1960年ギリシア製作。80分。中世ギリシア正教聖歌作者として有名な9世紀実在の人物で
あるカッシア(カ
シア とも、日本語表記がまだ定着していないようです)を題材としたロマンス作品です。 一応ビザンツ末裔国家であるギリシアの製作ですので、かねがね見たいと思っていました。最初にこの作品を見つけた当時、ネッ トにモノクロ写真が掲載されていて、あまり期待できそうな画像ではなかったので優先順位は高くはなかったのですが、その一方 で、ギリシア 映画というとテオ・アンゲロプロスのイメージが強いため、あまり期待しないけどどこか叙事詩的な雰囲気があるやも、と少し思ったりしていたのですが(中世 ブルガリア歴史映画『ボヤナの巨匠』のような)、 まったく違いました。といいつつ、途中まではまったく先入観と異なっていたのですが、最後の方は少しイメージに近い雰囲気も ありました。 この作品一言でいえば、サイレント時代のイタリア・ソードサンダル映画をカラー・音声付にしたような作品です。少しこの時代 特有のアヴァンギャルドな要素が入っている感じです。更に悪く言えば、大学祭で上映する映画同好会(映画部ではない)が撮影 したような感じの作品です。よって、膨大なコンテンツがネットでアクセスが容易となっている現在では、よほどの物好き以外、 これに 時間を費やす人は極めて少ないのではないかと思います。なので画面ショットをばしばし取りましたので、映画を見ずにこの作品 の雰囲気がわかるようする方針でこの記事を書いています。 カッシアは、805-810年頃、ビザンツ帝国のコンスタンティノープルの貴族の家庭に生まれた女性で、後の皇帝テ オフィロス(813年頃-842年)の花嫁候補として、后妃コンクールに参加した、との伝説でも有名です。8世 紀末から9世紀後半までの四人の皇妃が、后妃コンクールで選ばれたとの伝説(主に聖人伝が出典)があり、カッシアはその中で も有名なエピソードがあります。コンクールでは、候補が宮廷に集められ、皇子がそれぞれの女性と簡単な言葉を交わし、意中の 女性に黄金のリングを手渡す、というもので、テオフィロスはカッシアに、「世の悪しきものは女性(イブ)から生まれた」と韻 詩を読み、それに対して、「また世のよきもの(イエス)も女性(マリア)から生まれたのです」と韻詩で返して知性を主張した 結果、皇帝に嫌たがられて落選した、というエピソードです。本作品は、聖人伝だけで登場しているため伝説と考えられているこ のエピソードをそのまま映画化し、更にその後の二人の関係を創作で描いた作品です。 〜登場人物〜
まず登場人物ですが、基本的に主要登場人物はカッシアとテオフィロスだけです。そのカッシアなんですが、、、、、左端の方が カッシアです。高松塚古墳の壁画に描かれた女官とか、平安時代の絵巻物語に描かれた貴族の女性、という感じのふくよかなタイ プです。しかもコンクール当時十代だったようなのですが、とても十代には見えないという配役です、、、、、まあ9世紀ですか ら、推古天皇とか武則天とか、洋の東西でも当時はこんな感じの人がメインストリームだったのかも知れません。最初登場した時 は、皇帝の母后かと思っていました。その右はテオフィロス。彼もコンクール当時は十代だったようなのですが、やはり十代には 見えません。右側の二人はあまり登場しませんが、一応主要人物ではあるので画面ショットをとりました。 右から2番目の女性は、后妃コンクールで選ばれた後の皇 妃テオドラ。後に幼年皇帝ミカエル二世の摂政として権勢をふるい、イコノクラスムスを終わらせることになる人で す。そういう要素は本作ではまったく登場していません。右端は架空の人物で、カッシアの婚約者であり将軍アキラスの愛人エイ レネ。 将軍アキ ラスは、よく登場する人物ではあるのですが、うまくバストショットが採れる場面がないほどの扱いなので画像は省略。というように、 三角関係四角関係という男女関係の面倒なもつれの行く末を描く、という基本構図があります。 その他の登場人物は、あまり登場しませんが、一応紹介します。左上はテオフィロスの父皇帝ミ カエル二世(在820-829年)。