近世スペイン歴史映画「エスコリアルの陰謀(フェリペ二世時代)」

 2008年スペイン製作。「エスコリアル」とは、16世紀フェリペ二世時代に修道院として建設 が始まり、その後庭園、散歩道、遊覧池、教会などが増築されて複合使節となり、王と役人も執務室を構え、事実上王宮として機能し ていた大修道院。当時の都マドリッドの北46kmにある。

 1578年3月31日、雨の夜、マドリッドで一人の男が暗殺者達に刺殺される場面から始まります。何の前知識も無く、ポスター だけの印象しか無く、冒頭の次の場面でエボーリ姫(アナ・デ・メンドーサ(1540-1592年))とフェリペ二世の宰相で、エーボ リ姫の情夫アントニオ・ペレス(1540-1611年)との、ポスターの 3名のうち2名のいきなりの情事場面に、この二人がクレジットの1,2番目であることから、彼らが主役のどろどろの愛憎劇主体の 陰謀かと思ってしまい、見るのをやめようかと思いました。

  フェリペ二世以外の登場人物を誰も知らず、そもそもフェリペ二世時代の政治情勢など殆ど知らないので、実在の登場人物や陰謀の背 景となりそうな当時の政情 を調べながら視聴したこともあり、2時間の作品ですが、見終わるのに6時間もかかってしまいました。色々調べてわかったことは、 冒頭の場面で誰が暗殺され たのか、映像は暗くてよくわからないのですが、恐らくスペイン人なら、”1578年3月31日の暗殺”ということだけで、暗殺さ れたのが誰で、その真相は 16世紀の謎の一つであるという、背景がわかるのだと思います。

 暗殺されたのは ファン・デ・エスコベロ(1530-1578年)、元は宰相アントニオ・ペレスの 仲間で、彼の指示で、独立運動さなかのフランドル(現オランダ・ベルギー)に総督として派遣されている王弟 ドン・ファン・デ・オーストリア(1547-1578 年)の秘書官としてスパイに送り込まれた男。暗殺の黒幕は、エスコベロを送り込んだ当の宰相アントニオ・ペレス。そして冒頭に「本作は史実に基づいたフィ クションです」とわざわ ざテロップが出たりするので、これは暗殺や陰謀の真相を描いてみせたシリアス系ドラマなのかと思い、俄然面白そうになってきて先を見続けました。

  少なくとも2/3くらいまでは、リアル史劇風陰謀サスペンスものという展開でしたが、最後の1/3は、作品のジャンルが変わって しまったかのようなアクション活 劇となってしまい、色々詰め込みすぎで作品としてのまとまりがいまひとつな感じがしました。終ってみれば題名通りの映画という感 じ。「XXの陰謀」という タイトルにありがちな内容。と思えば、割りと面白かったかも。「ホワイトハウスの陰謀」というものものしい題名には、なんとなく しょぼさが予想できてしま うものがありますが、そんな予感で見れば、その通りであり、意外に面白い作品だと思います。最後に現在のエスコリアル宮殿の空撮 映像が入るので、スペイン 政府観光局が協力しているのかどうか知りませんが、エスコリアル観光推進宣伝映画という気配も感じました。

 サスペンス風でもあり、陰謀の謎もあるので、一応ネタバレなしで、筋の2/3くらいまでをご紹介したいと思います。本作は 2008年の作品なので、あと3年も 経てば、日本でdvdが出 る可能性はほぼ無くなるだろうし、興味のある人は英語版・スペイン語版等で見てしまうと思いますので、3年後にネタバレ含む全筋 を追加する予定。この記事 は、現時点では映画の宣伝です。

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 教会での国王出席のミサの最中、宰相アントニオ・ペレス(下左)とエーボリ姫37歳(下右)はミサを抜け出し、奥の部屋で情事 をはじめる。その前後で、「スペインはフェリペ二世の圧政下にあり、国王の懸念のひとつがフランドルは独立運動だった」とナレー ションが入る。

