今回は、前回ご紹介した映画「聖アウグス
ティヌス」の舞台のひとつだった古代カルタゴの映画の話です。カルタゴ関連の歴史本を参照しても、古代カルタゴの視
覚的な風俗がいまひとつわからず、わたしにとって長年の疑問のひとつとなっています。古代墳墓の壁画や古代の住宅や教会跡に残さ
れているモザイクはローマ時代以降となるようで、映画に描かれたローマ支配以前のカルタゴの風俗について、史実性の判断は簡単で
はなさそうなのですが、いくつか作品を見ていて気がついたことがあります。カルタゴの風俗は、フェニキアの植民市として建設され
たことからか、非常にオリエントな雰囲気で描かれていること、更に、20世紀の作品は、19世紀フランスの作家フロベールの「サ
ランボー」の影響や、オリエントVS欧米という対立軸からか、いささか過剰にオリエンタルな風俗で描かれているようです。 【サランボー】
最初は、1960年イタリア・フランス製作「サランボー」。第一次ポエニ戦争後の時代を描いています。Movie Walkerの映画紹介にあらすじの記載があります。ここではあらす じは省略し、映画に登場している風俗を紹介します。 下左はカルタゴ遠景。アラブの都市のようなイメージです。下右はカルタゴ王、祭司など幹部。オリエントな雰囲気満載です。 下左はカルタゴ元老院。こちらは古代ローマに近い感じ。一方の巫女サランボーは下右画像の左側の人物。オリエントとい うよりも、19世紀のアフリカ奥地な感じが濃厚です。右側は、サランボーと恋愛に陥る傭兵隊長マトー。古代エジプトな装 束。髭のないのもメソポタミアよりエジプトという感じ。 サランボーの髪飾りはとにかくインパクトがあります。サランボーの原作の記述を確認
したいと思っているのですが、今回時間がなくて確認しきなかったのが残念。下黒服の人物が宰相格の陰謀家ナル・ハバス。
侍女達の装束も19世紀アフリカな感じ。右下はサランボーの部屋と寝台。
カルタゴの守護神バ
アル・ハモン。猫(豹かも知れない)を片手に抱いているのがトレードマーク。約1.5mくらい。
この像は、旧約聖書の「エステル記」を映画化した「ペルシア大王」に登場していた、
悪宰相ヘルマンが崇拝していた像とまったく同じに見えます。「ペルシア大王」は、1960年米国・イタリア共同製作なの
で、この像は同じものが流用された可能性がありそうです。映画「ペルシア大王」は、一応舞台がアケメネス朝の都スーサ
(現イラン南西部)なので、宰相が崇拝しているこの像が何者なのかわからなかったのですが、「サランボー」を見て漸く判
明しました。
古代のスーサでバアル・ハモン神が崇拝されていたかどうかは証拠が無さそうですが、 映画「ペルシア大王」では、ユダヤ・キリスト教と対立する宗教ということで、古代フェニキアの神バアル由来のバアル・ハ モン神の像をユダヤ教徒を弾圧する宰相が崇拝する神にした、ということなのかも知れません。更にいえば、発掘されている バア ル・ハモン神の遺物は猫を抱いてはおらず、中世キリスト教徒側が、生贄にする子供を抱いた悪神として、古代シリア・パレ スチナで崇拝されていたモ レク神を表象し、やがてモレク神とバアル・ハモン神を同一視するようになり、結果として時代が下ると 『モ レク神=子供 を抱いた悪神=バアル・ハモン神』 ということになり、映画「ペルシア大王」のスーサのモレク神に映画「サランボー」の カルタゴのバアル・ハモン神と同じものを登場させる、という理屈になったものと思われます。更に付け加えれば、カルタゴ 遺跡で発掘された古代の遺物に、『子供を抱いた神官』の石碑が発掘されているものの、子供を抱いているのはあくまで 「神官」であって、バアル・ハモン神では無いのですが、映画に登場するバアル・ハモン神の表象形成に寄与した可能性がありそうです。 もうひとつややこしいことに、モレク神とバアル・ハモン神を混同したのは、後世のキリスト教徒側であって、古代カルタ ゴにおいては、モレク神はメルカルト神(「都市の王」を意味する。モレク=メルカ)として、バアル・ハモン神とは別の存 在とされていたとのこと。更に、カルタゴ史によく登場する名前のハミルカル(アミルカル)は、ギリシア・ローマ史料での 発音で、フェニキア・ポエニ語ではアブド・メルカルト(メルカルト(神)の僕」という意味とのことです(「興亡の世界史 10 通商国家カルタゴ」p150)。イスラム期にアラブ名でよく登場するAbdがカルタゴでも使われていたという点は 非常に納得のいく話に思えます。 ところで、映画「サランボー」では、こういういかがわしげな神だけをヒロインが崇拝していわけではなく、サランボー は、バアル・ハモン神の妻であるタニト神の巫女という設定になっています。映画では、タニト神は以下の 画像のように、ギリシア・ローマ風の女神像となっています。タニト神は、古代メ ソポタミアのイシュタル神が起源であるものの、カルタゴではイシュタル神由来のアシュタルテとは別に、イシュタルから分化したタニト神がバアル・ハモン神 の妻として崇拝されていたとのこと。 女神タニトは、以下の記号で表象されていることが多く、この記号を刻み込んだ碑文が多数発掘されているそうです。 他の周辺部族の王や将軍の装備も相当奇抜。岡本太郎が関わったかのよう。 あまりでて来なかったけどカルタゴ政庁の建築物。後出するハンニバルの映画「ガー
