ロシア歴史映画「ツァール」(イワン雷帝)

  一週間もあれば届くだろうと、GW一週間前に新刊「オスマン帝国史の諸相」 の取り寄せを近所の書店にお願いしました。しかし先週金曜日帰りがけに寄ってみると、まだ届いていない、とのこと。GW前半は購 入後放置していたファー ティマ朝本を読んで過ごすことに。更に昨夜、再度書店に寄ってみたが、4/27日に出版社から出荷されているものの、まだ未着と のこと。GW中は取次店も 休みなので配送されることは無いと思うとのこと。これでGWに前半で「オスマン帝国の諸相」を読み、後半で書籍で言及されている 関連論文などを調べるとい う予定が崩れてしまいました。そこで本日、これも購入後6年も放置していた、サンスクリット語の解説本「サンスクリット」 を読んだところ、軽く衝撃を受け、GW後半は古代インドについて調べて過ごす予定。「サンスクリット」は、語学書ではなく、「サ ンスクリット」とは何か、 を諸側面から記載したもの。以前から、インド人がコンピュータ・プログラミングに得意なのは、サンスクリット語自体がプログラミ ング言語のようなものだか ら、という言説が流行っていましたが、具体的にどういうことなのかまったくわかりませんでした。同僚のインド人すら、ちゃんと説 明できた人はいなかった。 しかし、漸くどういうことなのか、理解できそうが気がしています。

 さて今回は、ロシア史上の怪帝イヴァン雷帝を描いた2009年ロシア製作「ツァーリ」。雷帝(左)と、幼馴染の府主教フィリッ プ(右)の対立を描く。


 エイゼンシュタインのイワン雷帝第三部とでもいうような残虐なイワンの描きぶり。


冒頭テロップが入り、物語りの背景が解説される。

−1565 年/天地創造以来7073年、ロシアはリヴォニア戦争で消耗しポーランド王ジグムンドは国境の城を手中にしていた。モスクワでは ノブゴロドの裏切りの噂が 飛び交っていた。イワン雷帝の指令によって密告がオプリーチニナに奨励され、盲従する犬であるオプリーチニキ達は国中を血で覆っ た。オプリーチニキは首都 圏のアファナシイを拠点としていたので、教会の力も及ばなかった。イワン雷帝の悲劇は世界の終わり、ドームズデイが近づいた警鐘 だと思われた。ツァーリは ソロバエシュコゴ修道院の幼馴染であるフィリップ・コラチェヴァを呼び寄せた−

第一部 ツァーリ(皇帝)の祈り

 一人、 熱心に宮殿奥の祭壇で神に祈るイヴァン。ひたすらに自分を憎む者からの救いを求めている。イヴァンは真剣であるが、その一方で、 地方領主をオプリーチニキ 達が襲撃している。敵を恐れて神に祈るイヴァンが実際に行なっていることは、私兵オプリーチニキを使った地方領主の襲撃と略奪・ 逮捕・連行に他ならないの だった。

 モスクワ。

フィリップ司教が到着。城門付近には吊るされた遺体が多数ぶらさがっている。モスクワの城門を入るフィリップの橇。

宮殿奥の祭壇から政務の場に出るまでに、歩きながら家臣に服を着せてもらい装飾をつけてもらうイヴァン。皇帝って自分で服を着な いんですねえ。

  宮殿の中庭に民衆が集まっていて、祈りの行進をするようイワンを促す。イワンは絨毯に載せられ、宮殿を出る。絨毯のイワンの後に は民衆が雪の上にすり足を しながら延々と長い行列を作っている。それを見て狂ったように笑う皇妃。モスクワに到着したフィリップはその行列を呆然をして見 る。橋の上で行列の先頭の イヴァンとはちあったフィリップに対し、イワンは、「橋で会ったのは兆しなのだ。府主教よ」とフィリップに呼びかけ、フィリップ を府主教にしてしまう。怪 訝に思うフィリップ司教。

  ここで見られるのは、イワンと民衆が行なっている行動・言動はキリスト教のものではなく、土俗的な信仰なのだった。フィリッ プには奇異なものと映る。

フィリップは開明的なようで、イタリアの技術を取り入れているようである。職人の工房で、レオナルド・ダ・ヴィンチの技術を使っ た水車の模型を製作したり している。もとよりイワンはそのようなものをフィリップに期待しているわけではない。イヴァンはフィリップを地下の拷問部屋に連 れて行く。そこには、裏切 り者の自白を拷問で強制させられている領主たちがいた。しかし自白した領主は、その後即座に絞首されるのだった。「慈悲を」と告 げるフィリップに対して、 イヴァンは「裏切り者に慈悲をだと!?」と取り合わない。その拷問部屋のある建物の塔。現在のモスクワにはこうした中世末期の建 築物は残っているのでしょ うか。

 夜。宮殿内では民衆なのか、宮人なのか、広間でみな雑魚寝している。その中央にイヴァンの寝台がある。まるで救貧院である。深 夜妄想にとらわれるイヴァン。いかにもそれっぽい場面。

