2017/Oct/14 created
古代南インド/スリランカ映画『パッティニ(貞節の妻)』(2016年)

 2016年スリランンカ製作、古代南インド文学(通常サンガム文学と言われる)の『シラッパディハーラ ム』の映画化です。

 『シラッパディハーラム』は、古代タミル語文学の五つの大叙事詩のひとつとのことです。五つの叙事詩とは以下のものです。

『シラッパディハーラム』(ジャイナ教)、『マニメーハライ』(仏教)、『チンターマニ』(ジャイナ教)、『クンダラケー シー』(仏教/一部のみ現存)、『ワライヤーパディ』(ジャイナ教/現存せず)

 『シラッパディハーラム』は、日本語訳で約300頁あり、三部構成です。本映画は、第一部と二部の映画化です。本作は、ス リランカの製作でインド・アーリア語系のシンハラ語の作品とのことです。シンハラ語で、ドラヴィダ系言語のタミル語の古代文 学の映画化をしているのは、スリランカにおいて一時期内戦にあったタミル語系住民とシンハラ語系住民の民族融和が込められて いるのかも知れませんが、詳細は不明です。

 作品は、古代のドラヴィダ語圏を舞台としており、スリランカは登場しないのですが、スリランカ王ガ ジャバーフ(在173-195年頃/諸説あり)が、チェーラ王の儀式に登場しています。本作も、冒頭でガジャ バーフ王とその軍勢が登場しており、スリランカとインド半島の間の海峡の砂州ア ダムスブリッジ(沖縄オーハ島のは ての浜のようなところらしい)を渡ってチェーラ王国に向かう(と思われる)場面がでています。海が割れる場面 は、映画『十戒』のような感じも若干あります。しかしスリランカ関連が登場するのはここだけで、ロケはスリランカでやってい るようですが、物語としては南インドで展開します。




 なお、このガジャバーフ王の場面含め、本作は、現代に蘇った女神が語る物語とし て語られます。冒頭は現代で、酔っ払い二人が人気無い寺院で雨宿りしようとしているうちに、些細なことで口論とな り、荷物の中身をぶちまけたところ、荷物の中にたまたまあったアンクレット(足首に着ける飾輪)が、近くにあった女 神神像にあ たってしまいます。すると、女神が実体化して、アンクレットにまつわる古代の伝説を物語る、という展開でガジャパーフの場面 となり、その後、本編『シラッパディハーラム』の映画化部分に入ります。

 『シラッパディハーラム』は、現在の研究では5-8世紀頃に成立したとされており、古代碑文や西方ギリシア文献に も登場する諸王国や町の名前が登場していることから、古代南インド史の史実を反映したものであると考えられているそ うです。更に研究者によっては、作品の成立は5世紀頃だとしても、叙事詩の内容は、もっと以前の、紀元2世紀頃や、 前3-2世紀に遡らせる研究者もいるようです。一応映画の紹介では5世紀の話としているようです。

 『シラッパディハーラム』は以下の三部から構成されています。

 第一部 『プハール・カーンダム』、第二部 『マドゥライ・カーンダム』、第三部 『ワンジ・カーンダム』
 プハールは、古 代チョーラ王国(日本語Wikipediaには後期チョーラ朝しか記載がないので英語版にリンク)の 都、マドゥライは古 代パーンディヤ王国の都、ワンジは植物のようで(調査中)、第三部はチェー ラ王国を舞台としています。この三つは、マウリヤ朝前後から12-14世紀頃まで長期に存在した南イン ドの王朝で、最盛期にはこの三国が南インドを三分割する勢力を持っていたそうです。『シラッパディハーラム』は、丁 度この三王朝に南インドが分割されていた時代を舞台としています。本映画は、第三部は省略されていて、第一部と二部 の映画化となっています。『シラッパディハーラム』は、インド史再現ドラマ『インドの発見』でも第15、16話でド ラマ化されています(紹介はこちら)。


 登場人物。左端が主役カンナギの夫コーラワン。その右が主人公妻カンナギ、その右がコーラワンの愛妾マーダヴィ、 その右がチョーラ王。



 下は、上の人物と同じ人物ですが、印象がだいぶ異なるので載せてみました。左端 はカンナギの夫コーラワン、その右が主人公カンナギ(怒っているところ)、その右がコーラワンの愛妾マーダヴィ(上 のよこしまそうな顔つきと違い、下のマーダヴィは切なそう)、その右がマーダヴィの侍女ワサンティマラ、右端が チョーラ王。