続 いて王と家臣団達が庭を散策。右がフェリペ二世。一応あごの長そうな俳優が、あごが長く見えるように演じている。左は王と家臣 団。皆様々な服装。アルバ公 が、王弟(フランドル総督ドン・ファン・デ・オーストリアのこと)は時間を無駄に消費していると苦情。同意する国王。宰相アント ニオ・ペレス(以下ペレ ス)は総督を代えるべきだと提案。議論の最中にハプニングが起こる。

王 が飼っている三犬の獰猛な犬が連れてこられるが、一匹が飼育番人の手から離れ、王に向かって飛びかかってくる。アルバ公はすかさず 剣を抜いて犬の首を撥ねる が、宰相ペレスは、「無用な殺生だ」と、残りの犬に肉を投げつけなだめるのだった。いかにも武官と文官の特徴が出ている場面だが、これが後々の展開で意味 のある場面だったことがわかる。

 この映画の難点のひとつは、あまり主要ストーリーに関係のない人物の場面が多いという点。しかしこの点は、映画としては冗長で も、フェリペ時代の風物を見せるという点では、意図した演出だったものと思う。下左はフェリペ二世の4度目の王妃アナ(1549-80 年)。右はアントニオ・ペレスの正妻Doña Juana de Coello。夫の浮気は公然の秘密となっていて、王妃はドナを慰めるが、ドナは、まだ夫を愛しているといい置いて苦悩の表情で教会を去るのだった。この 後も、この人達の私邸や衣装、馬車が登場し、物珍しく、参考になり有意義だった。

 下左マ、ドリッド駐在ヴェネツィア大使。右は僧侶で国王秘書官のマテーロ・バスケス。色々な登場人物が出てきて、誰がどう陰謀 に絡むのか、伏線増えまくり中。顔を覚える為に画面ショットを多数取るのが大変。

  一方、フランドルの港オーステンデでは、王弟ドン・ファンがエスコベロを見送っている。当時フランドル地方は独立運動が激しさを 増し、対処に追われるフラ ンドル総督府は、現状と今後の作戦の説明の為、総督秘書官エスコベロをスペインに送ることにするのだった。右端が王弟。その左が エスコベロ。

 エスコリアルに到着したエスコベロは、早速国王に状況説明と必要物資を申請する。下上画像が国王謁見の間の入り口。衛兵の衣装 が 見所。こんな感じだったのでしょうか。そのうち出典史料を調べてみたいと思います。下の下画像奥に座っているのがフェリペ二世。

  国王に面会したエスコベロはまず金を無心する。王は、ヨーロッパじゅうの銀行から借りていて金は無い。金以外では?と返す。エスコベロはマスケット銃を要 望。更にエスコベロは、王弟の計画を告げる。イングランドに十字軍を率いて侵攻し、エリザベスに囚われの身となっているメア リー・スチュアート(元スコッ トランド女王。カトリック)を奪還し、エリザベスをローマへ引きずってゆく。更にメアリーとフェリペ二世の結婚を提案する。
 フェリペは、金も銃も出さず、戻ってその大いなる野心を(勝手に)実行するが良かろう。と現実的な話としては扱わないのだっ た。

  以下の上画像はフェリペ二世の執務室。左側の人物は宰相ペレス。下画像は、サウナの場面。古代ローマ->イスラーム時代を通じ て残ってきたサウナかも知 れない。列柱などがそんな印象を与える。16世紀西欧のサウナの映像は珍しいのではないだろうか。手前の二人は秘書官マテーロと その友人の武官エスピオーサがサウナでくつろいでいたところ、こそ泥が忍び込み置き引きを図るが、あっさり捕まる。それはムーア 人(イスラム教徒)の若い女性(ダミアーナ)だっ た。二人はダミアーナをエスコベロの侍女に雇うことにするのだった。

