2020/Oct/04 created
2020/Oct/27 updated

 ロシア歴史ドラマ『黄金のオルド』 ver2


2018年ロシア制作。13世紀、モンゴル帝国が東南ロシアを征服し、北西ロシアも服属させ ていた、ロシア史において「タタールのくびき」と言われていた時代の話です。第一シーズン一話52分全16話。人気がなかっ たのかシーズン2の制作はまだのようです。

2020年9-10月Gyaoで無料公開されています。基本、『オスマン帝国外伝』風ドラマに分類される内容だと思います。

このドラマの問題の一つは、宣伝ポスターにあります(↓)(アマゾンからポスターを拝借)。




本作は群像劇なので、明確な主役はいませんが、それでも主役感のある人はいるわけですが↑のポスターの人物は、どちらかとい うと脇役です。実際見始めると、↑の人物はあまり登場しませんから、ポスターの人物が主役で、彼らがなかなか登場しない前奏 の長いドラマだな〜飽きた。・・・・・・・というようにつかみが悪くなってしまっている部分があるように思えます。

基本主役級なのはウラジーミル大公国の君 主ヤロスラフですが、彼はポスターに登場していません


というわけで、ドラマに興味を持った方が、配役を把握しやすいように、主要登場人物紹介をしたいと思います。

本作は群像劇なので、明確な主役といえる人はいないのですが、それでも主役格といえるのは、以下左上二人目のヤロスラフで す。彼は実在の人物で、史上ヤ ロスラフ三世(1230-71年、ウラジーミル大公在1263-71年)をモデルとしていると考えられます。こ の時代のロシアは、キエフ大公国が諸封建国家に分裂し、キエフ大公に代わってロシア諸公国を代表するようになったのがウラ ジーミル大公です。位置的には現在のモスクワ市の近くで、領域的には後世のモスクワ大公国の中心部に相当する地域を支配して いました。モスクワ大公国はまだ成立したばかりで殆ど勢力はなく、ウラジーミル大公国は当時の東北ロシアの中核国でした。周 辺にはスーズダリ公国やノヴゴロド公国があり、ドラマの中では、ヤロスラフの兄ボリスはスーズダリ公、息子のウラジーミルは ノブゴロド大公となっていますが、この二人は架空の人物の模様です。




左上がヤロスラフの正妻ラドミル、いかにも賢婦人という立ち位置で、本人もそれを 自覚していて、自分を抑えて大公である夫を支えるよき后妃の役柄を演じようとしていますが、どこかで爆発しそうな危 うさも感じられます。下段の男性は、キ プチャク汗国(黄金のオルダ)の五代君主でチンギス汗の孫のベ ルゲ汗(1207頃-1266年、在(1256-1266年)、チンギスの長男ジョチの三男)。黄金の オルダというのは、ロシアと欧米におけるキプチャク汗国の通称です。君主の宮殿が黄金の天幕だったため、黄金のオル ダ(英語でGolden Horde)と呼ばれるようになりました。日本では、長らく南ロシア一体の展開していた遊牧部族のキプチャク族の名称にちなんでキプチャク汗国と呼ばれて きましたが、現在では当時のモンゴル側の自称に基づき、「ジョチ・ウルス」と呼ぶようになっています。

ロシア側の君主ヤロスラフとキプチャク汗国側のベルケの動向を中心にドラマが進むわけですが、ヤロスラフの登場回数 に比べると、ベルゲの登場回数は多くはなく、ベルケは群像の一人という感じです。ドラマでは、イランに建国したモン ゴル帝国の分国であるイル汗国のフレグとの戦争が迫っており、この衝突事件は1265年であることと、彼らの在位年 数からすると、本作は、1263-65年頃の話、ということになりそうです。

右上の男性は、ヤロスラフの長男ウラジーミルで、ノブゴロド大公(架空だと思われる)。惰弱な性格だが、それをそこ そこ自覚しているので(第九話の時点では)あまり踏み外さない。