 下左はコーラワンとマーダヴィの娘マニメーハライ、右がパーンディヤ王。マニ メーハライは、少し時代が遅れて成立した続編的仏教叙事詩『マニメーハライ』の主人公となる。



〜あらすじ〜

筋は簡単です。チョーラ朝のプハールの豪商コーラワンは、愛妻カンナギと仲良く暮らしていた。コーラワンは、ある日 王宮の宴会に召され、踊り子のマーダヴィに見初められ、カンナギを捨ててマーダヴィの家でマーダヴィと暮らすことに なる(マーダヴィは、当時の実態からすると高級娼婦だが、映画ではそういう風には描かれておらず、踊り子として描か れている)。数年後、些細なことでマーダヴィと別れたコーラワンは妻のもとに戻るが、マーダヴィのお腹には子供がで きていた。一方コーラワンは、マーダヴィとの贅沢な生活で財産を蕩尽しており、カンナギと二人で人生をやり直すべく パーンディヤ王国の都マドゥライに赴く。コーラワンは、妻カンナギのアンクレットを売却しに金細工師を訪れるが、王 妃のアンクレットを盗んだ犯人に仕立て上げられ処刑されてしまう(王妃のアンクレット窃盗の真犯人は金細工師)。夫 が処刑されたことを知った カンナギは国王夫妻のもとに出向いて、アンクレットは自分のもので、王妃のアンクレットではないことを証明する。王妃はショック死 し、国王は金細工師を捕らえせさせるが、カンナギの怒りは収まらず、その怒りは雷をもってマドゥライの町を滅ぼすの だった。

〜内容紹介〜

 以下は王宮の宴会場面。左は楽師たち。右は集まった家臣たち。王宮の概観は登場しなかったが、内装は、1980年 代以前のテレビの歌謡番組のスタジオのようにチープに見える。スリランカの人口や経済力からすると頑張って作ってい るのだから、あまりこういうことは書きたくはないが、実際にそんな感じなので仕方がない。しかし、この映画は後半、 簡素な神殿をうまく使うなど(原作では王宮の場面)、後半に見るべき映像がある。マドゥライの町のセットも、実際に ありそうな感じでリアル。前半のプハールの王宮の場面も、後半のような映像にすればよかったのではないかと思う次 第。衣装も古代インドというより、中世以降の装束という感じ。



 見事な踊りを披露したマーダヴィは、国王からネックレスを貰い、それを集まった 家臣達に競売に出す。もっとも高額を支払った家臣に首飾りと自分を売る、という意味である。コーラワンは特に興味は 無さそうだったが、他の家臣達にせっつかれて思わず金袋を出してしまうが、どうもマーダヴィは、最初からコーラワン に目をつけていたようである。下左は、周囲から祝福されるコーラワンとマーダヴィ。下右は、王宮の広間で踊っている マーダヴィ。奥が玉座。



 下左が玉座。下右はマーダヴィの家のバルコニーでのコーラワンとマーダヴィ。王 宮もマーダヴィの家も青で統一されている。全体的に1940年ハリウッド製作の『バグダッドの盗賊』を連想させられ るようなセット。




 なし崩しにマーダヴィの愛人となってしまった感じのコーラワンだが、王宮の兵士 を使って家財道具と財産をカンナギの住む家から、運び出す場面が出てくるので、コーラワン、酷い奴である。戻らない コーラワンを待っていたカンナギは、家財を運び出す兵士から、夫が出ていってしまったことを知る。カンナギは町に夫 を探しに出るが、森の中でブランコベッドで抱擁する二人(以下左)を見てカンナギは失神してしまう。



 マーダヴィは仏教徒で、家の中の壁には上右のようなブッダと思わしき顔が壁一面 に描かれている。前衛芸術風。マーダヴィは、コーラワンと一緒に暮らし始めてからも、家に客を招いて、家の広間で踊 りを披露するなどして稼ぐ。しかしそれがコーラワンには気に入らないらしく、二人は口論することが多くなり、結局 コーラワンは、二人を結びつける元となった首飾りを置いてマーダヴィの元を去るのだった。

