古代イラン人自身が書き残した文献は、ほとんど伝わっていません。しかし、ササン朝については、若干残されており、そこからあ る程度推測することができます。この記事では、ササン朝の帝王、貴族、宗教界それぞれに関する文献を紹介したいと思います。 1.帝王(1) 6世紀最盛期の王ホスロー1世の世界観をうかがい知ることができる中世パフラヴィー語文献『カワードの子、フスラウの教訓』が 残されています。伊藤義教氏が邦訳を残していますので、こちらに引用してみました。3頁ほどの短い文献です。次項の「ホスロー二世の弁 明」と比べると、建前的な内容であり、民衆側の心情を忖度した理想的君主・統治像が印象づけられる内容となっています。 2.帝王(2) ホスロー一世の孫、7世紀の帝王ホスロー2世の世界観を窺い知ることができぶ記載が、9世紀イスラームの歴史家タバリーの『諸 預言者と諸王の歴史』のササン朝王「シー ルーヤ」の章に登場しています。シールーヤは、ホスロー二世の息子で、王を捕縛して王位についた王です。シールーヤ の章は、国王を監禁したシールーヤが、ホスロー王の国家に対する罪状を述べて糾弾、それに対して、ホスロー2世が弁明する章で す。章題が知名度の低い王であることから、ホスロー2世の章は読んでも、シールーヤの章を読んでいる人は多くはないのではないか と推測されます。しかしこの章は、「ホスロー二世の弁明」ともいうべき内容であり、ホスロー2世の国家や統治に対する見解が直截 的に述べられている点で異色の内容であり、民衆より支配者側の論理と都合のみを語っている点で、上記ホスロー1世の理想化された 君主像と比べると、遥かに現実的で傲岸な帝王像が垣間見られる点で貴重です。 3.貴族階級(1) 貴族階級の生活像を描いた中世パフラヴィー語文献『ホスローと小姓』という小品があります。これも数頁の内容ですが、当時の生 活のあり方通じて、貴族階級の世界観をも若干うかがうことが出来ます。こちらに3/4ほどの翻訳を掲載 しております。 4.貴族階級(2) 『カリーラとディムナ』という、8世紀に中世パフラヴィー語からアラビア語に翻訳さ れた書籍の中に、「ボフタカーンの息子ボゾルジミフル、医師バルザワイヒについて語る」という節があり、バルザワイヒが自らの人 生を語る場面が20ページ近くあります。医師という職業を選択した理由と背景とともに、生き方を巡る思索や当時の社会背景が述べ られています。社会的背景を垣間見ることができます。ただ、バルザワイヒは、少し理想化された人物なので、より世俗的・現実的な 印象を受けるのは『ホスローと小姓』の方です。 5.宗教界 中世パフラヴィー語の宗教文献は多数残されていますが、端的に世界観を知ることが出来る文献として、以下の2点があげられま す。 『ジャーマースプに関する回想』 『デーンカルドの教祖伝』 前者は、伊藤義教『ゾロアスター教論集』の281-312頁に掲載されていおり、後者は、『ゾロアスター研究』のp1-151頁に掲載されています。前者は、聖書の創世期と 黙示録を合わせたような内容で、端的に世界観を知ることができます。後者は、量が多いのですが、その殆どがゾロアスターその人の 伝記部分であり、終わりのほうの一部が『ジャーマースプに関する回想』と重なる内容となっています。 全体的に、ササン朝時代の人びとの世界観や、世界のありかたは、、中世西欧に似ている印象があります。 |