「プトレマイオス地理学」(1986年刊)の感想(2) ストラボン(1994年刊)とプリニウ ス(1986年刊)との比較


 前回の記事の 続きです。プトレイマイオス『地理学』、ストラボン『地誌』、プリニウス『博物誌』の地誌は、似たような内容だとの先入 観があったのですが、実際に読んでみると、各書それぞれ異なった特徴があることが実感できます。そこで、各々の特徴を少 しまとめてみました。『プトレマイオス地理学』が8000近い地名と座標 が延々と続くリストであるのと比べ、ストラボンの記載はオーソドックスな地誌となっていて、様々な伝承や歴史、地形や民族の特徴 の記載が出てきて、地誌と して面白く読めます。集中して一気に読むというものではなく、時々適当な箇所を開いて読む、というスタイルが合いそうな書籍です が、定価3万6千円、現在 アマゾンで中古が7万円。とても手が出せません。こういう本は筑摩文庫とかが似合いそうな印象があります。筑摩書房様、出してく れないでしょうか。一冊2000円3巻本くらいでだしていただけたら絶対買います。一方、プトレマイオス地理学は岩波や 中公文庫 が似合いそうです。

【1】「プトレマイオス地理学」「ストラボン地理書」「プリニウス博物誌」(の地 誌の部分)の特徴と相違の比較
【2】ストラボンの描く世界地図の復元が可能である理由
【3】ストラボン世界地誌の1500頁のうち、233頁に及ぶ序論について
【4】ストラボン『世界地誌』訳者解説と邦訳版の感想



【1】「プトレマイオス地理学」「ストラボン地理書」「プリニウス博物誌」
(の地 誌の部分)の特徴と相違の比較


 【1-1】地域別記載量の割合

 『プトレマイオス地理学』(2世紀)も『ストラボン地理書(邦訳「ギリシア・ローマ世界地誌」)』(1世紀)も、どちらも最盛 期帝政ローマの地理書なので、似たような書籍だとの先入観がありましたが全然違いました。今回も百聞は一見に如かず、だと強く感 じた次第。

まず、邦訳目次の頁数の比較。『プトレマイオス地理学』は邦訳A4版より一回り大きいサイズ、『ギリシア・ローマ世界地誌』邦訳 はA5版なので、実質プトレマイオスの書籍の1頁がストラボンの2頁に相当する計算となりますが、これだけでも大きな相違があり ます。プリニウスはA4版。以下邦訳書の分量を記載します。

プトレマイオス地理学

解説 プトレマイオス『地理学』(訳者解説:9頁)
第1巻 総論(地図学の方法論:16頁)
第2巻 ヨーロッパ西部の州または総督領ごとの説明(22頁)
第3巻 ヨーロッパ東部の州または総督領ごとの説明(22頁)
第4巻 全リビアの州または総督領ごとの説明(16頁)
第5巻 大アジアの最初の部分の説明(22頁:小アジア・コーカサス・シリア・パレスチナ・ティグリス河以西)
第6巻 大アジアの第2の部分の説明(16頁:ティグリス河以東:パルティア領に相当)
第7巻 大アジアの最果ての部分の州または総督領ごとの説明(14頁:インド・中国・東南アジア)
第8巻 要約(12頁)
訳注(12頁)
索引(45頁)
PTOLEMAEUS ROMAE 1490(27図)(1490年出版の復元地図:54頁)
計263頁
 

『ギリシア・ローマ世界地誌』(飯尾都人訳/龍溪書舎/1994年刊)

第1巻  ホメロス詩の地誌的解釈と地形変化成因論(91頁)
第2巻  人の住む世界の測定と区分の実際及び(122頁)
第3巻  イベリア(70頁)
第4巻  ガリア(63頁)
第5巻  北・中部イタリア(79頁)
第6巻  南部イタリアとシケリア島(60頁)
第7巻  ギリシア以北の世界(112頁)
第8巻  ペロポネソス(104頁)
第9巻  ギリシア本土東部とテッタリア(96頁)
第10巻 ギリシア本土西部とクレタ島(75頁)
第11巻 北方アジア(84頁)
第12巻 黒海南岸とその内陸(89頁)
第13巻 トロイア地方とその周辺(84頁)
第14巻 イオニア地方と小アジア地中海沿岸(101頁)
第15巻 東方アジア(78頁)
第16巻 中東アジア(91頁)
第17巻 リビュア(93頁)
資料 巻7断片(20頁)
解説 (36頁)
あとがき(2頁)

