原題は、「The Malay Chronicles:
Bloodlines」か、「Clash of Empires battle for
asia」のどちらか。IMDbには前者、英語版dvdは後者となっています。マレーシア映画なので、前者がマレー語題名の翻訳、後者が英語題名なのかも
知れません。邦題は、後者を意訳したものです。「二大帝国の衝突」の二大は、漢とローマですが、両国が戦うわけではありません。
前回でもご紹介済みです が、18世紀のマレー古典文学の、『Hikayat Merong Mahawangsa』
(メロン・マハーワンサの物語)
を原作とした、漢の姫とローマの王子の結婚を巡る冒険譚なのですが、原作と映画は大分筋が違うようです。Wikipediaの記事によれ
ば、原作では、現マレーシアのケ
ダ州に2世紀頃に誕生したランカスカ王国の
初
代の王がローマ人で、インドから来たことになっているのですが、本作は、ローマの王子と漢の王女の結婚が決まり、双方が船出し、
マレー半島で出会い、そこ
を現地勢力に襲撃される、という話になっています。初代王の筈のメロンもラストで死んでしまうので、『Hikayat
Merong
Mahawangsa』にヒントを得たとはいうものの、かなりオリジナルなストーリーとなっています。アマゾンではUSでもUKでも酷評されていますが、
そんなに悪い作品では無いように思えました。これに比べれば、ソード・サンダル映画の中にはもっと酷いものも結構あるように思え
ます。CGも節度をわきま
えた使われ具合で、ともすると、ゲーム映像にしか見えない歴史映画も近年増えつつある中、本作はかなり普通に思えます。dvdは
9月発売予定とのことです
が、なんか評価低すぎると応援したくもなるので、購入してしまいそうです(追記本作、2012年春に日本語版dvd『アレキサ
ンダー・ソード
−幻の勇者』という題名で出たようです。なぜか長らくJPアマゾンに登録されておらず、近所のレンタル店にも置いて無かったので、あまり売れて無かったよ
うです。残念。2017年アマゾンに登録されているのを見つけ購入しました)。日本語版が出たので、以下はネタバレとなります
が、本作のみどころは漢とローマが一緒に映像に登場するという、まさに映像に あるので、筋はそれ程重要
ではなく、映像を楽しむ作品だと思います。 〜本作を楽しむための前提〜 本作はマレーシアの作品で、原題は、『Hikayat Merong Mahawangsa』(メロン・マハーワンサの物語)。18世紀頃にマレーシアのケダ州で書かれたと考えられている同名の物語を下敷きとしており、その 内容は、古代ローマの王家ゆかりの子孫がマレーに到来し、現マレーシアのケダ州周辺で2世紀頃から15世紀頃まで存在したランカ スカ王国の最初の王となり、その7代後のスルタン・ムザッファル・シャー(Mudzaffar Shah)が、12世紀頃から現存するケダースル タン国を建国した、という祖国創生譚です。 本作は、その物語をアレンジし、アレクサンダーの子孫を名乗るメロン・マハーワンサが、漢王朝の姫(安帝(在106-125年) の娘)と結婚するためにインドに到来したローマの王子マルクスを助けてマレーのケダに向かい、漢王朝の将軍劉雲(私の当て字)と 協力して、現地の海賊にさらわれた姫を救出し、ケダ王家の祖先となった、という内容にしています。重要な点は、この映画を、メロ ンの7代後のスルタン・ムザッファル・シャーが祖先の物語を書物に筆記している話として描いている点です。本作には、魔術が登場 したり、登場人物のセリフに長崎が登場するなど時代錯誤なところが見られますが、魔術が登場したりするのは、映画を物語っている スルタン・ムザッファル・シャーが過去の話を書いている物語だからであり、スルタン・ムザッファル・シャー自身についても、初代 のム ザッファル・シャー一世(在1136-1179年)ではなく、第三代ス ルタン・ムザッファル・シャー(在1546–1602年)だと考えれば、セリフに長崎が登場していたり、ラスト、ム ザッファル・シャーが王宮から眺める港に西欧のガレオン船らしき帆船が見られるのも納得できます(7代目というのは、あくまでム ザッファル・シャーの認識であって、実際には17代目くらいだと考えるわけです)。 