中世欧州の歴史連続ドラマ『ヴァイキング〜海の覇者〜』シーズン3とシーズン4に登場する 西フランク王国(9世紀後半)

 ドラマは既にシーズン1が日本で放映済みで、その後のシーズンも放映されると予想されるの で、今回の記事は、主にシーズン3と4に登場する西フランク王国の映像の紹介です。

【1】ドラマに登場する西フランク王国

 シーズン3と4のクライマックスはヴァイキングのパリ襲撃事件(史実)で、当時のパリの再現映像が出ています。以 下画像はパリの概観です。

 9世紀というより、13世紀くらいの映像に見えます。本作品では、パリの領域はシテ島内に限られ、シテ島周囲が堅固な城壁 で囲まれています。シテ島は、 切れ長の瞳のような形をしていて、東西径1200m弱、南北最大径400m弱、0.22平方km2の大きさで、水面と島の頂 上部分の差は13mです。古代 オスティアの人口密度は1平方km2あたり3万人強と推計されています。これと同じだとすると、3万人の22%ですから、 6000人程度の人口の都市とな るわけですが、画像のパリはちょっと規模が大きすぎるように見えなくもありません。当時のWikipedia のパリ人口推計の記事によると、2世紀人口8万、8世紀は2-3万人と推計されているそうです。シテ島には 6000人しか居住できない計算なので、シテ島以外にも居住していたのではないか、という気もします(左手前の要塞は、シテ 島にかかる橋のセーヌ川南岸の橋頭堡部分。



 City walls of Parisの記事によると、ローマ時代の市域はシテ島と、セーヌ川南岸に広まっていて、セー ヌ川北岸は湿地帯で居住に適してしなかったとのこと。こちらのサイ トにローマ時代の市域図面がありますが、 セーヌ川南岸の市域はシテ島の10倍くらいありそうなので、約6万人の人口が住んでいたことになります。ローマ時代の人口8万について、 Wikipediaの記事に は出典が記載されていませんが、シテ島含めて8万というのは遺構的にありえそうです。285年の蛮族の襲撃で南岸域は放棄され、南岸市域の東南端にあった 円形闘技場(Arènes de Lutèce(アレーヌ・ド・リュテス))の石を使ってシテ島東部に城壁が築かれたそうなので、8世紀の パリ人口2-3万というのはシテ島だけでは無理そうです。シテ島東部の城壁遺構に関してはこちらに記 事があります

  886年のヴァイキングのパリ襲撃を受けて、セーヌ川北岸に城壁が築かれたようで、2009年にリヴォリ通りとアルブ ル・セック通りの交差点で遺構が発見されてい るそうです。この交差点は、シテ島最北端の真北約250mの地点です。ここが城壁の北西角として、リヴォリ通りが北壁 だったと仮定し、東北角はノナン・ ティエール通りとの交差点、東壁はノナン・ティエール通りだと仮定すると、市域はシテ島の三倍近くなるので、2万の人口 が収容できたかも知れません。パリ襲撃事件 後に城壁が築かれた場所は、既にそこまで市域があった、ということなのかも知れないのですが、本作に登場するパリの市域 はシテ島だけなので、このあたりは 史実とは違うのかも知れません(人口推計の方が間違っている可能性もあります。Wikipediaのパリ人口記事の当該 部分の出典は、リンク先に 引用元書籍のGoogle Bookの当該箇所がリンクされ、本文が読めるのですが、当該部分にも、2-3万という推計結果が書かれているだけで、論証は記載されていないからです。 Wikipediaも、そろそろ、結果だけを書いた書籍や文章の出典だけではなく、史料と論証が書かれた資料にリンクを 貼るようになって欲しいものです。 もうその段階になってきているものと思います。

  中央の大聖堂が、現在のノートルダム大聖堂と同じくらいの高さ(1240年北塔完成(63m))に見えるのが大きな特徴で す。以下の画像では、寺院は島の 中央にあるように見えます。ヴァイキングは、セーヌ川を遡って攻撃してきているので、画像の手前が西、奥が東で、画像から は、中央の大聖堂は島の中央部に 見えます。

