原題『Margrete den første(マルグレート一世)』、2021年
デンマーク、スウェーデン、ノルウェー、アイスランド、チェコ、ポーランド合作。製作国を見ればわかるとおり、ドイツ悪役です(「北の女王」は英題)。日
本未公開(2024年末時点) 日本の高校教科書にも登場する偉大な女王。法律的には摂政として統治していて即位はしていないわけですが、当時も後世も現在 も、誰もが国王だと見なし、ノルウェー、スウェーデン、デンマークの三国を統合し、その後130年近く続いたデンマーク主導の三 国連合カルマル同盟体制を築いた非凡な政治家マ ルグレーテ一世(在1375-1412年)の晩年近くに起こった一事件を描い た作品です。 舞台は1402年、カルマル同盟成立後5年後。マルグレーテは同盟政策を更に拡張すべく、マルグレーテの姉の孫である国王エ リック7世(在1396-1439年、当時20歳)の妃として、イングランド王女フィ リッパ(当時8歳)を迎えることとなった。華やか(と言っても中世の後期の、しかもヨーロッパの田舎のことなので、 それなりの)な王女一行使節歓迎パーティーの裏で進められる、同盟解体の陰謀。女王はこの陰謀を打ち砕けるのか!!乞うご期 待!!! てな感じの小品ですが、こじんまりとうまくまとめていて見ごたえある良作に仕上がっています。以下はそのマルグレーテ。左端は後 ろ姿。髪留めが特徴的なので画面ショットをとってみました。 北欧の視聴者にはほぼ自明のことなのであまり背景説明がないのですが、当時の政治情勢が頭に入ってないと陰謀の構図がわかり にくいかも知れません。王家が迎え入れようとしている王女のイングランドは、当時フランスを相手にして後世百年戦争と呼ばれるこ ととなる 長期戦争の丁度50年目のまっさなか、これが成立すればフランスの北方に巨大な連合が登場してしまい大国フランスと敵対することになってしまう。カルマル 同盟側としては、英仏百年戦争に巻き込まれ ない形で、都合のよい関係をイングランドと結びたい、というのが本音(ぶっちゃけ王女の持参金が欲しい(とはっきり言ってる台詞 があったかどうかは記憶にありませんが、、、))。しかもそのフランスと同盟的立ち位置にいたのが、当時のルクセンブルク公でフ ランス語が標準語のフランス文化圏の伯爵家。しかしこの伯爵家は最近(1400年)までローマ王(称号はローマ王だが事実上のド イツ王)に就いていて、更に少し前(1387年まで)は神聖ローマ皇帝に就いていた経緯があり、その神聖ローマ皇帝の封臣なの が、北欧の南東部で勢力を拡張しつつあった、ドイツ騎士団なのであった! もしかしたらルクセンブルク伯はフランスの家臣のまま神聖ローマ皇帝に就いたということなのかな。後のブルゴーニュ公カール五世 と同じパターンだったのかも。 というわけで、イングランド王女とデンマーク国王の婚姻は、一歩間違うと北中部ヨーロッパを二分する(カルマル同盟+イングラン ド)VS(フランス+神聖ローマ皇帝+ハンガリー王+ドイツ騎士団)という大対立大戦争に発展しかねない要素を孕んだものだった のでした。 というような背景を踏まえてみると、今回の婚約の背後でさまざまな陰謀が画策されるのもわかろうというもの。そもそもデンマーク 主導のカルマル同盟に不満な連合国ありーの、二大陣営の対立に巻き込まれたくない勢力ありーの、北欧に足場を築きたい周辺勢力た くさんありーの(イングランド、フランス、ドイツ騎士団等々)、一つ間違えばデンマークは同盟内外周囲全ての国から狙われる 立ち位置にあるわけで、決して同盟主導国としての地位が安泰ではなかった、まだ同盟が結ばれて5年しか経っていない、女王の手腕 ひとつで維持されているような、そんな未来も見通しがたい未熟な段階の同盟が、本作の舞台というわけなのでした。その点を踏まえ た上で見ると本作の展開が理解しやすいのではないかと思います。なお、製作国にポーランドが入っていますが、国王エリックはポ メラニア公の身分のままデンマーク王となったためで、そのポメラニア地方の東半分が現ポーランドに属しているからだと思われます (本作 ではポーランドは出てこなかったと思いますが)。 このような一見盤石でありながらその実不安定な体制の中、この同盟を揺さぶるべく投下された爆弾が、死んだ筈のマルグレーテ (以下マルゲ)の 息子で前国王のオーラフの生還、という事件なのでした。↓右画像がオーラフ、その左がマルグレーテ、その左が司 教ペーダー、その左マルゲに間諜をさせられる不運な侍女アストリド、左端が並んで立つペーダーとマルゲ。本作ではあ からさまには言及されてませんが、どうみても昔愛人関係にあったようにしか見えない二人。 左からマルゲの忠実な家臣アシュレ、その右に立つマフラー男が国王エリック、その右がイングランド王女一行を率いるイングラン ド使節ウィ リアム・バウチャー、その右はデンマーク貴族イェンス・ドュー、 右端はスウェーデン大使ヨハン・スパーレ。あと主要人物としてアシュレと行動をともにする海賊の頭目が登場してましたが略。 下段左から、イングランド王 女フィリパ、中央玉座のエリックとマルグレーテ、右端マルグレーテ。近年の作品なので、あらすじは省略して いくつか映画のイメージが伝わりそうな画面ショットを紹介して終わりたいと思います。 雨模様の日はこんな感じ。 このカルマル城の屋上のすみっこが女王のひきこもり場所となっていて、揉め事(=人間関係(=政治関係))に疲れるとバルコニー の角にひきこもる女王なのであった(↓右の木の幹の下に女王の顔がちょこんと見えてます)。 他に登場した城は下のプロイセンのドイツ騎士団の城。
カルマル城の広間。手前でひざまずいているのがオーラフ、奥の玉座に座っているのがエリック、その横で立っているのがマルグ レーテ、右側少し離れて司教ペーダー。両側で座っているのが家臣たち。オーラフは15年前に戦死した筈なことから当然偽物と疑わ れ、王廷での審議に付されることになる。 審議中のマルグレーテとオーラフ。果たして彼は本物のマルグレーテの息子なのか、それとも偽物なのか、、、、、 腹心の部下と密談中のマルゲ。中央がアシュレで右側が海賊の頭目。彼らのつかんできた情報で果たして陰謀は打ち砕けるのか!?と いう場面。 『ロ イヤル・アフェア 愛と欲望の王宮』 みたいな(少なくとも日本人にとってはマルグレーテ1世と比べればよほど)マ イナー時代と人物を扱った映画が日本で劇場公開されるくらいなのだから、日本で公開されてもおかしくないと思うのですが、歴史上 ではメジャーとはいえ世間一般的にはマイナーな本作が日本でペイする見込みはなさそうですし、最近の円安からすると、買い付けす ら難しいような気がしますが、個人的にはぜひ日本でも配信公開くらいは実現して欲しいものです。なお、一応マグルレーテが登場す る日本で既に公開済の映画はあるため、マルグレーテの再現映像を見たい方は『パ イレーツ・オブ・バルト』を見れば目にすることができます。 個人的にもっとも印象に残った場面の一つが↓の場面。屋上バスコニーのすみっこでは耐えきれない程の苦悩に陥った女王が、雨の 中、ひと気ない海岸めがけて愛馬を疾駆し想いを海にむけて解き放つ場面 Wikipedia の映画紹介 imdb の映画紹介 |