2021/Jun/06 created


 中世ブルガリア歴史映画『ツァール・イヴァン・シシュマン』


1969年ブルガリア製作。78分。モノクロ作品です。ブルガリア在住時に存在を知って以来 25年近く、ずっと見たいと思って探していたいたもの。漸く見れましたが、DVDでもビデオでもインターナショナルな流通 ベースでは出ておらず、ブルガリアローカルでも出ている気配がなく、『カッシアーニ』同様断片的な映像があがっている程度で した。今回のバックログ消化で思いついて検索したところヒットしたので見てみました。ブルガリア国営テレビのロゴが入ってい る映像でしたので海賊版なのは間違いないですが、これはつまりブルガリアローカルでもdvdは出ていない、ということでは貴 重な映像かも知れません。しかしなんというか、dvdが出ないのは出し惜しみとかではなく、やはり売れそうもないからなんだ ろうなぁ。。。と思わせられる映像でした。

映画は78分と短いのですが、大きな動作のない、ほとんど会話だけの屋内劇であるため、セリフがわからないと内容が把握でき ない類の作品です。この点アクションが多く、セリフがまったくわからなくてもおおよその筋立ては理解できる、前回紹介した 『カッシアーニ』とは対照的な作品です。

2011年頃に集中してブルガリア歴史映画を視聴していた頃は、当時はまだブルガリアから帰国してから13年目くらいで、こ の間たまにブルガリア語の復習をしたりしていたことで少しは語学力が維持できていたことと、一か月くらい毎晩ブルガリア歴史 映画を視聴していたためだいぶブル語を思い出してきたこともあり、一か月経つ頃には割と耳が慣れてきて、第二王国時代の若き 日のテオドル・スヴェトスラフを描いた『クニャーザット』は、セリ フの半分くらいはだいたい意味が分かるくらいにはなっていました。『クニャーザット』も、ネット上で情報がまったく出回って おらず、映画だけが筋を把握する唯一の手段だったもののある程度理解できたわけですが、本作はまったく駄目でした。これから 一か月間毎晩ブルガリア映画を見れば少しは語学力も復活するかも知れませんが、この10年間まったくブルガリア語の復習はし ていなかったため、やる気すら出なくなっています。あと、語学力云々以外にも本作の音量が小さすぎて聞き取りにくい、という 理由もあります。

というわけで、ほとんど画面ショットを張り付けて、衣装や内装と人物紹介をする程度の記事にしかなりませんでした。とはい え、最初の方でかなりたくさん字幕ナレーションが入ったため、概要は把握できました。なんというか、予算不足で撮影しきれな かった部分を字幕を用いて端折った、という感じがしなくもないのですが、お陰で助かりました。以下登場人物です。

左上がイヴァン・シシュマン(1350年頃-1395年)。ブルガリア第二王国最後の皇帝(ツァール)。右下はシシュマンの 兄のイ ヴァン・スラツィミル(1325年頃-97年)。ブルガリア史的には重要な人物のはずのシシュマンについては日 本語Wikipediaの記事が立っていないのにも関わらず、スラツィミルについては長文の記事が書かれてます。不思議で す。スラツィミルはビディンで独立君侯国を形成していました。上段中央 の女性はシシュマンの母、前帝イヴァン・アレクサンドルの皇后テオド ラ・サラ。イヴァン・アレクサンデルの二番目の妻で、ユダヤ人の子孫。シシュマンの母(スラツィミルの母はワラキアのテオドラ(1310-1352 年))。ユダヤ教からの改宗者とのこと(サラの名はアブラハムの妻由来でしょうか)。女性の左右の男性二人はシシュマンの重 臣。名前不明。右上は司教エウティミアという名前かも知れない。





下段中央の女性はシシュマンに次ぐ準主役の妹マ リア・デシスラヴァ。その右は姉のケ ラツァ・マリア。左下は有力な封建貴族らしき人物。上段の重臣と違ってシシュマン側ではなさそうな感じ の人物。その右は帽子からすると当時このあたりの交易にかかわっていたジェノバ人かも知れない。

という具合に登場人物からしてあやふやです(あまり調べる気力もありませんが。。。)。

舞台は1371年。1362年にオスマン帝国のスルタン・ムラト(1319年頃-1389/在1362-89年) は、即位と同時に本格的にバルカン半島征服戦を開始、ほどなくアドリアノープルを奪取、破竹の勢いでバルカン山脈南 のブルガリア領土へ進撃していた時期の話です。