また、主人公が最初に登場するインドの様子やレスリングの様子も、概ねこのようなものがあったようです(『古代インド・ペルシァの スポーツ文化』に論説が掲載されています)。当時ローマ帝国東方のギリシア人がインドに交易に赴いていたことは、2 世紀初頭頃の『エリュ トゥラー海案内記 (中公文庫)』に記載されており、本作に登場するインドの描写や風俗は、比較的よく描けているよ うに思えます。また、漢王朝がローマ帝国の存在を知り、使者を派遣したことや、漢王朝がローマ帝国からの使者だと考えた使者を史 書に記録していることから、ローマの王子と漢朝の姫の通婚も、可能性としてはありえた範囲の話です(甘英が ローマ帝国に到達していたら、そういう話に展開したかも知れません)。 ネットでレビューを見ると本作の評判は良くないようです。確かに、タイトルやパッケージの絵や、パッケージの煽り文句には偽りが あるといえ、アーサー王伝説に登場するエクスカリバーのような、アレクサンドロス大王に関連する魔剣が登場するわけではありませ んし、ローマ帝国艦隊と漢王朝艦隊が激突するわけではありません。有名な大作、『アレキサンダー』や『グラディエーター』のよう な作品と比べれば、まったく大したことのない作品に見えるのだと思いますが、多くの低予算のソード・サンダル映画を見慣れている 眼からすれば、本作のローマや漢朝の映像や登場人物の装束は、比較的よくできているように見えました。 個人的には、この映画に関心を持ち、視聴してくれる人が増えると嬉しいと考えています。 〜あらすじ〜 冒頭、マレーシア王が世界の創造と王家の先祖の伝説を記載する場面から始まる。 その伝説は、当時の世界の二大帝国の連合の話から始まる。ローマ帝国の王子(間違いではなく、「帝国」の王子、とナレーション が入っていた*1)は、漢の王女を娶る為、船団を従えて出発する。下記はローマの様子。一分程しか登場しませんでしたが、雰囲気 は出ていました。 同じ頃、漢王朝の皇帝An Di(安帝:在106-125年)は娘を出発させた。下記の雪の宮廷も雰囲気が出ていました。 漢側の大船団は、落ち合う場所のマレー半島に予定通り到着するも、ローマ側の船団は嵐に会い、インドの南端に到達したのは一隻 だけ。数千人が帰らぬ人となった(しかし、船団が壊滅し、この時点でローマに第二陣を要請していたことが、後々伏線になってくる のでした)。 *1 安帝時代のローマ皇帝は、トラヤヌスかハドリアヌスとなるのですが、登場した安帝の年齢からしても在位の末期、ハドリアヌス時代だと思います。ハドリアヌ スに子供はいなかったため、貴族出身の公子を王子と称したのだと解釈したいと思います。 そこでローマの王子マルクス・カルペニウスと隊長グラシアスは、現地インド商人と交渉するが、現物資金が無いと駄目、と断られ てしまう。そんな折、交渉中の居酒屋の中に、外の歓声が飛び込んでくる。外に出てみると、奴隷が決闘をさせられていた。 大男が有利かと思われたが、中肉中背の男が勝つ(この格闘は、古代インド映画「Mayura」で も登場していた)。王子マルクスは彼を気に入り、案内を依頼する。最初は渋っていた が、インド商人が熱心に説 得する「これからどこにいくつもりなんだ。ペルシアかナガサキ(聞き間違いかと思ってリピートしたが、やはりナガサキと言ってい た。16世紀の事情を反映 しているものと思われる)か、と問うと、男は「ローマでもマケドニアでも。世界の果てでも」と答える。マルクスが、「君をギリシ ア人の子と認めよう」と言 い、商人が、「どうせおまえはここにいても死刑になるんだから、選択肢は無いだろ」と説得し、男はローマ船の水先案内を務めるこ とになるのだった。男の名 はMerong(メロン)。初代Keadh(ケダー)の王とされている人物)。 案外順調に漢側が陣を張って待つマレー海岸に到着する。漢側の司 令官劉雲(Liu Yun:Liuは劉、雲はピンインからの私の当て字)将軍と王子達は無事に会うことができた。この時点で25分。