左下の女性は、ベルケ汗の甥モンケ・テムルがウラジーミル大公国に出兵を要請する使節として向かった時に、貢物とし て献上されたタタール人の娘ナルギス。奔放かつ情熱的かつ自分に正直でヤロスラフと恋に落ち、宮廷のみならず伝統的 かつ抑圧的でそれに粛々と耐えて生活することが美徳のロシア社会の秩序を混乱させるという、最初から悲恋が約束され た不幸な役回り。

右上女性は、ヤロスラフの兄スズダリ公ボリスの妻ウスティーニャ。弟に大公位を取られても唯々諾々と従っている夫に 満 足できず、成り上がりを夢見る野望の女。キプチャク汗国から兵士徴発の使節としてやってきたモンケ・テムルに懸想 し、夫を捨ててモンケの側女となる。

右下の、いかにも薄倖そうな女性は、地元遊牧民の娘アイジャン。草原を愛馬で散歩している時、モンゴル兵につかま り、老年になっても子供が生まれないベルケのためにそのままベルケの宮廷に献上されてしまった不幸な女性。

左下二番目の女性はベルケの第二妃ケハル・ハトゥン(実在)。ベルケの寵愛をアイジャンに奪われることになり、アイ ジャンの謀殺をたくらむ。顔立ちもマヒデヴランの女優さんに似ています。

ざっくりいいますと、ウスティーニャとナルギスを足したのが『オスマン帝国外伝』のヒュッレム、アイジャンは『オス マ ン帝国外伝』のヒュッレムの親友マリア、ケハルは、マヒデヴランだと思えばだいたい近いのではないかと思います。

大きな違いは、ベルゲはスレイマン大帝と違って女性に対してサディストであるという欠陥があり、マリアポジションの 人はどうにも浮かばれない、という時点で視聴者は限られてしまうかも知れません。

下画像の左下がベルケの甥モ ンケ・テムル(史実では甥トクカンの息子。第六代君主/在1266-80年頃)。ウラジーミル大公国か ら4万の兵士を挑発する予定だったものを、ウスティーニャの身柄と引き換えに1万に留める。その右がモンケ・テムル の 母親のウシュ(実在)。その右はベルケの第一后妃トクタガイ(実在)。右下がノ ガイ将軍(実在)。




ノガイ将軍は、いかにも武骨で実直そうな武人で好感が持てるのですが、こういう人は宮廷闘争や策謀には向いていない ので、あまりいい末路にはならなそうな感じがするのですが、このドラマではどうなのでしょうか。モンケ・テムルはノ ガイと比べると、知性的だけど線の細いお坊ちゃんという感じ。元朝にいったら、中国文化に染まって堕落してしまいそ うな危うさも感じます。ウスティーニャという策謀家と組んでベルケの後継者の地位を目指す。『オスマン帝国外伝』で い えば、イブラヒムの立ち位置でしょうか。

左上の女性(左の金髪と右の武装兵士は同一人物)とその右のヘアバンドの男性は、一般ロシア人夫妻。夫のイワンは大 工職人で、4年前にモンゴル軍の捕虜となり、ベルケが建設したサライ(宮殿)都市で、モスク等の建築作業に従事させ られている。左上はその妻のナスチャ。弓の名手。夫が拉致された後、商人として二人の子供を育てていたが、モンケの 徴兵に男装して参加。兵士の一人としてベルケ・サライに乗り込み、イワンと再会を果たす。

右上は、ナスチャ(兵士名はニキータ)を敵視するノガイの部下の脳筋兵のトゥライ(トゥルイ)。嫌なやつ、という役 どころ。

下の画像の左上は、ヤロスラフの兄でスズダリ公のボリス。兄にウラジーミル大公の座を継承されたように、リーダーの 資質がなく、反逆して大公位を奪う覇気もないため、妻のウスティーニャに見限られ国中でも一部の人々の笑い者にされ る (同情する人もいる)。それでも(あまり)自暴自棄にならず、(今のところは)ヤロスラフのサポートに回っている。