ディアン」に登場しているカルタゴの建築物と比べれば、「サランボー」の建築物がいかにオリエント的な特徴を備えている
かが見て取れます。
【カルタゴ】
続いて「サランボー」と同年に製作された1960年イタリア製作「カルタゴ」。第三次ポエニ戦争の時代を描いています。こちらも Movie Walkerの映画紹介にあらすじの記載があります。映画冒
頭では、「サランボー」と同様カルタゴ政庁での会議の場面から始まります。「サランボー」では、元老院議員は古代ローマ
に近いあっさりした衣装でしたが、本作では、元老院議員はオリエント風の装束。右下は元老院議長。議長というより王に見
える(カルタゴの政治最高職は、任期制である「スーフェース職」というらしい)。
右側が元老院議員だと思われ、オリエント風の装束。左側が民会だと思われ、豹の皮を
身にまとっている人物やオリエント風の装束に混じって、ローマ風に近い装束の軍人らしき人物も多数登場している(そうい
う人物は髭が無いところもローマ風)。ざっくりいって「サランボー」と比べると大分おとなしい感じ。
こちらは書記。議会の議事を記録している。古代エジプト風。 バアル・ハモン神。10m以上ある巨大ロボ(に見える神像)。 カルタゴの商船。下右は、港の入り口を封鎖するための鎖。左右のクレーンが上下して鎖の上げ下げを行なう仕組みとなっ ている。 こちらはカルタゴの軍船。 ヒロインの元老院議長の娘。白い漆喰の壁と深い丸窓が特徴。更に、一方の壁が開放されているサランボーの部屋と比べる と、密閉された構造が特徴的。 カルタゴ市街。映画『サランボー」では登場しなかった市街地や商店街などが登場している。 左下は海辺に面した宮殿。ヒロインもここに住んでいる。右下は市街。水道橋のような
ものが見えている。
左はローマ軍に攻められ炎上するカルタゴ市街。右は通常時の市街。 カルタゴの傭兵。豹皮の鎧が特徴的。 炎上するカルタゴを、船で脱出した主人公達が眺めるラスト。
【ガーディアン-ハンニバル戦記】
2006年英国BBC製作。舞台の殆どがスペイン・イタリアなのでカルタ
ゴはあまり登場しないのですが、数カットだけカルタゴ映像が登場します。まずわかるのは、建築物がまったく古代ギリシ
ア・ローマ風になっていること。右下は元老院議会。
以下左は元老院議員。映画「カルタゴ」と比べ、奇抜度合いは格段に低下していますが、それでも基本はオリエント風。右 はハンニバル家。やはりギリシア・ローマっぽい。 建築物に続いて、過去の作品と比べて際立った特徴は、カルタゴ側の登場人物全員に髭がある点。「サランボー」 「カルタゴ」ともに主役の男性は髭が無かったのと比べると、本作で髭が無いのはローマ人だけ。もっとも、ハンニ バル(下右)とその兄弟達の髭は短い。下左はハンニバルの弟マ ゴの妻。若干オリエントな感じがしなくもない、という程度。 前回紹介した「聖アウグスティヌス」(2010年)に登場していたアウグスティヌスがカルタゴで娶った妻は以下のような特徴的 な装束。古代ローマとは違う感じですが、それでも「サランボー」に比べるとかなり控えめな感じ。 カルタゴ関連映画は、1960年に「ハンニバル」、1957年に「カルタゴの女奴隷」、モノクロ 「カビリアの夜」が製作され ています。1956年製作の「カルタゴの女奴隷」は、主人公の出身地がカルタゴというだけで、現トルコの地中海沿岸の都市タルス ス(パウロの出身地)が舞台のキリスト教徒迫害もの。一方1960年に「サランボー」「カルタゴ」「カルタゴの大逆襲」が、 1959年に「ハンニバル」が製作されていて、1960年前後に集中してカルタゴ関連作品が最作されているのは、1956年に チュニジアが独立したことと関係がありそうです。 「サランボー」のIMDbの映画紹介はこちら 「カルタゴ」のIMDbの映 画紹介はこちら 「ガーディアン-ハンニバル 戦記」のIMDbの映画紹介はこちら 「ハンニバル」のIMDbの 映画紹介はこちら 「カルタゴの大逆襲」の IMDbの映画紹介はこちら 「カルタゴの女奴隷」の IMDb映画紹介はこちら 古代ローマ歴史映画一覧表はこちら |