 以 下の画像は、西方を眺めたもの。この大聖堂は、島の中央に位置しています。現在のノートルダム大聖堂は島の東南部に位置して いて、それ以前には、ローマ時 代末期に建設されたバシリカがあったそうですが、画像ではその場所に大規模建築は見られません。シテ島にはそれ以外大規模建 築の遺構らしきものは今のとこ ろ発見されていないようなので、この画像は、13世紀頃の、ノートルダム大聖堂の塔ができた頃のパリをイメージして作られた のではないかと思われます。


 以下はシテ島北壁部分。難攻不落な感じ。実際ヴァイキング軍も攻めあぐねます。





 こちらはシテ島市街の様子。左画像の中央は、大聖堂へ向かうメインストリートで、そ の奥が王宮兼大聖堂。道の両脇の邸宅に出窓がありますが、右画像の中央右に、その出窓の下の部分が見えています。


 島の高さは13mくらいですから、中央部も少し標高がありすぎる感じです。



 もうちょっと平らな島にし、大聖堂を撤去して、セーヌ川北岸にも市街を広げれば、概 ね9世紀パリの画像に近くなるのではないでしょうか。という印象を受けました。

  以下は、西フランク王シャ ルル2世(在843-877年)。中世ヨーロッパの映画を見ていると、時々このような、仮面が登場するので すが、これは何なのでしょうか。左端は、玉座に座るシャルル2世。ちょっとわかりずらいですが。本作では、シャルル2世 と孫のシャ ルル3世(在893-922年)を合わせたキャラクターとなっています。どっちのシャルルにもジゼル(本作 ではギゼラ)という娘がいるのですが、本作のギゼラは、初代ノルマンディー公となったロ ロと結婚しているので、シャ ルル3世の娘の方であることがわかります。


 これはクリスマスの晩、家族での晩餐会。中央奥がシャルル、右奥に、数名の 楽師が見えています。 


 フランク王国軍兵士。

 

 以上でフランク王国関連終わり。続いて以下は、ウェ セックス王エグバート(在802-839年)の王宮と王の執務室。ローマ時代のヴィラを少し増築しただけな 感じ。執務室も、シャルル2世の宮廷と比べると小さく、後世イギリスのカントリーハウスの執務室的な感じです(右下に机 に向かうエグバート王がいる)。


 839年に死去したエグバートと、929年に死去したシャルル3世が、年齢も近い同時代人として描かれているところが、こ の作品の特徴をよく現しています。本作では、本作の主役であるラグナ ル・ロズブローク(伝説の人物)に率いられた845 年のパリ襲撃と、ロロ(実在の人物)に率いられた885-86 年のヴァイキングのパリ襲撃は同じものとされています。更に、ラグナルとロロはほぼ同年齢の兄弟となっていま す。

 このドラマには、他にも史実の人物が登場していて、初代ノ ルウェー王のハーラル一世美髪王(在872-930年)や、デンマーク王ホリック一世(在 -854年)、エグバート王の息子エ ゼルウルフ(在839-858年)や、886年のパリ襲撃を防衛した司令官ウー ド(後西フランク王:在888-898年)も登場しており、概ね790年頃から910年頃までの間の諸事件を、 北欧の伝説の英雄の一人であるラグナル・ロズブロークの半生に詰め込んだドラマになっています。ちなみに、史実では西フラン ク国王になったウードは、本作では、王にならないまま、家臣に暗殺されてしまいます。ネタバレになってしまうので書きません が、ラグナルの息子ビョ ルン・アイアンサイドが地中海沿岸へ遠征をし、860年にイタリアのピサ北北西50kmのところにある都市ルナを 謀略で陥落させた事件もシーズン3の最終話パリ攻撃のエピソードとして登場します。結構ビックリ展開です。