プリニウスの博物誌」 (地理学記載の部分)

第3巻 下記諸地域<バエディカ他>の位置・種族・海・都市・港・山・河・面積・現在及び過去の住民37頁)
第4巻 下記諸地域<エピルス他>の位置・種族・海・都市・港・山・河・面積・現在及び過去の住民(32頁)
第5巻 下記諸地域<マウレタニア他>の位置・種族・海・都市・港・山・河・面積・現在及び過去の住民(38頁)
第6巻 下記諸地域<ポントス他>の位置・種族・海・都市・港・山・河・面積・現在及び過去の住民(50頁)


 プトレマイオスとストラボンのそれぞれの記述の頁数を比較すると以下の通り。プリニウスには地理学的な方法論の記載がないのが 特徴です。
  
方法論       ストラボン(233頁):プトレマイオス(16頁:A5 32頁相当):プリニウス(なし)
西方ヨーロッパ  ストラボン(245頁):プトレマイオス(22頁:A5 44頁相当):プリニウス(43頁)
東方ヨーロッパ  ストラボン(451頁):プトレマイオス(22頁:A5 44頁相当):プリニウス(24頁)
大アジアの最初の部分 ストラボン(274頁):プトレマイオス(22頁:A5 44頁相当):プリニウス(30頁)
大アジアの第2の部分  ストラボン(175頁):プトレマイオス(16頁:A5 32頁相当):プリニウス(17頁)
リビア        ストラボン(93頁):プトレマイオス(16頁:A5 32頁相当):プリニウス(21頁)
東方アジア    ストラボン(78頁):プトレマイオス(14頁:A5 32頁相当):プリニウス(13頁)

比率で表すと以下の通り。

方法論       ストラボン(15%):プトレマイオス(12.5%):プリニウス(0%)
西方ヨーロッパ  ストラボン(15.8%):プトレマイオス(17%):プリニウス(29%)
東方ヨーロッパ  ストラボン(29%):プトレマイオス(17%):プリニウス(16%)
大アジアの最初の部分 ストラボン(17.7%):プトレマイオス(17%):プリニウス(20%)
大アジアの第2の部分  ストラボン(11.3%):プトレマイオス(12.5%):プリニウス(11.5%)
リビア        ストラボン(6%):プトレマイオス(12.5%):プリニウス(14.2%)
東方アジア    ストラボン(5%)プトレマイオス(10.9%):プリニウス(8.8%)


  三者の中ではプトレマイオスが一番各地の分量が均等です。特に目立つのは東方ヨーロッパとリビアの相違。東方ヨーロッパはイタリアとギリシアに相当する地 域、 リビアは北アフリカです。ストラボンの時代(アウグストゥス時代)と比べ、プトレマイオス(五賢帝時代)時代は、ギリシアとイタ リアの重要性が相対的に低 下し、北アフリカに関する知見が増大している状況を反映しているのかも知れません(アウグストゥス時代は北アフリカ西部はまだ ローマ領ではなかった)。

 "大アジアの 最初の部分"とは、小アジア・シリア・パレスチナ・コーカサス、"大アジアの第2の部分"とはストラボンとプトレマイオスの時代 はパルティアの領域です が、従来アレクサンドロスが征服し、その後長らくセレウコス朝の支配にあった地域です。この両地域は、三人とも配分比率はほぼ同 じで、約11-12%となっています。この地域は、ストラボンの本文を読では、アレクサンドロス遠征時の話題が多くを占めていま す。パルティアが西アジアを征服して以降、ギリ シア・ローマ世界とあまり 往来が無くなり、この領域の知見がそれ程更新されていなかった様子を示しているように思えなくもありません。

 一方東方アジア(イ ンド・中国)の知見は、ストラボン<プリニウス<プト レマオイス時代の順に大幅に増大していくことがわかります。プリニウスには、1世紀初頭に記載されたとされる『エリュトラー海案 内記』に登場するアラビア海やインドの情報が多く登場していて、アラビア海を通じた ローマ東方世界とインドとの直接交易が繁栄していた様子を反映しているものと思います。なんとなく、プリニウスもプトレマイオス も、アケメネス朝のクテシアスや、セレウコス朝のメガステネス、アレクサンドロスの記録など、古い情報を元に記載しているのだろ う、という先入観があったのですが、意外に同時代の情報が反映されていることが実感できました。