1566 年夏。イヴァンはフィリップを府主教に正式に任命。民衆にその旨布告される。しかしフィリップはオプリーチナを認めたわけではな く、今後もイヴァンとフィ リップの間で検討が続けられることが告知される。教会では府主教の就任式が行われ、イヴァンも参加して、参加者とともに「アクシ オス(適格)」と唱えるの だった。下記は参加者の一部。

 教会での就任式後、中庭に出て集まった民衆にフィリップが祝福を与える。同時に、バルコニーから役人と皇妃マリヤ・テムリュコ ヴナが貨幣をばらまくのだった。冷たい目で無表情に貨幣を撒く皇妃が印象的。心の底から民衆を蔑視している様子まるだし。


第二部 ツァーリの戦争

 またも冒頭は祭壇で祈るツァーリ。ポーランド軍との戦い。ジギスムント二世(在1548-72年)も出陣している様子。橋の手 前がロシア軍。向こう側がポーランド軍。

両軍泥の中での戦闘。中世ロシアで夏の戦闘は珍しい。戦地はかなりポーランドよりの場所なのかも知れない。橋の上で激闘となる が、ロシア軍の兵士が川に飛び込み、橋桁を切り落とし、橋が崩れる。そのまま両軍川に落ちての激戦となる。帰趨は不明なまま場面 は変わる。

 新宮殿の落成式。皇妃マリヤが狂ったように足場にくくりつけた綱を引っ張り足場を取り除く作業の侍女(貴族の娘)達を鞭で使役 している。異常さを感じるが、侍女達の統率の取れなさ・混乱ぶりを見ていると、鞭をつかうくらいでないと作業が進行しないかも、 とも思う。

これがその宮殿。イヴァンいわく、新しい聖エルサレムであり、清浄な宮殿は、貴族の処女の娘達の手で落成式を行わねばならぬのだ そうだ。

その貴族の娘たちに橇まで引かせるイヴァン。廃材を持った侍女達が続く。

川 に着いたところで、侍女達は一斉に廃材を川に投げ捨て、皆熱狂して川に飛び込んで水浴を始めるのだった。異教的オルギアの様相を 呈しだし、フィリップはこ の熱狂をやめさせるようにイヴァンに主張するが、その時ポーランド軍に都市が包囲され、門を開いてポーランド軍を受け入れたとの 報告が届く。この時の、細 身で背中が曲がっているイヴァンの姿はステレオタイプな晩年のイヴァンそのもの(といってもこの年は1566年頃なのでイヴァン は36歳くらいなのだけ ど)。

  イヴァンは宮殿に戻り、ポーランド人に開城した都市を罰するこをと願う。どうやら、イヴァンにとって思い通りにならないことは、 神の慈悲や愛が得られてい ないということになるらしい。神の愛をイヴァンに与えることで、裏切り者に死の懲罰を下すことを願うイヴァン。何を言っているん だとフィリップは諭すが、 自分の世界に入ってしまっているイヴァンの耳には届かないのだった。
 
 深夜、ロシア軍が引き上げてくる。城門のところでフィリップが待 ち構えていて、裏切りがあったのかどうか確認する。引き上げてきたロシア軍は(隊長の一人はフィリップの、唯一残った親戚の Malyuta Skuratov である)、ポーランド軍に勝利し、軍旗を多数奪って戻ってきたのだが、ロシア軍を迂回し、背後からロシアの町を包囲・開城させたポーランド軍の情報は届い ていなかったらしい。ポーランドに勝利した振りをして実は裏切ったのではないかと確認せざるを得ないフィリップ。

 しかしある家臣が、このフィリップの行動を裏切りであり陰謀だとイヴァンに讒言するのだった。この家臣は、裏切った(町を開城 してポーランド軍に降伏した)貴族の名を上げ、その6名の貴族の背後にはフィリップがいると讒言する。黙って聞いているイヴァン の顔が不気味。

名前の上がった貴族を梅の花咲く庭の亭で、フィリップと讒言された貴族たちが会食している場にふいに現れるイヴァン。震え上がる 貴族たち。

イ ヴァンは自らの手で無理やり蜂蜜をつけたパンを貴族達の口にねじ込み、「ツァーに抵抗する者は神に背くと同じである。神に背くの は背教者と同じである」と 言い、フィリップが、「ツァーに許可を求めず会食を開いたことは間違っていた」と述べるも、結局貴族たちは、皇妃マリヤや他の家 臣達にリンチにあい、拷問 部屋に連れてかれる手に釘を打たれ焼きごてを押し付けられ拷問されるのだった。下は箒の先で目をつつき、イヴァンに背いたとされ る貴族を楽しげにリンチす る皇妃。

