アケメネス朝映画「ペルシア大王」/古代ユダヤ映画「エステル」

  2本のエステル記を下敷きとした作品をご紹介します。聖書のエステル記は、アケメネス朝ペル シアが舞台との説がありますが、そのエステル記を題材にとった本作「ペルシア大王(原題「Esther and King」)」は、まったくといっていいほど原型を留めていません。。これを見ても、アケメネス朝のかけらもないのですが、作品冒頭で、明確に「2500 年前のペルシア。アジアとエチオピアを征服し、127州を支配するシー ルス(キュロスの現代英語発音)王」と紹介されていているので、一応アケメネス朝の作品に分類することができます。しかし、シー ルス王は、どうみて も容貌、軍装ともに古代ローマ共和政時代の軍団指揮官にしか見えず、これを見た歴史初心者が、「2500年前のペルシアって、古 代ローマと同 じなんだ。ひょとしたら、古代ローマに直接に繋がる国は古代ペルシアなのかな」、などと思ってしまうかも知れないような作品で す。

 本作は、一応Goo映画紹介であらすじが記載されています。英語版DVDは2010年に再販されており、中古は6.38ドル、更にアマゾンのネット視聴でも2.99ドルで 見ることができます。ネットにもあがっています(字幕なし)が、アマゾンのネット視聴版に字幕が出せるのであれば、3ドルしかか かりませんので、そちらが 有用かと思います。3月に公開された、ヒュパティア映画「アレキサンドリア」のアマゾン・ネット版が視聴3.99ドル、購入が 9.99ドル(ダウンロード できるのかしら?)で出ているので、そのうち試してみたいと思います。
 英語版dvdも出ており、日本語あらすじがネットにあるのですが、Goo映画紹介はちょっと簡単すぎて、また少し筋が違う部分 もあるので、あらすじを紹介したいと思います。1960年米国 イタリア共同製作。なお、2本目の紹介作品「エステル」は、映画「エレミヤ」と 同じ製作会社のシリーズで、こちらは、かなり忠実な「エステル記」の映像化です。「エレミヤ」と比べるとセットはいまいちで、他 のエステル作品と比べると相当聖書に 忠実なあまり、「エレミヤ」に登場したバビロンやネブカドネザル王と比べると、「エステル」に登場するスーサやアハシュエロス王 の宮廷について、史実性の 高い再現はいまいちですが、それでも間違いなく、現時点ではもっとも歴史映画に近いエステル作品としてお奨めです。英語版DVDが6.25ドルから出ています。日本語版は、「エレミヤ」同様、過去 にVHSが販売されていましたが、今では絶版となっています(ネットに英語字幕付英語版はあがっています)。

〜「ペルシア大王」あらすじ〜

  2500年前のペルシア。インドとエチオピアを征服し、スーサの都に凱旋してきたシールス王と、多様な民族から構成される軍隊。 装備はどうみても古代ロー マとギシリアの中間。シールス王も部下のユダヤ人サイモンも、どうみてもローマの軍団司令官と指揮官にしか見えない。サイモン は、途中で家の近くを通過す ることから、スーサまで行かず、シールス王から、奪った膨大な財宝の箱から装飾品をひとつ貰い、王と握手をして分かれる。握手の 仕方はまったくローマ軍団 式(腕をつかみ合うやつ)。サイモンは村に戻り、王からもらったアクセサリーをエステルにプレゼントし、プロボーズする。エステ ルとサイモンが家で雑用を しているところ、執政官のモルデカイがやって来る。このへんはだいたい「エステル記」の通りだが、モルデカイはサイモンの叔父と なっていた。聖書ではモル デカイの叔父の娘がエステルである。

 スーサの都に凱旋した王は、王宮の広場で凱旋式を行い、「レバノン、シリア、エジプトの征服者」の 称号を持ってたたえられる。宰相ヘルマンと、執政官(コンスル)モデルカイなどが出迎える。宰相はプライムミニスター、執政官は コンスル(古代ローマ共和 政のコンスルだと思われる)と呼ばれている。そのスーサの都城の概観が下記。まあ、一部はペルセポリスの復元図に似ている箇所も 無くは無いかも。