 また、本作では、ウェセックス王エグバート(839年死去)が生存中に孫のアルフレッドが誕生(849年)したことになっ ていて、幼年のアルフレッドが王子である父エゼルウルフとローマ巡礼に向かい、アルフレッドがローマ教皇からコンスルに任命 され、戴冠される場面も登場しています。8世紀のローマが登場するかと期待して見ていたのですが、残念ながら、ローマの景色 の映像は以下の部分だけ(それっぽい白の石柱や彫像の足が散らばっている間をアルフレッド一行が歩いている場面)でした。あ とは教皇庁の内部の映像だけ。

 

 シーズン3と4の予算は、双方後半で行なわれるパリ襲撃の戦闘とパリの再現映像が大きく占めているので、ローマの再現映像 まで作ってる予算はなかった、ということなのでしょうね。以下左画像は、パリに攻めあがるヴァイキング軍団。画面を拡大して 数えて見たところ、だいたい100隻くらいありました(1隻に20名程度が乗船)。845年の襲撃事件は120隻とのことな ので、大体忠実に再現しているようです。下右は、フランク軍の要塞。この要塞がセーヌ川の両岸にあり、双方を鎖で繋いで、 ヴァイキング船の遡上を阻止しようとしたもの。


 これはシーズン4でのパリ襲撃時に登場したヴァイキングの大型船。三つ船の間に大型の船を増築していて、両サイドと後部の 船でオールを漕いで前進する仕組みです。画面左下にフランク軍の船が映っています。これは史実だったのでしょうか。興味があ ります。



【2】シーズン全体の概要


 シーズン全体の概要は以下の通りです(私がちゃんと視聴したのはS3とS4のそれぞれ6-10話と、それ以外の重要そうな 数話だけで、他はほぼ公 式サイトのあらすじの 要約です)。

1)シーズン1(2013年3月-4月放映:2015年2月日本でも放映)
 主人公ラグナルは、それまで東方への遠征が主だったヴァイキングの略奪遠征に飽き足らず、海の彼方の西方の国を攻めること を主張。第二話で793年のイングランド七王国のひとつノーサンブリア王国のリ ンディスファーン修道院襲撃事件(現イングランド)が描かれる。その後首長のハラルドソンと対決に勝利して首長 となったラグナルは、再度ノーサンブリアに侵攻し、王国軍と正面対決することになる(第七話)。

2)シーズン2(2014年2月-3月放映)
 再びイングランド侵攻を企てたラグナル達は、嵐にあい、ウェセックス王国に漂着し、ラグナルはエグバート王と会見するが、イェー タランド(スウェーデン南部)の首長ボルグがラグナルの本拠地カ テガット(デンマーク北部とスウェーデン南部のカテガット海付近にあるどこか)を攻めてきたとの報告に帰国して ボルグ軍を撃退する(第五話)。エグバート王はノー サンブリア王エラと同盟し、マーシアとヴァイキング撃退を目論む。 マーシアでは内乱が発生し、オファ王(在 757-796年)の死後、王女クイントリスは 教皇により聖人に列せられていた兄ケネルム(聖ケネルム) を少女の頃レイプされたことから殺害し、ウェセックスに亡命してきた。ウェセックスに戻ったヴァイキング軍(ホリック1世と ラグナル連合軍)はエセックスとノーサンブリア連合軍に敗北するが、エグバート王は、ヴァイキングを全滅させず、クイントリ ス配下でマーシア王国を攻める傭兵に雇う。カテガットに帰国したラグナルの村でデンマーク王ホリック1世はラグナル殺害の陰 謀を企て蜂起するが、失敗する。ホリックを殺したラグナルはデンマーク王となる。