 実は、私には、プリニウスやプトレマイオスだけではなく、2世紀以降 のローマの人文学全体について、偏見がありました。ギシリア・ローマ世界が政治・軍事だけではなく、経済・知的活動も爆発的に拡 大した紀元前数世紀と異なり、繁 栄の頂点を極めて以降爛熟から内向きへ向かい、2世紀頃以降は古典知識を延々と再利用する傾向にあったのではないかという偏見で す。例えばアイリアノス 『ギリシア奇談集』やアテナイオス『食卓の賢人達』等を読んでいると、ペルシアというと同時代のパルティアではなく、アケメネス 朝の話題ばかり。新しいこ とに興味を示さず、過去の蓄積の消費に汲々とするだけの、知的活動の硬直化を感じます。これはギリシア・ローマだけの話ではな く、漢代についても同様で、 後漢代の著作は、戦国・前漢代の話題から出なくなってしまう印象がありました。帝政ローマの場合もこれと共通性を感じていまし た。プリニウスやプトレマイオスも、以前 の研究を集大成した著作が後世に残ったから有名なのであって、内容は紀元前の知見の再利用に過ぎないのだろうという先入観があっ たのですが、意外に同時代の知見が反映していることを知り、少し印象が変わりました。


 【1-2】 地図理論の相違

 ストラボンの世界地誌は、地誌を扱った本文のボリュームがプトレマイオスの座標リストと比べて5倍 から10倍の分量があるのは当然ですが、興味深いのは、冒頭233頁にわたる地図作図論と先学研究の批判の箇所です。16頁しかない (A5版で32頁相当)プト レマイオス第1巻総論に相当する内容なので、233頁は思い切り冗長な感じがします。実際読んでみるとその通りで、ストラボンの 世界地理の説明は、プトレ マイオスが1巻18章で批判しているマリノスのスタイルそのものです。

 「ある箇所では−例えば緯度圏を示す箇処−では緯度のみを、また 別の箇処−例えば子午線を描く箇所−では経度のみを見つけ出すしかないのである。しかも大抵の場合、それぞれの説明箇処において 同一地点が扱われてるわけ ではなく、緯度圏はある地点を通り、子午線はまた別の地点を通って描かれているから、それらの地点は緯度・経度のどちらかの位置 を書いていることになるのである。また、記入すべきもののひとつひとつのために、説明文のほとんどすべてを調べてみなければなら ないことが多いのだが、それは、同一地点に関する何 がしかずつの言及がすべての箇処に分散しているからに他ならない。それでも、同一地点に関するそれぞれの局面からの説明をひとつ ひとつ探しておかないことには、精確な観察を要する多くの場合に、我々はうっかり誤りを犯すことになるであろう」(プトレマイオ ス、第1巻18章邦訳p11)

 少々長文ですが、あまりに絶妙にストラボン地理 書の作図論の章から受けるフラストを言い表しているので、省略できず当該部分を全文引用してしまいました。ストラボンも、経度・緯 度や幾何学(数学)・天文学の重要性を論じ、球と平面図に世界地図を記載する場合の留意点を述べていて、この点はプトレマイオス と同じです(しかもプトレマイオスが、、「手ごろな大きさ(だというような球)を準備することはできない(p12)」と述べてい る球のサイズを、ストラボンは具体的に述べていて、直径が3mをくだらな い球か、少なくとも2.1mの平らな板が必要だとしています(世界地誌邦訳上p198)。確かに用意するのは大変そうです。ただ し、ストラボンは、球面を平面に転写するには(今で言うところの)メルカトル図法で十分だとしており、更に、高緯度地方で子午線 が収斂してゆくこともちゃんと認識しているのです が、プトレマイオスはこの部分に非常に拘り、円錐図法を提案しているのに対して、ストラボンは、「直線状の子午線がわずかばかり集約するように作れば、別 に差異は生じないだろう(p198)」と、結構あっさ り片付けています。