  帰国した武人王にとっては宮廷の退廃は我慢がならず、王妃ワシテに注意するが、態度も改めない傲慢なワシテを罰する。宰相と執政 官と次の作戦について構想 を練る。マケドニアの王は「アレクサンダー」となっている(マケドニアの最初のアレクサンドロス王は、アレクサンドロス1世 (紀元前498年 - 紀元前454年。キュロスの在位は前550-530年))。マケドニアの脅威に対して、ギリシア沿岸都市に攻撃をかけることなどが検討される。この時、王 と宰相たちは、「ローマ式宴会」をとっている。つまり、寝椅子に横になって食べながら打ち合わせをしている。祖広間ではダンスな どが行われているが、そこ になんと、王妃ワシテが入ってきてベリーダンスを踊る。更に王の前でブラもとってしまうワシテ(1960年当時の普通の映画だか ら後ろ姿だけ)。去れ、と 激怒する王。いったん去った後、戻ってきて、王の前で、床に向かってつばを吐きかけるワシテ。凄い女である。その場で手打ちにな らないのが不思議である。

  王妃ワシテ解任(?)により、新女王を選抜することになるが、その方法と法律を巡って、宮廷で宰相とモルデカイが対立する。宰相 はワシテの暗殺を部下に命 令する。部下は寝ているワシテにクッションを押し当てて暗殺。その一方で目障りなモルデカイ追放の陰謀文書をギリシア語で書く宰 相。マケドニアとの密通容 疑をかける陰謀である。
 
 王国全土で女狩りが開始される。農村、町、漁場で兵隊に無理やり連れて行かれる若い女たち。サイモンとエステ ルが結婚式を行っているまさにその時に女狩りが来る。連れさらわれるエステル。抵抗したサイモンは反逆者として兵士に追われ、畑 に隠れる。いくつかの選抜 を経て最終的10人が選抜に残り、王の直接謁見となる最終戦を迎える。

 その前夜、部下の兵隊と王宮内のレスリング場でレスリングを楽し む王。(部下が遠慮しているのかも知れないが)次々と部下を打ち破る、強い王。王はレスリングで汗を流した後、一人自室へと戻る 途中で、兵士が、候補の女 性(エステルを含む数人)を宮殿内で襲う(ものにしようとする)のに遭遇、数名の兵士を簡単に治してしまう国王。以下は、廊下か ら、階下へ兵士を投げ落と す王。

  この時、王とエステルは一瞬目が合う。双方とも身分を知らない通りすがりに過ぎないが、両者、印象が残るようなまなざしを見せ る。で、他の候補が「あの人 かっこいいわねぇ」などエステルに話しかけるが、そんなことどうでいいでしょ、とばかりに足早に去る時にエステルが開ける扉が、 本作唯一、アケメネス朝に 結びつくセットが登場する。

  候補の中に自分の愛人をうまく入れる宰相(宰相は独身かもしれないが、いかにも「愛人」という風情)。「お前はいずれ王妃だ」と たきつける。その最終候補 者10名は、王の面接に出る礼儀を練習しているが、エステルは練習も服装もいい加減である。侍従が、「お前はなんて服装の選択 だ!王妃になりたくないと見 える」と言い、服を代えさせる。宰相の恋人がその服を望んだが却下される。侍従はエステルを買っているのだった。黄金のケープを エステルに渡す侍従。一方 宰相は、暗殺要員の部下に、「殺すのは黄金のケープの女性」と記憶させる。ところが、宰相の恋人が、謁見(面接)にでる時、エス テルのケープをはいで持っ て行ってしまう。そして廊下で暗殺者にエステルと間違われ、殺されてしまう。エステルは白い簡易な服装のまま、王の面前で、あえ て礼儀にそむくようにお辞 儀は浅く、挙動は速くとり、さっさと退場しようとするが王に呼び止められてしまう。エステルも王も昨夜会ったことに気づく。王は エステルを王妃に選ぶ。

  台詞が無いので、この時の演技を見ての印象ですが、この時のエステルは、王に惹かれたのではないかと思います。それ位、王は逞し く、カッコいい男性なので した。強さと女性に対する礼儀とハンサムなことは、昨夜助けられた時にわかっているし、そんな男が最高権力者で独身であれば、ま あ、婚約者がいても、ぐ らっときてしまうのも無理はないかも。