容貌からモロッコの国王とかムッソリーニとか連想してしまいました。その右 二人は重臣。衣装は非常に簡素です。その右は道化(多分宦官長)。右端も大臣の一人。 左下はテオフィロスと母后エウフロシュネー。その右は、花嫁コンクールに参加した候補の一人と思われる人(最初は候補の女性 の母親化と思ったのですが、どうやら候補そのもののようです)。右端も候補の女性。そのひだりは候補の女性の付き添い(母 親?)らしき人。 衣装と小道具がアヴァンギャルト的です。左端、テオフィロス。特撮ヒーローモノの全身タイツですかね、、、、中央は宮殿の壁 画。20世紀中頃の東欧の前衛絵画みたいな感じです(ブルガリアのビザンツ映画、『ヨアン・アセンの結婚』にも通じるものがあります)。右端 の三人(皇帝と大臣)は、緑と紫と青 と明確に色分けされた衣装です。恐らく コンスタンティノープルの競馬場応援団緑組と 青組、皇帝の紫 衣、ということからの着想ではないかと思われます。 カッシアの婚約者のアキラス(右端)の衣装もスーパーマンみたいです。
というように、視聴しているとつっこみどころが多く画面ショットを何度も撮ることになってしまい、たったの80分にも関わら ず視聴するのに時間がかかってしまいました。いろいろとつっこみどころが多い作品でしたが、終わってみれば悪くないと思えて しまっていたりするのが不思議です。本作はギリシア語版を視聴したため、せりふがまったくわからず、意味がわかった限りでの あら すじです。 〜あらすじ〜
起承転結のはっきりした展開です(起20分、承20分、転20分、結20分)。 (1)起
皇帝の執務室。どこかの美術館の館長事務室という感じのセット。中央が皇帝ミカエル二世、両脇が大臣たち。皇子テオフィロス の皇妃コンクールの相談をしていると思われる。 早速皇妃候補たちが帝国全土から集められ、宮殿の庭園で后妃コンクールが行われることになる。以下は庭園に並んだ后妃候補と その付き添い(の恐らく母親たち)。代々木公園みたいな公園でのロケ。 下左も宮殿の公園の一部。見下右が、カッシアとテオフィロスの問題の問答場面。 テオフィロスが無難な回答をしたテオドラに黄金のりんごを手渡すところ。
后妃が決まったので皆歓声をあげて祝う(下左)。その後カッシアは、将軍アキラス
と婚約する。下右はカッシア家での婚約の様子。カッシア家は真っ白な壁にやはり白い枠組みの大きな半円の窓など、映
画撮影当 時の芸術家の家でロケしたのではないかと思えるような邸宅。窓から海が見えている。
カッシアは自宅でキャンパスに絵画を描いたり、詩を書いたりしている(下左)。あ
る日も詩を書いていて、たまたま紐解いた巻子に書かれた聖歌に感動するカッシア。
下左は、カッシア邸で婚約した時。左端がアキラス将軍。その右がカッシアの父親、
その右がカッシア、右端がカッシアの乳母か侍女か母親のような人(プラケリアとい名前かも知れない)。だいたいここ
までで20分。カッシア家の調度や内装はほぼ現代の昼メロのセットみたいな安っぽさ。右端はカッシア家の庭園のベン
チでテオフィロスとあっているカッシア。このベンチも、現代のその辺の公園にあるベンチをそのままロケに使ったよう
な感じ。
というように、冒頭の1/4くらいまでは、セットや衣装の安っぽさと前衛的でシュールな感じばかりが目につきました。 (2)承
さてその後。恐らく数年後だと思われる。カッシアの婚約者アキラス将軍は結婚前にシチリア島に赴任してしまう。涙にくれる カッシア。ところが、(ネット情報ではシチリア島に赴任したとされる)カッシアの婚約者アキラスは高級娼 婦と思われるエイレネと恋仲となっていたりしている。一方、皇帝となったテオフィロスも后妃テオドラと口論となったりしてう まくいっていない。このような中、テオフィロスはカッシアが忘れられず、カッシアと頻繁に会うようになる。 こちらがカッシアの家。ガラス窓があるように見えます。丸いポーチといい、小金成金とかちょっとした実業家とかの20世紀中 盤くらいの現代邸宅をそのままロケに使ったという感じです。 