 【1-3】 内容のサマリーと集計値

 ストラボンとプトレマイオスの鮮烈な対照性に比べると、プリニウスの記載は、ストラボンの分量を1/10くらいにしただけとい うような、平凡な印象がありますが、3点特徴があります。一つは、巻頭第一巻で、延々と各巻での出典作家の名前を述べているとこ ろです。登場している著作者は100人程とのことですが、各巻毎に同じ名前が重複して登場しているので、実際はもっと多くの作家 が登場している印象を受けます。ローマ人と外国人(基本的にギリシア人)を分けて記載してます。(見落としかも知れませんが、一 通り見たところでは)ストラボンの名前が登場していません。これは、プリニウスが、ストラボンが典拠とした著作を直接参照してい るからかも知れません。特徴の2点目は、同じ第1巻で、以降の巻の詳細な目次を掲げている点。3点目は、この目次で、各巻毎の目 次の末尾に、集計値を記載している点です。例えば、第六巻の目次末尾には以下の記載があります。

 「合計、1,195の都市、576の種族、115の有名な河川、38の有名な山、108の島、95の絶滅した都市と種族、統計 2,214の事実と探求と観察」

 残念なことに、他の巻では、転写の過程で数値が抜け落ちてしまったらしく、例えば第四巻目次末尾では以下のような記載となって います。

 「合計。都市と種族・・・・・・、有名な河川・・・・・・・、有名な山・・・・・、島・・・・・・・1絶滅した都市や種 族・・・・・、合計、事実、探求と観察。」

 各巻全部の集計値が残っていれば、プトレマイオスのリストの数と比較できて面白かったのに、残念です。プトレマイオスの第四巻 に相当する地 域について、プトレマイオス『地理学』に登場する町の数を数えてみたところ、1700以上になりました(プリニウスは上記の通り1195)。一方地名の方 は、プリニウスの約1000に対して、 プトレマイオスは650程度。合計数は双方同じくらいとなるので、他の地域でも同じくらいの数だったかも知れません。一方、見落としかも知れませんが、プ トレマイオスには各大陸面積数値や、その比較の記載は無いように思うのですが、プリニウス(6-210)には、ヨーロッパ、アジ ア、アフリカの面積比をしています。「ヨーロッパは善陸地の1/3+1/8、アシアは1/4+1/14、アフリカは1/5+1 /60」としています(それぞれ、403200分の50400(45.8%)、28800(32.14%)、 86910(21.56%)となる)。



【2】ストラボンの描く世界地図の復元が可能である理由

 ストラボンの著述からも、 地図の復元がある程度可能なことがわかりました。プトレマイオスがフラストを感じている通り、「XXとYYの間はZZスタディオ ンの距離があり」「ZZは 子午線が通っていて」「XXからMMスタディオンの距離にあるNNはOO島を通る緯度の延長線上にあり」というような記載が冒頭 233頁のあちこちに散在 しているので、プトレマイオスのようにスッキリまとめてくれればいいのに、といらいらしながらも、そのうち登場するかも知れないと我慢して読み進める、世 界地図を作成する為のポイン トは(邦訳上巻の)200頁を超えたあた りで漸く登場。それは、

・ロードス島を中心に緯度と経度を考える
・ポリュステネス川(現ドニエプル川)、ビュザンティオン、ロードス島、アレキサンドリア、シュエネ(現エジプトのアスワン)、 メロエ(現スーダン)は同一子午線上にある
・ガデイラ(現スペインのカディス)、シケリア海峡(シチリア海峡)、ロードス島、タウロス山脈は同一緯線上にある

というものでした。上の子午線・緯線を下の地図に赤線で記載してみました。

ロードス島を中心とする十字の経線緯線上に存在する都市や場所から、「シュエネの同一緯線上にタブロパネ島(現スリランカ)があ る」とか「カルタゴ市はシ ケリア海峡から1500スタディオン」、この緯線は地中海を南北に半分に区切る、「ナルボ市、マッサリア市、ビュザンティオンは 同一緯線上にある(これに よってフランス南部の地中海沿岸はほぼ直線だということになる)というようなあちこちに散在する情報をあわせてゆくと、以下のよ うな地図が誕生するということのようです (以下の地図はストラボンの記載から復元したエラトステネスの地図(Wikipedia のMappa_di_Eratostene.jpgから転載して軸線を追記しました)。