 一方、隠れているサイモンに会い、死んでしまう出頭する方がいいだろうと、説得するモルデカイ。そのサイモンが隠れている神殿 は、ローマ近郊のオスティア遺跡。。。。。。。。 しかも、「遺跡」のままで撮影しているのだった。。。。宮殿に侵入することに成功するサイモン。そこでエステルと会う、サイモン にキスされて心がゆれるエ ステル。「13日前は王を憎んでいたの。今は感情が変わって」 could be love だそうだ。「愛しちゃったかも」というニュアンスですね。サイモン哀れ。どうみても恋人を裏切っているようにしか見えないけど、まあ王と比べる とサイモンはどうみても役不足。あんまりエステルを攻める気になれないのだった。けど、なかなか納得しないサイモンを、衛兵を呼 んでを追い出してしまうの にはちょっと。。。。。さすがにこのエステルは納得いかない。逃亡するサイモン。宮殿前の四頭立て戦車を奪い、追う兵士の戦車と 競争になる。戦車競争も、 SS映画のお約束である。

 エステルの戴冠式。続いて課税についての議論が行われる。宰相やモルデカイに加わって議論に加わるエステル。 「王妃といえど、ロイヤルカウンシルに口出しできない」と厳しく言い放つ宰相。ロイヤルカウンシル(王室評議会)って。。。アケ メネス朝にそんなものがあったのだろうか。。。まあいいや。プライムミニスターがいるんだから、議会もあるのだろう。以下、こ の時のエステル。衣装は結構決まってます。

  で、問題になった議題が異教徒への課税問題。宰相の主張は、1万タレントの銀を異教の神を信じる連中に課税する」というもの(ヘ ロドトスに残る記録が年税 総額1万タレント前後なので(松平千秋訳、第3巻95節)、この値は珍しく史実性高い部分))。勿論モルデカイもユダヤ教徒なの で課税に反対である。以下 は会議の場面。予備知識無く、「どこの時代の歴史映画でしょう」と問われれば、古代ローマだと思う方は多いのではないでしょうか (ちょっと画質を落として あるのでわかりにくいかも知れませんが。。。)。

  宰相は、配下の兵士に命じて、ヘブライ寺院からわざわざ家捜しさせる。宰相配下の兵士は、自分で持ち込んだギリシア語の陰謀書類 を寺院の物入れの奥から取 り出した振りをし、ユダヤ人はギリシア人と通じている、とモルデカイを告発する。ヘブライ語版まで用意している念の入用である。 牢獄に入るモルデカイ。

 しかし。

 夜、自宅で宰相が崇拝している偶像を見ると、以下のような神である。

  一見して相当おかしな神であるが、よくよく見ると、足の組み方が弥勒菩薩みたいでもある。こんな誰が見てもいかにも怪しげな神を 神だと考える民族がいるだ ろうか(いるかも知れない。ただし、いくら何でも信教の自由があるとはいえ、首相がこんな神を信じてたりしたら国民には理解され ないだろう)。

 一方。サイモンはゲリラ部隊を編成しており、討伐軍を率いる王の軍隊と、オスティア遺跡で騎馬戦となる。この場面の遺跡は、間 違いなく以下のサイトの写真のオスティアのこの遺跡。
http://s20.photobucket.com/albums/b227/hopesfrenzy/Ostia/?action=view¤t=OstiaAntica274.jpg

 宰相は、王がサイモン討伐に出ている隙に、王座に座ってしまう。王宮にも手兵を入れている。これはもはや、モルデカイの追い落 としではなく、クーデターである。

  オスティア遺跡では、王とサイモンも戦いになるが、モルデカイから陰謀の全容を聞いていたサイモンは、それを王に告げる。聡明な 王は理解し、サイモンと和 解。逆にサイモン率いるユダヤ軍とともに王宮へ進撃する。王宮に着いたサイモンは、危機一髪でモルデカイを救うが、サイモンは刺 されてしまう。宰相が逃げ ようとしてドアをあけると国王軍が到着。瀕死のサイモンを介抱するエステル。エステルに抱かれて死につくサモン。うーむ。都合よ く用済みになった三角関係 の恋人は処分か。

