イスラム歴史ドラマ「ウマル」第二十四話から第二十八話 カーディシーヤの戦 い


 第二代正統カリフ・ウマルの半生を描く2012年サウジアラビ ア製大河ドラマ。全30話のうち第24話から第28話。一話45分。youtubeのMBCアカウントに英語字幕版全30話(こ ちら)が公開されています。23話でローマ帝国を破ったイスラム軍は、以降ペルシア帝国に主力を送り、27 話後半から28話前半でペルシア帝国と激突する。28話後半でササン朝の都クテシフォンが征服される。カーディシーヤの 戦いを描いた作品は他にもあるが、この作品独自の部分として、エスタフルの市街が登場している点にある。サーサーン朝時 代のイラン高原の都市の再現映像を見るのは本作が初めて。


 第二十四話

 負傷しているアブー・スフヤーンに息子ヤズィード(初代シリア総督でムアーウィアの兄)が声をかけている。ムアーウィアはこの ドラマには登場しないのが少し残念。ヤズィードも殆ど登場しない。Suhail ibn Amrもヤルムークの戦いに従軍しており、息子ジャンダルが虫の息だった(しかし一命は取りとめる)。

 さて、ホムスにて皇帝ヘラクレイオスは敗戦を聞かされる。コンスタンティニーヤへ退却を決め、有名なセリフ「さらばシリアよ、 もう見ることはないだろう」と口にする(下左)。それにしても、このヘラクレイオス皇帝はアラブ側に比べるとイマイチな容貌とさ れていて、髪型(右下)も鉄腕アトムなヘンな形。。。。(古代末から中世のモザイクに、このように見えなくもない髪形が登場して いるので、実は史実に忠実な復元なのかも知れませんが)。



 ウマルは、メディナ市街を見回っていて、不正があれば直ちに正したとされている人物だが、ここではそうしたエピソードが描かれ ている。市場で、1ディルハムあたり小さい秤で二つで販売していたのを見つけ、「高すぎる、貧乏人や未亡人に公正であれ。独占し てはいけない」と商人に指摘し、小さい秤 4杯分を1ディルハムにさせる。「人びとも不正に黙っていてはいけない」と宣告する。そこにヤルムークの戦勝報告が届く。

  ウマルは、シリアをアブー・ウバイダに任せ、ハーリドを解任する。更迭理由をあげて述べる。

1.彼(ハーリド)は余人をもってかえがたい人だと人びとはいう。しかしムハンマドは死んでもイスラムは拡大している。
2.彼は知事は独立するものと考えているが、カリフの下僕に過ぎない。
3.行政官と戦闘指揮官の能力は違う。彼は行政官、管理者向きではない。戦争を避けることも司令官には必要だ。

 このように、組織論的観点から正論が述べられる。ハーリド自身も、それなりに解任を納得しているものとして、いささかきれいご と過ぎるような描かれぶり。サウジアラビアのドラマだから、額面通りの意図で作られたセリフだと思うのですが、これをBBCが 作ったとすると、最初の理由はかなり深読みできてしまうセリフ。ハーリドも、ウマルより長生きしていたら、叛乱を起こした可能性 はありそうにも思えます。ウマルが暗殺したのかも知れないし、普通に挫折して隠棲して健康悪化で死去というだけの話かも知れませ んし、このあたりは色々と想像させられる話です。

 ローマ帝国正規軍はシリアから撤退したものの、ダマスカスでは攻囲戦が続いていた。司令官アブー・ウバイダの元にガッサーン族 が参加したいとやってくる。ムスリムは祖先と言語が同じ(セム系言語)だからで、宗教はキリスト教だが、ビザンツは敵だからと。 ウバイダは、ザカート(喜捨)よりジズヤ(人頭税)と地租の方が安い。ザカートと地租を払えば宗教は保護される、と説得する。破 顔とはいわないまでも微妙な表情で 受け入れるガッサーン族。

 一方メディナ市では、牛乳を水で薄めて販売していた商人に、中年女性のシーラが、それは禁止されている、と抗議する。ウマルが 通りがかり、彼女を市場監督官にする、と宣言する。

 ササン朝ペルシア帝国の都クテシフォン(右画像)。中央左よりに見えている白い宮殿が白亜宮。この宮殿の近影が左下となるので すが、色が違っています。左下の画像は、現在イラクの首都バグダッド郊外に残るキスラーのアーチと言われる遺跡と似ています。し かし史書に残る記載では白亜宮とされています。どうやら、本ドラマでは、上の方が白塗りで、下の方が茶色なのかも知れませんが、 もしかしたら、別々の建築物(という設定)なのかも知れません。