 なるほど!!写本や石碑などの地図の遺物が残っているわけでもなく、プトレマイオスのように陸地の輪郭地点の詳細な座標が記録 されているわけでもないエラトステネスやヘロドトスなどの古代の地図のもっともらしい復元地図が、高校用歴史図説帳などにまで広 く 掲載されている背景が漸く納得できました。なお、プトレマイオス先生は、先行学者の地図が、大陸の辺境地帯となるほど、丸められ て記載されている(上の地図のインド以外の輪郭部分など)を、「地名がまばらで書くことがないから、地形を省略して丸めてしまう のだ。知られていなくても余白はちゃんと地図化しなければいけないのだ」という趣旨の事を、怒りさえ感じられる文章で述べられて いま す。具体的には以下のような感じです(8巻第1章/邦訳p129)。

「大抵の人は、研究結果に導かれてではなく地図そのものに規定されて、各地域の比例や形状をあちこちで歪めることを余儀なくされ た。記載地が多く密であるとの理由から、経度の広がりの面でも緯度の広がりの面でも地図の最大部分をヨーロッパに割り当て、反対 の理由から、アジアには緯度の広がりが最小の部分を、リビアには緯度の広がりが最小の部分を割り当てた人々が、まさにそうであっ た(中略) 西の大洋については、彼らはこれを東の方へねじ曲げたが、それは、彼らが西の大洋を東へ広がせようとしても、その方 面ではリビアなりインドなりの内陸部が、西の海岸線に匹敵するほどの密度で書き込まれるべきものを持たなかったために、地図が彼 らのその意図を妨げたからなのである」



【3】ストラボン世界地誌の1500頁のうち、233頁に及ぶ序論について

 ストラボンの第一、二巻は冗長でフラストがたまる記載は多く、ストラボンが前提としている著作に関する知識が無いと意味がとり づらいものの、それなりに興味深い内容です。参考になるかも知れないので章題を記載します。

□第一巻ホメロス詩の地誌的解釈と地形変化成因論
 第一章 地誌の起源と役割
 第二章 ホメロスの地誌的知識
 第三章 地形変化の成因−エラトステネス地理書第一巻を中心に−
 第四章 人の住む世界の大きさの測定と区分−エラトステネス地理の第二巻の諸問題−
 
□第二巻 人の住む世界の測定と区分の実際及び世界地図の作成と概要
 第一章 世界区分における距離測定の問題−エラトステネス地理書第三巻とヒッパルコスによる批判−
 第二章 ポセイドニオスの五地帯説
 第三章 ポセイドニオスの大洋オケアノス論資料について
 第四章 ポリュビオスの距離数値上の誤り
 第五章 世界地図の概要


 先行する学者であるエラトステネス(前3世紀)、ヒッパルコス(前2世紀)、ポセイドニオス(前 1世紀)等が論じられていて、面白そうなので読んではみましたが、読みづらく頭に入りにくいものがありました。翻訳に問題がある のではなく、恐らくストラ ボンの文章構成力に難点があるのだと思います。プトレマイオスの総論の簡潔かつ整然とした議論を読んだ後だと特に散漫・冗長・議 論の蛇行・焦点の不明瞭さ を感じてしまいました。プトレマイオスは、世界全図において、人口の稠密な地方は詳細かつ地名の文字のスペースも必要という理由 により、実態より大きく 描かれがちであるのに対し、人口の少ない地域は、地名のスペースも取らないので、実態より小さく描かれる傾向にあるなど、局部の 縮尺のばらつきが出来てし まう為、こうしたばたつきをなくす為に緯度経度リストの重要性を訴えていますが、ストラボンの文章はまさに、縮尺の異なる内容を 乱雑に並べた感じがしま す。彼の文章は暇なときに部分部分を読むような地誌のような散文に向いているのではないかと思いました。そういう意味では、一度 読んで理解できればよしと なるプトレマイオスの文章と比べると、読物として手元に置いていくような書籍といえそうです。是非文庫で出て欲しいと思う次第で す。


【4】ストラボン『世界地誌』訳者解説と邦訳版の感想

 訳者の飯尾都人氏の解説は30頁程ですが、簡潔で、本文を斜め読みしながら感じたポイントは、実はまさに訳者の意図するところ であったことが指摘されていて驚きました。例えば以下の諸点。