 ラスト。村に帰ってユダヤ教会で(恐らく)サイモンの葬儀を行って教会から出てきたエステルに、軍楽の音が聞こえてく る。思わず丘に登って眺めると、進軍する巨大な軍隊を目にする(映画は何も語っていないが、新たな遠征から戻った王の軍隊だと推 測される)。映画の冒頭で 登場する軍隊と違うのは、財宝の代わりに負傷した兵を運んでいる兵士が目立つところである。この場面だけが唯一この映画で意義が ありそうな場面といえそ う。とってつけたような場面だけど。エステルを見つけて、戦車を降りる王。丘をかけおりるエステル。ひしと抱き合い、王の戦車に エステルが乗ったところで 幕。


 というわけで、1960年の公開時、これを劇場で見たユダヤ教徒の方は、途中で席を立ってしまった人もいるのではないで しょうか?これのどこがエステルだ?と思った方々も多かったのではないでしょうか。まあでも最後はシンボルであるダビデの星もで かでかと映されたし、最後 まで席を立たずに見た方には、よかったのかも?
 ところで、宰相jは、ヘルマンと発音されていたが、一般的な訳語は「ハマン」である。恐らくハマ ンを英語読みするとヘルマンとなるのかも知れませんが、ヘルマンというと、私は「ヘルマン・ゲーリング」を思い出してしまうんで すよね。ハマンとゲーリン グが同じ名前なのは偶然の一致だと思いますが、ユダヤ教徒の方々には、ハマンがヘルマンと発音されるのは丁度良かったのではない でしょうか。

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関連情報:古代イラン世界の映画一覧

 〜映画「エステル」紹介〜


 上記「ペルシア大王(原題 Ester and the King)」や、「One Night with the King」 (邦題「プリンセス・オブ・ペルシャ エステル勇戦記」) と比べると、本作が一番まともなエステル映画です。「エステル記」に登場するペルシア王が、史料に残るペルシア王の名ではなく、 「アハシュエロス王」とい う名で登場していて、「エレミヤ記」に比べ、「エステル記」そのものの史実性に議論があります。そういうわけで、映画「エレミ ヤ」同様、かなりリアルな セットと衣装が登場しているとはいえ、史実性の確認できる「エレミヤ記」の映画化である「エレミヤ」と比べると映画「エステル」 の史実性もいまいちです。 この点、「歴史映画」としては「エステル」を分類するには個人的に抵抗感があるので、紹介も短めです。スーサの宮殿セットも、スーサ遺跡の 宮殿の外形が不明なのでどうしようも無いとはいえ、「エレミヤ」で登場したバビロンやエルサレムのセットと比べるといまいちで す。スーサは大規模な都だっ た筈ですが、「エレミヤ」のエルサレムやバビロンよりも狭く感じるのが残念です。その分宮殿の内装と衣装は見ごたえがあります。

 2点目は、VHSのパッケージの「エステル」の顔が、日本語版英語版も いまいちな点。英語版VHSはなんとなくインディアンの娘という感じ。日本語版VHSでは少し表情が険しく、実際の映画で見る主 人公の年齢より年嵩な感 じ。主人公がエステルなのだから、主人公の容貌も売れ行きに影響する筈。もうちょっとましなポートレイトを用意できなかったので しょうか。ということで、 以下に画像を張りました。あまり画質は良くないので、この写真でもわかりにくいかも知れませんが。。。

 ネットに掲載されている「エステル」は画質が悪く、正直見るに耐えません。せっかくの豪華な宮殿の内装や衣装が誤解されそうで 気になります。英語版だけでもDVDが 出ているのはうれしい限りですが(パッケージ写真も変わっていますがDVDの写真もイマイチ)、是非、日本語版も復活して欲しい ものです。あと、他の作品 と違い、ユダヤ人間で呼ぶ時は、エステルというペルシア語名ではなく、ハダサ、というヘブライ語名を使っているのもリアルな印象 を受けます。

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