 ロスタム将軍が民衆の歓呼で迎えられる。ホスロー二世の娘ボーラーンが姉妹の女王アーザルミードゥクト一味を壊滅させるよう、 ロスタムを ホラサーンから招く。女王になりたいというわけじゃないのよ。ペルシアを救いたいの。と主張するボーラーン(左下)。すると、ロ スタム将軍(ボーラーンの右)は、「既に取り除きました、殺人者シアーワッシュともども」と答える。


 上右画像は、魑魅魍魎たる家臣団。利権の維持に汲々としていて国を滅ぼす亡国の謀臣 として描かれている。ロスタムは、「王国を再統一しないとアラブに支配されてしまう。しかし王族の男子は既に全部殺され てしまった。かくなる上は王女様が10年間即 位し、アラブの脅威を取り除き、安定を取り戻すのです」と述べ、ボーラーンは、ロスタムを宰相兼最高司令官に任命し、Al-Fairuzanは(上右中央 の人物)は司令官代理に任命される。不満そうなFairuzan。左下はボーランの後姿。どことなく帽子が現カザフやウ イグル族の女性の帽子風。右下はロスタムの執務室。なんとなくですが、王宮の玉座の間のセットを使いまわしているのでは ないかという印象が残りました。


 ロスタムは、ヒーラの軍勢が減っている今がチャンス、軍を二手にわけ、一つはJabanにヒーラに向かわせ、もう一つは Nersiに指揮させ、両河(ティグリスとユーフラテス)の間を進ませる。全軍は送らない。クーデターが怖い、とつぶやく。以下はそのペルシア軍。



 しかしアル・ナマリークでの会戦は2分くらいで終わり、ボーラーンに、Jabanの軍はAl- Namariqで敗れたとの報告が来る。Narsiの軍隊は、Kaskaと,Al-Saqqariyyahで敗北した。Nersiの援軍のJalinus も破られた。この1月間で4度も敗北した。とロスタムに苦言を呈するボーラーン(下左はクテシフォンの城門を入ったところと、白 亜宮殿)。




 ボーラーンに問われたロスタム将軍は、副司令官Fairuzanは、ロスタムを中傷し妬んでいる。と答えるが、ボーラーンは、 彼が公然と叛乱すれば、国はアラブに破られてし まう。無視し続けることもできない、戦勝は権力を不動にする、と返すのだった。


第二十五話

 (冒頭で、ペルシア戦線の司令官がアブー・ウバイドとの字幕が出るがという字幕が出るが、恐らくこれは間違いか、或いは別のア ブー・ウバイダという人物がいたのかも知れない)。そのアブー・ウバイダ将軍は、川を挟んで対陣するペルシア軍と自軍と、どちら が河を渡るか、相談となる。 イスラム軍は弱いと思われるのが嫌でペルシア軍側の岸に渡り始める。そうして、渡っている途中で攻撃を始めるサーサーン軍なのであった。なんて潔い卑怯ぶ り。

 ペルシア軍には戦象も参加していて、一頭だけ白象がいる。



 下はペルシア軍。司令官はバフマン将軍。



 下はペルシア軍将校の軍装。右端から左に向かって階級が上がっているような印象があ る。 基本的に同じ帽子を使いまわしているようだが、若干違いも見られ工夫が感じられる。見た目皮製に見えるが、発掘されてい る遺物は金属製なので、もしかしたら金属の兜の上に皮の覆いがあったのかも知れない。サーサーン朝の軍装ははっきりわ かっていないところも多いので、ドラマや映画でどのような復元を試みるのかを見るのも、この時代のドラマを見る楽しみの 一つ。
 左端は最後のペルシア皇帝ヤズダギルド(この後登場する)。王冠の上のネジのつまみのような飾りが変。



 この戦いではペルシア軍が勝利する。6000人を殺した、と王宮に報告が来る。これは”橋の戦い”とされている。ファイルザン は、追撃せずに都に戻ってきたバフマン将軍に向かって、何故逃げたのだと追求する。弁護するロスタムに向かっては、一体誰がクー デターなど起こすとお思いなのか?私か? と詰め寄る。


 ボーラーンは、ホスローの子孫の生き残りを見つけた それはシャフヤールの息子、シラウェイの弟である、と発表する。

これらの間に、だらだらと続くダママスカス攻城戦の様子が時々差し挟まれる。

 この回終盤、ファールス州の古都イスタフル(ペルセポリスの2km北に遺跡が残る)の映像が登場!市場で女性(カーリハ (Calamity)を口説く若者ヤズダギルド。女の手下がヤズダギルドをぼこぼこ にしようとしたところで、王宮の使者がやってきて、国王ヤズダギルド様!と敬礼する。