  フィリップはオプリーチキ達が囲む部屋で無理やり裁判官の椅子に座らせられ、拷問されポーランド軍に寝返ったと”自白”させられ る貴族の、形だけの判決を 強制させられる。フィリップが「それは事実ではないな?」と何度も念を押すが、拷問に怯える貴族たちは、”裏切りの自白”を強弁 し続ける。最期は調書への 印璽を強制させるが、フィリップはあくまで抵抗し、印璽を拒否する。どうしても判決できない、とイヴァンに告げるフィリップに対 し、翌日イヴァンは、宮殿 前の中庭に闘技場を作り、裏切った貴族達と熊を格闘させ、「これが神の意思だ」とフィリップに観戦を強要する。フィリップは「神 の意思ではない。お前に意 思による処刑だ」と抗弁するが、その声は歓声にかき消されイヴァンには届かない。

残虐な試合を楽しげに観劇するイヴァンと皇妃と取り巻きの家臣達。特に皇妃の笑い顔が印象的。内蔵まで食いちぎられ、それを歓声 を上げて見入る民衆たち。

イヴァンの残虐さがよく出ている場面。


第三部 ツァールの怒り

教 会でフィリップが民衆に祈祷を行なっている。そこにイヴァンと側近が入ってきてフィリップの祝福をうけようとするが、フィリップ は無視する。イヴァンは、 俺の意思に背くことは許さないと激怒するが、フィリップは「私は神とともにある。何も恐れない」と主張。とうとうキレたイヴァン は、「もう府主教なんかい らん」とフィリップの帽子を取り上げ、床にたたきつけ踏みつける。それをきっかけに側近がフィリップをボコボコに殴りつけ、府主 教の装束を剥ぎとり、護送 車に載せて市中を引き回すのだった。下記は引き回しの時一瞬登場したモスクワ市街。

  宮殿中庭に連行され、民衆の前で、「魔術師、反逆者の仲間でありヴァシリーの子イヴァンの暗殺を図った」と宣告されるが、フィ リップは罪状を否認する。遂 には”反逆者”の一人である甥の処刑がフィリップの目の前で行われる。右手の天幕にイヴァンがいて、左手の木枠に吊るされている のがフィリップの甥。足を くくりつけられ、腕を引っ張られ、八つ裂きの刑に処されているところ。「奴の罪を認めろ」と迫られるが、朦朧としつつもフィリッ プは認めない。

 ついに甥の腕の関節が外れ、止めに斬首される。その首を目の前に差し出されても、フィリップは、「嘘をついていない唇は祝福す る」と述べ、首の唇に口付けをするのだった。側近は、次の囚人を出せ、と促すが、イヴァンは、「慈悲を与える。僧院に去れ」と告 げるのだった。

第四部 ツァールの喜び

 冬。ドイツ人技師達が雪原に遊園地兼新式拷問道具を作っている。下記は家臣に橇を押させるイヴァン(右)と皇妃(左)。

下記も右がイワン、その隣が皇妃。皇妃の左側の人物の背後に、木造の観覧車。

 これは滑り台。滑っているのは皇妃。滑り台の上にあがるのは木造製の人力クランク方式エレベーター。

  木造水車の羽の先に多数の杭が取り付けられていて、水車が回転して拷問者を杭が傷つける拷問道具、舞台下一面に杭がついていて、 拷問者を舞台の下にいれ、 その上で踊りを踊る拷問舞台、ブランコの先に杭が取り付けられていて、ブランコを漕いで杭を拷問者に刺す道具などのデモンスト レーションが人形を利用して 行われる。

 一方、牢獄に鉄枷を嵌められ監禁されているフィリップは奇蹟を起こすに至る。看守がわざとフィリップの手の届かないところに 水差しを置いて嫌がらせをするのだが、ある朝看守が入ってくると、手枷足枷ははずれ、フィリップは水を飲んでいるのだった。この 看守は隻眼なのだが、フィ リップがその目に手を当てると、見えなかった片方の眼が見えるようになってしまう。

 ある日、モスクワからイヴァンが訪ねてくる。牢獄に入ってきたイワンはフィリップに「噂はモスクヴァまで届いておる。お前はこ こで聖人になったようだ。 俺は後悔している。審判の日は近づいている。私の罪を許し、祝福を与えてくれんか」と告げるが、フィリップは「罪を悔い、血を流 すのをやめろ」というだ け。「一体どんな君主が望みだ。右の頬を叩かれたら左の頬を差し出すような君主か?ポーランド人は攻めてくるし、ノブゴロドは反 乱を起こしている。私は人 としては罪びとだが、君主としては正しいことをやった」と、かなりまっとうな事を口にするが、フィリップは「真実は神のみぞ知 る」とそっけない。イヴァン は牢獄を去り、フィリップの処刑を命じるのだった。

処刑人はなんとか逃してやろうとするが、フィリップに逃げる意思は無かった。遺体は修道士の手で教会の床に埋められた。その後修 道士達が葬儀の行進を行う が、棺桶が無いことから、処刑人は、20名程の修道士全員と、更に修道士とともに教会に立てこもった看守ともども、燃やしてしま うのだった(下記左画像の 右側の教会が燃やされる)。

 イヴァンは鐘を鳴らして民衆の招集をかけるが、誰一人集まる者はいなかった。「私の民衆はどこにいったのだ」とつぶやいて映画 は終わるのだった。

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