カッシア家にエイレネが訪ねてくる(わざわざシチリア島から来たようには見えないため、普通に見ていると、コンスタンティ ノープルだけで話が完結しているように見える)。乳母(?)のプルケリアに、アキラス将軍からもらった装飾品を見せ、話込む (カッシアにあきらめさせるよう相談しに来たようにも見えます)。 宮殿では、テオフィロスが皇帝に即位したようである(大臣との会話で、テイフィロスが映画冒頭でミカエル二世が座っていた机 に座り、紫の衣装(紫は皇帝の象徴)を着て、大臣が「ヴァシレフサ(皇帝)」というような単語でテオフィロスに話しかけてい るので、皇帝になったことを表現している場面だとわかる。テオフィロスはカッシアを訪ねてきて、例の白いベンチで語り合い、 キスをしようとする(が、この場面ではカッシアはさりげなく避けたように見える)。わりと唐突に見えなくもないが、カッシア とテオフィロスの間が急速に近づいていったところで中間の落ち返し地点(40分)。 (3)転
後半に入り、カッシアはテオフィロスと乗馬に出るようになる。彼らが乗馬にいっている間、シチリア島からこっそり戻ってきた アキラス将軍とその友人将校は、こっそりカッシア邸に忍び込む。それとは知らず乗馬から戻ってきた皇帝とカッシアは、カッシ ア邸の前の階段で語らう(下左)が、もう完全に恋を語り合っているようにしか見えない。そこに、現場と抑えたとばかり、アキ ラス将軍とその友人が玄関からでてきて切りかかって来る(下右)。驚いて立ち上がったカッシアとテオフィロススのリアクショ ンはもう完全に亭主に現場を抑えられた妻と間男のそれ。 カッシアが悲鳴を上げたことで、近くで待機していた皇帝の警備兵(と思われる)兵士達が乱入し、皇帝VSアキラス将軍、警備 兵たちVSアキラスの友人将校 とのチャンバラ活劇となる。このあたり、もう、完全にイタリアン・ソードサンダルのノリ。こ のチャンバラ場面は映画中盤で5分間も続くため、一応ここが本作品の見せ場の一つであるとわかる。悲鳴を上げて失神するカッ シア(下左)。このあたりの演出やBGMは、完全にサイレント映画のそれです。チャンバラも、振り上げた剣だけでカチャ カチャやったり(下右)、ほんとうに、この安っぽさはいい味だしています。 長い乱闘の末、アキラス将軍は囚われ、友人の将校は討ち死にする。失神したままのカッシアは、皇帝によって自室に運び込まレ る。夜、意識を回復して祭壇で祈るカッシアのもとに、エイレネが訪ねてくる。会話の内容はわからないのですが、エイレネの勝 ち誇った様子から、アキラスはエイレネのものになったと宣言しに来た様子。しかしどうやらそれだけではなく、カッシアと皇帝 との関係も攻め、カッシア自身に深い反省を促すことになるようなことを言い放った様子。カッシアは夜眠れなくなり、夜中、女 子修道院に向かうのであった。そのカッシアの寝室(下左)も、前提的というか、1950年代のSF映画に出てきそうな内装と いうかんじ。下右はもう少し後の方で出てくる皇帝の装束。一見ナポレオンのように見えたりして、これがもっとも皇帝らしく見 える装束だったのですが、よく見ると、カラフルな布地に金箔をはっているだけだったりする。東急ハンズやドンキで揃いそうな 衣装です。このあたりでだいたい60分。 (4)〜結〜
とるものも取り合えず修道院に駆け込んだように見えたのですが、手荷物は持ち込んでいたようで、修道院で寝込んでいる間に修 道女がカッシアの荷物の中にある、カッシアの書いた聖歌を読み、その才能に気づく。回復したカッシアは、正式に修道女とな る。そこに皇帝が警 護たちとともに修道院にやって来る。その時の皇帝の衣装が上右のもの。以下がカッシアのいる修道院。これは現存の中世の修道 院でロケした模様。修道女はカッシアなどという人はいません、ととぼけ、皇帝は修道院内部を探し回る。この時カッシアは、祭 壇のある本堂で修道院入会の儀式に参加していた。皇帝は修道院の生活区画ばかりを探し、やがてカッシアの部屋で、カッシアの 蔵書である彩色写本(当時はイ コノクラスムスの最中で弾圧の対象となっていた)を見つけて見る(ここではじめてこの映画でカッシアの部屋の壁 に飾られているイコンが登場するのだが、皇帝はこちらはスルーしていた)。