 イスタフルの遺跡といっても、ササン朝以前の遺構で残っているのは土台だけなので、 建築物の映像は他の遺跡や現在の田舎に残る古い家屋などを参考にしたのだと思われます。町並み映像はワンカットだけで、 はっきりいってしょぼいのですが、それでも、ササン朝時代のイラン高原の街並みを再現して映像に登場させただけでも快 挙。イエメンのシバームのようではないところが、違和感なく見れます。

 ヤズダギルドはクテシフォンに迎えられる。以下は入城式の様子。長尺のホルンが印象的。こうした長いホルンは、映画「緑の火」のパルティア時代末期のケルマーンの場面でも登場し ていたので、根拠があるのかも知れません。




 歓迎の旗がイラン国旗色。。。。


 玉座。高級毛皮とクッションを敷き詰めたソファに見えます。




 ある日郊外を見回っていたウマルは、泣く赤子を放置している女性に、赤子を何故ほうっておくのかと尋ねる。女性は、質問してい る男がウマルだとは知らずに、腹をすかしている からだ。こうなっているのもウマルの取り決めによるものだ、ウマルは私たちのことなど気づいていない、と言う。ショックを受けたウマルは、町の食料貯蔵庫 から食料を自ら一 袋担ぎ、郊外のその女のテントまでもってゆき、雑炊を作るのを手伝う。そうして女性から、アミール・ムウミニーン(カリフの別称)よりもあんたはよいこと をした、と いわれるのだった。



第二十六話

 深夜に袋運びが終わり、とある民家の前で休憩したウマルは、そこの家の母親が、娘に隠れて牛乳に水を入れることを指示し、娘が ウマルが見ていなくても神が見ている、と拒絶するのを漏れ聞く。溜息をつくウマル。

 翌日ウマルは、その娘が結婚していないことを聞き、息子のAsimを紹介しにゆく。さらには農地と水を巡る諍いの仲裁をする。 水を流してやることは両者に特になるのだから、反論は許さぬ、と封じる独裁的なウマル。続いて逃亡奴隷が、他の家の雌駱駝を食べ てし まったを一件を巡る争い。他家の家畜を勝手に食べてはいけないという法令があるらしい。通常400ディルハムを800ディルハムで弁済させ、一方奴隷の餓 えをなくすよう命じる。

 その後民衆を集め、判決が正しければそれは神が正しいからで、ウマルが正しいわけでは無い。判決が不正であれば、それはウマ ルの判断ミスである。スンナ(神の掟)に従えと。

 世に争いの種は尽きることがない。訴訟の処理が大変なので、Abu Al Hassan(アリー)に分担するよう相談するウマル(どうでもいいことだが、16分地点で登場した老人は、ドラマ「クライシュの鷹」に登場した従者のサ リムの役者さんだ)。

 その頃、クテシフォンでは、イスタフルでヤズダギルドにナンパされた女性がマダーイン(都の意味。クテシフォンと同義)に入城 していた。このドラマでは、こうした他では登場していないエピソードが出てくる一方、ヤズダギルドが、イスラムの使者に砂を持た せて追い返すエピソードが無かったりしています。

 更にその頃、ダマスクス市内では、包囲されているにも関わらず宴日が開催され、城門の兵士にも振舞い酒がなされる。その夜ハー リドは強引に城壁を越えて密かに進入し、数名で東門の護衛兵を切り倒す。この報告が宴会中の宮廷の届くと、動揺した総督は、その まま城門を出てウバイダの軍営に赴き、「城門が破られる前に開城したのだ」、と主張し、陥落(逮捕)ではなく、降伏(自主)扱い となるよう、ほのめかすのだった。



 上左は、ダマスカス市内に弾丸を撃ち込む攻城兵器。上右は、ダマスカス大聖堂に入り、その巨大さに圧倒されるアブー・ウバイダ らイスラム側の人びと。


第二十七話

 ウマルが町を歩いていると今度は離婚の苦情に遭遇。世に争い毎は収まらず、段々イライラしてくるウマル。ある日、メディーナの 人口増大で、大きなモスクを再建する必要を感じたウマルたちが建設議論をしているさい中に、不満の仲裁依頼をしてきた男を、今忙 しいの がわからんか!と追い返してしまう。直後にウマルは反省し、この杖で私を叩くように、と杖を男に渡すのだった。

 紀元637年8月、ペルシア本国への侵攻を開始したイスラム軍は、ヒーラ近郊カーディシーヤの地でペルシア軍との一大決戦に臨 む。ペルシア軍総司令官は、もう後が無いロスタム将軍自ら出陣。