 雨の中、よれよれのコーラワンは自宅に戻りカンナギに介抱され、夫妻は家を売り 払って隣国パーンディヤ王国のマドライに向かう。下左、原野をゆく夫妻(中央に小さく夫妻の姿が見えている)。下右 はマーダヴィの家。ブランコに座っているのがマーダヴィ。右側が娘のマニメーハライ。この、部屋の中のブランコは、 前回紹介した、『バージラーオとマスターニ』でも出ていま したが、インドではポピュラーなのでしょうか(検索してみると、日本の家でも室内にブランコがある家が結構あるよう でびっくりですが・・・)。



 道中、マーダヴィと出くわす二人。二人は無視していこうとするが、マーダヴィの 侍女が、マーダヴィのお腹に子供をがいることを示す。驚くカンナギとコーラワン。しかし結局コーラワンはカンナギと ともに、マーダヴィを捨てて去るのであった。下左は、マドゥライ近郊に住み着いたカンナギ夫妻の家。プハールの家と 異なり、みすぼらしいで小さい家。コーラワンがカンナギのアンクレットを売りにマドゥライの町に出向くところ。こ れっきり コーラワンは戻らないのだった。下右は、当時の大都市マドゥライ市街。現代であればその辺の村的に描かれていて、結 構リアルな感じがしました。前半のプハールもこんな感じの映像にすればよかったのに。




 コーラワンとマーダヴィの娘マニメーハライはもう15歳くらいになっている(マニメーハラではなく、マニメーカラ ときこえるが、邦訳書籍に従いマニメーハライとする)。マーダヴィは仏教に帰依し仏僧を呼んで話をきいたりしてい る。このあたりでミュージカル場面が挿入される(カンナギとコーラワンの踊り)。東南アジアの踊りと音楽という感 じ。

 マニメーハライが川で水浴びしていると、男がやってくる。侍女がとめてくれるが、男は構わずマニメーハライのとこ ろにやってくる。マニメーハライの衣服をはぎ落とそうとしたので、マニメーハライが跳ね除けると、男は川に落ちて激 流に飲まれてしまう。どうやらそのまま死亡してしまったようである。国王のところでマーダヴィが心配して娘を待って いると、夜、マニメーハライが手錠をされて兵士におくられてくる。過失致死らしい。マーダヴィは財産を寄付して出家 し、マニメーハライも出家する。

 一方、コーラワンは、マドゥライの町にアンクレットを売りに来る。アンクレットを見せにいった店の主人は悪人らし い。店の主人は王 妃のアンクレットと同じ形なので大喜び。コーラワンの家では、娘が牛の首に下げている鈴が落ちたのを不吉な前兆だとカンナギ と侍女に伝えている。カンナギはマドゥライへと旅をする。

 パーンディヤ国王がどこかの山で儀礼をしている。商人が、盗まれた王妃のアンクレットが見つかったと報告に来る。 コーラワ ンもどこかの山の神殿でお参りをしている(下左)。そのコーラワンのところに兵士が来る。コーラワンは抵抗し、王の 兵士を二人を叩きのめすが背後から刺殺されてしまう。そこに王と王妃がやってきて、王妃はアンクレットを検分。そこ にカンナ ギがアンクレットをもってやってくる。カンナギは、王妃のアンクレットと自分のアンクレットには、入っているものが違う、と主張し、カンナギ はアンクレットを地面に叩き付ける。王妃のアンクレットも叩き付ける。王妃のアンクレットには真珠が、カンナギのア ンクレットには宝石が入っていた。 王妃は気絶してしまう。激怒するカンナギ。凄い迫力だ。神殿が火を噴き、町も燃える(町の炎上場面はほとんどイメー ジカット)。




 炎上後の町にマニメーハライがやってきて事情をきいている。町の住民はカンナギの怒りで町が炎上したことを知っているよう である。カンナギはコーラワンの遺体を船に乗せ(上右)、どこかに去ってゆく。その後カンナギは出家したようで、マニメーハ ライは山中で修業しているカンナギに会いに行くのだった。


〜終わり〜

『シラッパディハーラム』では、激怒したカンナギが左の乳房をもぎ取る、という描写があるのですが、流石にその場面はありま せんでした。マニメーハライが殺人事件を起こしてしまう場面は、どこかで読んだような気賀がするのですが、『シラッパディ ハーラム』にあった記憶がありません。この邦訳本は、索引がないのが残念です。

IMDB の映画紹介はこちら

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