意外にあっさり到着し、会うことができて しまったので少し拍子抜けである。ところで、会話は英語。漢人同士でも英語*2。インド商人は、インドなまりの英語でそれなりに 雰囲気は出ていた。一方、 マレーの現地人間での会話は(多分)マレー語。 *2 ひょっとしたら、英語の部分はギリシア語ということなのかも知れない。ローマ帝国の東方ではギリシア語が話されていたし、「エリュトゥラー海案内記」 もギリシア語で書かれています。また、パルティアと漢は正式な国交があり、パルティア宮廷ではギリシア語を解する人が2世紀初頭 にもいた可能性があります。なぜなら、末期パルティアの碑文や初期ササン朝の碑文にはギリシア語で書かれているものがあるからで す。 そうして、「ギリシア語が西方の国際言語」であることが漢に伝わっていて、使節の主要構成員や王女や侍女が習得していたのかも。 と無理矢理考えれば納得が いくのでした。 素直でない王女は、侍女とともにテントを抜け出すが、散歩に出ていた王子と話の中でばったり会い、ほぼ一目ぼれしてしま い(もっとも王子も、インドからの航海中メロンに「これは政略結婚だ。恋愛についてどう思う」などと相談していたから、王子も 心中不安だったことがわか る)、そのまま侍女含めて3人で美しい森の奥の滝の滝で語り合い、そのまま野宿してしまうのだった。 この侍女もなかなかいい味を出していた。ローマ船が到着した後、天幕の隙間から外を覗いて、「あら。あの人若い、背が高い」など といちいち王女に報告し、 「そんなに興味があるんならあんたが結婚すれば?」などと王女に嫌味を言われたりしていたのだった。この侍女は、後々の戦闘場面 では、拾った矢を脇に挟ん で死んだふりをするのだった。 ところで、王子が散歩に出た理由は、メロンと劉司令官と王子の三人で夕刻、団欒していたところ、メロンが、 「僕はこのあたりの生まれだ」といい、中国語で劉司令官と会話を始めてしまい、言葉の分からない王子は面白くなくて抜け出してし まったのである。若くて可 愛いところが垣間見える。 翌朝、水平線がにわかに掻き曇り、嵐の前兆とともに、海賊が漢の陣営を襲ってくる。王子達も海岸に戻 るが、3人とも海賊に捕まってしまう。王子は単身敵の船に乗り込み王女を救おうとするが、敵の首領の一人カマワス(刺青坊 主頭半裸の巨人。よくある パターン)と対決し、相手の胸を突き刺す。しかし、剣はそのまま相手の胸をすり抜けるだけ。妖術使いなのだった。刺されて海に落 とされる王子。ローマ兵も 漢軍も殆ど壊滅し、メロンも打ち負かされてしまう。そして気がついてみると、現地部族長の家で介抱されているのだった。老人 (Kesum)はメロン に、現地の昔話を語り、武芸を伝授される(このあたり、ベスト・キッドののり)。そして老人の部族を継ぐことになった。 しばらくして、王女が生きているとの情報をキャッチした劉司令官が、新たに漢軍を率いて戻ってくる。劉司令官は、王子を救出し、 更に中国式武芸も伝授して いたらしい(後々でわかる)。出迎えたメロンに劉司令官は助力を申し出る。快諾するメロンと、劉司令官、マルクス王子はがっ ちりと握手するのだった。 一方、海賊団(一応メロンや漢王朝からみると海賊だが、単なる、略奪稼業を生業とする部族国の一つだと思うのですが)では、侍 女が部屋を抜け出し、首領 カマワスと、更に大首領Taji(老人)のマレー語の会話を聞き取り、不死身の秘密はネックレスにあることを知り、王女に 伝える(何故侍女がマレー 語を解することができたのか不思議だが、数ヶ月間とらわれているうちに学習したのかも知れない)。さて、王女を押し倒しに来た カマワスの隙を見て、 王女はネックレスを奪うことに成功する。しかし、本格的な貞操の危機となったところで、角笛の音が。敵襲である。 メロンは、アルキメデスの兵器について書かれた布から、漢軍の船に搭載していた鏡を用いてアルキメデスが、ローマ軍のシチリ ア攻めで使った、集光器を作り、海賊団に浴びせることに成功する(このアルキメデスの兵器は、ローマのシラクサ包囲を扱った「シラクサの攻囲」でも登場していまし た)。 