・10行前後の頻度でついている訳者作成の小見出し

  最初非常に煩わしく思えましたが、1500頁もあるので、斜め読みするには、「小見出しだけ」を目を通すことで、凡その内容を把 握できて非常に便利です。「序論」 のように、じっくり本文を読む部分は、小見出しを飛ばして読めばいいので、この小見出しは非常に効果的だと思いました。訳者も 「通読する際にはむしろ煩わしいとの批判も 予想したものの、現実にこの書を一行づつ辿りながら全巻を通読する人もあるまい」「見出しだけを拾い読みして通読できるようにす る」と記載していて、狙い 通りの効果があがっているものと思います。「小見出し通読」だけでも4,5時間かかり、それなりに手応えがあります。興味を惹か れる小見出しに、その節の 本文を読むなどの読み方もできます。

・本訳刊行の意図

 訳者は「原著の全体を見ていただくことにある」と述べており、本 書がどのような著作物なのか、現物を見て実感してもらおう、との意図を述べておられます。確かに、似たような本だろうと思い込ん でいたプトレマイオス地理学とのあま りの相違に愕然としましたし、地誌の記載は概ね予想通りだったとはいえ、それでも新鮮は発見が多く、やはり、百聞は一見に如かず だと思わされました。

 
 私の感じた印象は、概ね訳者の意図するところであったことがわかりましたが、それ以外にも以下の点を感じました。

・ 本の装丁が若干サブカル系っぽいので、いわゆる超訳というか、若干怪しげな書籍かと思い込んでいたのですが、まったく違いまし た。京大出版会の西洋古典叢 書のような、もっとすっきりした装丁であれば、もっと早く目を通したかも。私のような先入観を感じていて敬遠している人は他にも いるかも知れません。この 点残念です。

・本文に訳注番号が振られているものの、訳注はありません。また地名索引もありません。訳者は、本書やプトレマオイス地理学 やプリニウス博物誌など所収の「古地・族名を網羅した日本語表記の古典古代地名辞典と付地図が史学・考古学の研究成果を基に専門 研究者の手で編まれるべき 段階に来ている」とし、本書で別個に索引を作成するよりも、日本の業界をあげて取り組むべきだと提案しておられます。原書房から 1996年に「ギリシア・ローマ歴史地図」 が翻訳されたのは、この流れに沿ったものだということなのかも知れません。しかし結局のところ、本書に索引が無いと、本書のどこ に地名が登場しているのか わからなくて不便です。そこで思うには、やはり文庫版等廉価版を出版し、索引作成は、Wikipediaのようなオープンソース で読者達の力を使って行な う、という方法が取れないものかと思う次第です(調べていませんが、英語のサイトなら、既にどこかに索引がありそうです)。

 地図については全部で約150頁にもなる(書籍の約10%分に相当)訳者作成の登場地名・現在地比定地図が挿入されていて 便利です。単純な詳細度では、上記「ギリシア・ローマ歴史地図」より詳細です。ローマ帝国の領土内について、古代ギリシア・ロー マ都市に思いを馳せながら 旅する場合に非常に役立ちそうです。そういう意味では、古代ローマ世界の紀行本という位置づけがぴったりきそうです。歴史書を読 むよりも、歴史紀行を好む人に向いている書籍といえそうです。

 本書は、古代ギリシア・ローマを舞台とした小説や漫画等の作者は必携品なのではないかと思いまし た。プロの方であれば、現状定価3万6千円、中古がアマゾンで7万円と高額であれど、本書はそれだけの価値があると思った次第で す。とはいえ、やはり一般 向けに5千円程度で出して欲しいところです。京大学術出版会の西洋古典叢書を読む時に出てきた地名について本書で関連エピソード を読むと、理解が立体的と なり、更に古代世界の想像の旅を楽しめると思った次第です。

【余禄】

 プリニウスについてあまり書かずに終わってしまいましたが、『博物誌』の「地誌」の部分については、ストラボンの縮約版+『エ リュトラー海 案内記』という感じの分量と内容なので、価値が低そうな印象の感想となってしまいましたが、プリニウスの書籍は、地誌以外の部分 により価値があるのではないかと思います。地誌の巻(3-6巻)の前の第2巻には、宇宙と地球の構造に関する記載があり、第7巻 以降32巻までは植物や動物の辞典です。33-34巻で鉱物を扱い、35巻で画家と絵画、36巻で石、37巻で宝石を扱い終わっ ています。というわけで今気づいたのですが、絵画と画家の巻があるとは知りませんでした。35巻もそのうち読んでみようと思いま す。

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