 さて、宮廷では仮面舞踏会が開催されるが、前座として、泥を全身に塗った黒人達の踊りが披露される。下中央がフェリペ二世。上 右端がエーボリ姫。

  この時、観衆の一人の中年僧侶が「愛らしい」とつぶやき、横で聞いてた中年尼僧が「私が言ったのは無垢という意味よ」と返すと、 僧侶が「そうだ、無垢 だ。。。」とつぶやく場面がある。これは後に、この僧侶が、踊り子の黒人少年の一人を犯し、サディスティックな行為に及ぶに至っ て殺害される事件に発展す るのだが、これは何の伏線にもなっていないのだった。当時黒人に対するこのような習慣が蔓延していたということなのかも知れな い。

 下上 画像は、仮面舞踏会の楽団。結構少ない。5人だけ。下の下画像は、宮廷の宴会に紛れ込んできて、ぶどう酒を失敬し、庭の片隅で 酔っ払っている一般市民のお じいさん。こういう酔っぱらいを取り締まるのも、エスピオーサの仕事のひとつなのだった。こういうエピソードは割りと好き(これも何の複線でもない)。

  さて、エスピオーサはダミアーナを侍女に仕立て上げてエスコベロ家に侍女として送り込むことに成功するが、いつの間にかエスピオーザとダミアーナは恋に落 ちてしまっていた。武骨な中年男と、社会の下層で生きてきてレディとして扱ってもらった経験の無い若い女性の間に花開いた騎士道 愛というところ。

 これは二人で郊外の湖にピクニックに行った所。幸せいっぱいなふたり。どうしてこんな場面が挿入されるのだろうと疑問に思って いたが、これは伏線なのだった。しかも、ドラマ後半のジャンルを変えてしまう程の伏線となるのだった。

 この辺りで半分くらいまで来ていて、陰謀は少しも進展していない様子だったが、突然進み始める。
  ペレスと対立するエスコベロが、ペレスの執務室に侵入して文書を漁る。しかし奥の部屋ではペレスとエーボリ姫が情事の最中。そっ と確認するだけでよかった のに、エスコベロは机の上のインク便を倒して文書を探っていた証拠を残してしまったことから、エスコベロは二人が情事している寝 室に入り現場を押さえる為 に侵入したと装おうとする。ところが、二人は、こんなのは公然の秘密と開き直る。エスコベロが出ていった後、ペレスは机の上の文 書に広まるインクを見て、 文書を盗み見られたことに気づいて確認すると、重要な文書が持ちだされていることが判明するのだった。

 翌日ペレスはエスコベロの元に文 書を返すよう、交渉に赴くが、エスコベロはこれみよがしに机に鍵を掛けて書類をしまってしまう。こうして、ペレスは強攻策に出る ことを決意するのだった。 彼はまず、エーボリ姫から毒薬を入手し、それをエスコベロ家の中年の侍女に渡す。その侍女が食事に毒を入れ、その毒入りスープを エスコベロに配膳したの が、新入りダミアーナ。毒を飲ませることには成功したが、エスコベロは一命をとりとめ、ダミアーナが犯人とされ、捉えられて公開 絞首刑となってしまう。明 るい笑顔のダミアーナが、一部は地肌が見えるくらい髪の毛を切られ、牢獄で泣きながらエスピオーザと最後の別れをし、更に公開処 刑場でも、絞首刑台にあが り、見物人の中にエスピオーザを見つけて涙ぐむ場面は、「ここを盛り上げる為にピクニックの場面を入れたのね」と思う程度のご都 合主義的演出とはいえ、ダ ミアーナ、可哀想でした。あんまり可哀想で画面ショットが取れない程。


 毒殺に失敗したペレスは、今度は町のムーア人の秘密クラブにゆき、無頼漢を数名雇い入れる。これがその秘密クラブ。ベリーダン ス(中央右上の女性)が踊られ、乱交状態(中央裸で立つ女性)、左下、裸でセックス中の男女。