ところが、サイズもあまり大きくは無いため、敵兵の髪を焼いたり、目を潰したり、そもそも海賊団の船は小船ばかりなので、焼く ことができたとしても、効率が悪く、あまり敵に打撃を与えられないうちに、大首領の魔術により、雲が出てきて役に立たなくなって しまう。 海岸に上陸した漢軍と王子。王子は中国風の武芸を身につけていて、(以前も強かったけど)更にパワーアップして大活躍。 ところが、敵首領カマワスはそれ以上で、首飾りが無くても十分強く、王子はまたも叩きのめされてしまう。王子を救おうと駆 けつけた劉司令官は激闘の 末殺されてしまい、更に駆けつけたメロンも、やっとのことでカマワスを仕留めることができたのだった。しかし、敵にはま だ大首領が残っていた。海 賊団も、本拠を襲撃されたことから、住民総出で抵抗し、なかなか決着がつかない。ひょっとしたらこのまま漢軍は負けてしまうのだ ろうか!? というところ で、インドで支援を要請していたローマ軍の第二船団が到着するのだった。御伽話の世界とはいえ、漢軍とローマ軍が並んで進撃する 映像には感動。 ローマ・漢軍と、盗賊団が対峙する中、油断したメロンは背後から大首領に刺されてしまう。そして、最後にメロンは、自分の体 を刺し、そのまま大首領も 貫き、自分の命と引き換えに、漸く仕留めることができたのだった。直後、ローマ・漢軍と盗賊団は全面的に激突し、ローマ・漢軍が 勝利する。 ラスト、冒頭の、史書を記述する王の場面に戻る。王の部屋には、ローマ人の兜や、中国兵の兵馬俑など、先祖の遺物が置かれてい る。過去を語りながら、王が庭に出ると、そこには大航海時代の東西の船団が並んで見えているのだった。 〜The end〜 こうしてあらすじを書いていても、そんなに酷評する程悪い作品には思えないのでした。私は楽しめました。ところで、結局伏線でも 何でもなかったのですが、 途中でメロンを救った老人には、エンボという娘か孫娘がいて、この女性とメロンが結ばれるのかと思っていたのですが、メ ロンは戦死してしまった し、とはいえ、その前に部族長になったような場面があったので、血統に関 係無く、王家が引き継がれ ていたのかも知れません(と思って見直したら、最後にこの物語を書き留めているムザッファル・シャー王がエンボが子供を授かって いて現在の王統に至る、という解説をしていました)。 同じく、ローマと漢の邂逅映画として、「Legion of Ghosts」という、古代ローマ軍が中国の捕虜となり、モ ンゴル-中国戦争に駆出される、という映画も製作中とのことです(こちらの説明による・2014年完成らしい(2017年7月現在IMDbではまだ 製作中となっている)。恐らく、甘粛省にローマ人の子孫が いるという、話が元ネタなのではないかと思われます(その後2015年、西域にローマ人が到達していた、というネタをもとに『ドラゴン・ブレイド』という ジャッキー・チェン主演作が公開されています(感想はこちら)。 また、9世紀頃と思われる、イランのシーラーフから中国までの航海を行った人物を描いた映画、「The Maritime Silk Road (Persian: راه آبي ابريشم) も製作中のようです。こちらとこちらのぺージに何枚かの写真が掲載されています。おそらく、9世紀から10世紀 にかけて成立した、「中国とインドの諸情報 (東洋文庫)」を下敷きにしているのではないでょうか。早く観てみたいものです(2013年4月追記イラン映画「海のシルクロード」の 記事で紹介)。 最後。最近の東南アジアの歴史映画は活発な感じです。ひとつは、カンボジア。クメール帝国を扱った映画、「The Great Khmer Empire」(2013年夏公開予定とされて いたが、2017年7月現在、2018年公開予定となっていて、毎年のように公開が延期されている)が製作 されているようです。こちらに予告編があります。 もうひとつは、ベトナム。李公薀によるタンロン(現ハノイ)千年記念のテレビドラマが放映されています(公式サ イト)。こちらはネットにあるので、そのうち感想・紹介記事を記載する予定です。 IMDbの映画紹介はこちら。 アマゾンの dvd(JP)はこちら アマゾンのdvdはこちら(US) |