1371年の夏頃、オスマン宮廷へ派遣されていた使者がタルノヴォ宮 廷に帰国し、スルタン・ムラトが皇妹マリア・デシスラヴァを側室に寄越すよう命じたことを報告する。早速タルノヴォ 宮廷ではシシュマンと重臣たちで合議を開く。以下は合議中のシシュマン(中央)と重臣の二人。



これが宮廷の様子。人けない宮廷で一人思いにふけるシシュマン帝。左画像 の壁には前衛的な壁画が描かれていて、いかにも20世紀中盤の東欧映画的。


この時ムラトは52歳なので、当然ながら52歳に若い娘を嫁がせるのは。。。。。と難色が示されるが、圧倒的な国力 の相違を前にいかんともし難いブルガリア宮廷。

やがて正式はオスマン朝からの使者がタルノヴォ宮廷へやって来る(21日9月1371年と使者が読み上げたので本作 の年代が確定できる)。下右がその使者。残念ながら本作ではムラト本人は出てこない。左画像は前帝イヴァン・アレク サンドルの石棺だと思われる。



使者の通達はマリア・デシスラヴァ当人に伝わり、当然いやです、と妹に詰め寄られるシシュマン帝。左画像は、姉のマ リアが自室で糸を紡いでいるところ(だったと思うが、もしかしたら織物をしているところだったかも知れない)。



最初に登場した使者の青年とマリア・デシスラヴァが恋仲になるのかな〜と思っていたらあまりそういうドラマチックな 展開にはならず(なっていたとしても映像的にわからない演出ぶり)、国内の有力封建貴族やジェノバ商人らにも打開策 を相談しているように見えるタルノヴォ宮廷の苦悩ぶりを描く場面が続く。

正式な貴族総会議が開催される(イヴァンは正装しているが、単なる議会向け正装ではないので、シシュマン自身の即位 式でもあった模様)。シシュマンの衣装はビザンツ皇帝と同等のもの。






会議では対オスマン政策やマリアの嫁入りの件などで大紛糾するが、最後に 宮廷にマリア・デシスラヴァが入って来て「行きます」と宣言する。右画像は終盤で登場したチェスの場面(後 述)。





映画開始後55分頃、久々に屋外の場面が登場する。ロケ地は使者が映画冒 頭と同じベログラチックの山並み。靄の中 ラッパが鳴り響く。駆け抜けるシシュマン一行。兄スラツィミルのいるビディンへ向かった(ビディンの要塞でロケ)。スラツィミルと会談。会話が わからないとどうにもならないが、兄との会談はシシュマンにとってあまりよい結果ではなかったようである。

この後冒頭の使者の場面が再度映り、この使者はボゴミール派らしき墓地に向かい、墓標の前で跪く。やがて場 面はムラトの宮殿らしき場所でチェスをする場面となる。兵士が牢獄にいて、どうやら冒頭の使者の青年騎士が 捕らわれている模様。時間軸が前後してわかりにくいが、どうやら、冒頭の、クレジットの前の使者のパート は、マリアが嫁いだ後の使者の場面で、オープニングクレジットの後の使者の場面は、最初に使者がオスマン宮 廷の意向を伝えに来た時のことらしい。つまり二度の使者の場面がごっちゃになりやすいわかりにくい編集と なっているように見えました。

次の場面では、(二度目の)使者が来る前にオスマン宮廷にとらわれていた頃だと思われる場面となる。
敗戦して虜囚となった使者の青年がムラトかあるいは将軍アフメッドとチェスをしているらしい(相手の画像は でず、指先だけなので誰だか不明)。チェスの駒を指しながら、一手一手ブルガリアを逃げられない隘路に追い 詰め仕留める展開と重ね合わせて使者の青年にこれまでと今後の現状を解説しているようである。

解放された使者の青年はタルノヴォ宮廷に戻り、虜囚中にオスマン後宮の格子の後ろにいるマリア・デシスラ ヴァに会う。結局マリアを側室に差し出したことは、ブルガリアを滅亡から救うことはなかった。シシュマンの 宮廷に戻った使者は(この頃宮廷はニコポリスにあった模様)、宮廷に報告。どうにもならない状況に、貴族の 一派は宮廷を去る。


続いて戦争開始を思わせるような騎士達が進撃する場面が勇ましい曲とともに映 り、唐突に終わる。



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