合 と売上比率も近く、GDPの規模に応じた売上となっていることがわかります。スペインと比べると、イタリアは、そのGDPに期待 されるほどの入場者数は獲得できなかったことがわかります。逆に韓国は、売上比率と入場者割合が近く、チケット代も平均値に近い にも関わらず、GDP比率の倍の売上比率となっています。これは国内人口比の入場者数が多いためであることがわかります。オース トラリアが、GDP比率と入場者数が近いスペインに比べ、売上が倍近いのは、チケット代が高額である点に理由があることがわかり ます。 このように、この表からは様々なことがわかります。 4.その他12.9%の国々
『フォースの覚醒』『インフィニティ・ウォー』双方にいえることですが、その他の国々で目立つのは東欧と中南米、東南アジアで す。額は低いものの、ベネズェラのような反米国家でも上映しているのが不思議です(『フォースの覚醒』は535万ドル、『イン フィニティ・ウォー』は576万ドルで、決して低いわけではありませんが、チケット代が高いようなので(こ ちらの資料では7.8ドル、『インフィニティ・ウォー』の推定入場者数78万人程度)、入場者数は多くはなさそうで す(ベネズェラの2016年の人口は3100万人*1)。東欧は、ソ連崩壊後に米国文化圏に取り込まれた様子が反映しているよう な印象を受けました。 *1 この資料のベネズエラの値は、ハイパーインフレに入る前の値。現在は、1.5$程度の模様。 その他の売上の多い国は以下の国々です。チケット代が安いため、意外に視聴人口が多いことがわかりました。東南アジアは、所得 も低く物価も安いため、売上金額的には大きくなくても、推定視聴人口は結構な数になりました。 1)東南アジア
2)南米
3)東欧
4)北欧・バルト諸国
5)その他欧州
6)その他
第二節の記載した、公開はされているが、BoxOfficeに売上データの無い以下18カ国は、いずれも低所得国の国が多いた め、もしかしたら、結構な人口が視聴しているのかも知れません。そこで、次節では、イスラームの国々について調べて見ようと思い ます。本記事は長文となったため、第五節は、次回『イスラーム世界におけるSFの浸透度』の記事にまわします。 クウェート、エジプト、バハレーン、キプロス、カンボジア、エストニア、ラトヴィア、モロッコ、マケドニア、オマーン、ペルー、 カタール、チュニジア、バングラディッシュ、スリランカ、マダガスカル、ネパール、パキスタン 5.まとめ
今回この推計作業を実施して、多数、わかったことがあります。
1.『フォースの覚醒』と『インフィニティー・ウォー』は、ともに2000億円を売り上げたが、売上構成は大幅に違う。 『フォースの覚醒』は旧西側先進諸国だけで約80%を示るのに対し、『インフィニティー・ウォー』は52%。『インフィ ニティー・ウォー』の方が世界でまんべんなく見られている。 2.米国とインドは、自国における自国映画の占有率が非常に高い(米国90%以上、インドもここ二年85%に低下した が、それ以前はずっと90%以上)。主要国は20-60%程度で、米国とインドだけが極端。 以下は、『インフィニティ・ウォー』の推計結果について。 3.『インフィニティ・ウォー』推計総入場者数3億1995万人 4.GDP上位20カ国で売上の87%を占めるが、これはGDP上位20カ国が世界総GDPに占める割合86%とほぼ同 じ。 5.チケット代が7ドル程度の国が、その国の入場者数の世界全体に対する割合と売上比率が近く、7ドルが世界全体におけ る平均的な価格と見ることができそう。7ドル以上だと、入場者割合と比べて売上比率が多くなり、7ドル以下だと、入場者 割合と比べて売上比率が低くなる傾向がある。 6.中国は、推定視聴者ではほぼ米国と匹敵している。中所得国では、東南アジアの動員人数が多い。米国の裏庭である南米 は、南米各国の人口に対する動員率が高そうな先入観があったが、あまりそうではなかった。 7.売上シェア1%以下でも200万人以上動員する国がある(タイ、マレーシア、コロンビア、チリ)、0.5%以下でも 100万人以上動員する国がある(ポーランド、ベネズエラ)。全世界での売上が1000億を越す作品になってくると、売 上シェア1%でも100万人動員できる国が出てくる。 8.BoxOfficeには、イスラム圏とサハラ以南のアフリカに関するデータが無いが、これらの国々でも公開されてい る模様である。 関連記事 世界で150億の興行収入のあっ た映画『47 Ronin』は何が悪かったのか |