 映像ではペルシア軍に13頭の象が映っている。二組が一騎打ちした後、全面戦闘。




 イスラム軍総司令官サアドは、ペルシア象部隊にタミーム族の騎兵を差し向ける。
戦闘二日目、クアッカーの1000名の援軍が到着する。下左はロスタム将軍の帷幕。




 カーディシーヤの砦の上から戦況を見守るサアド司令官。クアッカーとBahman Jathaweihとの一騎打ち。バフマン将軍が倒されると、今度は二人出てくるが、クアッカーの敵では無いのだった。





第二十八話

 カーディシーヤの戦い三日目。イスラム側に更に援軍到着。白象は血まみれになって斃される。白い肌に流れ落ちる血が痛々しい。 13分頃、ササン軍総崩れ。退却をはじめる。ロスタム将軍は兜を脱いで帷幕の中に消える。Al Fairuzanも討ち死に。Al Hurmuzanは逃亡する。Al Hurmuzanは最終回の最後に登場し、物語の最後を締めくくる重要なセリフを口にすることになる。

 クテシフォンにイスラム軍が迫り、ヤズダギルドは逃亡する。この装束は、今迄見たサーサーン朝映画・ドラマの中では、遺物から 判明している、末期サーサーン朝の王の、錦でできた着衣にもっとも近いように見えます。



 クティフォンに入城した、玉座の間に入るイスラム軍。壮麗で豪奢な宮殿を眺め回す。



 クテシフォンでの略奪物資がメディーナに輸送されてくる。アブー・バクルのメディナ逃亡を援けた男(Suraqah ibn Malik/第十話)がホスローの服を着たところ。サーサーン朝に興味のあるわたしとしては、これはちょっと抵抗がある場面だけ ど、衣装がじっくりと見れて嬉しい場面でもある。ワンフレームに収まらなかったので、3つの画面ショットをつなげて全身像を作成 してみました。こうしてみると、文様はペルシア風ですが、衣服の形は、中国の北朝〜唐代の絵画に残る胡服に似ています。絹の衣装 が王侯貴族の着衣として定着し、更にペルシア・中央アジア・中国共通のモードとして胡服が広まっていたことが印象づけられる映像 となってるように思えます。





  この回の後半は、ディーワーン(官庁)の誕生が描かれる。それまでは、村の総会議・長老会議で運営していたイスラム共同体だが、共同体の拡大・戦没者・戦 勝による略奪品の分配問題などをきっかけとして官庁が整備されてゆく。

 ウマルは、女性と男性は同じ権利と義務を有すると説く。そうして、戦争で不在の夫を嘆く妻の祈りを聞いたウマルは、シリアとペ ルシアを手中に収めて得た富を分配する時だ、と長老会議に諮る。アブー・バクルは教徒全員で共有することを提案したが、ウマル は、ムハンマドの為に戦っ た人々と、ムハンマドに敵対した人びとやメッカ陥落後に改宗した人びとには差を儲けるべきだと主張する(この時点ではエルサレムはまだ 陥落していない)。更に、役人を用いて記録をつけて人びとの財産に応じて記録をつけて管理すべき、という提案が出る。国の国庫か らの支出も管理する。こう して国庫を管理する役所が作られ、4ヶ月以上夫が不在の女性に支援金が配られることになった。以下の画像では、手前にウマルやアリーなど、長老達の会議が 開かれているが、奥では机を並べた役人達が仕事をしている様子がわかる。




 征服地の扱いが議論となる。ウマルは、シリアとイラクは分割せず、従来型の租税を納めることで従来の所有者の土地所有を安堵 し、支配を 固める方針を提案する。



 ウマルはある夜、商人と集会を持とうとし郊外に赴くが、以前(26話)食料を支援した母親がまた出会い、またも子供が泣き続けるので、ウマルが 注意すると、母親は、子供を乳離れさせようとしているが、うまくいかない。子供は6ヶ月だ、と答える。なぜそんなに早く 乳離れさせるのだ、とウ マルが尋ねると 母親は、ウマルが乳離れした子供しか食料の支給許可しないからだ、という。ウマルは、女性に、考えを変えた。子供に乳を やってよい、と伝える。同じことを翌日民衆の前でも宣言する。末端にまで目がなかなか届かないという独裁政権(現サウジ アラビア政府)の統治の言訳をテレビで民衆に伝えようとしているようにも思えるし、単純にウマルが素朴な合議制度での統 治の限界を認識してゆく場面であるとも取れる場面が続く。

 アムル・アル・アースから、4ヶ月間エルサレムを包囲中との手紙が来る。講和条件は、ウマルが自分自身でエルサレムにきて行な うこと。ウマルはエルサレムに赴く。

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