その右はヤロスラフの竹馬の友エレメイ将軍。年甲斐もなくナルギスに入れ込んでしまうが、まったく相手にされない可 哀そうな中年の役どころ。

その右は絵師ニコルカ。この頃の正教圏の人物画にリアルさは不要で、神を見るための似姿であるのにも関わらず、リア ル人物画を描くスキルを持つ。教会所属のイコン画家として、形式重視の不自由さにストレスを感じていたため、自由に 描ける可能性を求めて徴兵された兵士一行とともにベルケ・サライへ向かう。その右はアイジャンの侍女ゼイネブ。町中 でニコルカと出会いロマンスが芽生えそうになる。



左下はヤロスラフ后妃の正装姿。その右はヤロスラフの屋敷の厨房頭のマルファ。当初ナルギスに辛く当たるが、それで も(ヤロスラフを除けば)ナルギスの唯一の理解者。近所のおばさんに欲しいタイプ。その右は司教、右下はラドミルの 侍女ステーシア(スターシャ)。

ここでポスターに戻りますと、中央の女性がウスティーニャ、その右がノガイ将軍、左下がモンケ・テムル、その右がア イ ジャンだということがわかります。これまで(第九話)のところでは準主役級の人々なので、ドラマを見始めたばかりの 人は、ポスターと違う作品を見ているのか、と戸惑ってしまう可能性があります。今(第九話)時点では、ヤロスラフと ナルギスを前面に持ってきた方がしっくりきます。



(その後14話でイル汗国建国者フレグが登場しましたので追加します)



このドラマの登場人物は、みなおおむねイメージの範囲内でしたが、フレグだけなんか違うという感じ。

以下はウラジーミル大公国の都ウラジーミル。大公国というだけあってかなりの大国だったのにも関わらず殆ど少し大き めの村落という感じです。全部木造。これはかなりリアルに作ってある気がします。




一方のキプチャク汗国の都ベルケ・サライ。都といってもこの頃はまだ天幕の集まり。ベルケの時代になってこの場所に 定着したらしいので、まだ町としての機能は建設中。画面中央の宮殿の左上に採掘場らしきものが見えていますが、ここ で切り出した石でモスク等町の機能を建設中。ナスチャの夫イワンはこの採掘場で働いている(サライの都の遺跡はこちら)。



ベルケの宮殿



オルダ遠景



ヤロスラフとラドミル

ビザンツ絵画そのものという感じ。雰囲気でてます。




ポロヴェッツ人※との森の中での戦闘場面(第九話)



ポロヴェッツ人との戦闘場面(第七話)

夕暮れ戦い、叙事詩的、雰囲気出てました
勝利し天を仰ぐヤロスラフ公 右手軍旗と剣を掲げ後ろ姿で去ってゆく騎士達
一団



※ポロヴェッツ人=キプチャク人=クマン人。ビザンツやブルガリア・ハンガリーの 史料ではクマン人と呼ばれ、ペルシア語系史料ではキプチャク人、ロシア系史料ではポロヴェッツ人。モンゴル到来前に 南ロシアを支配していたテュルク系民族。

キプチャク汗国を描いた映画としては、2012年の『オルダ‐黄金の魔術師』とい う映画もあります。本作の約80年後、1342−57年頃のキプチャク汗国を描いています(DVD はこちら内容紹介はこちら)。

※追記 Oct/27
(その後最終話まで見ました。その後印象に残った場面)

開放的で明るい草原の雰囲気ではなく、スコットランドのような侘しいほど荒涼とした平原



井戸に捨てられていたアイジャンの赤子を拾った貧しい牧畜民老夫婦、最初 妻は「戻してきて、あげるものがないわ」というので心が狭い、と思ってしまいましたが、その後登場した家 は、このように、ホームレスのバラックのようなもの。拾われた子供が不幸になるとしか思えないくらい貧し く、ロマンを抱かせる余地のない容赦ないリアルさ。「戻してきて、あげるものがないわ」はやさしさからでた セリフだとわかる。しかし結局その後老夫婦は赤子を育てる。




IMDB のドラマ情報はこちら

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