続いて皇帝は、机の上に置かれている、カッシアが 書いたと思われる写本を見る。何かに深く感じ入ったような皇帝は、カッシアが作成した写本の下部に何やら一文を書き加え、最 後に壁の祭壇の前で跪いて祈るのだった。そこに修道女が入って来る。皇帝は許しを乞うかのように跪ずく。(恐らくこの時に、 皇帝はこの修道女から、カッシアが本堂で修道院誘拐の儀式に参加していることを知ったと思われる)。屋外に出た皇帝は、本堂 から儀式を終えて出てくる一行を見下ろす。その中にカッシアもいた。カッシアは、見下ろしている人物が皇帝だと気づくが、そ のまま修道院の生活練に戻り、自室で皇帝が書き加えた写本を見つける。そうして読み上げる。ここで皇帝が何を書いたかがわか るわけですが、ここだけは内容が知りたかったところです。カッシアは、思わず返歌を記載しょうとするが、老修道女に止めら れ、 何事か教えを授けられる。老修道女が去った後、机に向かったカッシアは、写本をつづり続けるのだった。 〜τέλος 〜 撮影技術や内装、セット、衣装、大げさな演技など、テクニカルな部分については現在の基準からみると、安っぽく稚拙に見える のですが、見終わってみるとメリハリのある、余韻の残るいい作品だったように思えます。 個人的な印象ですが、イタリア・ソードサンダル映画は、トルコの歴史活劇アクションに影響を与えているように思える部分があ るのですが、本作も、その同様な映像文化圏に属しているような印象を受けました。トルコはドイツへの集団的な出稼ぎが多く、 ドイツ文化の影響を受けているのかも、と思っていましたが、活劇アクションや歴史ドラマを見ていると、ドイツというよりイタ リアという印象があります。チュニジアで見た(恐らくは)エジプトの活劇史劇映画もそんな感じを受けましたし、地中海沿岸の 英仏植民地以外では、イタリア映像文化の影響がわりとあるのかも、という印象があるので、このあたりの映画文化史の影響関係 を詳しく知りたいところです。 カッシアが作曲した聖歌については、21世紀に入ってから、現代楽器で再現したドイツ人(オーストリア人もいるかも知れな い)ヴォカ・メ (VocaMe)という声楽演奏ユニットによるCD 「Kassia」が出ているそうです(公式サイトはこちら)。 JPAmazonの題名は、「Vocame-Hymnes 」となっていますが、ジャケット映像の二枚目やレビューを見ると、このCDが「Kassia」であることがわかります。リーダーのミカエル・ポップは ドイツ人でザルツブルグの音楽院出身とのことです。その他のメンバー4人は全員女性で、 Sigrid Hausen(メゾ・ソプラノ)、Sarah M.Newman(スプラノ)、Petra Noskaiová(メゾポプラノ)、Gerlinde Sämann(ソプラノ) という担当のようです。このグループは、同じく中世のヒルデガルドやクリスティーヌ・ド・ピザンが作曲したCDも出しているそ うです。現代楽器によるアレンジがあるものと思われますが、原型も感じられるのではないかと思います。なおCDはネットに アップされています(海賊版かも知れないため、リンクは貼りません)。ちょっと聞いた限りでは、ブルガリアのピリン地方の民 謡にも似ているところがあるような印象も受けました。 カッシアが登場する映像作品としては、『Viking〜海の覇者たち〜』のシーズン5があるようです。第5シーズン 4,5,6話に登場しているそうです(シー ズン5の配役表はこちら)。Karima McAdamsというギリシア系の女優さんが演じています。シチリアにいる修道女、という設定なので、名前だけ 借りてきた別の架空の人かも知れません。 □参考サイト サイト「語り得の世界」の記事「カッ シア〜グッドール「音楽の進化史」から」 サイト「フェ ブラリーのホームページ 」の記事「グ レゴリオ聖歌 / 古楽の愉しみ 1」 最後の方にVocaMe「カッシア」の記事があります。 映画紹介サイト「Κασσιανή」 imdb の映画紹介はこちら |