 本シーズンで予算をかけたと思われるのは、エセックスとノーサンブリア連合軍VSヴァイキング軍の合戦場面でしょうか。エ グバート王がカエサルの戦記を読んで戦術を研究する場面がよかった。あと、ラスト場面は、CGかと思っていたが、(実際CG なのだが)、実際にある場所(プ レーケストーン)と殆ど同じだということに驚いた(プレーケス トーンの空撮映像はこちら)。場所がノルウェーの北海に面したところなので、カテガット海に面したラグナルの根 拠地とは違うことから、これはデンマーク王ホリックを倒して彼の支配下にあったノルウェーもラグナル配下となったことを象徴 している場面だと思われる。


3)シーズン3(2015年2月-4月放映)
 エグバート王に体よくマーシア攻撃の尖兵にされたラグナル軍はマーシア王女クイントリスの叔父を破る。その後クイントリス の兄弟ブルグレドが軍とともに山中に潜んでいることがわかり、クイントリスとラグナル軍は捜索に出てる。やがてブルグレド軍 を発見し戦闘となり、降伏させるが、クイントリスはブルグレドを毒殺する。ラグナルはパリ襲撃を計画し出撃する。ウェセック スに残った部隊は、はじめからヴァイキングに土地を与えるつもりのなかったエグバートに殲滅される。

 パリでは熾烈な攻城船が展開されたが、結局撃退される。襲撃は失敗したが、翌春再度襲撃することにして、ラグナルたち主力 軍は、兄のロロとその軍をパリ近郊に残してカテガットに戻る。しかしロロは、シャルル2世の娘ギゼラとノルマンディー公を与 えるとの条件にフランク側に寝返ってしまう。
 本シーズンで最も予算をかけたと思われるのは、パリ攻略戦の攻城戦場面。

4)シーズン4(2016年2月-4月放映)
 ロロは、パリ近郊に残っていたヴァイキング軍の宿営地を襲撃し虐殺、フランク人の言葉も学び、ヴァイキング戦法を熟知して いることから、ヴァイキング防衛用の砦を建設、当初大いに嫌われていたギゼラの愛と信頼を勝ち得え、結婚式を挙げる。ウェ セックスでは幼年のアルフレッド(後の大王)がローマ巡礼の旅に出て、ローマで教皇に執政官に選出され、ウェセックスではエ グバート王がマーシアを併合する。ラグナルはヴァイキング軍を率いて再度パリを襲撃する。今回の目的は略奪ではなく、裏切り 者ロロを殺すことだった。しかしパリの手前でロロの築いた要塞に苦戦する。一方皇帝位を狙っていたウードはシャルル2世に暗 殺され、ロロが新たにパリ防衛司令官に任命され、ラグナルと激戦の果てに撃退に成功する。パリに戻ったロロは歴史上の人物と なり、ラグナルはどこかへ消え、伝説の人となったのだった。

 本シーズンで最も予算をかけたと思われるのは、パリ攻略戦の海戦場面。


【3】その他

 シーズン4には、唐王朝の徳宗皇帝(在779-805年)の娘が 登場します。Yiduと いう名前なので、恐らく宜 都公主(772-803年)がモデルなのではないかと思われます。父親のことを廟号の徳宗と呼んでいる ことから、父親の死後(805年以降)、海賊にさらわれてフランク王国経由で北欧に奴隷として売られてきた、という 設定のようです。姉の文安公主が出家して道士になったり、兄李誦の子憲宗が丹薬中毒で死んだりし ているので、彼女も丹薬を所持していて、ラグナルが丹薬中毒になる、という展開が見られます。服装が清朝時代の満洲 族の服装なのが時代錯誤なので、無理して出さなくてもよかったのではないかと思います。

□参考資料
 "The penguin Historical ATLAS of the VIKINGS" John Haywood Penguin Books (September 1, 1995)
  河出書房新社から出ている、地図で読む世界の歴史シリーズ の原書の一冊です。古代エジプト、古代ギリシア、古代ローマ、ロシアは邦訳が出ているのに、何故か本書ヴァイキングだけ出ていません。非常に有用な書籍な ので残念です。ぜひ邦訳も出て欲しいものです。

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