 公的にはイスラム教徒は追放されていることになっているので、イベリア半島に残ったムスリム(ムーア人)は、こういう地下産業 に従事することになったんでしょうね。ありそうな話です。このあたりも史実を確認してみたいと思います。

 そうして、雇われた連中が、1578年3月31日雨の夜、エスコベロを襲撃し、暗殺に成功するのだった。

 このあたりで2/3。ここまでは、一部怪しい場面もあったものの、基本的には陰湿な陰謀のし掛け合いの果てに、エスコベロの 暗殺の真相はこうだった!みたいな終わり方をする、真面目系裏面史作品といえる展開&映像でした。が、ここから急激に、前回ご紹 介した「赤い鷲」のようなス パイ・アクション活劇に変わってゆきます。

 暗殺現場に残された証拠のクロスボウを工房に持ち込んで暗殺犯の捜査を開始するエスピオーザ。
 深夜エスコベロの家に文書を取り戻しに侵入する賊。家人とその妻が文書を隠し、更に家人が囮となり町中を逃げまわり殺される。
 捜査を推進する秘書官マテーロやエスピオーザの元にも刺客が!
 その文書には一体何が書かれているのか?

  と盛り上がります。前半どうでもいい(回収されない)伏線を張っておいて、後半、回収して欲しい伏線が殆ど回収されずに終ってし まい、アクションメインの 展開になってしまったのは少しガッカリですが、最後は文書はマテーロの手に渡り、国王の目にするところとなって、陰謀は打ち砕かれて終わります。

 あとはネタバレとなるので省略。以下、目についた小道具等を紹介して終わりたいと思います。
 
 下上画像は秘書官マテーロの執務室。フェリペ二世の部屋より広大。その下は国王謁見待合室。周囲に絵画が掛けられ、壁面下部に はイスラム 風幾何学模様のタイルが敷き詰められている。

 下の上画像はエスコリアル宮殿の回廊で、ペレスとエーボリ姫がフェンシングをしているところ。下画像はアルバ公とエスピオーザ 達武官がフェ ンシングの練習をしているところ。アルバ公の部屋らしい。

  これらは、エスコリアル宮殿で撮影されたものではなかろうか。映画のラストに、映画のセットとしてのエスコリアルではなく、観光 客が出入りしているエスコ リアルの映像が入るので、本作に登場する様々な部屋は、エスコリアル観光推進宣伝を兼ねているのではないかとの印象があります。

 本作を見ていて気になった馬車と衣装。右はヴェネツィア大使の衣装。なんだか19世紀ロンドン紳士の衣装みたいな感じ。左馬車 は国王夫妻の馬車。バロックという感じがします。

 これは秘書官マテーロの馬車。国王の馬車とことなり、質素で、まだバロック以前な感じ。本格的にバロック時代になると、秘書官 レベルの馬車も、国王の馬車のような華麗なものになるのでしょうね。

  ペレスの輿。車輪が無く、前後の馬に取り付けられています。珍しい形の輿。下は、下町の様子。左下で、子供二人がチャンバラ遊びを しています。フェンシング というより、日本風or スターウォーズ風チャンバラ。この町のセットは、「赤い鷲」に登場したセットに似ている感じがします。ひょっとしたら同じ場所で撮影したのかも。

 ペレスとエーボリ姫。赤と緑で決めた衣装は、当時の衣装というよりも、映画の衣装デザイナーの趣味なのでは?と思ってしまう。 そうなると、他の、史実っぽく見えていた衣装も、ひょっとしてデザイナーの創作?と思えてしまうのでした。


  映画後半が、「赤い鷲」もどきの活劇となってしまったので、登場した衣装・文物全ての時代考証があやしく思えて来てしまったので した。最早全てバロックに 見えました。フランスだったら17世紀の映画に登場するような文物です。案外こんな感じだったのかも知れませんが。。。。このあ たりの史実もそのうち調べ てみたいと思っています。

 まあ、でもそこそこ面白く見れました。

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