漢代山陽城遺跡
があると思われる場所
(この場所は遺跡の場所ではありませんでした。正確な場所と遺跡写真については最下段をご覧ください)


紹介

 焦作 市の市街地図によれば、山陽路と建設路の交差点の東北付近に漢代山陽城の遺跡がある、という印がついているので、早速いって みた。印のあるらしき場所に左下写真の公園があり、その奥に右下写真の、いかにも発掘跡と思える場所があるのだが、特に碑文 などは立っておらず、遺跡ではなさそう(普通埋め戻してあっても、大抵の場合、ちゃんと碑文が立っている)。

 一方、山陽路と建設路の交差点の西南にはかなり大きな公園があり(写真左)、右写真の左側に川があり、古代の都城に は絶好の場所である。

 となると、普通に考えれば、やはりこの2つの公園 の付近が、発掘場所だった可能性が高い。なお、焦作博物館で情報が入手できるかも知れないと思い、行ってみたが、単なる寂れ た民芸品店と文化センターのごった煮。昭和30年代の鄙びて寂れた観光地の売店の集合という感じの建物。しかし当地にいた青 年はここが博物館だと言い張るし、一応門にでかでかと「焦作博物館」と営業時間が書いてある。更に後で調べたとところでは、 かなりちゃんとした、博 物館ホームページまであるこちらの博物館の写真を見ても(こ れらのURLは、2014年現在使用不能となっています。詳細は左下欄)、間違いなく同じ場所。謎である。なお、市街地図に よれば、焦作には商代遺跡もある模様である。焦作出土の楼閣陶器はこちらをご 参照ください。(2009年7月)
正確な場所へのアクセス情報
建設路北側にあるランドマーク
建設路南側にあるランドマーク
その後(2015年1月)、山陽古城について書かれた記事(こ ちら)を見つけました。写真も掲載されていますが、相当古そうです。焦作博物館のURLもこちらに変更となっています。百度地図によると(こ ちら)、この写真のある建設路と山陽路の交差点から、更に東1km地点の建設路南側となっています。建設路の北 側に「古城賓館」というホテルがあるので、それが目印となるようです。焦作市博物館の場所は(こ ちら)、建設路と塔南路の十字路の西南にあり、私が訪問した時と変わっていないようです。百度百科にある Google Streetに相当する機能で、遺跡付近の写真を見ることができました。右にその画面ショットをはっておきま す(表示された地図の山陽古城のマークを左クリックすると、画像が出てくるので「進入全景」をクリックするとStreet viewが表示されます)。


 山陽古城遺跡の写真は、検索しても、右上のランドマークだけしかヒットしません。そこで、 書籍に掲載されている遺跡の写真を転載しました。2007年出版、全402ページオールカラーの河南省の遺跡を網羅した遺跡 紹介本、河南省文物局編「全 国重点文物保護単位 河南文化遺跡」(文物出版社)という書籍のp314-315に山陽古城が紹介されていて、 右2枚はその写真です。城壁部分の遺構だと想われます。この書籍は古墓、遺跡、石窟彫刻、古建築など195箇所の遺跡をオー ルカラー、毎ページ写真1枚以上で掲載している有用な書籍です。


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